第2話 橋本 楓に春が来た

 入学式の真っ最中俺は、校長の長い長い話を聞く暇もなく眠気と尿意と戦っていた。終了後、急いでトイレに駆け込みドアを開けようとした時、ドアが開き人とぶつかりそうになった。


「あっっっっっっぶね!」

するとその人物は、

「おっっと…あれ?春屋?」

俺を知っている人だったみたいだ。

「え…っと誰だっけ?」


「あ、ごめん。俺、橋本。橋本はしもと かえで、覚えてる?」

「え、橋本?かえ…橋本、雰囲気変わったか?」

「よく言われる(笑)」

ぶつかりそうになった彼は、小学校卒業以来会っていない幼馴染だった。昔はもっと、元気活発!って感じだったが、今は静かなクールな印象で雰囲気が変わった気がする。会っていない間に、何かあったのだろうかと考えつつも別れを告げ、用を足した。


 トイレを終え教室に戻ると、橋本の姿があった。

 黒板に張られた席の一覧を確認すると、橋本の後ろだった。席に着くと、

「この席順懐かしいな。」

顔だけ少し、後ろを向けた橋本が話しかけてきた。

「…そうだな。なあ。」

「ん?なに?」

話しかけたら体を90度向きを変え、こっちの話を聞く体勢になった。

「お前なんか変わったんじゃないか?」

と、問いかけた。

「え…そ、そうかな。そりゃ高校生になったんだよ?ちょっとくらい変わってなきゃおかしくない?(笑)」

なぜか少し焦り気味に言った。

「それも、そうだな。」

何か隠したいような雰囲気を背に、ふと小学校の頃を思い浮かべていた。

ーーーー!こっちこいよーーーーー!」

懐かしい、あの頃は橋本とよく遊んだな。元気な橋本がよく走り回っていたっけ。



 次の日、橋本と屋上で昼食を共にした。

橋本は購買で買ったパンを、俺は母手作りの弁当を持参した。

「橋本、いや昔みたいに“楓”って呼べばいいか?」

「いいや、橋本でいい。楓って呼ばれるのはちょっと恥ずかしいや(笑)」

少しはにかみながら笑った。

どこかはぐらかすような感じで核に触れないような気がする。俺は直球で聞いてみることにした。

「お前、何かあったか?」

ドキッ!と聞こえそうな表情になった。

「い、いや。なにもないよ。」

俺から視線を逸らしながら答えた。


何か隠していることがある

あと、まるで気づいて欲しいと聞こえそうな……


「俺ら、隠し事する仲だったか?嘘はつくな。でも、お前が話したくないならいい。無理言って悪いな。」

「あっ、いや……謝る必要ないよ…聞いてくれるなら話すよ。少し長くなるかもしれないけど…」


       *************************


 俺、橋本楓は学区の違いの関係で春屋とバラバラの中学に行く事になった。

幼稚園の頃から一緒で、いつでも隣に…がいた。


 中学2年生になり、彼女ができた。笑顔が可愛い子だった。彼女とは、毎日電話やメールをし、楽しく過ごしていた。


 同じ時期くらいに、父が借金を抱えたまま一人夜逃げした。取り残された母は、残された借金を返そうと昼も夜も働くようになった。

そしてある日、母は若い男を連れてきた。その男性は母の恋人だと言った。彼は、俺の家と家庭の事情が似ているらしく、同情し良くしてくれた。話をしていくうちに俺は母の恋人と仲良くなった。

 家に帰ると、母が泣き崩れていた。恋人と連絡が取れなくなった。母が必死で働き稼いだ生活費と共に。母と俺はアイツに裏切られた。

 母は働く気力を失くし、家に閉じこもった。


 俺は、いつも通り学校に行った。気分が落ち込んだまま。廊下で彼女を見つけた。声をかけようとすると、誰かと話していることに気づいた。彼女のクラスの男子と会話していた。何の話をしているのか聞き耳を立てた。

「お前、マジでアイツと付き合ってんの?w」

「ハア?遊びに決まってんじゃん!なんか最近アイツ暗いし、あたし暗いヤツ興味ないからそろそろ別れよっかな〜w」

ケラケラと聞こえる笑い声、頭の中が真っ白になった。俺は、誰も信じられなくなった。


 その後、彼女とは別れた。周囲からは、遊びで彼氏をとっかえひっかえしている子で校内では有名だと言われた。自分自身がどれだけ周りが見えていないか痛感した。


 父の事に関しては離婚した後、借金取りが父を発見し、父に借金を取り立てに行ってるらしく、家は静かになった。精神的に弱ってしまった母は、心療内科に通院している。



「ということがあったんだ。今も簡単に人を信じるのが怖くなっちゃってさ、もしかしたらこの人も、後々裏切るんじゃないかって思っちゃうんだよ、悪い。」

「いや、俺も軽々しく聞いてすまない。」

信頼した人間から裏切られるなんてどれだけ辛かっただろう………

「俺は、裏切ったりしない。絶対、絶対。今度何か、辛いことがあったら俺に話していいから、愚痴の吐口にしていいから…」

何て言っていいか、上手い言葉が見つからなくて、オロオロしていると、

「ありがとう。今は、春屋がいてくれるから大丈夫だと思うよ。」

橋本は少しスッキリした顔で昔みたいに笑った。


 下校中、橋本は今の生活について教えてくれた。

今はお母さんと二人で暮らしているらしい。家計を助ける為に、バイトをしているのだとか。お母さんとの関係は良好だそうで、自分が母を助けてあげなければという思いが優先し、しばらく彼女は懲り懲りだと。


じゃあな!と別れた後、ボソリと橋本が何か呟いた。俺には何か聞き取れなかった。




『春屋に助けて欲しくてS高来た』なんてな……

春屋には言えねえ。

S高に入れば春屋がいること、それはわかっていた。S高は俺の学力では少し望みが高いところ。塾に行くお金と時間はなく、自力で必死になって勉強した。

小学校の頃は、春屋が頭が良いから、先生に聞いてもわからないことは春屋に聞いたりしてた。勉強以外の事に関しては、俺が引っ張ってた気がしてたけど、支えられていたのは俺の方だったのかもしれないと、隣に居なくなって初めて気がついた。実際、俺が居なくても、近所の子達と遊ぶことも多々あるほど友達の輪を広げるのは上手いみたいだし。友人でありながら、憧れなんだ。


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