怪異慣れしすぎたせいか口裂け女程度じゃビビりません!
リヒト
口裂け女
暗い夜道。
街灯の光だけがほのかのその場を照らす。
コツコツ。
人々が寝静まり静寂に包まれた世界に靴音が木霊する。
黒髪のコートを着た女性と一人の少年。
一人の少年は塾帰りなのか、リュックを背負い英単語帳を手に持っていた。
何も持っていない怪しげな黒髪のコートの女性と一人の少年はすれ違う。
そして──────
「私きれい?」
女性の綺麗な声が響く。
なるほど。
少年は頷く。
その女性はマスクを付けていた。
もう今の世界じゃコロナ社会じゃマスクをつけていることくらい普通だけど。別に何も不自然なことじゃないけど。
「はい」
少年はテンプレに従い言葉を返す。
「これでも?」
女性は勢いよくマスクを取る。
マスクを取って顕になった女性の口元は──────
バックリと裂けていた。
禍々しく見るものすべてに嫌悪感を抱かせるように。
「うん。実に可愛いな」
「え?」
少年の平然とした一言に女性がピタリと固まる。
「え……、えっと。あの……私は……口裂け女なんだけど……」
女性、口裂け女は困惑したような声を上げる。
「そうだね」
少年は頷く。
その少年の顔は平然としていて、声も震えていない。
一切の恐怖心を抱いていない様子だった。
「あの……私が怖くないの?」
おずおずと口裂け女が少年に問いかける。
「ふっ。たかが口が裂けている程度で僕を怖がらせようなんて百億年早いよ。もっと怖くなってから出直してきてほしいものだね。そもそも口が裂けているだけとかちょっとマイルドすぎる。そんなん一般人とほぼ変わらないようなものだよ。それどころか、一般人よりも遥かに上かもしれないよ?眼はすっごくキレイだし、顔のパーツも全体的によく揃っているし、髪も綺麗な黒髪でサラサラでキレイだし、すれ違ったときもすごくいい匂いがしてきたし、スタイルもモデルさんかよ!って思うくらい良いし。ちょっとその大きなおっぱいを揉んでいいかな?声もびっくりするくらい綺麗だしね。……うーん、そうだね。そもそも顔がないとか、ミイラだとか、体が芋虫だとか、そもそもの存在そのものが僕ら人間に絶大の恐怖を味合わせるとか。そんなんじゃないと。見た目がちょっと普通すぎる。君はちょっと口が個性的なモデルさんのようなスタイルを持った美人さんだよ!」
少年はびっくりするくらい早口で言葉を話す。
「び、美人!?」
いきなり美人だなんて言われた口裂け女は顔を赤らめる。
「ふぇ!?あへ?……ひげぇん!?」
口裂け女はバグったように言葉を繰り返す。
「ほ、本当に怖くないの?」
「当たり前でしょ?そもそも横にちょっと口が裂けている程度で怖がらせようなんて甘い甘い。せめて口を縦に裂けさせよ?……いや、それだけじゃ足りないね。ちょっと目も縦にしてみようか?そしたら踊っている北の人風のあの人みたいに不気味がらせられるかもしれない」
「あの私、そんな事できな……」
口裂け女は口が裂けていて、他の人より身体能力が高いだけである。そんな人外じみた特技はない。
「は?出来ないじゃないよ?やるんだよ?何やる前からできないって決めつけているの?やってみないとわからないでしょ?」
だがしかし、少年はそんなのお構いなしだ。
「え、あのその……」
「あぁそれに声もだめだね。もっと腹の奥からおどおどしい声でゾッとさせるようにしないと。それも練習しないとね」
うんうん。と少年は一人頷く。
「ほら、行くよ?」
少年は一切の躊躇なく口裂け女の手を掴む。
じんわりと口裂け女の体に人のぬくもりが広がっていく。
「こんなところで練習するとか近所迷惑でしょ?僕の家に来ないと。あ、安心して?僕は秋葉原にある怪異喫茶のマスターだから!君もすぐに馴染めると思うから!」
少年は口裂け女のことなど知ったことかと言わんばかりに手を引っぱって歩き始める。
口裂け女は久しぶりに感じる人のぬくもりに、人の好意に、人の温かさに戸惑いを覚える。心に何かよくわからないものが走る。
そしてなりより───────
怪異である自分に驚かない少年に。怪異である自分に好奇心に染まった視線を向けてくる少年に。怪異である自分を家に連れ込もうとしている少年に。
そこしれぬ恐怖を覚え、瞳に涙を浮かべた。
今までホラーを味あわせる側だった口裂け女は今!
ホラーを味わっていた。
怪異慣れしすぎたせいか口裂け女程度じゃビビりません! リヒト @ninnjyasuraimu
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