91. Blessing of Vampires 前編

きり』とは、空気中に細かい水滴すいてき浮遊ふゆうし、湯気ゆげのように白がかって見える現象のこと。

 地表の近くで発生する雲と思えばわかりやすいだろう。

 霧が発生している場合、非常に視界が悪くなるので注意が必要である。

 煙のように見えることから、ガスっている・モヤッている等と表現されることもある。

 しかし………


◇◆◇◆◇◆



"ハッスルキャッスル 天空闘技場"


 がっしゃーーーん!!


 闘技場のドームに雷が直撃、天井をおおうガラスが粉々に砕け散る。


「いかん!ガラスの破片が観客に当たってしまう!」


「それも含めて想定済みだぜ!ペンシルフィード、風でガラスを吹きとばせ!」


 ハルジオンから凄まじい突風が吹き荒れ、砕けたガラスは全て城の外へと放出。

 誰一人として怪我を負うこともなく、ただ天井にポッカリと大穴が出来上がった。


「ヌハハハハハ!観客を守ってくれたことには礼を言おう。しかし、ウヌの目論見もくろみは外れたようだな。凄まじい威力の雷にはヒヤっとしたが、声優の魔法はドームに防がれ、ワシには一切当たっておらぬ!」


「当たってたら反則負けだろうからな。最初から狙いは別、雷のあとに来るヤツを待ってんだ」


「フン、負け惜しみか……悪あがきなど、闘士としての品格を下げるだけだ。いさぎよく散るもまた、闘技場の礼儀と知れ!」


 再びドラキュールの体が霧へと変化していく。

 こうなると、どこから攻撃をしてくるのか、全く検討がつかなくなる。

 また背後からの奇襲か、それともこちらの隙をうかがっているのか。


「潔く散る?そんな礼儀なんて願い下げだ。しぶとく食らいつくのが信条なんでね。見てろよ、食らいついたら二度と離してやんねぇ。地獄の底まで引きずり込んでやる!」


「もはや策は尽き果てておろう。これにて決着…………ぬ、これは?」


 ポタ……ポタタ……ザザァーーーー!!


 口を開いた天井から降り注ぐ雨。

 雷魔法を使う時は、必ず雨雲が発生し、大雨になる。

 雨は瞬く間に闘技場をひたし、ぬかるみを作っていく。


「霧ってのは、小さな水滴が空気中に漂ってる現象だもんな。当然だが、大きな水滴と引っ付けば、霧の状態を保てなくなる。つまり………」


「ぬぅ……雨を降らせて、ワシのスキルを無効化したのか。よくぞ気付いたものだ。いや、例え気付いたとて、これほどあっさりと実現させてしまうとは」


 雨の中からドラキュールが姿を現した。

 やはり水に濡れると、スキルが解除されるようだ。


「アンタがトドメを刺しに来た時、なぜか途中で引き下がった。余裕を見せて降参させようとしたのかとも思ったが、あれほどのチャンスを棒に振るのはおかしいと思ったぜ」


 あの時の俺は、完全にグロッキー状態だった。

 押すだけで倒れる相手を前にして、そうそう引き下がれるもんじゃない。


「アンタは踏み込めなかったんだ。流れる汗が落ちた時、無意識に反応して退いた。トールが落っことした水を、椅子いすから転げ落ちてまで避けたのも、ビチャビチャになった俺の服を着替えさせたのも、水分によってスキルが使えなくなるのを恐れたからだ!」


 アスモダイも、この弱点に気付いていたはずだ。

 だから水源を作り出し、熱中症に苦しむドラキュールを助けつつ、スキルを完封した。


「ギャンブル好きを自称しちゃいるが、クライマックスで勝負に出れない慎重派。確実に勝ちが見えるまでは、リスクを絶対に背負わない。悪く言えば、とんだビビり野郎ってことさ!」


「オノレ!小癪こしゃくなり小説家!アルテミストを封じたのは見事だが、このスキルは所詮、アスモダイとの闘いの中で、脱水症状を起こした時に偶発的に覚醒したもの。この程度では、ニンゲンと吸血鬼の差は埋まらぬわ!」


 エンテン砂漠という、厳しい環境が生み出したスキルだったのか。

 強力なスキルは欲しいが、そこまで自分を追い込むような真似は、俺には到底できそうもない。


「今のでウヌの体力も限界であろう。まだ余力を残しているワシの勝ちだ!食らえぃ!究吸血殺拳!」


 ぬかるみを蹴り、襲いかかってくるドラキュール。

 対ドラゴン用の拳法で、勝負を終わらせるつもりか。


「ぐはっ!ぶべっ!おぶっ!」


 動きは見切っているはずなのに、こっちの体がついてこない。

 繰り出される攻撃を、連続で被弾してしまう。


「ぐふっ!っと、あれ?あんまし痛くないぞ?俺の痛覚が麻痺まひしてきてんのかな」


「バカな……はっ!そうか、月が見えていない」


「月が何だって?」


 聞き返した俺に、ドラキュールは慌てて口元を抑える。

 なるほどな、ありがちな設定ってやつだ。


「どうやら、雨雲で月が隠れたことで、弱体化したようだな」


「ぐぬぬ、感の良い奴め。今さら隠したところで無駄か。ワシら夜の眷属は、月からの力をその身に受けることで、肉体と魔力を強化できるのだ」


「アスモダイとは昼でもやり合ってたんだろ?月が無いのに、どうやって互角に闘ってたんだよ」


「太陽が明るくて見えづらいというだけで、日中でも月は見えるだろう。だが今は、厚い雲が闘技場の上空を覆ってしまっておる。ここまで計算に入れていたとすれば、ウヌはとんだ食わせ者よ」


 霧化のスキルを封じるための雷だったが、思わぬ所で嬉しい誤算が生じていた。

 こっちも体がボロボロだが、勝てる希望が湧いてきたってもんよ。


「当ったり前だろう!吸血鬼の弱点なんぞ、このタスク様は最初っからお見通しだってんだよ!ぜーんぶ想定内、ザマァ見ろってんだ!」


「嘘つけぇ!たまたま上手くいっただけであろうが!本来なら外野の助けがあったことで、反則負けでもおかしくないのだぞ!」


「ダマラッシャイ!トールの魔法は闘技場まで届いてないし、雲はどっかから寄ってきた完全天然素材。反則になる要素なんぞ、一切ありゃしねぇだろ!へっへーんだ」


「このっ!減らず口め!……ふはは、ウヌは口喧嘩の世界王者だな」


 ハッタリだって立派なテクニック。

 なんだかんだでドラキュールも楽しそうだ。

 ここまで闘って、しょぼい反則負けなんかで終われるわけないよな。


「やろうぜ吸血鬼ヴァンパイア。こっからが対等な勝負だ!」


 もうスキルを撃つ力は残っていない。

 ハルジオンを地面に突き立て、両手でファイティングポーズを取り、吸血鬼を迎え撃つ。


「ヒヨッコが調子に乗りよって!しかし、肌にヒリ付くような、この心地よい感覚。数千年を生きても得られぬほどの緊張感だ!ゆくぞ、究吸血殺拳!ホアッタァ!」


「上等だクソジジィ!見様見真似の竜合拳で勝負してやる!チェストォォォ!!」


 月の力を失った吸血鬼と、特別な力を持たない小説家の、シンプルな殴り合い。

 観客の盛り上がりは、ここで最高潮へと達した。

 まるで迫力の無い攻防に、ある者は叫び、ある者は涙し、ある者は祈りを捧げる。


 この闘いは、まれに見る泥仕合として、アリバロの闘技場で語り草となるだろう。


「ごぶぅ……ニンゲンのパンチなど、パンチなどぉ!……がふっ!」


「ぜぇ…ぜぇ……よ、よっしゃ!貰ったぁ!!」


 ずちゃ……


 う、千載一遇のチャンス到来だったのに、ぬかるみに足を取られて体勢を崩してしまった。

 何でだよ、こんな時くらい、最後まで運が俺に味方してくれたって……


「うおぉぉぉぉおおおぉぉぉおおぉぉ!沈めぃ小説家ぁぁぁ!!!!」


【タスクに痛恨の一撃!】


 体が動かねぇ。

 あれ?天井の大穴が見えてら。

 俺……倒れてんのか。


「ワシの!ワシの!ワシの勝ちだぁぁぁぁ!ヌッハハハハハハ!」


 両手を大きく突き上げ、勝ち名乗りを上げるドラキュールが見える。

 完全なノックダウン、俺の負けってことか。


(頑張れタスク、がんばれ!)


 トールの声が聞こえた気がする。


「っ!?バカな……なぜ立てる。あの手応えで、まだ意識があるというのか」


 もう癖になっちまってんだよな。

 どんなに追い込まれたって、寝てるわけにはいかない状況ってのに。


「ぜぇ…ハァ…ぜぇ…ハァ……負けるか。負けられない理由があるんだ」


「なんという精神力、何がそこまでウヌを奮い立たせるのか。息の根を止めねばあきらめんと言うのか」


「うるせえっ!ここで負けたら、トールを取り戻せねぇだろうが!何が何でもてめぇをぶっ飛ばす!」


「もう体は限界であろう!そのヨロついた構えで何が出来る。そして残念だったな。今まさに雲が晴れよったわい!再び月の力を宿したワシに死角は無い!」


 いつの間にか雨雲が消え、月光が吸血鬼を照らす。

 どうやら俺は、どこまでも運命に嫌われる体質らしい。


「ウヌのことは忘れぬ。遥か遠方よりやって来た挑戦者チャレンジャー。ワシの闘った相手の中で、最も素晴らしい闘士は誰かと聞かれたら、迷わずウヌの名を上げよう。さらばだ、小説家のタスク」


 まるでジェットエンジンでも積み込んだかのようなパンチが目の前に迫る。


「好きな奴の前でくらいカッコつけねぇで、何が男だってんだ!うおぉぉぉぉぉ!」


 この局面で逃げの手なんて無い。

 行け、恐れるな、前に出ろ。

 ジェットパンチを正面からデコで弾き、そのままドラキュールの顔を目掛けて特攻。


「これは……凄まじい魔力だとでも言うのか!?髪まで変色して………ぐぶぁっはぁぁぁ!!」


【吸血鬼に会心の一撃!!】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る