90. Mystery fog 後編
闘いは強さが全てじゃない、駆け引きを使った頭脳戦だって立派な戦術だ。
攻略不可能と思われた戦力差を
これが小説家の闘い方だ……いや違うか。
「やったぜトール!俺の逆転KO勝利………あれ?」
ハルジオンの切っ先は、確かに吸血鬼を
なのに何の手応えも伝わってはこないってことは、勝利を確信するには早すぎたのか。
フラグを踏んだかもしれないと、口を
「ヌハハハハハ!闘いの最中に、女の名前を呼ぶとは、とんだ軟弱者よのぅ!」
ドラキュールの高笑いが聞こえると同時に、その姿は透明になって消えてしまった。
俺と同じ戦法で、幻を作り出したというのか。
闘技場のどこにも奴が見当たらない。
「実力を隠し、相手を油断させて一撃を見舞うセンスは
目の前の空間が揺らめき、ドラキュールが姿を現す。
どうなっている?
「考えている暇は無いぞ?まだ勝負の途中だ。ほれほれぇ!」
頭が混乱して、腹部へのパンチに対処できなかった。
更に、ダメージで動けないところに回し蹴り。
またもや、闘技場の苦い砂を噛むことになった。
「げふっ!新手の幻術か?それとも
「どちらも外れだ!ウヌに見破ることができるかな?出来なければ、ここで終わりだな」
「うわぁぁぁ、来るな!このっ!このぉ!」
迫りくるドラキュールに対し、闇雲に武器を振るってみたはいいが、やはり攻撃が命中する直前で姿が消えた。
白いもやのような物が一瞬かかり、ゆらりと空間に溶け込む。
こんなインチキなスキルがあってたまるか。
「ヌハハハハハ!この『アルテミスト』の前では、全ての物理攻撃は無力!ドラゴンでさえも、ワシの体に触れることは叶わぬ!」
「アルテ……ミスト?まさか、霧に
「な!なぜ霧だと分かったのだ!?この後、カッコよくネタばらしするはずであったのに」
スキル名にミストって付いてるじゃんよ。
夜の
これで攻略の糸口が見えてきたぞ。
「それが分かったとて、ウヌにはどうすることも出来まい。実体の無い霧に、いくら攻撃したところで突き抜けるだけ。まさに雲を掴むような話だな」
スキルの正体を見破っても、攻撃が当たるようになるわけじゃない。
武器を振り回しても、物理攻撃は無効化される。
だったら、こちらも自然の力を使えばいい。
「頼むぞペンシルフィード!精霊力開放!聖なる風よ、邪悪な霧を払い飛ばせ!」
ハルジオンを突き出し、精霊の力で突風を巻き起こす。
これをまともに受けたドラキュールは、たちまち
重さの無い霧なんて、ちょっとした風で吹き飛ぶんだぜ。
「やったか?完全にバラバラになったはずだが……」
がぶり!
「ッアーーー!!いててて!」
辺りを見回す俺の真後ろから、鋭い牙が突き立てられた。
実体を現したドラキュールが、首筋に噛みついたのだ。
慌てて振りほどこうとするも、やはり霧に変化する吸血鬼には触ることも出来ない。
「いってぇ……血ぃ吸われたのか?まさか俺、吸血鬼になっちまうのか?」
「夜の眷属は由緒正しい種族だぞ。噛みついたくらいで、吸血鬼になられては困る。しかし、ウヌの血はマズイ!肉を食うな、野菜か果物を取れ」
「自分で吸っておきながら、食生活に説教してんじゃねぇ!血を吸って吸血鬼にならないなら、いったいどうやって仲間を増やすんだよ?」
「それは!!……まぁワシだけでは無理というか、夫婦の
あ、吸血鬼も普通に子作りするんだっけか。
そりゃそうだ、息子のアルが存在しているのが、何よりの証拠だし。
おかげで人間を辞めなくてすんだぜ。
「なんて安心してる場合じゃない!風で吹き飛ばしても、相手の位置が分からなくなるだけだ。別の手を探さねば」
「これ以上、小細工を
霧から実体に戻り、攻撃しては霧へと変化する。
こちらは触れる事も出来ず、一方的な猛攻に為す術が無い。
「ぐはっ!はぁ…はぁ…自分ばっかし殴りやがって。卑怯だぞ!正々堂々と闘うんじゃなかったのかよ」
「ワシの編み出したスキルだ。卑怯呼ばわりされる筋合いは無い。攻撃が当たらぬは、単純にウヌの実力が足らぬだけのことよ」
どうすりゃいいんだ、何をやってもスカる相手に、どんな弱点があるってんだよ。
腕力だけじゃなく、アスモダイみたいに知力や魔力があれば。
種族の持つ圧倒的な力の差は、小手先の策では埋まらないのか。
「終わりだ……ワシを相手に、良くここまで闘えた。ニンゲンにしては、粘ったほうだろう。誇りを胸に倒れるがよい」
ズドン!!
「うっぷ!……がはぁ!」
何度目だろうか、ドラキュールのボディブローが、腹部をえぐるのは。
立っていられない、膝をつき、うずくまって痛みを
息も出来ず、声も出せず、冷たい汗が頬を伝う。
「ヌハハハハハ!トドメだ!」
次の攻撃が来たら終わりだ。
ちくしょう、全ては相手の掌の上、悔しくてしょうがない。
ゴメンなトール、勝てなかったわ。
ポタタ………
「……………攻撃が、来ない?」
顔を上げると、ドラキュールは距離を取り、こちらの様子を
何が起こった?勝負を決めるつもりじゃなかったのか。
「ヌハハハハハ!これ以上はよかろう。降参してしまうがよい。そしてこのアリバロで、ワシのために働いてゆくのだ」
違う、さっきまでは明らかに攻撃するつもりだったはずだ。
誤魔化してはいるが、攻めきれない何かかがあったんだ。
考えろ、この短い瞬間に、一体何が起こったのか。
アスモダイは、こいつにどうやって勝ったんだ。
熱中症によるタイムアップ?トドメのドラゴンブレスは、水脈を掘り当ててドラキュールを救った。
人間が好きなアスモダイとは言え、吸血鬼にまで温情をかけるだろうか。
そもそも、助けたのでは無いとしたらどうだろう。
(お待たせしました、お水です……わわわっと!)
(ヌォォォン!当たってたまるかい!)
(大丈夫か?服がビシャビシャになっておるな。このままでは風邪を引きかねん。誰ぞ替えの服を持て!)
「そうか!これなら全ての
「フン、そのボロボロの体で、まだ挑もうと言うのか。もうやめておけ。今度こそ本当に、命を落とすことになる」
なんとか体を起こし、戦闘態勢をとる。
俺の考えが間違っていたなら、おそらく次は無いだろう。
死への恐怖を奥歯でガッチリと噛み殺しながら、重い体を引きずる。
「例え命を落とすことになっても、トールは絶対に取り戻す!まったく……楽じゃないよな、仲間ってやつは!」
「ウヌはまさか……フフ、愛か。もう忘れたと思っていた、ローズの顔が目に浮かぶわい……もう何も言うまい!かかってくるがいい!」
「ったりめぇよ!行くぞ、残りの力を全て注ぎ込め!一筆入魂!『
ハルジオンから
俺の勘に狂いが無いならば、アスモダイは間違いなくドラキュールの弱点をついた。
奴が攻撃できなかった理由はひとつ。
「今さら、そんな直線的な攻撃に当たるはずがあるまい!最後の賭けがコレとは、とんだ拍子抜けだぞ!」
「そうだな、当たってたらどうしようかと思ってヒヤヒヤしたさ」
疾筆は攻撃的なスキルではなく、文字を遠くに飛ばすものだ。
俺が本当に文章を届けたかったのは、吸血鬼なんかじゃない。
「え?コレって、雷の魔法じゃない。タスク、これ屋内じゃ使えないよ」
俺の狙いは、はなっからトールだ。
スキルはスクリプトに受け止められ、魔法がチャージされた。
これで王手までの準備は整った。
「構わない!そのまま使え!我に策ありだ!」
「バカな!観客に助けを求めるだと!闘技者ではない者の攻撃は反則、即座に失格になるぞ!」
「言いがかりは止してもらおうか?これは攻撃じゃないし、直接闘いに関係しない」
たまたま放ったスキルが、観客に当たっただけのことなのだ。
そのあとで客が何をしようと、俺は一切関与しないね。
見たか、これが
「特大のやつで行くよ!ストライクトールハンマー!!」
【天空闘技場のドームに雷が落ちた!】
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