90. Mystery fog 前編

『弱点』とは、そこを突かれると弱い部分のこと。

 火は水に弱く、水は雷に弱いなど、属性の条件が一致した場合、効果は抜群ばつぐんだ!となる。

 どんな強敵でも、弱点はあるもの。

 そこをアイテムやギミックを用いることで攻略していくのが、戦いの基本であると言える。

 しかし………


◇◆◇◆◇◆



"ハッスルキャッスル 天空闘技場"


 今回のクエストは、俺をここに呼び出す為に、ドラキュール自らが仕掛けた罠だった。

 ドラゴンの代わりとして標的にされるってのは、さすがに荷が重すぎやしないか。

 でも、トールがあっちに取られている以上、絶対に退くわけにはいかない。


「行くぜドラキュール!きっちり勝負に勝って、トールを返してもらう!」


「勝てたら……な。精霊の力には少々驚いたが、決定的な決め手にはなるまい!あくまでも防御手段としては優秀と言うだけのことだ!」


「おいおいおい、俺がこれだけしか用意してないとでも思ってるのかよ。俺は小説家だよ?その手の物語だって、飽きるほど読んできた。吸血鬼の弱点なんぞ、無数に頭の中に入ってんだ!」


「ヌハハハハハ!何を言い出すかと思えば、お伽噺とぎばなしにでも、すがろうと言うのか?面白い、想像と現実が如何いかにかけ離れているか、とくと検証するが良い!」


 吸血鬼対策は、昔から無数に考えられてきた。

 いくら設定がバグついていようと、どれか一つくらいは合致するものがあるはずだ。

 数打ちゃ当たる、打たなきゃ当たらねぇ。


「まずは小手調べだ!食らえガーリックスプラッシュ!」


 農業都市で大量に購入して余っていたニンニクを投げつける。

 息子のほうは効かなかったが、こいつは純正吸血鬼だ。

 もしかしたら......


「ヌゥゥ、臭ぇ!これはアグリルバード産のニンニクか。確かに野菜は苦手ではある。だがワシは、亡き妻に言われて無理やり野菜を食していた!食えぬことはなぁい!」


 投げつけたニンニクをボリボリ食べ始めやがった。

 投げたのは俺なんだけど、わざわざ食べなくても良いんじゃないかい。


「これが通用しないのは想定内だ!まだまだこんなもんじゃないぞ!お次はこれだ!」


「ヌウ!.........ん?なんじゃそれは。その先は無いのか?」


 地面に突き立てたハルジオンに、右腕をクロスさせてドラキュールへと向ける。

 吸血鬼と言えば、十字架を嫌うものだ。

 聖なるロザリオに恐れおののけ。


「ふむ、神聖なる闘いに、祈りの十字架を立てたと言うことか。感心したぞ若者よ。今の世の中、信仰心しんこうしんを持たぬ者が多すぎるのでな」


 俺のアクションに呼応するかのように、ドラキュールもひたいの前で十字を切る。

 そうだった、こいつは吸血鬼のくせに牧師の資格を取ってる変人だ。

 どう考えたって闇属性なのに、聖職者を気取るなっつの。


「まだまだぁ!こっからが本命だ!もうアンタは、俺の姿を認識することすら出来ない!すぅぅぅ......ふん!」


「さっきから何をやっとるんだ、ウヌは?息を止めたからといって、姿を消せるはずがなかろう。何か違う作品を想像しておるのではないか?」


 東洋系の吸血鬼ならワンチャン、とも思ったけどダメか。

 あちらさんなら、呼吸を止めることで、存在自体を認識できなくなる設定なのに。

 ちゃんと吸血鬼をしろ、吸血鬼を。


「ふざけているのかね?ワシは攻撃してもいいのか?ドラゴンを葬ったという、ウヌの真の力が見たいのだがね」


「何度も言うが、そりゃガセネタだ!まぁいい、ここらで遊びは終わりだ。決定的な吸血鬼の弱点を披露してやるよ!」


「これは面白い。夜の眷属けんぞくたるワシに、決定的な弱点だと?そこまで言うからには、今度こそ本物なのだろうな?」


「当然だ!そうやって余裕をかましてられるのも今の内だ!あとで後悔しても遅いぜ!」


 会場全体が騒然となり、固唾かたずを飲んで俺の動きに注目する。


「言うぜ、アンタの弱点.........吸血鬼は、聖なる武器を心臓に突き刺すことで倒せる!これで決まりだ!」


 これを聞いて静まりかえる闘技場。

 俺の推察に、みんなグゥの音も出ないようだ。


「まぁ……ワシとて心臓を貫かれれば、さすがに命はない。だがそれは、弱点と言って良いものか?およそ全ての生きとし生けるものは、同じ条件で絶命するものなのではないのかね?」


 そりゃそうだ、人間だろうとモンスターだろうと、そんなことしたら死んじゃう。

 そもそも簡単に心臓をさしだしてくれる敵なんて存在しない。

 一旦、落ち着いて冷静になろう。


「もうよいわ!弱点などと洒落臭しゃらくさい!勝負が始まったならば、正々堂々と向かい合って闘うのが勝負師というもの。勝負を汚す輩には、ボロ雑巾になって闘技場に沈んでもらう!」


 ドラキュールが低い姿勢で突っ込んできた。

 今までとは、明らかに構えが変わっている。

 まてよ、この構えはどこかで……


「見せてやる!ワシが独自に編み出した究極の奥義。一切の無駄を排除した、回避不能の連撃『究吸血殺拳きゅうきゅうけっさつけん』を!ホアチャー!!」


 迫りくる突き・蹴り・手刀。

 まるで拳法のごとく、流れるように繰り出される攻撃。

 しかし、それらは一発として俺の体に触れることは無かった。


「よっ!はっ!とうっ!見える、見えるぞ!俺にも攻撃が見える!」


「バカな!究吸血殺拳が当たらないだと!?おのれ、いったい何をしたのだ!」


「究吸血殺拳、敗れたり。なんつってな、その動きは見たことがあるんだよ。アスモダイが使ってた『竜合拳りゅうごうけん』にそっくりだ。てめぇら揃いも揃って、西洋ファンタジー設定を無視しやがって!一度見た技は、二度と小説家には通用せん!」


 なんて、ギリシャの闘士っぽいことを言ってやったぜ。

 攻撃のパターンさえ分かっていれば、回避するなり、風で防御するなりは難しくない。

 それにしても、似たような拳法を思いつくなんて、案外アスモダイと気が合うんじゃないかな。


「今のは手を抜いていただけのこと。速度を上げればついてはこれまい!アチョチョー!」


「バーカ!いくら速くなろうとも、攻略法が分かってる攻撃なんて怖かないぜ!小説家スキル『字雷起爆じらいきばく』歯ぁ食いしばれぇ!」


 ドッカーーーーン!!


 地面にスキルを仕掛け、合図で衝撃を開放する爆発技。

 アスモダイの時と同じく、向かってきた相手を自爆に巻き込む捨て身の戦法だ。

 闘技場の砂がモクモクと舞い上がり、ドラキュールは柵まで吹き飛んでいった。


「く……自爆技とはな。初めてだ、ここでダウンを喫するのは。しかも同じ条件で爆発を食らっておきながら、ウヌは一歩も退いてはおらん。これほどの屈辱は、アスモダイ戦以来なかったぞ!」


 闘技場の中心に立ち、自分を見下ろす俺の姿に激昂げきこうするドラキュール。

 興奮した観客の大歓声が、砂埃すなぼこりと共に闘技場を包みこんでいく。


「認めねばなるまい、間違いなくウヌは強者!もはや、その強さを疑わぬ。ワシも本気で行くとしよう。もう小細工は通用せんぞ!フルパワーで葬り去ってくれる!」


 先ほどまでの拳法の型を捨て、獣の如く襲いかかる吸血鬼。

 カウンターを食らう事も辞さない、無軌道な特攻となれば、回避は不可能。

 砂埃を払い、俺の姿を確認するなり、大きく振りかぶった攻撃が放たれた。


 バシュン!!


 空振り……いや、間違いなく当たったはずの攻撃は、俺の体を通り抜けてしまった。


「これは……幻。砂で姿を見失った一瞬の内に、入れ替わっていたのか」


「幻惑のルーン『マンナズ』を使った。あの爆発で、俺だけ吹っ飛ばされないわけがないだろう。砂に隠れて、この時を狙っていたのさ。これで終わりだドラキュール!刃のルーン『スリサズ』聖なる槍よ、暗闇を切り裂け!」


 ザシュ!!


 後ろから、ルーンで鋭さを与えたハルジオンが、吸血鬼を貫く。

 卑怯と言うなら、それでもけっこう。

 人間は知恵で闘う生き物なのだから。

 この勝負は、俺の勝ちだ。


【吸血鬼に会心の一撃?】

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