91. Blessing of Vampires 後編

"娯楽都市アリバロ ハッスル・キャッスル"


「イッテテテ、痛ぇってば。いいって、自分でやるから」


「ダメだよタスク、ちゃんと治療しなきゃ。体中アザだらけじゃない。顔なんてパンパンにれてるし。ほら、こっち向く!」


 ドラキュールの誤解から始まった、壮絶な試合が終わった。

 闘技場は水浸しになり、屋根も破損しているため、しばらくの間は閉鎖されるらしい。

 おかげで勝利者インタビューを受けなくて済んだ。


「凄かったね、お客さん大喜びだったよ。あんなに盛り上がった試合は、初めてなんだってさ。やっぱりタスクはカッコいいよ。私のために、ありがとね」


「へん、どうってことねぇや。吸血鬼なんて俺にかかりゃ、一捻ひとひねりってなアイダダダダ!」


「そ れ よ り も!またアレになりかけてたでしょ?ダメだって言ったよね!ちゃんとわかってるの?」


「え?あぁ………ごめん」


 ジョブモード『スーパーヒーロー』は、異次元限定の変身だったはずだ。

 感情がたかぶって、自分でも制御できなくなると、時折こうして顔をのぞかせてくる。

 かっこいいパワーアップと言えば聞こえは良いが、あれで一度消えかけているだけにシャレでは済まない。


「ヌハハハハハ!見事なフィニッシュだったな!おかげで、ワシの自慢のキバがポッキリいってしまったぞ」


 大声を上げて、包帯を顔半分グルグルに巻き付けたドラキュールがやってくる。

 最後は、捨て身の頭突きを口元に叩き込んだことで、顔が悲惨ひさんなことになっていた。

 文句なしの失神KO、頭を使った勝利だ。


「こっちだってデコに思いっきり歯形がついたんだから、恨み節を聞く気は無ぇよ。まるで死んだかと思うような倒れ方したくせに、もうピンピンしてるじゃないか」


「ワシの歯は、一年に一度は生え変わるからな。どうと言うことは無い」


 生えるんかい!まったく都合の良い体質しやがって。

 まぁこれで、トールも戻って来たし、クエストも達成してメデタシメデタシだ。


「これでワシも王座陥落おうざかんらく......既にアスモダイもこの世にはおらぬし、生きておってもやることが無い。真っ白に燃え尽きたような気分だ......」


「その件については誤解を解いておきたい。アスモダイは生きてて、魔力が感じられないのは......まぁ俺のせいでもあるんだが、今は人間やってんだよ」


「なんだと!アスモダイがニンゲンに!?」


【タスクは事の経緯を話した】


「なんたることだ。あれほど気位きぐらいの高いドラゴンが、ニンゲンのために自ら犠牲になるとは。信じ難い話だ......アスモダイ」


「ショックだろうが、あいつも人間のことが好きだからな。案外、快適なヒューマンライフをおくってると思うよ。登山したり、勉強教えたりしてさ」


「ヌハハハハハ!そうか、生きておるのか!消滅していないならば、いずれ魔力は戻る。その時までに、ワシも鍛えなおしておかねばな。最短で千年程度か、再び楽しみが出来たぞ」


 こいつは本当に落ち込まない性格してるな。

 アスモダイにとっては迷惑な話だっただろうか。

 どっちにしても、再戦の時に俺達は生きちゃいないけど。


俄然がぜん、やる気が湧いてきたわい!となれば、闘技場は修復せねばな。閉鎖にしても良いと思ったが、まだまだ闘うことはやめられん。チャンピオンは月に一度、防衛線を行うことになっておるが、どうせウヌは出場せぬのだろう?」


「当たり前だろ!あんな痛いのは、二度とゴメンだ!それに、俺達はカラーズに帰らないといけないし」


「うむ、ならば空位となった王座を巡って、大規模な大会を開かねばな。これでまた、闘技場も盛り上がること間違いなし。ウヌには感謝しておるぞ。あぁそうそう、これを受け取ってもらわねば」


 お、勝負に勝った賞金かな?闘技場の覇者に勝ったのだから、当然と言えば当然。

 都市運営のカジノだ、きっと目が飛び出るほどの高額に違いない。

 渡された紙きれに目をやると......


「え?.........ナニコレ?請求書って、いち...じゅう...ひゃく...せん...まん...」


 思わず目を疑った、請求書ってことは俺がマニーを払うのか。

 しかもこの金額、目どころか脳まで飛び出るほどのけたが記載されている。


「闘技場の屋根はウヌらが壊したからな。その修繕費用だ。ここの建造物は、最高級ジョブ『一級建築士いっきゅうけんちくし』によってデザインされておる。故に相応の金額にはなるが、まぁこの程度はウヌにしてみれば大したことはなかろう?」


「冗談じゃない!ただでさえアネスに借金してて、取り立てに怯えてるってのに、こんなマニー払えるわけないだろ!」


「本気で言っておるのか?ううむ......ウヌはもしかして、今回のクエストの報酬額を見ておらんのではないか?そこから天引きするつもりの請求書なのだが」


 クエスト報酬?そういえばクエストの概要を良く読んでいなかった。


「トール、このクエストの報酬額がいくらか見せてくれ」


「うん、ライセンスカードからクエスト内容を開いてっと。これだね」


 修繕費を差し引いても、一生食うのに困らないくらいの額が表示されている。

 アネスへの借金返済なんて、蚊に刺された程度の痛みもないくらい。


「知ってただろ、この報酬額。何で言わないんだよ!こんな大事なことを」


「聞かないからでしょ!だいたい、この額に気付かないタスクがおかしいんだよ!」


 そりゃそうだ、さすがにこれは読み飛ばしてはいけない項目だった。

 俺が悪いと言うなら、心の底から深く反省しよう。

 なんたって、これだけのマニーがあれば、もう働く必要もないもんねー、うひゃひゃ。


「でも、こんな大金もらっていいのかよ?一回のクエストで出る額じゃないぞ」


「ワシはアリバロの首長で金持ちだからな。ここに来る連中は、マニーを湯水の如く使う者ばかり。ウヌのおかげで、闘技場の評判も上がりそうだからな。遠慮は無用、胸を張って受け取るが良い」


 カラーズに帰って、ギルドにクエスト達成を報告すれば、その瞬間に大金持ちか。

 パーティーへの分配は当然として、原稿用紙のストック増量、食費の大幅アップ、装備品の買い替えもしたいなぁ。


「それだけではないぞ。他にも渡すものがある。まずはウヌが着替えた装備だが、そのまま持ち帰るが良い。遥か古代に、織神おりがみアラクネーが織り上げた衣『スレイプニル』だ。打撃斬撃はもちろん、魔法への耐性も付与された、神の遺物アーティファクトのひとつに数えられておる」


 スレイプニルと言えば、北欧神話の神が騎乗する馬の名前だ。

 その名を冠する防具だとすれば、性能は折り紙付き。

 ドラキュールの攻撃に耐えれていたのは、これのおかげでもあったのか。


「それから、ウヌは悪魔を相手に戦うのであろう。うちのカジノディーラーが都市を出てしまうのは痛手だが、家族は一緒が一番だからな。その悪魔と対峙したならば、これが必ず役に立つ」


「これは『スキルペーパー』か?封じ込めたスキルを、一回だけ使うことができる超高額アイテムだよな」


「左様、その中には『封印の禁呪』と呼ばれるスキルが入っておる。古の賢者が編み出したと言われる、悪魔を封じ込めるためのスキルだ。ここぞという時に使うといい」


「封じ込めるって、いったい何に封じ込めるんだ?」


「ニンゲンの体だ。ウヌらの体は、魔力や魂といった概念を容れる器として、非常に安定しておる。封じ込めたものが漏れ出す心配は、その者が生きておる限りは無いということだ」


 メフィストを体の中に入れるってのは抵抗があるな。

 こいつは、どうにもならなくなった時の、最終手段と考えよう。

 と言っても、バグゼクスと長年同居してきた俺としては、今さらビビったりはしないが。


「悪魔を身に宿した者は『魔人』となり、肉体に何らかの影響が表れるそうだ」


「そりゃ悪魔だもんな。多少のリスクはしょうがないさ。例えばどんな影響が出るんだ?」


「怪我や病気が治ったり、食欲が増進したり。あとは毎日がハツラツと、元気に過ごせたりと言われておる」


 良いことづくめかよ!悪魔の力すげぇな。

 いつかメフィストと戦うならば、手持ちの戦術は少しでも多い方がいい。

 だが問題は、奴がどこにいるかが分からないことだ。


「心配はいらんぞ、夜の眷属にはちょっとした予知能力がある。ウヌは遠からず悪魔と再会することになる」


「俺の知り合いにも一人、そういうの得意な奴がいるよ。できれば二度とメフィストには会いたくないが、その予知を信じるよ」


 スキルペーパーを受け取ると、ドラキュールは固い握手で健闘を祈ってくれた。

 今度こそ、今度こそ悪魔は俺の手で葬り去ろう。


「そうそう、ワシは今、999組の結婚式を祝福してきたのだがね、何なら今ここで式だけでも挙げていかんか?ワシにとっては、晴れて1000組目の新郎新婦よ」


「なっ!だから、俺達はまだ、そういうのは早いんだってば!こういうのには順序ってもんがだな」


 後ろでトールがふくれっ面をしているが、結婚式だなんて、まだ覚悟ができていない。


「そうかのう?ワシの予知には、近い未来で子供を抱く二人の姿が見えたのだが。小娘は妊娠にんしんしておるのではないかな?」


「そんなわけないだろ!」

「そんなわけないでしょ!」


 こいつの予知、なんだか信用できなくなってきたぞ。


【吸血鬼への挑戦を達成した】

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