89.Dragon Slayer 前編

闘技場とうぎじょう』とは、闘技者が自身の実力を披露するための施設のこと。

 古代ローマのコロッセオが有名。

 剣闘士と呼ばれる猛者たちが、互いの命を賭けて闘ったり、猛獣を放して闘わせたり、ある時は公開処刑の会場にもなったという。

 しかし………


◇◆◇◆◇◆



"ハッスル・キャッスル 天空闘技場"


 吸血鬼ドラキュール・ノスフェルバニアとの闘いが始まった。

 さっきから聞いていると、どうもドラゴンのアスモダイに何か思う所があるのか。

 ドラゴンの倒し方なんて知ってりゃ、この世界で頂点が取れそうなもんだ。


「おい、変な誤解をしてるんじゃないのか?アスモダイとは確かに戦ったが、滅するとかそういう決着じゃなかったんだ!」


謙遜けんそんするでない、ワシは全てを分かっておる。アスモダイは、ドラゴンという存在そのものを隠しながら、世界の流れを見ておった。ウヌのような熱い男であれば、奴の意思を尊重そんちょうして、討伐したことを隠匿いんとくしようと思うのも分かる」


「いや待ってくれ。全然そういうつもりは無くてだな……」


「だがここはアリバロ!各地から多くの旅行者がやってくるのだ!ドラゴンが討伐されたという噂も、ここ最近ではチラホラと聞くようになった!」


 それについては間違っていない。

 実際にフォックスオードリーでクエストを受け、見事にこれを達成した唯一のワーカーが俺なのだから。

 あの時は一応、ドラゴンを倒したって事にしたわけだけど。


「いや、その噂は半分は当たってるが、正確では無いというかだな。とにかく、アスモダイは今もピンピンしてるよ」


「嘘をつくなっ!!」


 恐ろしい剣幕で、こちらを睨みつけるドラキュール。

 その怒声に、会場全体がピリつく空気を感じている。


「ニンゲンには分からぬであろうが、夜の眷属けんぞくたる吸血鬼には、絶大な魔力を感じとる力がある。例え万里の地平をへだてていても、その魔力を意図的に抑え込んでいたとしてもな。ある時から、アスモダイの魔力を一切感じられなくなった。ドラゴン討伐を成し遂げた者の噂が流れてきたのは、ほどなくしてからだ。そして、世に名前が売れ始めた一人のワーカーの名前もまた同じ。考えられることは一つしかなかろう」


 噂がアリバロに流れてきた時期と、アスモダイが自身の魔力を引き換えにして、フォックスオードリーを守った時期が被っているのか。

 俺の悪名が知れ渡ったこともあって、とんでもない誤解を生んでしまった。


「ワシが生涯をかけて達成するはずだった目標、ドラゴンへの勝利。それをニンゲンがやって退けたと聞いた時は、椅子から転がり落ちるほどの衝撃であった。故に、タスクというワーカーを調べ、このアリバロに来るようにクエスト形式で招待したのだ。ワシの標的は、ドラゴンから小説家へと変わった!ここで全ての決着をつける!」


 鋭いステップインで、一気に間合いを詰めてくる。

 まずいぞ、さっきよりも速く、動きにキレがある。

 ドラゴンに挑もうなんて奴の攻撃、まともに食らったら一溜まりもない。


「おわわわ!ドラゴンに代わって標的になるなんて、こんな理不尽な話があるか!そもそも俺は関係無いだろ!どう言えばわかるんだよ」


「どう聞いてもわかる話では無い!最強の生物を倒した以上、ウヌが最強。ならば、強者に狙われるは必然であろう!」


 手脚にジェットエンジンでも付けたかのような、猛烈な攻撃が繰り出される。

 闘技場を走り回りながら、紙一重で回避したものの、明らかに劣勢。

 この消極的な闘い方に対して、会場からはブーイングの嵐だ。


「くそ、防御だけで手一杯だ。おまけに圧倒的なアウェイ感。このままじゃ体力を消耗するだけか」


「それは防御ではなく逃げと言うのだ。ドラゴンともあろう者が、そのような小細工に翻弄ほんろうされたと言うなら、少々ガッカリだな。もう良かろう、さっさと終わらせてくれる!」


 ズドン!


 足が止まったところに、目にも止まらぬ速さでボディブローが飛んできた。

 眼の前でニヤリと笑みを浮かべる吸血鬼。

 まずい、ここから逃げなくては。


「ヌハハハハハ!一度捕えた獲物は絶対に逃さん!それそれ、しっかりと防御せんと死ぬぞ?」


「ぐはっ!ぶべっ!オバババババ!………げふん」


 全弾漏れなく被弾、目の前に砂の地面が近づいてくる。

 今まで何度味わったことだろう、このダウンの屈辱を。


「ヌハハハハハ!今宵もまた、ワシの勝利だ!」


 高々と腕を掲げ、観客に向かってパフォーマンスを始めるドラキュール。

 これには会場も大賑わいだ。

 熱狂の渦に包まれる闘技場、今日だけでどれほどのマニーが動いたのだろう。


「痛っててて………散っ々、ド突き回しやがって。俺はサンドバックかっての」


 観客へのアピールを行っていたドラキュールが、信じられないといった顔で振り向く。


「なんだよ、もう勝ち名乗り上げてんのか。そりゃ気が早い、さすがにダサいんじゃないか?」


 大歓声からの静寂、俺が立ち上がったことが、観客にはよほど信じられなかったようだ

 ドラキュールも、面食らって目を丸くして、こっちを見ている。


「バカな……あれほどのラッシュを受けて、尚も立ち上がるのか。ワシの攻撃が甘かったか、それとも桁外れのタフネスを持ったニンゲンなのか。いったい何をしたのだ!?」


「へへん、教えてやらねぇ。どうしても知りたいなら、アスモダイとの間に、何があったかを聞かせてもらおうか?」


 これほどの執着を見せるからには、何かしらの因縁があると見たぜ。

 そもそもアスモダイは死んでいないのだから、事情が分かれば誤解も解けるはずだ。

 上手く交渉して、あちらにターゲットを戻してもろて。


「ふん、駆け引きのつもりかね?だが、足元がフラついておるぞ。会話を引き伸ばして、ダメージを回復するつもりなのだろう」


 あばば、バレてるじゃないか。

 やはり闘技場のチャンピオンやってるだけあって、一筋縄ではいかないか。

 目論見が看破され、客席から一斉にブーイングが飛び交い始める。


「ヌハハハハハ!諸君、まぁ良いではないか。姑息な男ではあるが、ワシの攻撃を受け切ったことは事実!よかろう、ワシとアスモダイの間に、何があったか話してやる」


【吸血鬼とドラゴンの因縁が語られる】

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