88. Yes, your majesty 後編

"ハッスル・キャッスル"


 天空闘技場てんくうとうぎじょう、それはカジノの頂点に位置し、圧倒的な人気を誇るギャンブル。

 固く砂を敷き詰められた円形のリングを、ぐるりと観客席が囲む。

 屋根は一面ガラス張りのドームになっており、星空の瞬きと花火を楽しむことが出来る。


 だが、観客の目にはロマンチックな夜空なんて映らない。

 二人の闘技者がリングに上がり、死力を尽くして闘う様を目に焼き付けるためだ。

 どちらが勝つかの賭けが行われているのだから、その熱狂ぶりには拍車がかかっている。


「ヌハハハハハ!ワシとここで闘う者は、久しく現れたことが無い。ワシはここのチャンピオンにして、無敗のタイトルホルダーなのだからな。ルールは至ってシンプル!一対一で闘い、あらゆる戦術を駆使し、最後まで立っていた者が勝者だ!さぁ、出てこいや!」


 先にスタンバっていたドラキュールが、マイクパフォーマンスで俺をあおってくる。

 カードゲームだけじゃなく、闘技者としての経験もあったのか。

 一歩ずつゆっくりと闘技場への道のりを踏みしめる度に、死刑台の十三階段が頭に浮かびやがる。


「ドラキュール様ー!あなたに全部ぶっこみますわー!」

「いいぞー!イキってる若造を血祭りに上げてやれぇ!」

「闘技場のレジェンド!ドラキュール様に勝てる奴なんていないぜ!こりゃオッズは元返もとがえしだな」


 完全にアウェイ、よそ者である俺に対して、容赦の無いブーイングが飛び交う。

 分かっていたことだが、声援の差が段違いだ。

 一人くらい大穴を狙う度胸の有る奴はいないもんかね。


「タスクー!私のチップ全賭けだよ!絶対に勝つって信じてるから!」


 握りしめた投票券を片手に、一人応援団の登場だ。

 さすがは声優、これほど熱狂した会場の中でも、ハッキリと声が聞こえている。

 俺はお前を取り戻すために、ここに立っているんですがね。


「始めようではないか。ドラゴンを葬り去るほどの実力、ワシにとくと見せてくれぃ!」


「葬り去ってなんてねぇよ。噂に尾ひれが付き過ぎだ、あんまり流言を信用しないほうがいいぜ?」


「ヌハハハハハ!ここまで来て爪を隠すこともあるまいよ!まったく笑わせてくれるものだなウヌは。しかし……もし本当に噂が出鱈目でたらめだと言うならば、ウヌはここで死ぬしかない!」


 闘技場の砂を踏みしめると、ザリっとした感触が足から伝わってくる。

 小さな粒に混じり、白く固い欠片が見える。

 この場所で倒れていった、幾百の闘技者達の歯や爪だろうか。


「ふん、気付いたかね?そう、砂の中には滑り止めに、貝殻を砕いた物を混ぜてあるのだ」


「貝殻かよ!負傷者の姿を想像してビビって損したわ!そうやって余裕ぶっこいていられるのも、今だけだからな?俺だって何の勝算も無く、リングに立ったりはしない」


「ほぅ、ここに来て、怖気づくどころか自信満々ではないか。今までの挑戦者とは、格が違うということか」


「見せてやるよ!エルフとドワーフの技術が詰まった、最新鋭の装備をな!鉄の男にビビりやがれ!エルドワスーツ、バトルフォームだ!」


 隠しコマンドで、超高性能アーマーへと変化する装備。

 こいつがあれば、相手が誰であろうと、大抵の攻撃は弾き返すことができる。

 吸血鬼を相手に、手ぶらで挑むわけないだろう。


「………あれ?バトルフォーム!バトル……どうなってる、故障か?」


「先ほどから、おかしなポーズをとっているが、ウヌは何をしておるのだ?」


「いや、本来なら服がアーマーに変化してだな………あ、さっき水に濡れた時に着替えたんだった」


 なんてこった、生身の体で闘えってのか。

 エルドワスーツが有ればこその自信だったのに。

 ここに立っているのは、ただの貧弱な小説家だ。


「汚いぞドラキュール!闘う前から相手の装備を剥ぎ取るとは!トールを操って水をぶっかけるなんて、どこまでも姑息こそくな奴め!」


「ワシは特に何もしておらんのだが……ウヌの仲間がドジをやっただけのことであろう。正々堂々と闘おうと言うのに、とんだ言いがかりよ」


 カーーーン!!


 そうこうしていたら、試合開始のゴングが鳴ってしまった。

 観客の熱狂的な声援が塊となって押し寄せ、リングを震わせる。

 もう腹を括って挑む以外の方法は無い。


「こうなりゃヤケっぱちだ!ルーン開放、頼むぞハルジオン!ウルズの乱れ撃ちだ!」


「ほぉ、ニンゲンにルーンの使い手が、まだおったとはな。しかぁし!魔力の質も量も、よる眷属けんぞくたるワシの前では、そよ風に等しい!」


 ハルジオンから発射される衝撃のルーンは、一つ残らずドラキュールのパンチによって迎撃されていく。

 なるほど、こいつはパンチャー系のモンスターと同じスタイルの戦闘方法だな。


「ヌハハハハハ!そらそらぁ、今度はこっちからゆくぞ!」


 ステップインを繰り返し、凄いスピードで距離を詰めてきやがる。

 あっという間に射程圏内、これはいつもの流れ……


「毎度毎度、同じようにノックアウトされてたまるか!どれほどパンチャー系のモンスターとやり合ってきたと思ってる!うおぉぉぉぉ!」


 シュシュ!シュン!


 ドラキュールのパンチが、髪をかすめながら、空を切る。

 今まで幾度もパンチを受け続けた影響なのか、飛んでくる攻撃に目をつむることが無くなった。


「そのパンチ、見切ったぞドラキュール!この勝負もら……ぷげぶぁ!!」


 攻撃は完全に見えていたはずなのに、得体の知れない何かが顔面を弾いた。

 目がチカチカしやがる、後退しながら体勢を立て直すも、何をされたのかがわからない。


「イテテ、何をしやがった?パンチは完璧に見えていたのに……」


「確かに、パンチを見切るセンスは抜群ではあるな。しかし、それだけでは、ワシを倒すことはできぬ!」


 再びステップインからのコンビネーションブロー。

 見極めろ、まずは右を外し、次いで左のフックを回避していく。

 このあと、どちらの腕から攻撃が繰り出されるのか。


 ズバァーン!


「ごふっ!そうか……これが見えない攻撃の正体。なんて、卑怯な……」


 やはり回避は出来なかった。

 その衝撃に、リングを取り巻く柵まで吹っ飛ばされてしまった。

 だが、何をしたのかは、ハッキリとこの目に焼き付けたぞ。


「卑怯も何も、ワシはキックをしただけだろう。パンチはスイスイ回避するクセに、脚技に対しては全くの無警戒とは、ワシのほうが驚いておるわ!」


 そうだよ、これはボクシングの試合じゃない。

 パンチャー系のモンスターと闘ってきた経験から、パンチは見えるようになった。

 蹴りは、キックは未知の領域なんだよ。


「ヌハハハハハ!どうしたどうした、ウヌの実力はそんなものか。ワシを倒して、小娘を取り戻すのではなかったのか?」


「にゃろう、言わせておけば……だいたい、トールはトールでギャンブルを楽しんでるし、何だか闘ってるのがバカバカしくなってきたぞ」


「そういえばまだ、ウヌが何を賭けるのかを決めていなかったな。ワシが勝ったら何をしてもらおうか」


 そうだった、これが勝負である以上、負ければ何かを失う。

 俺も魅了をかけられ、メイド姿でご奉仕することになるのか。

 嫌だ、絶対に負けられない。


「今ウヌは『メイド姿でご奉仕する』とか考えておったろう?まぁそういう趣味の方もおろうが、それはウヌには求めぬ」


 頭の中を覗き見られた気分だ、吸血鬼の能力とは関係無さそうだが。

 だがこれで、メイドは回避できた。

 いや、そもそも負けるわけにはいかないんだが。


「ウヌはドラゴンをも葬り去る力の持ち主。ワシが勝ったら教えてもらうぞ!どうやってアスモダイを滅したのかをな!」


 アスモダイを滅した?こいつは何を言ってるんだ。

 あいつは今もフォックスオードリーで、のんびり登山を楽しんでるだろうが。


「ククク、聞くまでもないか。闘えば分かるというもの!さぁ、本気でかかって来い!」


【絶体絶命!吸血鬼が本気になった】

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