88. Yes, your majesty 前編

魅了チャーム』とは、相手の心を奪い、すっかりと夢中にさせること。

 ゲーム等では、しばしばバッドステータスとして設定され、コントロールが効かなくなる状態を言う。

 やはりこれを得意とする者は、往々おうおうにして美しい容姿であったり、抜群ばつぐんのカリスマ性を持っていたりする。

 一度この魅了にかかると、簡単には解くことの出来ない、実にやっかいな能力と言えるだろう。

 しかし………


◇◆◇◆◇◆



"ハッスル・キャッスル"


「オカエリナサイマセ……ゴシュジンサマ」


 勝負に負けたトールは、ドラキュールに魅了のスキルをかけられてしまった。

 人の心を捻じ曲げ、無理やり自分に服従させるだと。

 そんなこと、どんな権力者にだって許されることじゃない。


「しっかりしろトール。どうしちまったんだよ?あんな奴が主人なわけ……」


「ゴシュジン……サマ」


「ドラキュール、てめぇ!トールに何しやがったぁぁぁ!!」


 メイド姿のトールに、怒りが沸き上がってくる。

 完全にプッツンってやつだ、ぶっ飛ばしてでも魅了を解かせてやるぞ。


「ヌハハハハハ!ずいぶんと間の抜けた質問だな。約束通り、その娘をメイドとして契約させたまでよ!双方同意の上での賭けであったはずだが?」


「ふざけるな!人の心を、自分の欲しいままに出来ると思うな!すぐにトールを元にもどせよ。さもないと………トール?」


 俺の横をすり抜け、ドラキュールの下へと進むトール。

 あぁ、待ってくれ、完全に精神を支配されたってのかよ。


「フン、良く似合っておるではないか。ウヌの仕事は、ワシに仕えて身の回りの世話を、ブベベベベベ!」


 突然、魅了にかかったはずのトールが、ドラキュールの頬を往復ビンタしはじめた。

 何が起こっているんだ?魅了されたら主人には逆らえないんじゃないのか。


「なんというハネっかえり小娘め!痛いではないか!」


「あのね!メイド契約は分かるとしても、どうやってこの服に着替えさせたのかが問題なんだよ!まさか見てないでしょうね!?」


「演出上、誰にも見えないようになっておるし、一種のイリュージョンなので安心してくれて構わん」


「それにしたって……さすがにスカート短すぎだし、なんか胸のとこ強調されすぎなデザインだし」


 なんだこの問答は?トールのやつ、普通に喋れるじゃないか。

 衣装にダメ出ししているが、スカートはいつも短いし、胸も良い感じなので、俺としては満足満足。


「違う違う違う!なんだこの展開は!トールは『魅了』によって操られたんじゃないのかよ?」


「うむ!吸血鬼独自のスキルである『魅了』により、小娘に特定の言葉を言わせることが出来ておる。完全にワシの術中にはまったのだ。ヌハハハハハ!」


「オカエリナサイマセ……ゴシュジンサマ」


 確かに言ってるけど、魅了ってこれだけなのか。

 何か思ってたのと違うぞ。

 さっきまでの俺のプッツン返してもらえねぇかな。


「ドラキュール、もしかしてとは思うが、このセリフ言わせるだけのスキルなのか?もっとこう、相手の意思に関係なく体を操ったり、自分にメロメロにさせたりじゃないのか?」


「わかっておらんなぁ。ニンゲンの精神構造というのは、それはそれは複雑に出来ておるのだ。一言二言を発させるだけでも、相当な技量を必要とする。無理やり操ろうと無理をすれば、膨大な精神情報が逆流を起こし、ワシの精神がやられてしまうわい。これが犬コロであれば、座らせたり伏せさせたりも出来るのだがな」


 犬のそれはしつけてるだけだろ。

 しょぼすぎる、吸血鬼しょぼすぎるぞ。


「トール、ちょっとこっちに来い」


 トテトテと俺の前まで歩み寄るトール。


「好きな料理いつでも作ってやるぞ。たくさん遊んでやるし、毎日散歩にも連れてってやる」


「やったぁ!さっすがタスク、大好きぃ!」


 トールの表情がパァっと明るくなる。


「はい、お手!」 「わっふ!」 「おかわり!」 「くぅん」


 喜びがMAX状態のためか、素直に言う事を聞きまくる。

 ほんとにトールって、感情表現が犬すぎて扱いやすい。


「バカな!吸血鬼であるワシよりも、高度な『魅了』を使えるというのか!そんなことは……そんなことは絶対にあり得ない!」


「マヌケ!こんなのスキルでも何でもあるかい!吸血鬼のイメージをことごとく崩しやがって。もうこれっぽっちも怖くなくなったぞ。どうしてくれる!」


 ガックリと項垂うなだれるドラキュール。

 スキルに余程の自信があったのか、わかりやすく落ち込んでしまった。


「ねぇタスク、さっきのはその……プロポーズ的なものと思っても……いいのかな?ねぇ」


 おおっと、そう来てしまったか。

 顔を赤らめたトールが、キュっと袖を引っ張ってモジモジしている。

 俺もまた、人の心なんて操れる器じゃなかった。


「ふぅーう、一勝負して喉が乾いたわい。メイド、水を一杯持ってこい……あ、持ってきてください」


 椅子にドッカと深く座ったドラキュールが、胸元のボタンを外しながら命令する。

 丁寧に言い直すあたり、さっきのビンタは痛かったんだろうな。


「カシコマリマシタ……ゴシュジンサマ。むぅ、いいとこだったのに。しょうがないなぁ、メイドだから持ってきてあげるか」


 トールはトールで、メイドの仕事はちゃんとやるようだ。

 魅了とは関係なく、お願いされると断れんやっちゃ。


「ところで......結婚をご所望であれば、当方のホテルを使ってくれたまえ。チャペルもあるし、ワシは牧師ぼくしの資格も取得しておる。盛大な式を挙げてやるぞ?残念ながら、今はワシのメイドだがな」


「いや家庭を持つ気はまだ無ぇよ。隙あらば自分とこの商売を売り込んでくるな。結婚もしないし、トールをお前に渡す気も無い」


 こちらの世界で結婚して良いかどうかは、転移してきた者にとっては、永遠の悩みじゃなかろうか。


「ほほう、ならばどうする?小娘は勝負を挑み、敗北してメイドになったのだ。この事実は無かった事にはならぬぞ?」


「それは……」


「ヌハハハハハ!勝負というのは、いつも正直で公正で分かりやすいものだ!勝てば全てが手に入り、負ければ文句を言うことも出来ない!」


「上等だよ……だったら俺が勝負に挑んで、てめぇをメッタメタに倒せば済む話だ!俺が勝ったら、トールを返してもらうぞ」


「さすがは地の果てまでも、その名をとどろかせる御仁だ。仲間が負けても物怖じせぬ度胸、まさに英雄と呼ぶにふさわしい。よかろう!ウヌの挑戦をうけようじゃないか!勝負はカードでいいのか?」


 テーブルを挟んでの睨み合い、辺りに緊張が走る。

 独自のルールを取り入れたこのゲームでは、圧倒的に不利を引くことになる。

 運が絡む勝負というのも、俺にとってはありがたくない。

 どうする?勝ち目のある勝負は?何なら奴の余裕な態度を崩せるんだ?


「お待たせしました、お水です……わわわっと!」


 ピッチャーに溢れんばかりの水を入れ、トレイに乗せて持って来たトールが、盛大にすっ転んでしまう。

 投げ出されたピッチャーは、ドラキュールへ向かって一直線。


「ヌォォォン!当たってたまるかい!」


 バッシャン!!


 椅子から転げ落ちながらも、ドラキュールはそれをかわした。

 ピッチャーの行方はというと、当然のこと真向かいに居る俺に飛んできたわけで。


「つめってぇ!水がキンキンに冷えてやがる!」


「ふぅ、このドジっ子メイドめ、水が欲しいとは言うたが、大容量の容器で持ってきおって。この調子では、雇うたワシの身がもたぬぞ」


 予想の斜め上をいく行動で、床に這いつくばる羽目になった吸血鬼の心境や如何に。

 こいつが避けなきゃ、俺がびしょ濡れになることは無かったのに。


「大丈夫か?服がビシャビシャになっておるな。このままでは風邪を引きかねん。誰ぞ替えの服を持て!」


 頭に一撃食らい、水も滴る良い男、やかましいわ。

 すぐさまホールスタッフが俺の濡れた服を剥ぎ取り、派手な衣装に着せ替えていく。

 俺の時はイリュージョンじゃないのね。


【小説家は装備を変更した】


 トールに文字通り水を差されたが、頭を冷やしたおかげで、勝ち筋が見えたぜ。

 寒さに仰け反った時、俺の目に入ったもの。

 この世界特有のゲームでもなく、運も必要としない勝負。


「勝負だ、ドラキュール。このカジノの最上階にある、天空闘技場てんくうとうぎじょうで俺と闘え!」


 会場がワッとざわめく。

 闘技場言えば、闘技者同士が雌雄しゆうを決する場だ。

 一対一のド突き合い、最後まで立っている方を予想するギャンブル。

 時にそれは、とんでもない額の金銭を宙に舞わせ、ギャンブラー達の心を熱くする。


「ンンンよかろう!ワシとウヌが、メイドを賭けて闘うと言うのだな!これは盛り上がらぬワケがない。ウヌの挑戦を受けようぞ!」


【天空闘技場での試合が決まった!】

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