87. The bloodsucker 後編

"ハッスル・キャッスル"


 トールと吸血鬼の、異世界花札勝負が始まった。

 今のところ取ったり取られたり、どちらが優勢なのかわからない。

 トールは、宮殿や街の描かれたカードを中心に取っているようだが。


「心配しないで、タスク。子供の頃に父さんとよくやってたんだ。私はこのゲームで負けたことが、ほとんど無いんだから。この勝負はいただきだよ」


 子供の頃の話を、どこまで信じていいやら。

 トールは友達がいなかったから、父親のベンとしか勝負する相手はいない。

 本当に勝てるのだろうか。


「それっ!これで役が揃ったよ!剣士けんし僧侶そうりょ魔導士まどうしで『三英傑トリニティ』の完成!50点のダメージを受けてもらうよ」


「ぐぬぉぉぉぉ!やるな小娘、ワシから一本、先に取るとは。これはあなどれぬな」


【吸血鬼 HP450】


「ふふん、降参するなら今の内だよ?バシバシ決めていくからね」


「ヌハハハハハ!面白い!ところで、この勝負にワシはカジノディーラーと解呪への協力を賭けた。そちらも何か賭けてもらわねばならぬ。この勝負に負けた場合、何を差し出すかね?」


「そっか、こっちも何か賭けないと、フェアな勝負にはならないよね。うーん、じゃあ手持ちのチップを全部かな」


「足りぬな。それでは、まるで釣り合わぬ!こちらは、娯楽都市の財産そのものを積んでおるのだ。相応の物を賭けてもらうぞ?」


 まずい、こちらは賭けに見合うだけの金銭を持ち合わせていない。

 どんなにトールの運が強くても、賭け金がなきゃ勝負は不成立だ。


「それでは、こうしよう。ワシが勝った場合は……小娘!ウヌを頂こう!ワシの下で、メイドの恰好かっこうをして働いてもらうぞ!」


「何をバカなことを!人間を賭けの対象にするなんて許されるか!」


「今さら何を言う。こちらもニンゲンを賭けておるのだ。嫌とは言わせぬぞ?」


 ゲームは続行され、ドラキュールが場のカードを獲得していく。

 もしも負けたら、トールはコスプレして吸血鬼の言いなり……それはそれで見てみたいか。

 いやいやいや、何とかして、この賭けは止めなければ。


「負けたら……メイド。うぅ、どうしよう。勝たなきゃ、勝たなきゃ……」


 トールの手つきが、明らかに弱まった。

 プレイングが定まらず、さっきからカス札ばかり取っている。

 これじゃ役は成立しない。


「ヌハハハハハ!オークにゴブリン、後はコボルトを取れば魔物役、『迷いの森』が完成するわい。それそれ、先程までの威勢はどうした?追い詰められて声も出ぬてか」


 あちらは既にリーチ状態、役が揃えばダメージだ。

 卑怯ひきょうな心理戦で、トールの動揺どうようを誘いやがって。

 このままドラキュールの流れになったら、挽回ばんかいは難しくなる。


 シュパッ!ひゅっ!スパーン!


「残念だったね!そちらより先に役を作らせてもらったよ!」


「なにぃ!そちらはカス札ばかりではないか?何を寝惚けたことを………」


「私の取り札を良く見なよ。ちゃんと役が出来てるよ」


 トールが取った札は、先程のも含めて、10枚全てがカス札。

 これで何の役が成立してるってんだ。


「これはまさか……『題無しオジャン』か。小娘ぇ!最初からカスだけを狙っておったかぁ!」


「はっはぁ!残念だったね!10点のダメージだよ!」


【吸血鬼 HP440】


 どうやら、カス札のみで成立する役があったようだ。

 あえて動揺するフリをして、逆に心理戦を制した。

 こいつは、とんだ食わせもんだ。


「なぁ二人とも、ちょっといいか。さっきから思ってたんだが、このゲームのモチーフは純粋なファンタジーだよな?剣士に魔法使い、モンスターもそうだ。お前らファンタジーを認識してるだろ!こんなバグついた世界なのに、ファンタジーの概念がいねんちゃんと持ってるんだろ!」


 このゲームは、明らかにファンタジーの要素が、盛り込まれている。

 今まで散々、王道?何それ美味しいの?って態度とってきたクセに。


「ウヌが何を言っているのか、ちょっとわからんね。これは、ただのカードゲームぞ?」


「タスク、今いいところなんだから邪魔しないで。ほら、あっちで良い子して観客してなよ」


 酷い……完全に邪魔者扱いされてしまった。

 賭け事に狂った連中には、一般人の声など届かない。

 それとも、触れてはならない、異世界の闇なのか。


「今日は絶好調だよ!このまま一気に削り切るからね!さぁ、続けよう!」


 ノリに乗ったトールは、誰にも止められない。

 その後も、ドラキュール氏を相手に互角以上の戦いを見せ、優勢のまま終盤戦に突入する。


【声優 HP110 吸血鬼 HP20】


「やるな小娘。これほどの猛者もさがいようとは、いささか驚いておる」


「ふふん、削り合いなら、HPの多い私の方が有利。このまま押し切らせてもらうよ!」


 この差なら、小さな役でも削り切れる。

 心配するまでもなく、トールの実力は本物。

 どうやら今回のクエストに、俺の出番は無いようだ。


 パシ!シュッ!パン!


「あちゃあ、役が出来ちゃったか。でも『迷いの森』なら30点。まだまだHPに余裕があるもんね」


「甘いな小娘……ここでワシは『ガンガン』を宣言してくれるわ!」


【吸血鬼は『ガンガン』を使った】


 何のこっちゃ?ガンガンとはいったい。

 既にドラキュールの役は完成している。

 これ以上、何ができるってんだ。


「トール、ガンガンって何だ?」


「ガンガンはね、言葉通りガンガン行こうよ!って意味なの。役が出来てても、更に上の役を狙うときに宣言して、ゲームを続行するんだよ」


 なるほど、花札で言うところの『こいこい』か。

 一発逆転を狙ってのことだろうが、追い詰められた状況では大きなリスクをともなう。

 ドラキュールは焦っていると見た。


「くっ……私の役がまだ完成しないと思って、強気に出てきたのかも。今は取れる札も無いし、運に任せるしかない」


 手札一枚を場に置き、山札をめくる。

 しかし、合致する札もなく、トールの手番は終わってしまった。


「ヌハハハハハ!ツキに見放されたようだな!その札もらったぁ!」


「しまった!捲って場に置かれた札が、役のパーツになってる!」


 パシっと手札を投げつけ、ドラキュールは場札を強奪していく。

 描かれているのは、リザードマン。

 いったい何の役が出来たのか。


「四体のモンスターが揃い踏みじゃ!上位役『四天王』完成!」


「うぅ、70ダメージは痛いなぁ。でも、まだ負けたわけじゃ」


「再び『ガンガン』を宣言する!」


「えぇ!これ以上の役なんて見たことないよ」


 ゲームは更に継続、さすがに欲張りすぎだ。

 そうそう運良く、目当ての札が引けるはずがない。

 大丈夫だ、トールは落ち着いて次の札を取っている。


「よし!あと一枚で役が完成するよ。次の手番で終わらせてみせる!」


「ヌハハハハハ!次など無い。この札でトドメよ!」


「そんな……まさか」


「ワシの手札には初めからあったのだ。最後のピースである、この『魔王』がな。それぃ!最上級役『魔王軍』の襲来じゃ!100ダメージを受けてもらう!」


【声優HP10 吸血鬼HP20】


 逆転されたトールの顔に焦りが見える。

 最終局面、次に役を作ったほうが勝つだろう。

 二人とも無言で、場の札を取り続ける


「よし!トールは役が出来かけている。一方ドラキュールはカス札しか取れていない。このペースなら勝てるぞ」


「カス札………しまった!!」


 トールの表情が、どんどん曇っていく。

 こちらが優勢なはずなのに、何が起こったというんだ。

 カス札ばかり集めたところで………あ!


「フン、警戒を怠ったな?小役の『題無しオジャン』でも、今のHPなら削りきれるぞ。ヌハハハハハ!やり返させていただいた!」


 ドラキュールの取り札は、風景しか描かれていないカス札。

 しかし無情にも、役は完成していたのだ。 


【声優HP0 声優は力尽きた】


 序盤でトールが見せた、カス札だけの役。

 あまりにも味気なく、呆気あっけないフィナーレ。

 トールは信じられないといった顔で、ガックリと肩を落としている。


「負けちゃった……どうしようタスク」


「楽しい戦いであったぞ!そして、約束通りウヌには、メイドの恰好で働いてもらう。敗北者に対してのみ使用することのできるスキル「魅了チャーム」を食らえい。ヌハハハハハ!このワシに忠誠を誓うが良い!」


 ピッカァーーーー!!!!


 ドラキュールの目が妖しく光り、トールを包みこんでいく。

 魅了、相手の心を完全に支配する能力か。


「やめろ!ドラキュール、やめてくれぇ!!」


 やがて光が収まり、中から現れたトールのコスチュームは、漆黒しっこくのメイド服へと変化していた。

 敗北者は吸血鬼の欲しいがままにされてしまうのか。


「オカエリナサイマセ……ゴシュジンサマ」


【声優は魅了にかかった】

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