86. We create our own demons 後編

"娯楽都市アリバロ ハッスルキャッスル"


 娯楽都市の中央に、ドンと構えるきらびやかな城。

 中は高層カジノになっており、階層ごとに様々なギャンブルが、ステージではダンスやマジックなどのショーが開催されている。

 なんと言っても圧倒的な人気を得ているのは、最上階の闘技場らしい。

 モンスターやワーカーを闘わせ、どちらが勝つかにチップを賭けるのだそうだ。


 だが、俺達は遊びにきたわけじゃない。

 ギャンブルの誘惑を断ち、人探しとクエスト遂行に集中しなければ。


「ソウエンが言うには、リンカの母親はここで働いているって話だよな」


「ジョブが『カジノディーラー』だから、適材適所ってわけだね」


 時刻は夜、娯楽都市の一番盛り上がる時間だ。

 プラリネはまだ子供なので、ハーディアスがホテルへと連れ帰ってしまった。

 ここからは大人の世界、未成年者お断りだ。


「よし、行くぞ!」


「うん、いざギャンブルの海へ漕ぎ出さん!」


「違う違う!アリバロにはクエストで来たんだろ。用があるのはカジノじゃなくて、ここの首長だろうが」


「そうだった、てへへ」


 クエスト内容は吸血鬼への挑戦。

 依頼を出したのは、首長ご本人様ときた。


「しかしな、いまいち腑に落ちないんだよ。相手がアルの親父さんだし、凶悪なモンスターの討伐とかでもないし。いったい何が目的のクエストなのか」


「ホテルも食事も全部タダだもんね。こんな楽しい接待クエストなら大歓迎だよ。ほら、あっちでルーレットやってる。ねぇ、見に行こうよ」


 初めて見る豪華なカジノに、トールはウキウキしている。

 これほどの遊び場は、学術都市にも政都にも、もちろんカラーズにも無い。

 俺も実際にカジノに来るのは初めてだ。


「そんなキョロキョロするなって。田舎者みたいに思われるだろ?探すなら首長のドラキュール・ノスフェルバニアを見つけろよ」


「あの玉が落ちる穴を予想するんだね。うーん、どれにしようかな」


「聞きなさい、聞きなさいよ人の話。手に持ってるの何だ?いつの間にチップ交換してきたんだ?まったくもう!」


 トールは回転するホイールの中を走る玉に興味津々だ。

 こんなの、どこに落ちるかなんか予想できるはずがない。

 無駄銭を使って、ギャンブルの恐ろしさを知るがいい。


「それじゃーね、1番にベットしよっと」


「あのなトール、ギャンブルってのは素人が簡単に勝てるもんじゃないんだ。ギャンブルの鉄則その1、熱くなるな冷静になれ」


 忠告を無視し、トールはチップを一枚取り出し、卓に描かれている赤い1の枠にそれを置いた。


「シングルナンバー!一点賭けとは思い切らはったな。他にベットする者はおへんか?ほな、これでノーモアベットや!」


 威勢の良い声で、ディーラーが賭けを締め切った。

 シャーっと音を立てて走っていた玉も、徐々に速度を落としてゆく。

 息をむ観衆、どの穴に玉が落ちるかに、全ての視線が注がれている。


 コトン!


「赤!ナンバー1大当たり!お客さん、今日はツイてはるなぁ」


 たった一枚のチップが、手から溢れるほどの枚数となって返ってくる。

 ビギナーズラックてのは恐いもんだ。


「なぁトール、満足しただろ?ギャンブルの鉄則その2、勝ってる内に手を引け。だぞ」


 続いてルーレットが回りはじめ、勢いよく玉が放たれた。

 ディーラーはベットを呼びかけている。


「うーん……これは14番だね。さっきの勝ち分全部だよ!」


 あぁ、せっかく小遣い程度には稼いでいたのに。

 そんな連続で都合良く当たるわけが……


 コトン!


「赤!ナンバー14大当たり!あんた、激運の持ち主やわ」


 なんてこった、一気に大金が転がり込んできた。

 トールに博打ばくちの才能があったなんて。


「いいぞトール!ギャンブルの鉄則その3、勝ってる時はトコトン突っ込めだ!」


 トールとディーラー、互いの視線がぶつかる。

 二人の間で、バチバチと火花が散っているようだ。


「なんや?ウチの顔に何ぞ付いとります?」


「その喋り方……あなた、リンカちゃんのお母さんだね?」


「っ!!」


 この発言に、ディーラーは面食らっている。

 そうか、リンカの喋り方は独特のイントネーションがあった。

 あの口調は、母親から受け継いでいたのか。


「お客さん何者……なんでリンカのこと知ってはるの?まさか、政都からウチらのこと、捕まえに来はったん?」


「ううん、私達はリンカちゃんの友達だよ。リンカちゃんはカラーズの街で、両親の帰りを待ってるんだよ。事情は複雑だと思うけど、お母さんだけでも会いに帰れないかな?」


 ソウエンは呪いのせいで、リンカに会うことが出来ない。

 だが母親のほうは、メフィストと接触していないはずだ。

 なぜ五年前、リンカではなくソウエンに付いて行くことを選んだのか。


「そうか、リンカは寂しがってますのんか……せやけどアカン!ウチはこのアリバロ随一の『カジノディーラー』やで!冷たい親やと思うかもしれんけど、仕事放っぽって帰るわけにはいかん!」


「リンカちゃんは三歳で親と離れて、五年も待ってるんだよ?仕事と子供とどっちが大切なのさ!」


「子供に決まってるやろ!すぐにでも会いに行きたいわ!そやかてな、心に傷を負った旦那を残しては行けん。ウチの人生は、全て旦那に賭けたんや!今あの人は運気が落ちとるかもしれん。それでも流れが変わる時は来るて、そう思って今までやってきた。博打みたいな確率かもしれんけど、三人で会える時はきっと来るはずや!」


 一人残された娘、呪いによって娘に会えない父親。

 その苦悩の間で、板挟みにされる母親。

 いつか再会を夢見て、ここで五年間も働いてきたのか。


「そうか、あんたも辛い思いをしたんだな。旦那を信じて、やりたくもない仕事を続けてきたんだな」


「は?ウチは根っから博打好きやよ?ギャンブルのヒリつくような空気がたまらんのよ。最初はもっと早くに流れが来る思ててんけど、まさか五年も経過するなんて思わへんかったわ。これも一種のギャンブルやね」


「タスク!この人とんでもないクズだよ!もう引っ張ってでも連れて帰ろう」


 なんとも自分に正直すぎる性格のようだ。

 リンカには、この生き方をマネしてほしくはないなぁ。



 デロデロデロデロデロデロデロデロ。

 デーデレーデー デーデーデー デレデーデーデー。


 三人で問答していると、急に会場の照明が落ち、パイプオルガンの音が響きわたる。

 そしてスポットライトが、いつの間にかステージに現れた男を照らし出していた。

 いったい何がはじまるってんだ。


「困りますな、お客人。当カジノの腕利きディーラー、全賭けフルベットのキノを引き抜こうとされては」


 尖った口ひげ・オールバック・立ち襟のマント、これほど分かりやすい風貌のキャラも珍しい。

 吸血鬼様のお出ましってわけか。


【ドラキュール・ノスフェルバニアが現れた】

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