86. We create our own demons 前編

『カジノディーラー』とは、ゲームを仕切り、進行やチップの回収や配当を行うスタッフのこと。

 ルールの把握はあくはもちろんのこと、客を楽しませるためのパフォーマンスや、高いコミュニケーション能力が要求される職業である。

 当然、ディーラーによるイカサマや、特定の客への優遇などは、カジノ側の信用問題に関わるため、絶対に行ってはいけない。

 しかし………


◇◆◇◆◇◆



"花火師ソウエンの隠れ家"


 娯楽都市アリバロで、花火師のソウエンに会うことができた。

 娘のリンカの下に帰るよう説得しているが、これが頑固で聞き入れようとしない。


「呪われたジョブって……何言ってんだアンタ!花火ってのは、見る人の心をはなやかにするんだぞ!祭りには欠かせないものなんだぞ!カラーズの街で花火を上げるために、どれだけの人が協力してくれたか」


「あなたには分からない。一つ間違えば、多くの人を危険にさらすことになる。ましてや戴冠たいかんという、重大な場でそれを起こしたのです。リンカにとっても、犯罪者の親なんて……」


 拳を握るソウエンの目の奥には、娘を置いてきた悔しさがうかがい知れる。

 何度も苦悩した末に出した答えだったのだろう。


「言っとくが、あの事件で何があったのかを、俺は全部知ってるぞ。アンタの仕事は万全だった。ただ一つ、悪魔との遭遇を除いては」


「ちょっ!やめてください!悪魔なんて…いるわけないじゃないですか。政都は神聖な都市なのですよ?悪魔なんて……悪魔なんて入り込める余地があるわけ……」


 悪魔というワードが出た瞬間、ソウエンの言動に明らかな動揺が見え始めた。


「いたんだろ?悪魔が。名前はメフィスト・フェレス。シルクハットを被り、飄々ひょうひょうとした態度で近づいてきたんじゃないのか?笑い声はヒハハ」


「なぜその名を!なぜあなたが、それを知っているんです!私は誰にも言っていない!お願いだ、この事は誰にも……話せば、あの子を巻き込んでしまう!」


「落ち着けって、俺もメフィストには酷い目に合わされた。カラーズの夏祭りを、目茶苦茶にしようと画策してやがった。なぁ、大丈夫だから話してくれないか?俺を信じてくれ」


「悪魔に会った?………それは………」


 目を逸らし、唇を噛みながら、苦悶くもんの表情を浮かべるソウエン。

 やがて、ゆっくりと重い口を開き、事の真相を語り始める。


「戴冠の儀を間近に控え、私は一人で準備を行っていました。花火の色や、打ち上げるタイミング、全て上手くいっていた。そこに、奴は現れたのです。黒い装束を身にまとい、不敵に微笑む悪魔……メフィスト・フェレスが」


 悪魔の名を口にする、それはソウエンにとって苦々しいことだろう。

 本来なら優しそうな男の顔が、みるみる険しくなっていく。


「奴は私に言ったのです。この式典を目茶苦茶にしたいから手を貸せと。私は申し出を断り、悪魔を相手に戦いました。しかし、花火師のスキルは全く通用しなかった。不甲斐ない話ですが、私なんかが敵う相手ではなかったのです」


 メフィストはナイフを操り、トリッキーな攻撃を仕掛けてくる。

 俺だって、きっと一人で戦っていたなら、勝利することは無かっただろう。


「そして奴は私に、世にもおぞましい提案をしてきたのです」



『ヒハハ!ボクはね、政都の連中が阿鼻叫喚あびきょうかんに狂う様が見たい。さもなければ、キミの悲痛な感情でもいい。娘の名はリンカだったね。どこにいるかも知っている。何をすればキミが絶望するかもね!でもね、キミがきちんと仕事をしさえすれば、あの子には絶対に手を出さないと約束するよ。悪魔は義理堅ぎりがたいのさ。さぁ、どうする?ヒハハ!』



「私は悪魔との契約を交わした。震える手を抑えながら、花火に仕掛けをほどこしました。そして当日、多くの観衆の前で、花火を暴発させた。悪魔が娘を人質にしている。いつでもあの子を殺せるのだと思うと、やるしかなかったんだ!」


 悔し涙を流し、事の真相を吐き出したソウエン。

 メフィストの行動に理由はない。

 ただ、自分の欲を満たすためのだけに、人を傷つける。


「なるほどな、胸くその悪い話だ。まさに悪魔そのもの、アンタも辛かっただろうよ。だが安心してくれ。メフィストは夏祭りの時に戦って、ちりも残さず燃やし尽くした。リンカに危害が及ぶことは、もう無くなったんだよ」


「あなたが悪魔を?………いや、そんなことは……不可能だ!」


「信じられないかもしれないが、間違いなく倒した。俺だけの力じゃない、街のみんなが結束して祭りを守った。悪魔は滅んだんだ」


 最終的には、怒りに任せたトールの一撃が決まり、メフィストは消滅した。

 その後、俺は意識を失ったが、奴を倒したことだけは間違い無い。


「いいえ、悪魔には死の概念がいねんがありません。あなたが言っている事は、恐らく本当なのでしょうが、悪魔メフィスト・フェレスが完全に消えることは無い。何よりも、奴と契約を交わした私の腕にはまだ、その魔力が残り続けている」


 ソウエンが腕をまくると、そこには蛇のような模様の印が刻まれていた。

 悪魔の刻印、メフィスト・フェレスが生きている?


「奴は言いました、これは呪いだと。私が約束を違えた時、この腕は自動的にリンカを襲いに行く。花火は暴発させたのに、ケガ人まで出したのに、呪いは消える気配がありません。この刻印がある限り、私はあの子に近づくこともできないのです」


「ちくしょう!アイツはどこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ!こんな理不尽な話があるかよ!」


「わざわざアリバロまで足を運んで下さったこと、娘のことを気にかけていただいたこと、本当にありがとうございます。悪魔に対して本気で怒ってくださっている、あなたは善い人だ。リンカが元気でいることも分かって良かった。ですが、悪魔の介入があったとは言え、事件を起こしたのは私です。今はこの都市に奉仕し、罪を償っていきたい」


 ここまで来たのに、どうにもならないのか。

 悪魔の呪縛は、一つの家族をここまで引き裂くのか。

 いいや、俺はまだ諦めないぞ。


「ん?そういや奥さんはどうしたんだ?確か、一緒に政都へ連れ立ってたんだよな。あの事件の後は、別れたのか?」


「あー……いえ、妻はアリバロにいます。事件のことは何も聞かず、師匠がいるのでリンカは大丈夫だろうと、私についてきてくれました」


「おいおい、随分と亭主関白ていしゅかんぱんくだな。夫婦仲が良いのは結構だが、残されたリンカが可哀想とは思わないのか」


 いくら任せられる人がいるとは言え、夫を優先するってのはどうなんだ。

 それとも、この世界での倫理観は、これが普通なのか。


「何と言うか……妻は行き先がアリバロだったので、ついてきたのでしょう。自分の腕を存分に振るえる、この娯楽都市アリバロに」


「ん、どういうことだ?奥さんはギャンブルが好きとか?それとも歓楽街で……」


「中央カジノ『ハッスル・キャッスル』で、首長すらも一目置く存在。この都市のナンバー2。妻のジョブは………」


【リンカの母はカジノディーラーだった】

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