85. at the moment 後編

"娯楽都市アリバロ 歓楽街"


「花火師だぁ?花火なんてな、毎晩至る所でドンドン打ち上がっとるけ、わからんわい!そんなことより金や金!あんちゃん、ちぃとばかしマニーを貸してくれんかい?」


 花火師のソウエンを探しに、トールと歓楽街まで来てみたものの、ここの連中ときたら。


「どいつもこいつも、他人にゃ興味が無いってか。誰に聞いても、自分が楽しむ事しか考えてない。これじゃ手がかりすら拾えないぞ」


「仕方ないよ、みんな遊びに来てるんだもの。この都市の財政は、ほとんどが観光収入だから、外からのお客さんばっかりだよ」


 アリバロで働いている花火師のことなんて、誰も知っているはずがない。

 逆に言えば、ソウエンの過去なんて、気にする者さえいないってことだ。

 罪人の汚名を着せられた者にとっては、またとない潜伏場所になる。


「こんな広い都市で、たった一人の花火師を見つけるなんて、砂漠で落とし物を探すようなもんだ。こうなったら夜を待って、花火が上がる場所を手当たり次第探すしかないか」


「そこら中で上がるんだよ?花火師さんだって、一人だけとは限らないし。せめて顔が分かれば良かったんだけど。聞き込みを続けるしかないね」


 手持ちの情報は、リンカの親であることと、花火師であることだけだ。

 キャビーの話じゃ、娯楽都市アリバロに送ったということだったが、今でもここに居るという確証もない。


「おう姉ちゃん!なかなかのナイスバディじゃねぇか。どこの店の娘だ?フヒヒ、オイラと一緒に遊ぼうや。いくらだい?」


 こういう場所では、ありがちなイベントが発生したようだ。

 聞き込みをしていたトールが、がらの悪そうな巨漢きょかんに捕まっている。

 これは健全な作品だ!つってんだろが。


「おーととと、そいつは俺のツレなんだ。いくら積まれても、お相手は出来ねぇよ。悪いが他をあたってくれるか」


「あんだぁ?テメェ!こんなとこに女連れで来る奴がいるかよ。さては、俺がツバ付けた女を横取りする気だな?痛い目にあわせてやろうか!」


 割って入ったものの、今度はこっちに詰め寄る巨漢。

 お前の大声で、俺の顔にツバがかかっとるわい。

 巨漢は太い両腕で、胸ぐらをグイっと引っ張りあげてくる。


「お、おい!待てよ、落ち着け。こんなとこで喧嘩でもあるまいぜ。俺達は人を探してるだけで……」


「こっちゃ構わねぇよ?相手がお前でもなぁ!良く見りゃ可愛い顔してるじゃねぇか?美味しくいただいてやろう」


 ゾゾゾゾ!近付く巨漢の顔に、身の毛もよだつってもんだ。

 相当に酒臭く、話が通じる相手じゃない。

 勘弁してくれ、こちとらそんな趣味は持ち合わせて……


 ドスン!


 絶対絶命のピンチに、横から巨漢を突き倒す男の影。

 巨漢は面食らって、起き上がることが出来ずジタバタしている。


「逃げましょう!走って!早く!」


 男は俺の手を引き、俺はトールの手を引き、街の中をひた走る。

 痩せっぽちな作務衣さむえの優男、旅行客のようには見えない。

 こいつはまさかの、が働いたか?


【タスク達は逃げ出した】



"作務衣の男の隠れ家"


 烈火のごとく怒り狂う巨漢から逃げ切り、街の路地裏にある小屋へと転がり込む。

 華やかな娯楽都市にも、こんな質素な空間があるのか。


「すまない、助かったよ。しかし、あんなデカい男にタックルをかますなんて、相当に肝が据わってんな。アンタいったい……」


「ぜぇ…ハァ…ひぃ…フゥ…ゲホゲホ!ちょっと待って、息が出来ない」


 男は顔面を蒼白にしながらえずいている。

 いくら走り回ったからって、スタミナ無さすぎだろ。

 身体能力の高いトールはともかく、俺でさえ息切れはしていないのに。


「大丈夫か?ほら、水でも飲んで落ち着けって」


 男に水の入ったグラスを手渡すと、グビグビと一気に飲み干した。


「しかし、ここはいったい?この作業台といい、火薬の匂いといい、どこかで見たことがあるような」


「タスク、カエンさんのとこの工房と一緒じゃない?打ち上げ花火の実験で通ってたじゃない」


 トールの言う通り、見れば尺玉しゃくだま発火筒はっかづつも並んでいる。

 どうやら当たりを引いたようだ、こいつがリンカの父親で間違い無い。


「ハァ……すいません。あなた達が私を探してると聞いて、どんな人なのかこっそり後をつけてたんですが」


 乱れた呼吸が整ったようで、男が話し始める。


「襲われてたから、助けに入ったってわけか。そこは感謝している。だが、これだけは聞いておかないといけない。アンタが花火師のソウエンだな?カエンの弟子でリンカの父親」


「それは!………やはり運命は、私を許してくれないのか。式典での暴発、そのことで追ってきたのですね?」


 政都バーナルドで、王位戴冠おういたいかんの式典が行われ、その晴れ舞台で花火は暴発した。

 この事件は、花火師のミスとして公表されたが、事実は異なる。

 全ては悪魔メフィスト・フェレスの仕業だったのだ。


「キャビー……キャバリア王から、花火師はアリバロに送ったと聞いた。ここなら事件について知る者はいないだろうってな。別にアンタが何をやらかそうと興味は無いし、責めるつもりもない。だがな、リンカはどうするんだ!リンカは今でも、両親の帰りを待ち続けているんだぞ!」


「それは……いえ、私には娘と会う資格は無い。あれだけの事をしたのです。本来なら極刑は免れない。リンカのことは、きっと師匠が面倒見てくれるはず」


「そうだな、今や立派な『花火師』として、カラーズの街でも評判だよ。夏祭りの花火大会じゃ大活躍だったからな」


「リンカが花火師ですって!?」


 急に取り乱し、動揺を隠せないソウエン。

 リンカの内に眠る才能は、天然ジョブとして開花した。

 血筋の成せる業だろうか。


「なんということだ。いや、赤ん坊の頃から片鱗へんりんは見せていたんだ。火を見て怖がりもせず、私の花火を楽しんでいた。そうか、花火師に……もっと楽なジョブはあったはずなのに」


「なぁ、リンカの所へ帰ってやれよ。花火の技も、アンタが教えてやればいいじゃないか。いつまで娘に寂しい思いをさせるんだ?」


「それは…………それだけは出来ないのです。花火師は呪われたジョブ。私には、あの子を愛する資格は無い。側に居れば、それだけで不幸が降りかかるのだから」


【ソウエンはかたくなに何かを隠している】

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