81. Bingo was his name-o 前編

『ペットトリマー』とは、ペットの毛を刈りこんで整える、動物専門の美容師のこと。

 他にも、爪のカットやブラッシングを行い、ペットのコンディションを高めていく職業である。

 高い技量によって施されたカットは、元々の種類が想像できないほどの変貌を実現させ、見る者を魅了する。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆



"パンドラの森"


 カラーズから少し歩いた場所にある静かな森。

 ここにいるのは、打撃専門のパンチャー系モンスター。

 あまり強くはないので、初心者にはうってつけだ。


「うぇ!またキミなのか。まぁキミも上級ワーカーになったんだし、しくじることは無いだろうがね。くれぐれも森を汚さないようにな。あと裸で歩き回らないように!」


 猫であり、審査官でもあるペトルゥだ。

 オークやゴブリンだって裸じゃないか。

 トランクスは履いてるけど。


「裸って……何かあったんですか?」


「いや、なーんにも」


 怪訝けげんな顔のカティを誤魔化ごまかし辺りを見回す。

 相手はオークか、それともゴブリンか。

 今日こそは、この手で引導いんどうを渡してやるぞ。


「ヴ……ヴェアアアアアア!」


 森の静寂を切り裂く咆哮ほうこう、モンスターのお出ましか。

 だが、いつもをしのぐ、この威圧感はなんだ。

 圧倒的なオーラをビリビリ感じるぞ。


「あぁ!あの御方おかたは!」


 出現したモンスターを見て、ペトルゥが頓狂とんきょうな声を上げる。

 そこに居たのは、山羊やぎの頭と人の肉体を持つ化け物。


「アーリーバフォメットじゃないか!滅多に人前には現れず、遭遇率が極めてまれなレアモンスターだぞ!今日は一生に一度の幸運な日だ!」


「んな大げさな。イメージとしては西洋の悪魔そのものなんだが。一応、ボクシンググローブを着けてるから、パンチャー系のモンスターか?」


「ふふん、アーリーバフォメットはパンチャー系の頂点!打撃に特化したモンスターなんだ。その圧倒的なセンスとカリスマから、生ける伝説とまで言われている。ザ・グレイティストにして、真のキングオブキングス!試合中のアリは、悪魔が憑依ひょういしてるんじゃないかとも噂されるほどなんだ」


 言っちゃったよ!はっきりアリって言いやがった。

 どうせ転移してきたボクシングマニアの影響で変異しちゃったモンスターなんだろ。

 この世界ときたら、別の世界に染まりすぎだ。


「で、何でお前はそんなに嬉しそうなんだよ。仮にも監査官だろ?あっちが敵!こっちが味方!」


「仮とは失礼な!ギルドから正式に任命された監査官だぞ!でもアーリーバフォメットは吾輩の憧れなのであります。そうだ、ちょっとサイン貰ってくるから待ってて」


 ペトルゥめ、仕事そっちのけでアーリーバフォメットに駆け寄っていく。

 あんなにおっかない顔したモンスターなのに、きっちりサインしてくれるあたり、サービス精神は旺盛だ。


「まったく……カティ、今のうちに戦闘準備だ!始まってから慌てなくてもいいように、有効なスキルとかを確認しよう」


「タスクさん……あんな遭遇率の低いモンスターが出るなんて、やっぱりタスクさんが災いを引き寄せてるんじゃ……」


「う……そんな目で見るなよ。そりゃ運が悪いのは否定できないけど......この先ワーカーやってりゃ、強い敵と戦うことだってあるんだ!不運だ理不尽だと落ち込むより、一歩踏み出して前に進め。あとのことは後のことだろ」


 チュートリアルだからって楽とは限らない。

 相手がどんな強敵でも、諦めずに勝機を探り続けるんだ。

 嚙み締めろ、初心忘れるべからずだ。


「か......カッコいいです!これが本物のワーカー、気迫がまるで違う。なんだか、頑張れそうな気がしてきました」


「けっこう単純な性格してんな。ビビってるよりは、よっぽどいいさ」


 及び腰だったカティの目に火が灯る。

 こういうとこ、ちょっとトールに似てるよな。

 面白くなってきやがった、ベテランの意地にかけて勝たせてやらい。


「おおい、いつまで喋ってるんだ。アリさんが待ちくたびれているぞ。早くリングインするんだ」


 さっきまでサイン貰ってホクホクしていたペトルゥが、アーリーバフォメットのセコンドについている。

 あいつの公私混同は、あとでギルドに告げ口してやる。


「そいじゃ、いっちょやるとするか!かかってこいや、このシカ野郎!!」


「タスクさん、山羊ですヤギ。あと暴言はダメですよ」


 盛り上がってるとこに水差すなっての。

 ハルジオンを取り出し、臨戦態勢。

 アーリーバフォメットと一触即発の緊張感だ。


「それじゃあ......いいか、くれぐれも失礼の無いように戦うんだぞ。試合開始だ!!」


 カーーーーン!!


【決戦の火ぶたが切って落とされた】


 パンドラの森に、ゴングの音が鳴り響く。

 相手はアーリーバフォメット、存在自体が奇跡と言えるほどの超希少モンスターだ。

 自信か、それとも余裕か、ゆっくりとファイティングポーズを取り始める。


「来るぞカティ!武器を構えるんだ!」


「は、はい先輩!武器、武器を構える……あ!」


 ポーチからハサミを取り出そうとするも、焦りからか地面に落としてしまう。

 初心者ワーカーだ、無理もない。

 初めての戦闘は、誰だって緊張する。


「ヴェアアアアア!」


 雄叫びを上げるアーリーバフォメット。

 ゆらりゆらりと左右に体を揺らしながら、こちらの出方を伺っているようだ。

 身軽なステップを踏みながら、ジリジリと距離が縮まっていく。


「いいか?相手がなんであれ、基本は同じだ。まずは動きを見極め、弱点を探す。不用意に攻撃すると、手痛い反撃を……ぶべぁ!!」


「タスク先輩!!」


 何が起こったんだ?目がチカチカする。

 距離はあったはずなのに、アーリーバフォメットのパンチが、急に眼の前に現れた。

 コイツ、瞬間移動でもできるのか。


「気をつけろ!アーリーバフォメットは、ステップインからの一撃離脱戦法を得意としているモンスターなんだ!いわく『超飛び回り、バチを当てるように打つ』リングの全てが、奴の射程圏になるぞ!」


 目を輝かせてペトルゥが解説に入る。

 それを言うなら『蝶のように舞い、蜂のように刺す』だろ。

 誰が吹き込んだか知らないが、雑にボクシングの知識を異世界に伝えてんじゃねぇっつの。


「挨拶代わりのパンチに面食らったが、勝負はここからだ!離れていても攻撃されるなら、待っていてもしょうがない。攻撃あるのみだ!」


「えぇ!?さっきと言ってることが違う!」


「戦いは常に変化の連続だ!現場にあっては臨機応変、ワーカーの基本だぞ!」


 ハルジオンのペン先を相手に向け、衝撃のルーンを乱れ打ち。

 どんな特殊能力があろうと、速攻で倒せば問題無いのだ。

 やられる前にやれ、ワーカーはかくあるべし。


 ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!


【しかし攻撃は当たらなかった】


 なんてこった、動き回るから照準を定めにくい。

 上体をくねらせながら、次々と攻撃をかわしやがる。

 攻守ともに完璧、オーク達とは次元が違う。


「ヴェアアア!ヴェアヴェア!」


 スパパパン!パンパン!スッパーーーーン!


 一気に距離を詰められ、怒涛のラッシュから、最後は美しすぎるアッパーカット。

 やられた、やられちまったよ。

 気付いたら地面をペロリしちまった。


「せ、先輩!大丈夫ですか先輩!せんぱぁーい!」


「燃えた……燃え尽きちまったよ、とっつぁんよぅ」


「燃え尽きないでください!まだ始まったばっかりじゃないですか!」


 そんなこと言ったって、タコ殴りにされて足にきちゃっている。

 開戦早々に、ごっそりダメージをもらってしまった。


「どうしたキミたち!早く立たないと、テンカウントでクエスト失敗だぞ?吾輩はもっと、アーリーバフォメットの戦いを見たいのに」


 ペトルゥがカウントを数え始める。

 自分は戦わないからって、好き放題言いやがって。

 アイツは後でみっちりとお仕置きしてやる。


「ぐぬぬ、頭がガンガンするぜ。こうなったら、とにかく逃げ回って隙を見つけるしかない」


「だんだん作戦がショボくなっていきますね。これで本当に勝てるんですか?」


 聞いてくれるな、俺が教えてほしいくらいだ。

 せめてトールがいてくれれば、魔法で反撃できるのに。


「ヴェアアアア!!」


 こちらが立ち上がったのを見て、アーリーバフォメットが襲い掛かる。

 再びラッシュで勝負を決めるつもりか。


「やってやらぁ!こちとらドラゴンも悪魔もぶっ倒してきた圧倒的な戦績があるんだ!お前なんかに負けてられるか!」


【タスクは奮起した!】

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