81. Bingo was his name-o 後編

 カーン!


 三分に一回のインターバル、今は何回目だったっけ。

 あの後、なんとか反撃しようと試みるも、凄まじいラッシュで顔がパンパンに腫れるまで殴られた。

 次のラウンドもあのパンチが飛んでくると思うと、憂鬱ゆううつでしかたがない。


「タスク先輩!私考えたんですけど、私が前に出てアイツの攻撃を引き受けます。先輩は後ろで大技を準備してください!アイツを一発で倒せるようなスキルがあるんでしょう?」


 覚悟を決めた顔で、カティが作戦を提案する。


「…………ダメだ。この戦いは、俺が前でカティが後ろ。このポジションは絶対に変えるわけにはいかない」


「そんな……でも、このままじゃ」


 一年前の初クエスト、俺はトールを盾に使い、倫理的りんりてきにペケを食らった。

 こんな女の子を、増して初心者ワーカーをベテランが盾にするなど言語道断。

 そんなことをすれば、ギルド中から外道だなんだとブーイングの嵐だ。


「いいかカティ、俺達は完全に追い詰められている。ところがどっこい、俺はピンチになってからが本領の男だ。あとは……カティのスキル次第だ」


「でも私は………そんな強力なスキルなんて」


「信じろ!ペットトリマーになるために頑張ってきた努力を。信じるな!誰かが決めた常識なんて踏み越えてやれ。自分だけのアレンジスキルを生み出すんだ」


「………先輩」


 カーン!


 再び戦いのゴングが鳴らされた。

 正直、これ以上パンチを貰うと、立っていられる自信が無い。


「ヴェアアアア!!」


 このラウンドで決めにきたか。

 ダッシュで距離を詰めるアーリーバフォメット。

 おっかねぇや、山羊の目って何であんなに怖いのだろう。


「へへ……来やがれ。偉大なチャンピオンのパンチで倒されるなら、悔いは無いぜ」


 大きく振りかぶった体勢から、風を切るようにパンチが放たれる。

 帰れるんだ、これでただの男に……


 ぱふ!


「ヴェア?」


「わっふぅ!わんわん!」


 パンチを止めたのは、なんと犬のビンゴだった。

 体中の毛が、モッフモフになって、大きな玉のようだ。


「ペットトリマースキル『衝撃吸収ふわふわポメカット』どんな打撃でも、この毛並で吸収して無効化できる!」


「カティ……そうか、ビンゴを強化して戦えるのか」


 カットだけじゃない、毛量を操ることまで出来るなんて。


「まだです、これはまだ基本のスキル。ここからがアレンジです!」


 両手に構えたハサミが、目にも止まらぬ速さでビンゴの毛を刈り上げる。

 丸い毛玉は、次第に形を変えて見知った魔法生物へと変貌していく。


「ガガガルルル!ワオワオワオーン!!」


「モデルチェンジ!『三頭の番犬ウォッチケルベロス』行くよビンゴ!」


 ご存知ケルベロス、地獄の番犬だ。

 もはやポメラニアンの原型などどこにもない。

 ここにいるのは、恐ろしい顔が三つも付いた魔獣だ。

 あの毛を刈って、どうしてコレになるのか。


「アオアオアオーーーーン!!」


「ヴェ……ヴェアア……」


 ビンゴの咆哮に、アーリーバフォメットが怯んだ。

 チャンスだ、逆転するならここしかない。


「最大出力!衝撃のルーン『ウルズ』どうりゃああああああ!!」


 ペン先に膨大なエネルギーが集まっていく。

 それをアーリーバフォメットに向け、ハルジオンの力で撃ち出す。


「ヴェアアアアアアアアア!!」


 衝撃がモンスターの体を貫いていく。

 ついに、ついにチャンピオンが、その膝をついた。

 同時にペトルゥが割って入り、俺達のノックアウト勝利が宣言されたのだった。



 "ワーカーギルド"


「おめでとうございます。あなたは初級ワーカーとなりました。これからも初心を忘れずに、頑張ってクエストをこなしてくださいね」


 試験は合格、カティのライセンスにスタンプが押される。


「やった……やりました先輩!全部先輩のおかげですよ!」


「いや……今回は本当に何もしてないんだけど」


 後輩が覚醒してモンスターを怯ませた隙に、いいとこだけを持っていった形だ。

 ぶっちゃけ、俺じゃなくてもカタがついたんじゃなかろうか。


「いいえ、タスク先輩が何と言おうと、私にとって先輩は最高の先輩ですよ!先輩の言葉が無ければ、きっと何も出来ずに怯えるだけでした」


 そう言われると、悪い気はしない。

 誰かのために、ちゃんと力になれたのならば。


「あ、タスク!クエストクリアしたんだね。こっちも合格だったよ……ただ」


 別のクエストに出ていたトールが駆け寄ってくる。

 なんだか自信家の新人と一緒だったが、無事合格したようだ。


「あの人モンスターが出てくるなり、急に腰を抜かしちゃったんだよ。仕方がないから、私が回し蹴り一発でKOしたら、それを見て恐怖で気絶しちゃって。アハハ……もうワーカーはこりごりだ!って田舎に帰って行ったよ」


 モンスターよりもトールの蹴りの方が怖くなったのか。

 将来有望な若い芽を潰しやがった。

 こいつは天然の新人キラーかもしれん。


「待てよ?んじゃトールは、モンスターを余裕で倒せるってことか?スキルとか無しで、キックだけで」


「私だって成長してるんだよ。そもそも、パンドラの森で負け続けてるタスクがおかしいんだよ!」


 ぐふっ!深く傷付く言葉だぜ。

 今日も一人じゃ絶対に失敗してたし。

 俺だけが成長してないんじゃないのか。


「タスク先輩はおかしくありません!ちゃんと優しく、そして熱く指導してくれました!だから私は、ひとつ大人としての階段を登れたのです!」


 横からカティが口を出してくるが、この発言は危ない。


「大人の……階段…………タスク、いったいこのクエストで、新人に何を教えていたのかな?」


 トールの笑顔が怖い、と言うか目が笑っていない。


「タスク先輩は、自身の体でもって教えてくれました。協力して何かをすることの大切さを。私にとっては、初めての共同作業です!とても気持ちの良いことでした」


「よし!ジムに戻ろうか。詳しく、くわしーく聞かせてもらうね。来いオラァ!」


 理不尽だ、共同作業って犬のビンゴとって意味なのに。

 ギルドの皆からも、冷たい視線が注がれていた。

 俺は全然悪くないはずなのに。


【誤解がとけるまで長い時間がかかった】

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