EX. Valentine's Dream 後編

"カラーズ高等学校"


 遥か空の彼方から飛来した謎の物体は、もくもくと噴煙ふんえんを上げながら怪しくうごめいている。

 生徒達は皆、怯えて校舎から出ようとしない。

 俺達はその正体を確かめるべく、校庭へと走った。


「ちょっとタス子、アレって絶対ヤバいやつだよ!うちゅーじんとか出てくるパターンだよ」


「しれっとフラグを立てるな!本当に世界を侵略しに来たインベーダーだったらどうすんだ?シャレにならねぇ」


 なんてゴチャゴチャ言ってる間に、下駄箱を走り抜けて外に出た。

 グラウンドに出来たクレーターを滑り降り、恐る恐る謎の物体へと近づく。

 ただの隕石か?それとも凶悪なエイリアン?


「おおーい!誰か入ってますかー?」


 まるでドアをノックするかのように、とおるが謎の物体をコンコンと叩く。

 トイレじゃあるまいし、そんなので……


 ピシピシピシ ………ぱっかーん!


 そんなので、いとも容易たやすく割れてしまった。


「ハァーッハッハ!アタシはうちゅ…ゴホゴホ!しまった、スモークを炊きすぎたか。気を取り直して……アタシは宇宙の果てからやってきた、チョコ星人だ!この星のバレンタインを征服してやる!」


 中から出てきたのは、銀色のピッチリスーツを着た女の子。

 モクモクと上がる煙にむせている。

 恐怖の侵略者襲来、バレンタインを征服ってなんだ。


「おいプラリネ、主役がやりたかったんじゃないのか。何で毎度毎度、敵の役で出てきてんだよ?ハロウィンの時も黒幕だったじゃないか」


「だってボスで出たほうが出番も多いし、何よりも目立てるからな!細かい事はいいんだよ!」


「もう、やりたい放題だな」


 学校に襲来したチョコ星人。

 どうやら目的は、バレンタインを目茶苦茶にすることのようだ。

 そっちがその気なら、やったろうじゃねぇか。


「覚悟しろよチョコ星人!学校の平和は俺が守る!行くぞ、ハルジオン……あれ、ハルジオンどこだ?」


「ハァーッハッハ!バカめ!オマエは、ただの女子高生だ!武器もスキルもあるわけ無いだろ!今回は無力な学生が、おびえて逃げ惑うパニック回なのさ!」


 なんてこった、設定がインチキ。

 これじゃ、手も足もでないぞ。


「ククク、怯えてすくむがいい!まずは男子の下駄箱に大量のチョコをぶち込んでやる!バレンタインに、よく見る光景でオマエらを絶望させてやるぞ!」


「ま、待て!やめろぉー!!」


 勢いよく走り出したチョコ星人。

 向かうは正面入口の下駄箱か。

 イケメンがそれを開いた瞬間、ボロボロとチョコがなだれ落ちるという、羨ましい有り様を見せつけようってのか。


「今日は気合入れて作ってきたからな!下駄箱がはち切れんばかりに突っ込んでやるぞ!えーっと、男子の下駄箱はっと……」


 そこまで移動して、どうやら大事なことに気付いたらしい。

 ガックリと肩を落とし、悔しそうに腰から崩れ落ちるチョコ星人。


「無い……男子の下駄箱が一つも無い」


「そりゃそうだろ、ここは女子高なんだから。全校生徒、余すことなく女子高生だぜ!残念だったな。ここにはモテ男に絶望する男子もいなけりゃ、チョコを渡す相手もいないのさ!」


 ワナワナと震えるチョコ星人。

 自分で考えた設定に足元をすくわれるとか、とんだおマヌケちゃんだ。

 そもそも征服に来たわりには、やることがちっちゃい。


「いや……いや待て。あるはずだ!ここが女子高だとしても、チョコを持ってきている奴は必ずいる!そいつらの心がこもったチョコを奪い、アタシの作った最高のチョコレートと交換してやる!ざまぁみろ!ギブミーチョコレート作戦だ!」


 確かに、女子高とは言え、好きな子のためにチョコを用意している女子はいるはずだ。

 せっかく持参してきたチョコを奪うなんて、恐ろしいことを考えやがる。

 というか、そんなことする宇宙人がいるか。


【ギブミーチョコレート作戦が決行された】


「はーい、並んで並んで!お手持ちのチョコをアタシのと交換するよー!今ならサインも、その場で書くからね!」


 うーん、なんか行列が出来ちまったぞ。

 サインどころか握手と撮影まで求められてるじゃないか。

 考えてみれば、プラリネが作るのはプロのチョコだ。

 溶かして固めただけの物が、高級チョコレートに化けるなら、そっちのほうがいいのか。


「ふぃー、これで皆に行き渡ったかな」


 まるで、握手会さながらのやりとりが一段落。

 宇宙からの侵略者が、一瞬で学校の人気者になってしまった。


「は!これじゃチョコ配っただけだ!いったい何がしたいんだ、アタシは!」


「何がしたいんだ、おまえは!」


 またもや悔しがりながら、地団駄じだんだを踏むチョコ星人。

 ポンコツすぎて可哀想になってきた。


「いや……いや待て。まだ持ってる奴がいるぞ!手作りチョコの匂いがする!どこだ、大事にチョコを持っている奴、今すぐ出てこい!」


「ぎっくぅ!!あはは……私はちょっとお手洗いに」


 透の様子がおかしい。

 二歩三歩後退りをしながら、そのまま駆け出してしまった。

 その様子を、チョコ星人は見逃してはいない。


「いたぞ!あいつがチョコを持っている!待てー、そのチョコを寄こせー!」


「わわわ、気付かれちゃった。これだけは絶対ダメ!意地でも渡さないよ!」


 迫りくるチョコ星人を見て、慌てて逃げ出す透。

 何となく流れで、俺まで一緒に走り出してしまったわけだが。

 おだやかなまなで、全力のチェイスバトルが始まった。


「おい透、何も逃げなくても、あっちの高級チョコレートと交換してもらった方が得なんじゃないか?味は確かだろうし」


「損得の問題じゃないんだよ。これは私の手作りなんだから。絶対に他のじゃダメ!」


 手作り!それは、つまり本命ということ。

 なんてこった、透にはチョコを渡す殿方とのがたがいたのか。

 同性とは言え、ちょっとへこむ。


「あぁ……行き止まりだ!どうしよう」


「ここまでだ!さぁ、観念してアタシのチョコを食うのだ!」


 しまった、上手いこと袋小路ふくろこうじに追い込まれたか。

 非力な学生では、戦う力も逃げ場もない。

 こんな時に、正義のヒーローが助けにきてくれたら……


 ゴン!!


「いったぁ!何すんだよ!」


 後ろから、チョコ星人の頭をドつく人物。


「教えてやろう。学校内への菓子の持ち込みは、校則で禁じられている。既に配られたチョコレートも全て没収した。さぁ、残りのも全部出したまえ。私が下校の時刻まで預かろう」


 現れたのは、教師の明日藻あすも先生である。

 校則に厳しい先生なので、今日がバレンタインデーであろうと、相手が宇宙人であろうとお構いなし。

 一方的にチョコレートを取り上げてしまう。


「そもそも君は、この学校の生徒ではないな?職員室に来たまえ。みっちりと話を聞かせてもらおう」


 今度はチョコ星人が逃げようと走り出すも、秒で明日藻に捕らえられた。

 この人の身体能力は、宇宙人をも凌駕りょうがしているのか。


「ところで……そっちの君は、菓子を持ってはいないだろうね?」


 明日藻の鋭い眼光が、透へと向けられる。


「あの、それはその……えっと」


 口ごもる透、チョコが見つかれば一巻の終わりだ。


「無いのならば良い。休憩時間は残り僅かだ。悔いの無いバレンタインを過ごしなさい」


 そう言い残し、暴れるチョコ星人を片手で掴んで、連れて行ってしまった。

 かくしてチョコ星人の侵略は、一人の教師によって防がれたのだった。


「うーん、やっぱりアイツ、透には甘い気がする」


「ふふ、優しいよね。ねぇタス子、こっち向いて、私の目を見て」


「ん?何だよ。俺の顔に何かついてるか?」


「はい、私の手作りチョコレート。ちゃんと守りきれたから、タス子にあげる。いっぱい気持ちを込めたからね」


 人生初!バレンタインチョコレート!

 女子から女子へのバレンタインってのも、何だかくすぐったい感じがする。

 それより何より透のチョコだ、こんなに嬉しいことは無い。


「食べて食べて」


 透は弾けんばかりの笑顔で、グイグイとチョコを押し付けてくる。


「おう、さんきゅな。どれどれ……ぱくっ」


 口に入れた瞬間、体の中で何かが爆発したように錯覚した。

 一口、たった一口でこの破壊力とは。


「とおる……おまコレ、ナニイレタ」


「ん?いっぱい元気が出るように、マムシの生き血とか海外の怪しいハーブとかね。ふふ、美味しいでしょ?」


 忘れていた、こいつは殺人級の料理音痴だ。

 当然、お菓子作りだって、そのセンスは存分に発揮される。

 先生、没収するならこっちですよ。


 あぁ……目の前が真っ暗になっていく。


【GAME OVER】

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