裏バグ3

EX. Valentine's Dream 前編

『バレンタインデー』とは、恋人達が愛を祝う日のこと。

 日本では、女性が男性にチョコレートを手渡し、好意を伝える絶好の機会だったりする。

 しかし近年では、この風潮ふうちょうに異議を唱える流れもあり、異性同性に関わらず、感謝の気持ちを贈り合うイベントとしても定着してきている。

 今回のお話は、恒例の番外編であり、本編の時系列との繋がりは全く無い。

 いとおかし……


◇◆◇◆◇◆



「タースク、今日は何の日だ?」


「う……何だ急に。待てよ、すぐ思い出すから」


 ジムでのんびりしていたら、トールから質問が飛んできた。

 今日は何の日、これは女性が男性に向けて放つ、最も難読な問題だ。

 大抵の場合は罠であり、答えられない場合は機嫌を損ねるおそれがある。


 結婚記念日や、付き合って何ヶ月記念などが定番だ。

 だが俺達は結婚してないし、恋人かと言われれば、はっきりと告白したわけでもない。

 いったい何の日なんだ?まったく思いつかないぞ。


「アタシの誕生日だー!2月14日はバレンタインデー!そしてアタシの生まれた日だろうが!」


 割って入ってきたのはプラリネだ。

 そういや今日はバレンタインデーか。

 ショコラティエの誕生日がバレンタインデーなんて、どこか運命めいたものを感じる。


「そうか、15歳の誕生日おめでとう。いかにもショコラティエの誕生日って日に生まれたんだな。バレンタインにチョコなんて貰ったことないし、完全に忘れてたよ。モテる奴が憎い!」


「オマエなぁ……元の世界じゃどうか知らないけど、結構モテる方だとアタシは思うぞ!色んな人に結婚を申し込まれたりしてるし、トールだって分かりやすい態度じゃん!」


 トールの方に目をやると、照れくさそうにコクコクとうなづいていた。

 あれ?今まで意識してなかったけど、俺って本当にモテるのか。


「それよりもだ!アタシが許せないのは、毎度毎度アタシが活躍しそうな時期に、本編のシリアスパートが始まってイベントが流れてることだ!ハロウィンの時だって番外編だったじゃないか!」


「仕方ないだろ。章は季節で切り替わるし、変わり目にボスが配置されてんだよ。本編が優先されるのは、やむを得ないことだろ?」


「ダマラッシャイ!今日はアタシの誕生日なんだから、アタシが主役じゃないとヤダ!ぜーんぶアタシの思い通りのお話にするぞ!」


 だから本編に収録されないんだよ、とは口が裂けても言えない。

 まぁ、せっかくの誕生日なんだ。

 気がすむまで付き合ってやるとするか。


【バレンタイン限定ストーリーが幕を開けた】



"カラーズ高等学校"


 キーンコーンカーンコーン!


 チャイムの音が鳴り響き、今日も退屈な授業が始まる。

 ここはどこかの世界の俺が通う学校の教室。

 平凡な日常、平凡な生徒、平凡な格好……ん?


「おい、一回止めろ!この設定には異議ありだ!」


「なんだよタスク!番外編なんだから学園ものをやったっていいだろ!」


 ひょっこりと舞台のすそから顔を出したのはプラリネだ。

 今回のお話は、全部こいつが演出している。


「まぁ学園ものはいい。百歩譲って20代で高校生ってのも我慢しよう。問題は、この格好だ!何で俺がスカート履いてんだ?これじゃ女子高生だろ!」


「だって女子校だもん!ちょっと痩せ型な体に、勝ち気な喋り口調。ミニスカも良く似合ってんじゃんか。ボーイッシュ系ギャルって感じだ!」


 屈辱!普段から筋トレを行い、肉体を強化してきたはずなのに。

 スカートってヒラヒラして、なんか落ち着かないぞ。

 女性は普段から、中が見えないように警戒して動いてんのか。


「タス子、何やってるの?もう授業はじまっちゃうよ?あ、また教科書忘れたんでしょ。しょうがないんだから。机くっつけて一緒に見よ」


 トール!?いや、設定上の名前はとおるか。

 ウィッグとは言え、三つ編みロングに眼鏡をかけた姿。

 誰が見てもグッとくる、文系女子のお手本のようなスタイルだ。


「どしたの?今日、なんか変だよ?」


「んにゃ、何でもない。ちょっとへきを噛み締めていただけだ」


「へき?」


 隣の席に座る、仲の良い幼なじみか。

 学生の頃は、こんな青春の1ページなんて過ごす暇もなくバイトしてた。

 プラリネも粋なこと考えやがる……性別の設定には目をつむってやるか。


「授業を始めるぞ、さっさと席につけ。今から教えてやろう、勉学の真髄しんずいをな。不届きにも私の担当の授業で教科書を忘れてきた不心得者ふこころえものもいるようだが、一切の容赦はしない。そのつもりでいたまえ。言っておくが、私は君達が理解できるまで、何度でも教えるので覚悟しておくように」


 担任で歴史教師の『明日藻あすも だい』が教室に入ってくるなり凄味をきかす。

 人に勉強を教えるのが快感な、教えマニアで有名な先生だ。


「歴史か、年表とか覚えるの苦手なんだよな。自分が生まれてない時代の話なんて……」


「タス子、先生ににらまれると補修確定だよ?真面目に勉強しよ」


「わぁ、歴史大好きぃ。信玄でも秀吉でもドンと恋!補修だけは勘弁勘弁」


 透と隣同士で授業を受け、透と一緒に居眠りをして、なぜか俺だけが先生に怒られる。

 この先生は透には甘い傾向にある。

 永遠と思えるような苦痛の時間が過ぎ、ようやく休憩時間を迎えた。


 ドン!


 勉強疲れでフラフラしながら廊下を歩いていると、他の学生と衝突して転んでしまった。

 やばい、スカートだったんだ。

 慌てて裾を手でおさえ、ぶつかった相手を見上げる。


「いってぇな!どこに目ぇつけて歩いてんだよ!」


「よそ見をしていたのは…そっちの方だろう…大丈夫か…手を貸そう…」


 差し伸べられた手を握ると、力強く引き起こされた。

 繋いだ手から伝わる温もりが、少しだけ心をキュンとさせる。


「あ、ハデ美パイセンちぃっス!タス子、3年生のハデ美パイセンだよ。学年トップの成績で高身長美人!何よりも数多の不良を相手に、喧嘩で負け無しのスーパーヤンキー!憧れちゃうよね」


 ハーディアス!お前もか!!


 スラッとした長身に、くるぶしまで隠れるほどのロングスカート。

 バッテン付きのマスクのせいか、声がこもって聞こえる。

 ハデ美パイセン、凄いスペックの持ち主なだけに、ヤンキー部分が惜しまれる。


 キーンコーンカーンコーン!


 今までファンタジー世界で、ドラゴンやら悪魔やらと戦っていたような気がするが、あれは全部夢だったんだ。

 命を脅かされることも無く、適当に勉強して友達を作って、帰りにお菓子なんて買い食いしちゃったりして。

 こんな学園生活が、どこまでも続くといいな。


 ドッカァーーーーーン!!


 突如として耳をつんざくような衝撃が走った。

 これには学校中大パニックだ。

 校庭を見ると、大きなクレーターが出現し、中心に隕石らしき物が見えた。


 それは平和だった学園に、災厄をもたらす使者だったのだ。


【恐怖のバレンタインが開幕した】

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