77. Operation God Break 後編

 俺が心待ちにしていた切り札、『外科医げかい』アネスタシア・ドクタリアス。

 ここまでは想定通りなのだが、迂闊うかつなことを言えば、こちらが切り落とされかねない。

 凄まじい威圧感を発するアネスに、どう声をかけて良いものやら。


「ギギギ、外科医が何の用だと言うノダ。ココにお前の出る幕など無いわ!ひねり潰してくれるぞ!」


 猛然と襲い来るジャガーニートォ。

 しかし、アネスは微動びどうだにしない。


「用ならば腐るほどあるわ!惰弱だじゃくな政治家風情が、私の弟を傷つけるなど百年早い!あと、私がハーディアスを眺めている時は話しかけるな!頭頂部から足指の先まで、五分刻ごぶきざみで解体してやろうか!?」


 弟をでる顔が一変、怒りの形相でタイラーを一喝いっかつする。


「グヌヌ!なんという鋭い眼光。悪魔クラスの実力があるとの噂は真実か」


 たった一人の女医が睨みを利かせただけで、ズシンと巨体が後ずさる。

 五分刻み、この人なら本当にやり兼ねないし、それが出来る力を持っているのだろう。


「ま、待ってくれアネス!あいつを倒すのが目的じゃない!あんたにしか出来ない事があるんだ」


「ほーう、坊やのくせに随分と真剣な顔をするじゃないか。いいだろう、聞かせてみろ」


 抱っこしていたハーディアスを下ろすと、アネスはこちらに向き直す。

 ジャガーニートォさえ後退させる目力だ、直視するだけでチビりそう。


「ジャガーニートォから、タイラーを取り除きたいんだ!そうすればマニーの供給が止まり、あの凶悪なマシンも停止するはず」


「防衛大臣を病巣びょうそうと見て、それを切除するわけか。つまり坊やは、私にオペの依頼をしたいと言っているんだな?」


「頼む、あいつはマシンに心を乗っ取られかけてるんだ。ここで切り離さなきゃ、エバーのオッサンとも仲直りできない。子供とだって......」


「フフ、真っ直ぐな心根じゃないか。いいだろう、本当に奴を救いたいのなら、1000万マニーでオペしてやろう」


 1000万マニー!目から火が出るような金額だ。

 もちろん、そんな大金は持ってないし、用意できるはずもない。


「姉さん...タスクにその額は...」


「弟よ、今はビジネスの話をしているのだ。口出しは無用だぞ。それに、これでもかなり良心的な値段にしてある」


 ハーディアスがいれば言うことを聞いてくれると思ったが、考えが甘すぎたか。

 この目は冗談を言っていない。

 どう泣き落そうが、金がなければ依頼は受けないだろう


「どうした、時間がないぞ?人を救いたいなら、相応の覚悟がいるものなのだ。それとも、口だけの独善的な思いつきか?その決意は上げ底式だったということか」


「く......わかった!払う!1000万マニーだな。ただし、無事に手術が成功してからだ。タイラーの術後の経過が良好と確認されたなら、キッチリ払ってやろうじゃないか」


「そうきたか、本当に面白い奴だな。契約成立!違えた場合は、その首で払ってもらうぞ!」


【手術の契約が結ばれた】


「言っておくが、暴れ回る患者を相手にオペは出来んぞ。当然、あれの動きを止める手は考えてあるのだろうな?」


「もちろんだ!トール、シルベスタファミリーを動かすぞ!」


 ここが勝負だ、既に200万マニーを払ってファミリーを待機させている。


「おっけぃ。レアナちゃん!出番だよーーーー!!」


 トールが大声で号令を出し、アンドレアナ率いるシルベスタファミリーが躍り出る。

 総勢100人の極道達が、ぐるりとジャガーニートォを囲い込んだ。


「フン!数で勝負とは、無駄なことを。ウゴウの衆がどれほど集まろうと、瞬く間に蹴散らしてクレようぞ!」


「甘いぜタイラー!数を揃えて出来る戦法もあるんだ!全員で踏ん張れ、紙々の完全拘束ヴァルキリーリストレイン!」


「ぐおぉぉぉぉぉぉ!!」


 ファミリー全員に刻んでおいたルーンが、一斉に輝きはじめる。

 拘束のルーン『ナウシズ』による多重結界、事前に仕込んだ作戦が見事に決まる。


「やるじゃないか坊や。これなら麻酔が効いているようなもの。ハーディアスと坊やは助手に回りな。オペに取り掛かるぞ!」


 動きの止まったジャガーニートォを駆け上り、タイラーの下へと辿り着く。

 あとはコイツを、マシンから引っ張り出せば……


「グォォォォ!コノような虚仮威こけおどしなど!政都は目の前なのだ!行け、ヨトゥンバイン!侠者共を皆殺セ!」


 再び四足歩行のロボモンスターが放出される。

 なんと今度は、飛行タイプまでいやがる。

 本体の動きを拘束しても、自律メカまでは止められないか。


「トールとプラリネはヨトゥンバインを迎撃しろ!絶対にシルベスタファミリーに手を出させるな!」


「イエッサー!でも飛行型は政都へ向かってるぞ!あっちはいいのか?」


「私が空を飛んで倒しに行くよ!」


「ダメだ!プラリネだけじゃ手が足りない。トールもファミリーの防衛に回ってくれ。飛行型の方は、無視しても大丈夫だ!」


 追いかけようとするトールを静止し、地上型に専念させる。

 ここで拘束が解けてしまっては、元も子もない。


「助手はオペに集中しろ!いいか、始めるぞ。外科医スキル『術前カンファレンス』。患者の容態を見極めろ!」


 レントゲンや輪切りになった画像、心拍数などが現れる。

 助手って言ったって、専門的な知識はちんぷんかんぷんだ。


「予想以上に…フレームからの浸潤しんじゅんが進んでいる…スネ自体が変異し…金属と融合しているのか…両足を切断するしか…」


「いや、待ってくれ。マニーの吸引は肉体を通じて行われているかもしれない。もしかしたら、足だけでも動くんじゃないか?」


「いいだろう、ならば全摘ぜんてきだ!余すこと無く、全てを取り切る!」


 術式は決まった、あとはアネスの腕を信じるだけだ。


「グギギ!全摘だと?ダメだ、そのメスで心臓を一突きにしろ。私を殺されなければ止まらぬ。生き恥など晒さぬぞ。もう手遅れだ、手術など成功しない」


うるさい口を切り取ってやろうか?医者は患者を生かす為に存在するのだ。悪いが生きて恥をかいてもらおう。それから、私は絶対に失敗することは無い!それが外科医と言うものだ」


「く………私は治療を望んでいない!手術には同意しないぞ!」


 ガン!!


 急に頭を鷲掴わしづかみにされ、タイラーの頭へと叩きつけられた。

 頭突き、シンプルにして強烈な打撃。

 タイラーは一撃で気を失ったが、何も俺の頭を使わなくても……超痛い。


「黙って私の言うことを聞いていればいいんだ。医者の言うことは絶対!一つでも誤りがあるならば、そいつは医師である資格は無い。ハーディアス、術野を広げろ。クソ政治家の切除を始めるぞ」


 ハーディアスがドリルで装甲を削っていく。

 剥き出しになったスネには、ガッシリと金属がかじりついている。


「坊や、麻酔はどのくらい持つんだ?」


「十数分か、それよりも短いかも……みんなの頑張り次第だが」


「そうか、だが安心しろ。私のオペは正確で迅速だ。お前は汗でも拭いて見ていろ」


 張り詰めた緊張感でオペは続いていく。

 額を伝う汗を拭う。


「違う、私の汗を拭くんだバカタレ!自分のじゃない!」


 そうだった、執刀医の汗を拭き取るとか、ドラマで良く見るわ。

 何をやっているか良くわからないが、もの凄い手捌てさばきでメスが踊っている。

 正直な話、かなりグロテスクで気持ち悪くなってきた。


「バイタル…血圧115の70…脈拍80で…サイナス…姉さん…お疲れ様でした…」


「楽しいオペだったぞ。二人とも良くやった。あとは油薬でも塗って、大人しくしていれば歩けるようにもなるだろう」


 早い!まるでシーンスキップしたかのように、何事もなくタイラーが切り離された。

 この人は、存在そのものがチートキャラだろ。


【オペ終了、ジャガーニートォ停止した】

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