72. Go!! 前編

『トリックアート』とは、描かれたものを錯覚さっかくによって立体的に見せる手法、または絵画かいがのこと。

 見方や角度によって、印象が違ってくるだまし絵なども含まれる。

 見る者に不思議な感覚を与えて楽しませる、斬新ざんしんな形なアートといえるだろう。

 しかし……


◇◆◇◆◇◆



 やったった、やったったんだぜ。

 防衛大臣と究極の兵器を、まとめて雪の下に封殺することに成功。

 信じられないほど上手くいった、俺もまた成長しているってことだ。


「ケホッ、全力でラウドしたから喉がガッサガサだよ。タスク、私のことめてくれてもいいんだよ?」


「お、おう……良く頑張ったな。お互いに、駆け出しだった頃に比べると、だいぶ戦い慣れてきたよな」


 会心のラウドハウリングだったのだろう、主張があざとい。

 でも、トールがいなきゃ成功しない作戦だったのは確かだ。

 グシグシと頭を撫でてやると、ちょっと鬱陶うっとうしそうな素振りをしながらも、顔はゆるんでいた。


「えへへ、もっと褒めてくれてもいいのよ?」


「調子に乗るなって、半分は俺の手柄だろ。こっちが褒めてほしいわ!」


「アハハ、しょうがないなぁタスクは。承認欲求つよすぎなんだから。ほらおいで、私が褒めてあげるよ」


 両手を広げて待ち構えるトール。

 あれ、何で俺が甘えたがりな奴みたいになってんだ。

 いや、だいぶ恥ずかしいが、たまには人に褒めてもらうのも……


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


 なんだ、地面が揺れ始めた。

 浮かれるには、まだちょっと早すぎたか。


 ビビビビビィーーーム!!


 足元から、無数のビームが放射される。

 雪に沈めたはずのジャガーニートォが、再び浮上してきやがった。

 いいとこだってのに、やっぱり邪魔が入りやがんのか。


殺気さっきから聞いて、人の上でイチャコライチャコラしくさりおって!蒸発じょうはつしろ、お前ら!!」


「おわわ!こんなの当たったらひとたまりもない!逃げるぞトール!」


「タイラーさんの口調、変わっちゃってない?言葉もバグっちゃってるし」


 確かに、落ち着いた物腰のタイラーからは考えられないような喋り方だ。

 まるで、日記で見た異世界人の末路のような。


「グガガ…しずまれジャガーニートォ!ふぅ……取り乱してすまなかったな。どうもコイツは嫉妬深しっとぶかく、色恋沙汰いろこいざたには敏感びんかんなようなのだ」


 口調が元に戻った、異世界人の怨念おんねんでもただよってんのかよ。

 確か日記には、女神が持ってきた精神に感応する金属の話があった。

 マシンそのものが、登場者の心をむしばんでいるんじゃないだろうな。


「出来るだけ苦しまずにと思ったが、君達はしぶとく地獄の底からでも這い上がってくるからな。ここで完全に消させてもらう。悪く思わないでくれよ?」


「おいおいおい、そんな足上げて何しよってんだ?ペシャンコにされて悪く思わんとか無理があるだろ!ハルジオン、雪を舞い上げろ!」


「目くらましなど無駄だ!私の目は君達二人をハッキリと捉えているぞ!今度こそ永遠にお別れだな、成仏じょうぶつしてくれたまえよ!」


 すどぉーーーん!ズドン!ズドン!ズドン!!


 巨大な足がせまり、潰す、潰す、踏み潰す。

 たったこれだけの動作を、この巨体が入念に行うだけで、威力は甚大じんだいだ。

 全てを蹂躙じゅうりんする巨人、絶対に世に出てきてはならない究極の兵器。

 こんなものが政都を襲ったら、人々の平穏は絶望のドン底に叩き落されるだろう。


 やがて気が済んだのか、タイラーは山を下り始めるのだった。


【ジャガーニートォは去っていった】



 ……………ズボ!ズボ!


「ぷはぁ!危ないとこだったが、上手く回避できたな」


「まさか、こんな方法でタイラーさんの目をあざむくなんて、思いもよらなかったよ」


 独創のダンジョンで描いておいた、俺達二人の立ち絵。

 こいつを変わり身にして、雪に潜ってやり過ごしたのだ。


「ふふん、離れると立体的に浮かんで見えるように描いておいたのさ。これぞ秘技トリックアートってな」


「普通はこんなの描けないし、咄嗟に使ってピンチを切り抜けたり出来ないよ?実はタスクって、相当スペックの高い技能持ってないかな」


 バイトでつちかった技能は、決して裏切らない。

 苦労ってのはしとくもんだな、経験は身を助けてくれる。

 それが無ければ、きっとこの世界で俺は腐っていただろうな。


「でもどうするのタスク。ジャガーニートォの足の速さじゃ、とても追いつけないよ?」


「でっけぇもんなぁ。人の足で追いつくのは無理か……とりあえず鉱業都市マインに戻るぞ。何か方法を探そう」


「タスク……もう政都の人達に任せちゃダメかな。強さが違いすぎて、私達じゃついてけないレベルの話だよ。例え追いついたとして、何か対抗策はあるの?」


 不安そうな表情で、トールが聞いてくる。

 毎度毎度、無茶な戦いやってるもんな。

 弱気になるのも無理はない。


「無いな……確かに参戦しても、何も出来ないかもしれない。でも……でもな、何かわからんけど、それは違う気がするんだ。アレが政都に到達してしまったら、間違いなく一般人に被害が出る。弱くてもバカでも、ここで逃げるのは違うかなって……そうだろ?」


 お互いに手を取り、雪の中から脱出する。

 体についた雪を払い一呼吸した後、トールはニッコリといつもの笑顔を見せた。


「そうだね、うん!その方がタスクらしいや。いつだって、誰かのために頑張って戦うだけだよね。フフ、カッコ良いよ」


「悪いな、いつも付き合わせちまって」


「ううん、私達は最高のコンビだからね。防衛大臣に目にもの見せてあげようよ!そして全部終わったら、また皆でご飯を食べに行こ。絶対に生きて帰ろうね」


「うん、絶妙にフラグを構築していくやっちゃな。たまに、ワザとやってんじゃないかと思っちまうわ。でもまぁ、そんなモンは俺が、全力でへし折ってやっけどな!」


 トールは、ちょっと何言ってるかわからないって顔で、キョトンとしている。

 こういう屈託くったくのない天然さが、トールの怖いところだ。

 何事も起こらなきゃいいが、無理だろうけど。


【鉱業都市マインへと向かった】

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