71. I can feel your pain 前編

『ジャガーノート』とは、制止することの出来ない、すさまじい破壊力のこと。

 イギリスでは、超重量級のトラックを意味する言葉としても使われる。

 語源はヒンドゥー教の神、ヴィシュヌの八番目の化身けしん、クリシュナの異名である。

 しかし……


◇◆◇◆◇◆◇



 日記から異世界人の秘密を知り、ダンジョンを脱出した。

 タイラーが政都を襲う前に、ジャガーニートォを止めなくていけない。

 さぁ、輝くお日様の下に躍り出るぞ。


 びゅおぉぉぉぉぉぉ!!


「すっごい吹雪いてるね。寒い寒い」


 こいつ、ふところもぐり込んで雪よけにすんなし。

 とは言え風も強いので、小柄なトールだと飛ばされかねないが。


「そうか、外は雪山だったんだ。山は天候が変わりやすいって言うし、中にいる間に雪が振り始めたんだろう」


 雪をき分け、奴を追って前に進むしかない。

 視界は良くないが、あの巨体だ。

 近くにいるなら、すぐに見つけることが出来るはず。


「でもタスク、ジャガーニートォは空を飛ぶんだよ。政都までひとっ飛びなんじゃないの?」


「あんなデカブツ、そう簡単に飛ばせるはずがないんだ。飛んだのはダンジョンから脱出する時だけだろう。動力はマニーだし、距離があるから省エネで政都を目指してるはずだ」


 この雪ならば、まだそう遠くへは行っていない。

 巨体であればあるだけ、痕跡こんせきは残るものだ。

 それを辿たどるのが追跡の基本だと、何かの漫画でも言っていた気がする。


「見事に雪で足跡消えちゃってるね。何も見えないや」


「くっそぅ!やっぱ現実は甘くない。にわか知識じゃ役に立たねぇか」


 しゅわわわわわ!!


「うお!?何だこりゃ、霧?いや、蒸気か」


「すごい高温で、この辺の雪が蒸発してるみたいだね」


 モクモクと上がる蒸気の中に、ジャガーニートォの姿を見つけた。

 この高温は奴が放っているのか。

 いや、対峙たいじしている何者かから発せられているようだ。


「巨大ロボットだけでも大変なのに、この上まだバケモンが出てくるんかよ!」


「タスク、こっちこっち。巻き込まれないようにかげで見てようよ。何だか喧嘩してるみたいだし」


 トールに手を引かれ、見つからないように岩陰に隠れた。

 ここでジャガーニートォの様子を見てみるか。


「タイラァー!!その兵器を何に使うつもりじゃい!」


「ふむ、貴様の方から出向いて来るとは。政都まで行く手間がはぶけるというものだ。エバァー!!」


 大気が震えるほどの怒声が響き渡る。

 この熱の発生源は、政治系ジョブ『総理大臣』のオッサンだったのか。

 エバー・シーゾーン、全てのワーカーの中でも最強と言われる男、ある意味バケモンだ。


「他の者が悪用せぬよう、破壊するのが役目だったはずだぞ!だからこそ、防衛大臣であるお前を行かせたのだ。それを民に向けるつもりなら、ワシは許さんぞ!」


「よく言う、ダンジョンの外で待ち構えていたくせに。これほど早く動いてきたということは、私の動きを探らせていただろう。貴様はいつだって抜け目ない男だよ」


 そういえば、二人は確か同期だと聞いたな。

 総理大臣と防衛大臣、超高給ジョブが激突したら、どうなってしまうんだ。


「今なら間に合う、そこから降りてくるのだ。ワシは何も見なかったことにする。共に民のために尽力してきた仲ではないか。ワシはお前のことを、時には兄のように、そして弟のように思ってきたのだぞ」


「そうだな、勉強も喧嘩の仕方も私が教えた……貴様と政治系ジョブにいた時は、これほど嬉しいことは無いと喜んだものだ」


「ならば、もうやめよ。そんな事をして何になる。ワシらの行動理念は、常に民の幸せだったではないか!」


「そうだとも!そしてそのかたわらで、常に貴様を見ていた。教えたことはすぐに私を超え、誰からも愛されながら、貴様は頂点に立った。いつでも私はナンバー2だったな」


 二人は昔から、切磋琢磨せっさたくまする関係だったのか。

 何をやっても追いつけなくなるあせり、俺にも分かる気がする。


「まさか……嫉妬しっとしていたのか?ワシはただ支えてくれる者達のために、常に努力をしてきた。それは、お前も含めてのことだ」


「分かっているさエバー。全くうらやましく無いと言えば嘘になるが、貴様の努力を一番近くで見てきたのが私だ。他の誰よりも誇らしく、嬉しいと感じていたのも……だが!貴様は私の大切なものを奪った!!」


 タイラーの落ち着いた口調が激変する。

 仲の良かった二人の間に、いったい何があったというんだ。


「だから私も貴様の大切なものを奪ってやる!もう後戻りなど出来ない。すでに小説家と声優の二人を地の底にほうむった!私はジャガーニートォに乗った瞬間から、羅刹らせつになると決意したのだ!」


「何!タスク君とトール君をか!?タイラァァァァ!お前という奴はぁぁぁ!!」


 激昂げきこうする両雄りょうゆう、天地が裂けそうな迫力がある。

 てかね、俺達は生きてるんだけどね。

 いったいオッサンは、タイラーの何を奪ったんだろう。


「大きいだけでヒョロっちぃ玩具おもちゃで、ワシを倒せると思っているのか!そうなら誤算もいいとこじゃぞ」


「ククク、心配するな。抜かりなく準備しておいたよ」


 ゴゴゴゴゴゴ!がしゃん!!がしゃーん!!


 ジャガーニートォが地面を掘り返すと、中から鉄のかたまりが出るわ出るわ。

 これが次々と装甲となって張り付いていく。

 スリムな骨格を覆い尽くし、パワフルボディの出来上がりだ。


「ジャガーニートォを完全体にするために、鉱業都市マインから鉄鋼を運ばせておいたのだ。もちろん、全て国防費から支払われたものだ!」


 政治家連中は、税金を湧き水ぐらいにしか思ってないんじゃなかろうか。

 採掘場がやたらと忙しかったのは、これが原因だったのか。

 めちゃくちゃ労働させられたんだぞ。


「どうだ、これで力でも貴様を超えたぞ!もう誰にも私を止めることは出来ない!」


「タイラー、ワシはお前を殴りたくない!じゃが、お前が反逆者となるならば、ワシは鬼にでもなる!!」


 片や剛力無双ごうりきむそうの巨大ロボット、片や天下御免てんかごめんの最強超人。

 とてつもない熱量が、この場に渦巻いている。

 こんな頂上決戦に、普通の人間が入り込む余地は無い。


「フハハ、やっと本気になったか!そうでなくては、ジャガーニートォを復活させた意味が無い。今度は貴様が思い知る番なのだ!くたばれエバァァァァァァ!!」


「そんなポンコツ、あっという間にスクラップにしてくれる!仮初かりそめの力でワシに並んだと思うな!くぞタイラァァァァァァァ!!」


 ジャガーニートォのパンチに対し、総理大臣も生身の拳を突きだす。

 こいつは異世界史上、最大の戦いが始まったんじゃないのか。

 

「今回は見てるだけで、全然出番が無いんだぜ」


「私なんて途中からセリフすら無いんだけど?」


 声優のトールとしては、複雑な心境だろう。

 あんな喧嘩に巻き込まれたら、怪我じゃ済まないだろうけど。

 と、言った所で後編へ続く。


【超絶究極の極限バトルが始まった】

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