56. My Favorite Hero 前編

『スーパーヒーロー』とは、超人的な力を持ち、正義のために戦う者のこと。

 アメリカンコミック等に登場し、一目でそれと分かるコスチュームを着ている事が多い。

 日本でも漫画やアニメ、特撮とくさつなどの主役として、高い人気を誇る。

 しかし……


◇◆◇◆◇◆



"学術都市 フォックスオードリー"


 結束力が生み出したミョルニルにより、フォックスオードリーに青空が戻ってきた。

 世界の危機は、ギリギリの所でまぬがれたのだ。


「あっはは……やったぁ!もう腹ペコで力が出ないや…」


 力を使い果たしたトールが、空から落ちてくる。

 まずい、今のあいつじゃ着地なんてできないぞ。


「トール!うぉぉぉぉ!どっせーい!」


 落下するトールを、衝突スレスレで受け止めた。

 勢いあまって抱きしめたまま、地面を転がってしまう。


「ふぅ…何とか間に合った。カッコよくキャッチ出来なくて悪いな」


「えへへ、ありがとタスク。また高いとこから落っこちちゃった…あれ?」


 激しい消耗により、フェネクスはまた羽に戻り、ミョルニルは手の中で溶けていた。

 まるで、自分の役割は果たしたと言っているかのように。


「おのれ!これほどの力を隠していたとは。ここは一度、撤退して力を回復させねば。『深層の次元アビスディメンション』」


 バグゼクスめ!逃してたまるか。


「小説家スキル『疾筆しっぴつ』」


 異次元へと逃げ込むバグゼクスに、最速で文字を放つ。


「追わなきゃ!せっかくここまで追い詰めたのに、全部無駄になっちゃう!」


「待てトール。大丈夫だ、お前は休んでろ」


 走り出そうとするトールを制止する。

 ほとんど戦う力なんて残ってないくせに、それでも俺の腕を振りほどこうとしている。


「離して!あと少しで倒せるじゃない!早く……うぁ!?何……をしたの……」


 糸の切れた操り人形のように、崩れ落ちるトール。


「魔力吸引のルーン『オースィラ』、悪いなトール。クライマックスは俺が頂いた!」


「何で……タスク…どう…して……」


 意識を失い、その場に倒れこむトール。


「あとは任せとけ。寝て起きたら、いつもの平和な日常パートになってるさ……じゃあな!」


【タスクはバグゼクスを追った】



"深層の次元アビスディメンション"


「まさか混沌の太陽シャドウオブインフィニティまで破壊するとは。いくら偶然力が働いているとは言え、あの力は異常だ。だが、もう奇跡は起こるまい。再起の時をここで……」


「よぅバグゼクス。何を一人でブツブツ言ってんだ?」


「バカな……有り得ない!深層の次元アビスディメンションは全ての次元の最下層。物質は、その形を維持できない。ニンゲンが入ってこられる場所では無い」


「お前には目印を付けといたからな。それを辿たどらせてもらった。グランは六道次元りくどうじげんとか言ってたか。リアのも含めて、ここが最後ってことだよな?これでお前は手詰まりってわけだ」


 寒気のするような漆黒しっこく、これが地獄のドン底ってことか。

 なるほど、体が少しずつちてきているのがわかる。


「すごいものだ。敬意を表する。そこでどうだろう、ワタシと取り引きをしないか?」


「取り引き?このおよんで見苦しいぞ」


「いやいや、オマエを助けたいのだ。ここにいれば、その体はもたない。ここに来た時点で、オマエの負けは決まったと言える」


 確かに、あと数分もしない内に、俺の体は朽ち果てるのだろう。


「オマエが元の世界に帰る際、ワタシの一部を持ち帰っても良い。それを使えば、オマエの小説は飛ぶように売れ、夢の印税生活いんぜいせいかつに突入だ」


「その変わり、お前がやることには目を伏せろってか?」


「オマエに理想の暮らしを約束しよう。悪い話ではあるまい?全ての小説家の願望であろう」


「俺の夢が売れっ子作家?印税生活で悠々自適ゆうゆうじてき?お前、14年も俺の中にいて、学んだのは狡賢ずるがしこさだけか?小説家ってもんが、何もわかっちゃいないな」


 金や名声は、誰もが欲しがるものだ。

 そこは間違っちゃいない、だがな。


「いいか!小説家なんて生き物は、もうどうしようもなく妄想もうそうが大好きで、頭ん中じゃいつだって、見たことも無いような異世界で、予想もつかないような方法で、強大なモンスターと戦ってんだ!」


 小説家は、自分の書きたい物語を、自分の書きたいように書く。

 常識の鎖を引きちぎり、はじめの一行を書いた瞬間が、冒険の始まりだ。

 ファンタジー作家の生き様に、他力本願たりきほんがんなんて言葉があるものか。


「残念だ。ならば、オマエはここで終わるしかない。ワタシは脱出して、オマエが死ぬのを待つだけだ」


 遠ざかるバグゼクス。

 この次元に、俺を閉じ込めようってか。


 ガチン!!


「なに!?どうなっている。次元を移動することができないだと」


「この次元を、俺に都合の良い空間に。もう絶対に外には出れねぇぞ。どうせ最後なんだし、とことん俺に付き合えよ」


「書き換えた……だと。ニンゲンにそんなことが……まさか!!」


「これが『オーバーリライト』、全生命力と引き換えに、都合の良い状況を作り出せる、究極のスキルだ!」


 賢樹グラン・グリモワールが最後に使った最終奥義。

 一切の出入りが出来ないように、書き換えてやった。


破滅的はめつてきな発想だ。その命でワタシを止めたつもりか?ここはワタシが作り出した次元だ。完全に書き換えられるはずもない。オマエが死んでから、ゆっくりと修復すれば良いだけのこと」


「おいおいおい、勘違いすんなよな?こっちは戦いにきてんだぜ。言ったろ、俺に都合の良い空間に書き換えたってな!この空間限定、最初で最後のチート技!今この瞬間だけは、俺が主役を張らせてもらうぜ!!」


 リアの残したノート、俺が物語を書いた学習帳が光を放つ。

 今日だけは、俺に都合の良い主人公補正に働いてもらう。

 信じれば、書いたことは全て実現する!!


 キュイン!……キュイキュイキュイーン!!


「何だその姿は…髪の色が変化しただと!」


「パワーアップの定番と言えば金髪だろ?それだけじゃねぇぞ、ものすげぇことになってんぜ?」


 揺れる金髪、噴き上がるオーラ、内からこみ上げるパワー。


「っ!?…まさか、肉体を捨てたのか!」


 バグゼクスと戦うには、修羅しゅらの道を行くしかない。

 アスモダイは、そう言っていた。

 肉体を捨て、人であることを捨て、全てを超越ちょうえつした存在。


「これが俺の真骨頂しんこっちょう。ジョブモード『スーパーヒーロー』だ。さぁ、やるとするか!」


【タスクは『筆修羅ふでしゅら』にクラスチェンジした】


「見た目が少し変わった程度で勝てると思ったか!押し潰されるがいい!次元圧殺じげんあっさつ!!」


 この姿にあせりを感じたか、バグゼクスが攻撃を仕掛けてくる。

 見えない壁による圧力、魂ごとプレスされてペシャンコになりそうだ。


「フハハハハ!スーパーヒーローとはそんなものか?ワタシにハッタリは通用せんぞ!」


「ぐぐぐ!お前、スーパーヒーローが何か知ってるか?」


「圧倒的な強さで、偉業いぎょうを成し得た者にのみ、名乗ることを許される称号だ。この世界で言う、勇者のことであろう!」


「自分のことを、いちばんおしまいに考えられる者のことをそう呼ぶんだ。傷つくことをかえりみず、人の痛みをかばい、寄り添う。俺のいた世界じゃな、心に愛の無い者は、決してスーパーヒーローには、なれないのさ!」


(トールちゃんを守ってあげてね)


 わかってるよリア。

 俺はスーパーヒーローには程遠いかもしれないけど、それだけは約束する。


「行くぞ相棒!全ての力を開放しろ!!」


 二叉ふたまたのペンが、その形状を三叉みつまたへと変化させていく。

 これがブラフマンの最終形態。


【専用装備は『トリシューラ』にバージョンアップした】


「『文章力ぶんしょうりょく』に『発想力はっそうりょく』を加え、全てを可能とする『実現力じつげんりょく』とす!次元の壁を打ち崩せ!トリシューラ!!」


 三つのペン先が凄まじい光を放ち、バグゼクスの力を粉砕していく。

 これで出せる物は全部出した。

 俺の考えた、最強の俺の出来上がりだ。


「その姿は……許せぬ!!オマエの存在は、創造主エターナルへの冒涜ぼうとくだ!!」


「何となくだが…お前の言う創造主が何なのか、分かってきたぜ」


「ダマレ!ニンゲン如きが触れてイイ真理ではナイ!!」


 ここにきて、遂に激昂げきこうするバグゼクス。

 使う言葉も、どこか崩れはじめている。

 創造主とか真理とか、もうどうだっていいじゃねぇか。


「決着をつけようぜ!俺とお前の14年間の因縁に!!」


【最終決戦に突入!!】

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