54. And I… 後編

 もう見たくも無くなったはずの世界、灰色に染まった視界が色を取り戻していく。

 ここは…バグゼクスの作り出した空間じゃない。

 賢樹の空洞くうどう、子供の頃に遊んでいた場所に見える。


「リア……なのか?」


「はぁ…はぁ…大丈夫よ、大丈夫。実現する次元リアライズディメンションは、私の作り出した空間。あいつでも、簡単には入ってこれないから…くっ!」


 呼吸が荒い、バグゼクスの攻撃を受けたのか。

 俺にもたれ掛かって、苦しそうに話すリア。


「リア……俺は間違っていたんだ。この世界に関わるべきじゃなかった。何かを変えようとするのが、こんなにも苦しいなんて…」


「いいえ、間違っていないわ。あなたは、正しいことを、しようとした。トールちゃんを助けようとしたのでしょう。それはあなたの正義だし、みんなの希望になってた」


「助けることができないんだ……このままじゃ、あの太陽も落ちてきちまう。リアまで巻き込んで」


「聞いて…お願い聞いて、タスク君。私は…はぁはぁ……」


「リア!しゃべっちゃダメだ。くそ!ヨモギでもあれば…」


 青白い顔、とても苦しそうだ。

 確か、バグゼクスの攻撃を背中に受けていたはず。

 後ろに手を回し、傷口を触ってみるも、血は出ていない。


「聞くのよタスク君。私はね、あの時ここで生まれた存在。トールちゃんの友達が欲しいという願いを、タスク君が設定をつけてふくらませ、二人の想像力によって形になったの」


 あの時トールは、賢樹に友達を連れてきていた。

 トールにとって、たった一人の友達。


(うーんとね、私と同じ女の子!)


(じゃあ髪が長くて、積極的な年上の女の子だ)


(何で髪が長くて年上?)


(何でって、長いほうが好きなんだよ。お姉さんって感じするだろ?)


「本当の私は、トールちゃんの影なの。いつか、なりたかった理想の未来を、貼り付けた影。あの子の本当の願い。バグゼクスの一部から作られた、偽物の命」


「違う!違う違う!偽物なんかであるものか!俺達は友達だった、ここで一緒に遊んでたじゃないか!!」


 認めてしまったら、全てがくずれる気がした。

 リアとの出会いも、想いも、全部。


「タスク君、あなたは特別な存在なの。トールちゃんを助けてあげられるのはタスク君だけ。この世界の人には出来ない使命を持って、ここに降り立ったのよ」


「嫌だ!俺が助けたいのは、世界でもトールでもないんだ。俺は……リアが……リアさえ側にいれば」


 俺のほほつたう涙を、リアがその手でそっとぬぐう。

 そして顔を近づけ、小さくなってしまった声を絞り出す。


「大丈夫、あなたは光なの。全てを明るく照らす光。私やバグゼクスは、照らされた光によって作り出される影。あなたの内に秘めた力はきっと、その影をき消すことだってできる」


 リアの体が、少しずつ冷たくなっていく。


「あなたが存在する限り、あなたの行く所に、きっと混乱と不幸が起こるわ。それはとても辛い現実として、あなたを苦しめる。見たくないものを見続けることになる」


 抱えている重さが、ゆっくりと消えていく。


「それでも......それでも進み続けなければならない。あなたの力は、もう自分自身のためのものじゃない。皆があなたを待ってるわ。タスク君...スーパーヒーローになる覚悟はできた?」


 腕をすり抜け、リアは地面へと沈み、俺の影と一つになった。

 手の中に残ったのは、リアが大切に持っていたノート。

 俺がトールにあげた学習帳だった。


(トールちゃんを守ってあげてね。さようならタスク君、の好きだった人)


【リアの存在が消滅した】


「う……うぁぁ……あああああああああぁぁぁっああああぁぁぁあぁ!!リアー!リアが……消えてしまった」


 真っ暗になった空間で、張り裂けそうな心で、ただ叫ぶことしか出来ない。

 特別な存在?スーパーヒーロー?だったら、何もかも上手に助けられたじゃないか。

 なんて弱くて、なんてちっぽけな存在なんだ、俺は。


「タスク?そこにいるの?」


 声?顔を上げると、光の柱が立ち上った。

 そこから顔を出したのはトールだ。


「タスク…今ね、リアが私のとこに来て言ったの。タスクのとこに行けって。そしたら、光に包まれて、ここに…」


 リアが最後の力でここに呼び寄せたのか。


「でね、それでね…昔のこと全部思い出したんだよ。タスクのこと、リアのこと、フォックスオードリーであったこと……タスク、私は……なんて愚かな願いを……」


 口にした瞬間、トールの目から涙がこぼれ落ちる。

 くだらない願いに、自分勝手な設定をつけて形になり、オーバーリライトで全てを失った被害者。

 誰もがリアを苦しめた。


「タスク、あなたも…泣いてるの?」


 怒り?悲しみ?自分でもわからない感情がごちゃまぜになっている。

 無意識に、俺の手はトールの首へと伸びていた。

 こいつが、こいつさえ、いなくなれば。


「そっか…うん。いいよ、抵抗しない。私に負い目を感じたりしなくても、いいからね?大丈夫、タスクの背負ってるものを、ちょっとだけ軽くしてあげたい」


 首に回した手に、そっと自分の手を重ねてくるトール。

 このまま力を入れれば、この細い首は簡単に圧迫できる。

 この物語を終わらせて、元の世界へ……


「トール、スーパーヒーローって分かるか?」


「何だろう。おとぎ話に出てくる、勇者みたいな人のこと?」


「そうだ…何があってもあきらめず、どんなに強大な敵にも恐れず向かっていく超人のことだ」


「なぁんだ。何のことかと思ったら、タスクのことか」


 俺は物語の主人公でも、勇者でもない。

 誰かに称賛されるような、輝かしい英雄でもない。

 きっと、リアの言っていたスーパーヒーローには程遠いだろう。


 でも、カッコよくなくても、地べたに這いつくばってでも、この命だけは守ってみせる。


「行くぞ!世界が滅ぶんなら、そん時ゃそん時だ。最後の時がくるまで、絶対に諦めてやんねぇ!!」


 恐れるな、考えてもわからない未来なんて捨ててしまえ。

 思いっきりやったら、あとのことは後の事だ。


「でも、二人だけでどうするの?これ以上、何か作戦があるの?」


「作戦はある!戦う!まずは、仲間を拾っていくぞ」


「拾うって...チョコちゃんとハーさんがどこにいるかも...」


 バグゼクスの技は、人の精神をえぐるような場面を作り出して、追い詰める精神攻撃だった。

 二人にとって、トラウマになるようなシーンを想像して次元を開けば、そこにいるはずなんだ。


「まずはプラリネだ!アンスールよ、虫歯の治療を受けてるプラリネへと道を開け!!」


 刺客に襲われていた日のカラーズ、あいつにとっては人生で一番怖かったに違いない。

 その時の光景を頭に浮かべながら、次元の扉をくぐる。


【9話のカラーズへと飛んだ】


「いた、プラリネだ!助けにきたぞ!」


「たぁすくぅ!!もう虫歯ないのに、ないのにぃ!」


「泣いてないでしっかりしろ。次はハーディアスだ」


 恐怖で震えていたプラリネに喝を入れ、更に次元の扉を開いていく。


「でもタスク、ハーさんにトラウマなんてあるの?」


「ある、とても申し訳ないやつが」


【25話のビフレス島へと飛んだ】


「がぼぼっぼおぼぼおぼおぼががぼぼお!!」


「やっぱりいた、クロウケンとやりあったとき、溺れたまま放っておいたからな」


「ひどいことしてたなぁ。ごめんねハーさん」


 ハーディアスを海から引き揚げ、元の次元へと戻る。


「これで全員揃ったね」


「あぁ、今度こそ決着をつけてやる!」


【反撃開始!!】

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