54. And I… 前編

願望がんぼう』とは、理想が実現してほしいと願い望むこと。

 本当はこうなりたい、こうであってほしいという考えは、誰にでもあるもの。

 願望が大きければ大きいほど、実現は難しくなる。

 しかし……


◇◆◇◆◇◆



"自室"


 バグゼクスの放った次元スキルに飲み込まれ、別の場所へと転移してしまった。

 辺りに仲間の姿はない。


「なんだ…どうなってるんだ!?ここは元の世界の、俺の部屋じゃねぇか!!」


 古いラジオ、転がったドリンク剤のビン、白紙の原稿用紙げんこうようし

 戻ってきたのか、自分の部屋に……


 ガタッ!!


 背後から物音がしたので、そちらへと振り向く。

 人?誰かが倒れている。


「その部屋着へやぎ…そのボサボサ頭!そんなバカな…」


 顔を確認するため、恐る恐る抱き起こしてみる。

 顔面蒼白がんめんそうはくのその顔は、俺の良く知っている人物だった。


「ヒヒヒ!そう、オマエ自身だよ。あの日オマエはドリンク剤の過剰摂取かじょうせっしゅで意識を失ったのさ」


「てめぇバグゼクスか!性懲しょうこりも無く、また俺に化けやがって!」


 即座に突き飛ばし、ブラフマンを構える。

 偽物の俺は、力無くゴトリと床に崩れ落ちる。


「いいや、違うね。これは本当のオマエの姿さ。良く見てみろよ。この寂しい部屋を、貧乏くさい生活の痕跡こんせきを、一文字として書かれていない原稿用紙を」


 確かに、まぎれもなく俺の部屋だ。

 ここで毎日、疲れた体でデスクに向かっていた。


「そう、これがオマエというニンゲンの全て。この小さな空間の中で、何かをすことさえできずに足掻あがき続ける。何者にもなれずに、年月だけが無駄に過ぎる日々」


「何でこんなものを俺に見せる!俺は毎日頑張っている!こっちに来てから変わったんだ。無駄なことなんて…あるものか!」


「弱小ジョブに就き、稼げるマニーもすずめの涙。やっている事と言えば、得にもならない人助けと、本の転写てんしゃ複製ふくせいぐらい。世間から見れば敗北者よなぁ」


「やめろ!お前に何がわかる!!金なんて無くたって、俺は充実した日々を送っているんだ!敗北者なんてことは……」




「オマエはいったい、何になりたかったんだ?」




"有名出版社"


 また場所が変わった?今度はオフィスビルの中のようだが。

 全ては幻だ、こんな精神攻撃にもならない事したって…


「先生、今回の新作も大好評みたいですよ?やはり先生の文才を、世間は放っておいてはくれませんなぁ。印税もガッポリなんでしょ?」


「誰だお前?いったい何の話をしてる?先生って何だよ!」


「やだなぁ、ボクは先生の担当者じゃないですか。先生とは切っても切れない大親友。そうだ、このあと飲みに行きましょう。是非とも接待させてくださいよ」


 ハハハ、と笑って男は去っていく。

 周りを見ると、壁には俺が書いたとされる小説のポスター。

 週刊誌には、『天才小説家、約束されたベストセラー』の見出し。


「これは、俺なのか?俺が天才小説家?」


 その後も色んな人に声をかけられ、称賛しょうさんの嵐。

 人にチヤホヤされるのが、こんなに気持ち良いなんて。


「これがオマエの本当の願い。将来なりたかった小説家の姿だ」



"自室"


 また俺の部屋に戻ってきた。

 あれが俺の本当の姿なら、異世界での戦いは夢だったんだ。

 何だよ、全部が悪い夢だったのか。


幻惑する次元ファントムディメンションは心のかがみのぞく次元。残念ながら先程の人物はオマエじゃない。オマエより先に成功した、別の小説家さ。オマエの現実はこっち。そこで何も書けずに倒れている姿こそが、本当のオマエなのだ」


 デスクにして白目をく俺の姿。

 寒気がした、鳥肌が立った。

 俺じゃない奴が小説家として成功し、俺はこの部屋で誰かに知られることもなく人生を終えるのか。


かなしい…くやしい…ねたましい…全てに絶望するがいい!オマエの人生を滅茶苦茶にした奴は誰だ?常に足手まといで、そのくせ大食らい。もっと良いジョブに就こうとした時に止めたのは?」


 奴の言葉が胸に突き刺さってくる。

 この世界での事を振り返ると、確かにろくでもないことばかりだ。

 そうだ、いつだって邪魔していたのは...


「う…うぁぁ……頭が痛い!そうだ、全部トールが…トールが悪いんだ。何もかも、トールに……壊されてきた……」


 トールさえいなければ。

 あいつがパーティーに誘わなければ、声優にならなければ、カラーズに来なければ。


 友達が欲しいなんて願わなければ……


「良くできました。やっと現実を認識したか。さて、ここからワタシにどうしてほしい?」


「バグゼクス……俺を……………殺してくれ」


 絶望が心をむしばんでいく。

 未来が見えなくなっていく。

 敗北者となった俺が、生きていく意味なんてない。


「そうだ、それで良い。もはや中身はカラッポ、生きる意義すら見失ったな」


「…殺して………くれ……」


 もう、何も考えたくない。


「いいだろう!叶わぬ願いを夢見て生きるよりも、恨みを抱えたまま死ぬがいい!!」


 バグゼクスが次元の扉から、するど大鎌おおがまを取り出し襲いかかる。

 いいんだ、もう眠ろう。

 できるだけ長く………できるだけ深く…………


「諦めないでタスク君!!」


幻惑する次元ファントムディメンションに侵入してくるだと!?ええい、邪魔をするな!!」


「きゃあ!!ぐぅぅ……タスク君を、死なせはしない!『実現する次元リアライズディメンション』」


 誰かに手を引かれている。

 誰かが俺を呼んでいる。

 リアの声が聞こえる。


【タスクは幻惑する次元ファントムディメンションから脱出した】

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