52. Over Rewrite 前編

寝坊ねぼう』とは、本来起床きしょうする時間を過ぎて寝てしまうこと。

 これをやらかした場合、結構な絶望感と決定的な遅刻への感情が心を揺さぶる。

 慌てて飛び起き、普通では有り得ないほどの早さで行動した結果、間に合ってしまうケースもある。

 しかし……



◇◆◇◆◇◆



"過去のフォックスオードリー"


「やれやれ、好き放題壊しよって。いや、この程度で済んだなら、良かったと言うべきか」


 バグゼクスは封印されたが、至る所で被害が出ている。

 倒壊した建物や、怪我をした人々。

 バグゼクスの脅威を物語る爪痕つめあとだ。


「ふぅ…まさか、本当に倒せるとは思わなんだな。しかし、このままでは何が引き金になって封印が解けるか分からぬ」


 グランは何か呪文のような言葉を呟いている。

 すると、見覚えのある形状の武器が現れ、手にしたブラフマンが収納されていくではないか。

 俺が最初に手にした専用武器、初期のミリオンペンディングだ。


「全ての器を、別々の場所に置かねばならん。これはどこかの街で、誰もかないようなジョブの武器としてホコリをかぶっていてもらおう」


 ミリオンペンディングは光となって、空の彼方へ飛んでいってしまった。


「さてタスク、お主を元の世界ヘと送るわけじゃが、そのノートは置いていくことになる」


 器になったリトルタスクが持ってちゃ、まずいもんな。


「トオル、これはお前にやるよ。落書き帳にでも使ってくれ」


「たっくぅ……いなくなっちゃうの?そんなの嫌だぁ!」


「泣くなって。友達なんて、すぐできるさ。お前は人懐ひとなつっこいし……ちょっとカワイイしな」


 目線を泳がせながら、鼻の頭をくリトルタスク。


「髪伸ばすから!お姉さんにもなるから!うぅ…たっくぅ……たっくぅ!」


「大丈夫だって、もう一人友達いるだろ?俺達三人、ずっと友達だ」


 涙の止まらないトールの頭を撫でながら、学習帳を手渡す。

 もう一人?いったい誰のことだったのだろう。


「さて、お主を元の世界に戻そう。異端いたんの娘によって召喚されたわけじゃから、その因果いんがを断たねばならん」


「いんが?わかるように言えよ」


「忘れてしまうと言うことじゃ。バグゼクスがフォックスオードリーで起こしたことを、関わった人々全ての記憶から消し去る。覚えている者がいては、封印が解かれるおそれがあるからの。すぐに忘れてしまうじゃろうが、お別れをしておくのじゃ」


 そう言うとグランは、何かの準備に取り掛かる。


「お別れだ、トオル。俺は遠いとこへ行って、全部忘れてしまうけど、元気でいろよな」


「たっくぅ……わたしは、大きくなったら旅に出るよ」


 グシグシと鼻をすすりながら、トールはリトルタスクに抱きつく。


「見つけるから!どこにいても探しに行く!そしたらまた、一緒にいてほしい!わたしの友達になってほしい!」


 リトルタスクの頬に、トールは触れる程度のキスをする。

 二人は離れ、お互いに顔をグシャグシャにして笑っていた。


「フフ…若いのぅ。さてと、都市の被害は地震と台風が同時に来たことにでもするかの。究極きゅうきょくのスキル『オーバーリライト』じゃ!我が生命力の全てと引き換えに、人々の記憶を都合の良いものに書き換える!」


 グランが両手をかかげると、都市中が光に包まれていく。

 生命力の全て?それって死ぬってことなんじゃ。


「タスクよ、もしも再びこの世界に来ることがあるならば。わしと始めに出会った場所へ行け。きっと、お主に必要なものが見つかる」


 徐々に体が薄くなっていくグラン。

 賢者を名乗るミステリアスな男は、自分の命と引き換えに、全てを終息させる気なのか。


「わしは、いつまでもお主を見守っておるぞ。さらばじゃ、未来を変える異世界の異端よ」


 グラン、いつか来る未来のことまで考えて、その命をかけてくれた賢者。

 この時フォックスオードリーで起こった事の全ては、スキルで書き換えて誰の記憶にも残らなかったんだ。


 ザザ……ザザザザザー


【シーンがスキップした】


 何だ?リトルタスクは元の世界に帰って、過去巡りは終わりじゃないのか。

 ここはまだ過去のフォックスオードリーだ。


「ひっく…ひっく…ううぅ…」


 誰かいる、誰かが泣いている。


「こんな所でどうしたんだい?ん、君が持っているそれは…確かトールの」


 だいぶ若いが、声をかけたのはベンだ。


「違う!これは私の!私が友達から貰ったんだから!」


「はて、トールの友達は、女の子だっただろうか。いや、あの子に友達は……わかった、取り上げたりはしないよ。君はどこから来たんだい?親は?」


「わからない…何もわからない。気付いたらここに…」


「そうか……それは困ったな」


 これは誰かの記憶、この子供はまさか。


「先生、どうされました?あら、女の子ですか」


「あぁ、キャメロン。どうも迷子みたいでね。親もいないようだ」


「そう……私はキャメロン・ルースクーパー。ジョブ『カメラマン』になるために、学術都市を出ようと思っているのだけれど。行くあてが無いなら、私と一緒に来る?」


 やっぱりそうだ!この子は間違いなく…


(タス……タスク……起きてタスク!)


 ザザ………ザザザーザザ……プツン!


【過去巡りが終了した】



 "フォックスオードリー 賢樹"


 目を開くと、目の前にトールの顔。


「うおぉっ!?何だ、大っきい方のトールか」


「良かった、目が覚めたんだね。大っきい方って何?」


「何でもない……もう少しってとこで起こしてくれたな」


「ご、ごめん…でもタスク、あれからもう七日目だよ?」


 ……………うそん、じゃあ俺は七日間ここで放置されてたのか。

 空はどんよりと暗く、世界の終わりを思わせる。


「あとね、笑っちゃ悪いんだけど……ぷふ」


 トールはポーチから、折りたたみ式の手鏡を取り出し、俺の顔へと向ける。

 そこには寝起きでマヌケな顔、そして額には『貧』の文字が。


「やられた!シモンの奴め!」


「シモンって誰?ここで何があったの?」


「そんなことより大遅刻だ!急いで戻るぞ!」


「う…うん、本当に何があったんだろう」


「と、その前にっと。浮遊ふゆうのルーン『ソウェル』トール、しっかり掴まってろよ!」


 ルーンで上空へと飛び上がり、賢樹のテッペンを目指す。

 紅葉もみじの葉を掻き分け、空洞への入口を見つけた。


「何…ここ?思い出せないけど…懐かしい感じがする」


 グランと出会った場所、そしてトールとの遊び場。

 中央に積もった葉っぱを退かすと、メッセージが書かれていた。


『我が名が賢樹グラン・グリモワール。フォックスオードリーの歴史と共にある存在。いつか来るかもしれない未来のため、君にこれを遺そう。しっかりカッコつけるのじゃぞ、タスク』


 賢樹?あいつ賢者じゃなくて賢樹そのものなの?

 こうなることを予期して、俺のためにこれを用意していたのか。


「最上級の古代言語、神のルーン『アンスール』か。これでバグゼクスと戦える!」


 刻み込まれたルーンに手を触れると、文字はてのひらへと吸い込まれた。

 と、同時に過去のフォックスオードリーでの記憶が流れこんでくる。


「なんてこった……全部思い出しちまった。そうだったのか。これが俺の、本当の過去…」


「タスク!大丈夫?どうしちゃったの!」


 胸の奥がじんわりと熱くなる。

 俺とトールと、もう一人の友達。

 あの時この場所で、三人一緒に遊んでいた。


「ありがとなグラン。あんたの遺してくれたもの、絶対に無駄にしない。行ってくるよ!」


【ルーンへの理解度がレベルアップした】

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