51. Trouble Traveler 前編

奥義おうぎ』とは、学問や武術などにおいて、最も重要な部分、真髄しんずいのこと。

 物事を理解し、鍛錬たんれんを積み、極めることで体得できる最終地点であり、強力な必殺技としてえがかれる場合もある。

 しかし……


 ◇◆◇◆◇◆


 グリモワールとは何なのか、それを探すため、俺は占い師のシモンと再開する。

 前回会った時は、花火大会の不吉な予言が見事に当たっていた。


「ヒェッヒェ、よくワシがここにおることが分かったねぇ。もしや、ワシをつけ狙っておるのか?そんなにキス占いがしたいかね?」


「ヤメレ!キスは悪魔だけでコリゴリだ。いつもシモンに会う時は、お金が無い時だったからな。そして周りに誰もいない場所。俺が困っている時」


 毎回この条件が重なっている、偶然にしては出来すぎだ。

 同じパターンを再現すれば、もしかしたらと思っていた。


「驚いたねぇ、意表いひょうを突かれたよ。ワシが思うよりも、タスク殿はずっと成長しておるようじゃな。それで、ワシにどうしてほしいのじゃ?」


「あんたが何者かは、この際置いておくとして。時間が無いんだ!占いでグリモワールを探してくれないか?フォックスオードリーにあるはずなんだ」


【タスクはこれまでの経緯けいいを話した】


「グリモワールかい、占ったところで出てくるとは思えんがね。ヒェッヒェ、オマイサンはそれが何かも知らないだろう」


 この口振り、グリモワールを知っているのか。

 シモンの占いでさえ、見つけ出すことが出来ないとなるとお手上げだ。


「しかし、オマイサンは過去にグリモワールと接触せっしょくしとるわけじゃな。ヒェッヒェ、ならばタスク殿、禁忌きんきの秘術『過去巡り』をしてみるかい?」


「過去……巡り?俺の過去を見れるのか!」


 忘れてしまった過去。

 14年前に何があったのかを見れば、バグゼクスをどう封印したのかも分かる。


「じゃが、過去の記憶とはあやふやなもの。未来を占う以上に危険なのじゃ。知らなくても良いことを知った結果、痛みをともなうこともある。それでもやるかね?」


「頼む!トールを助ける手があるなら、何が起こっても後悔はしない!」


「良い覚悟じゃぞ、タスク殿っ!!」


 ずびっしっ!!


「うああ!?目が……メガァーー!!」


 突然のシモンの目潰し攻撃。

 激痛にもんどり打ち、視界は真っ暗だ。


「すまんね、不必要な視覚は遮断しゃだんする必要があるのじゃよ。ヒェッヒェ、すぐ楽になるわい」


 何も見えないまま、意識が遠くなっていく。

 本当にこれで、グリモワールまで辿り着けるのだろうか。


「そうじゃ、言い忘れておったが、過去の記憶には、他者のものも交じる場合があるでな。タスク殿以外の記憶には、極力触れないこと。記憶の渦から抜け出せなくなるゾイ。それではタスク殿、ぐっどらっく」


【禁忌の過去巡りが始まった】


 暗闇の中で、体が落下していくような感覚。

 耳をすませば、何かが囁いているような音が聞こえる。


「ボボボ…ボ……ボボボボ…」


「なぁに?あなたは誰?願い事?」


「ボボボボボボ…ボボ…」


「うーん、なんだろう……あ、それじゃあ!」


 これは、もしかしてトールの過去?

 言うな!願うな!それは命に関わる誘惑。


(バカモノ!言うたそばから人の記憶に触れるんじゃないわい!ぬぬぅ、記憶がバラバラに分断されて、別の記憶に書き換えられておるのぅ)


 シモンの声が頭の中に直に響く。

 また暗闇へのダイブが始まった。



 "フォックスオードリー 賢樹"


 真っ暗だった視界しかいひらけ、紅葉こうようした賢樹の葉が目に映る。


「ふと気付くと、そこには知らない世界が広がっていた。どうやら、異世界へと辿り着いたらしい…っと」


 子供?独り言をつぶやきながら、一心不乱いっしんふらんにペンを走らせる少年。

 その手にあるのは、紛れもなく俺が使っていた学習帳だ。

 てことは、コイツが子供の頃の俺か。


「しかしデッカイ木だなぁ。中に人が住めるんじゃないウワァーーーー!!」


 手をみきに当てた途端とたん、吸い込まれるように賢樹の中に消えてしまった。

 うお!?まるでロープで繋がっているかのように引っ張られ、俺も賢樹の中へ。


「イデデ、なんだここ?幹に空洞が?」


 空がポッカリと開けた空間に出る。

 下には落ち葉が敷き詰められ、真っ赤な絨毯のようだ。


「ほう、珍しいお客さんじゃな。わらべが迷い込んできよった」


 そこにいたのは、いかにも魔導師風のローブを羽織はおった男。

 口調は年寄りくさいが、顔は20代くらいのイケメンだ。


「童、名を何という?…なんじゃ、メモを取っておるのか?」


「いかにも魔導師風の格好をした男が話しかけてきた。俺はすかさず、こう答える。童では無い、タスクだ!お前こそ何者だというのだ!」


 俺ってこんなんだっけ?

 ノートに物語を書きながら、同時に朗読ろうどくしている。


「タスクか、威勢の良い童よの。わしの名は『賢者グラン・グリモワール』真理しんりを知る者じゃよ」


 グリモワール!?グリモワールって人のことだったのか。


「ふむふむ、面白くなってきた!グランと名乗る賢者の登場、しんり?しんりってどう書くんだっけな」


「こうじゃよ、こう。これで真理と読む。間違いなき理のことじゃ」


 子供の俺が、賢者に漢字を教わっている。

 何だか、おかしな気分だ。

 だが賢者を名乗るこの男は、バグゼクスに対抗する切り札を持っているはず。


「しっかし木の中に入れるなんてなー。ん、何だこの文字?ウルズ…アルギズ…」


「これは驚いた。童はルーンが読めるのか。先天的な読解どっかいセンスを持っているようだ」


 賢樹の壁に刻み込まれた文字、確かにこれはルーンだ。

 子供の俺が、ルーンを読めるなんて。


「ワシはここでルーンを操り、フォックスオードリーを守っておるのじゃ。ルーンを理解することで、様々な力を引き起こせる。興味があるなら、見せてやろう」


 そう言うとはグランは、どこからともなく槍ほどの大きさはある、二又のペンを取り出す。

 と言うか、ブラフマンだ。


「これはかつて、伝説の勇者が、最後に所持していた魔装具!世界樹より削り出し、加工された至高しこうの一品。ペン先よりほとばしるルーンは全てを実現させるのじゃ!スキル『千本紅葉せんぼんもみじ』どぉりゃーい!」


 ブラフマンを振り下ろした瞬間、床の落ち葉が一斉に舞い上がる。

 多分、衝撃のルーンであるウルズを発動したのだろう。


「すっげぇ!俺にもそれ、どうやるか教えてくれよ!」


「よかろう!まずは、ひたすらにルーンの書き取りじゃ。書き続ける内に、考えずとも感覚で使うことが出来るようにの。何事も基本が大事じゃからな」


 ザザザ…ザザザザザー


 何だ?周りがブレて見える。

 まるでテレビの映像が乱れていくように。


【シーンがスキップした】


「腹減ったぁ…ルーンの書き取りを始めて、もう三日目だぞ。食べるもの言えば、パクチーぐらいしかないし」


「パクチーは嫌いか?趣味で栽培しておるものじゃが、種子はスパイスにもなるのじゃぞ」


 どうやら、飛び飛びで過去を見ているようだ。

 三食パクチーって、子供の俺はずいぶんとたくましい。


「書いても書いても、魔法は使えないし。話し相手といえば、若爺わかじいしかいないし」


「若爺ではない、賢者じゃと言うておろう。やれやれ、お友達が欲しいというわけかね。しょうがないのう」


 そう言うと、グランは空洞に空いた穴から、空を見上げる。


「そろそろかのぅ……お、きたきた。童、そこに立て、もちょい後ろ。そう、そこじゃ」


「何だよ急に、上に何かあるのか?」


「よいか、絶対に避けるんじゃないぞ?意地でも受け止めるのじゃ」


 受け止める?上を見ると、何かが降ってくるのが見える。

 あれは人か、空から人が降ってくる?


「わわわ!何か落っこちてくるぞ?受け止めるってアレか!」


「ドラゴンめ、荒っぽいことをしよるわい」


 ひゅーーーーーーー!


「オラーイ!オラーイ!うげっふ!!」


 飛来する何かを、ガッシリと受け止め、落ち葉が舞い上がった。

 胸の中には、スヤスヤと眠る子供の姿。


「んん…あれ?ここ、どこだろー」


「ここは異世界だ。いや、俺から見て異世界って意味だけど。おい賢者!…賢者?いないでやんの」


 いつの間にかグランは、その姿を消していた。

 しかしこの子供、誰かに似てるな。


「俺の名はタスク!ええっと、異世界だし盛ってもいいかな…勇者タスクだ!」


「すごーい!ゆしゃあって何か知らないけど。たっくぅって言うのね。私はね、とぉるって言うんだ」


 確かに、髪は短いし当然胸は無いが、こいつはトールだ。


「トオル?そうか男か。よろしくな!」


「女の子!よろしくね、たっくぅ」


「ハハハ、冗談ばっかり」


 ザザザ……ザザザザザー


 またシーン送りか、この辺じっくり見たいのに。


【シーンがスキップした】

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