50. Heart and Soul 後編

"学術都市 フォックスオードリー"


 世界に混沌こんとんをもたらす黒い太陽。

 全てが終わる前に、バグゼクスへの対抗策を見つけなければ。


「タスク、グリモワールを探すのだ。その娘を救ってやれ」


「アスモダイ…やっぱり、他に手は無いのか?あんただって、この世界の命の一つだろう!」


 アスモダイは少しだけ微笑ほほえみ、トールの方を見ていた。

 命をかける覚悟は出来ているというのか。


「おいおい!待ちやがれドラゴン!」


 騒ぎを聞きつけて、人々が集まってくる。

 先頭を切って怒声どせいを放つのはヴァイルだ。


「やいドラゴン!お前がカンニングを止めたせいで、難しい勉強をする羽目になったんだ!更には塾講師じゅくこうしに化けてだましてやがったな!」


「ヴァイル、出来の悪い教え子だが、別れとなれば名残惜なごりおしいものだな」


「勝手に教えて、勝手に消えるなんて、どれほど身勝手なんだ!まだテストで成果も出していないんだぞ!ダイ先生には、教えてほしいことが山ほど……」


「短い間だったが、最低限の知識は詰め込んだ。お前はもう、どこででも立派に生きていくだけの力がある。これからは、胸を張って前を向け」


 アスモダイの体が少しずつ崩れていく。

 肉体を捨て、霊体を解放しているのか。

 中からは、ドラゴンをかたどったエネルギーが、揺らめいている。


「自信を持て。正しい道を行け。卑屈ひくつになるな。フッ…ドラゴンともあろうものが、精神論を語るとはな。落ちこぼれに勉強を教えるというのは、存外ぞんがいに難しいものだ。楽しかったぞ、ヴァイル」


「だ……ダイぜぇんぜぇー!」


 感動的な別れのシーン。

 俺たちは完全に置いてけぼりを食らっている。

 この二人にも、きずなが生まれていたのか。


「さて、あまり時間をかけてもいられまい。竜魂防御壁ソウルプロテクション!!」


 アスモダイの霊体から、オーラが噴き上がる。

 その姿は、雄々おおしく天をにらむ竜のごとし。


「やはり…霊体は実世界では安定しないな。すまないが、わずかな時間しか持たせることが出来ないかもしれぬ」


 声に余裕がない。

 最強のドラゴンであっても、このスキルは難しいのか。


「謝らないでください!あなたは学術都市の守り神。それが今や私の娘を救うために命まで…我らも力を合わせましょうぞ!」


 声を上げたのはトールの父親、そして教職ジョブの人々。


「フフ…利口な者どもか。だがドラゴンのスキルは、ニンゲンのキャパシティで、どうこう出来るものではない。下がっていろ」


「退けませぬな!あなたが霊体を維持する助けは、理論的には出来るはずなのです。教職ジョブが総出で精神構造をアナライズし、こちらでスピリチュアル演算を行えば…あるいは」


「ほう、人数を集めて思考の並列回路を組み、霊体維持のコントロールをそちらで行う。そんな手があったか。これならば、私はスキルに専念できる」


「カオスの定理を代入してウンタラカンタラ。ゾディアックランゲージを接続してアータラコータラ」


「ふむ、一理ある。まさかニンゲンにそこまで理解している者がいるとは。ならばコーリングヴェーダをピーチクパーチク。ドラゴン曲線における反復関数系がシュラシュシュシュ。そこからビーフウェリントンをスターゲイジーパイに…」


 頭の良い人が専門用語で盛り上がっちゃってるよ。

 待って!最後のほう料理名じゃなかったか?

 こんなこと言ったらアレだけど、はようやってくれんかね。


「精霊の力を科学的に理解してエネルギーに変換する!教授スキル『エレメンタルコントロール』」


「いいぞ、霊体が安定している。やはりニンゲンの成長とは目覚ましいものがあるな。がらにもなく、気分が高揚こうようする思いだ」


 嬉しそうなアスモダイに対し、ベンを始めとする教職連中の顔に余裕がない。

 早いとこグリモワールを見つけないと、ベン達がもたないかも。


「頼むぞタスク。全てはお前にたくされた。人々の願いや想いを背負い、巨悪へと立ち向かう者に付く名を、誰ともなく希望と呼ぶ……なーんて、最後にニンゲン臭く格好をつけてみたぞ」


 しれっとプレッシャーかけてくるじゃん。

 人との交流を通して、だいぶ性格が変わったんじゃなかろうか。

 人を愛し、愛されるドラゴンか。


 煌々こうこうと赤く揺らめくアスモダイの霊体が、一際強く光り輝く。

 それは黒い太陽へと飛び立ち、空一面を覆いつくしていく。

 気付けば、いつもと変わらない、フォックスオードリーの夕暮れが広がっていた。


【世界の危機が、一時的に過ぎ去った】


 ここから先は時間との勝負。

 バグゼクスへの対抗策を見つけなければ、世界もトールも救うことはできない。


「うっし!気合入った!グリモワール、見つけ出してやんぜ!」


「今から探すの?もう日が沈んじゃうよ?どこにあるか、心当たりでもあるの?」


「心当たりは無い。でも、ちょっと特殊なアテがあってな」


「じゃあ私も行く。フォックスオードリーなら、どこでも案内できるよ」


 手を引き、探索に向かおうとするトールをさえぎり、ポケットから取り出したアイテムを渡す。


「これ、ワーカーライセンスじゃない?なんでこれを私に?」


「持っててくれ、俺の全財産が入ってる。グリモワールは俺が必ず見つけてくる。だからトール達は、ここでアスモダイをサポートする教職連中の世話を頼む」


 ベンを含む教職ジョブの面々は、今にも頭の血管が切れそうな表情でスキルを維持している。

 さすがにこれを放っておくわけにはいかない。


「でも、なんでライセンスを?これがないと何もできないよ?」


「確信があるわけじゃないけど、お金が余計なんだ。いいから持ってろ、俺を信じろ」


 頭に疑問符ぎもんふが浮かんでいるが、トールは頷き、それ以上は何も聞こうとはしなかった。

 さぁ行くか、あいつを探さないことには、話が始まらない。


【グリモワールの探索を開始した】



 "フォックスオードリー 賢樹"


 よっこらどっこい!都市の中央に高々とそびえ立つ賢樹を登る。

 トールの昔からの遊び場、イグ樹に匹敵する大きさの大樹だ。

 巨大な枝が足場を作り、展望台のように学術都市を見渡すことができる。


「ひぃひぃ、トールは子供の頃からこれに登ってんだよな。猿の遺伝子でも入ってんじゃないか?」


 幹に寄りかかり、呼吸を整える。

 トールの基礎体力の高さは、この賢樹の上り下りで鍛えられた賜物たまものか。


 ひゅうーーーーー!!


 冷たい風が吹き、葉を揺らしていく。

 さて、俺の思惑通り、あいつは現れてくれますやら。


「ここにゃ誰もいないし、俺は無一文だ!出てきてもらえないか?」


 真っ直ぐ賢樹の方を向き、無人の枝葉に呼びかける。

 本来ここは、都市の人間は近づかないとトールは言っていた。

 それでも俺には、何となく予感のようなものがあったのだ。


 ガサガサガサガサ!!


「おやタスク殿、まだ生きていたんだねぇ。ヒェッヒェ、オマイサンの方から、ワシを見つけに来るとは、込み入った事情がありそうじゃないか」


 呼びかけた場所とは別方向から、モゾモゾと這い出る人物。

 シワシワ顔をフードから覗かせ、ニヤニヤと楽しそうにからかってくる。

 チクショウ!誰も見てないからいいけど、ちょっとカッコ悪い。


「良かった、本当に会えるなんて、俺の運もまだまだ捨てたもんじゃない。力を貸してくれないか、シモン」


【占い師のシモンが現れた】

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