48. Get out of here 後編

"アルバテル図書館"


 湧き出すワームをぎ倒し、発生源へとたどり着く。

 リアのノート…いや、俺の書き上げた唯一の作品。

 何が起こっているのかはわからないが、今はこの事態を止めなければ。


「ここならば人の目はあるまい。ブレスで一掃いっそうするぞ」


「うぇ!?建物の中だぞ?図書館ではお静かに!」


 フッと笑みを浮かべ、あごの関節を組み替えるアスモダイ。


「意外に行儀が良いのだな。行くぞ!弱ドラゴンブレス!」


 威力控えめのブレスが放たれる。

 弱とは言ってもドラゴンブレス、瞬く間にワームの群れを焼いていく。

 図書館への損害を最小限に抑える、アスモダイのコントロールの良さよ。


「よっしゃ!一網打尽いちもうだじんってな!楽勝だぜ!」


「いや、まだのようだぞ」


 倒したはしから、またウニュウニュと這い出るバグズワーム。

 どうやら本当に、あのノートから湧いて出ているようだ。


元栓もとせんを閉めるしかない!援護しろアスモダイ!」


「よかろう。ノートまでの道をひらこう」


 弱ドラゴンブレスによって、バグズワームの壁が瓦解した。

 今がチャンスだ、出来上がった花道を一直線。

 手にしたブラフマンのペン先を、ノートへと突き立てる。


 ガギィン!


「くっ!何かしらの障壁しょうへきに守られているのか?これならどうだぁ!」


 両手に力を込め、渾身こんしんの一突きをお見舞いする。

 すると、ブラフマンから見たこともない光が放たれた。


「何だこれ!俺の知らないルーンが、勝手に発動している?これは、アン…スール?」


 光は更に強さを増していく。

 ノートとブラフマンからだけではない、俺の体も発光している。


「いかん、これは罠だ。どうやら全て仕組まれていたようだな」


 アスモダイが割って入り、俺の手からブラフマンを引き離す。

 しかし、光は収まることはない。

 目の前に広がっていく光景を、ただ見ていることしかできなかった。


【謎の光に飲み込まれた】



"???"


 光の中、真っ白で、だだっ広い空間。

 地に足がついている感覚はあるが、地形の輪郭りんかくとらえることができない。

 いったい、何が起きているんだ。


「やれやれ、これはとんだ場所に放り込まれたな。どうやら、バグゼクスのシナリオ通りに動かされたようだ」


「アスモダイ、無事だったのか。シナリオ通りって...いるのか?ここにバグゼクスが」


「完全にきょかれた。まさか、こんな近くに潜んでいたとは。バグゼクスの話をした矢先にこれだ。タイミングが良すぎる」


 アスモダイは全てを察したような表情だ。

 俺達は、まんまと罠にかかったらしい。


「ボボボ…ボボボボボ……ボボ…」


 真っ白な空間に、陽炎かげろうのように揺らめく存在。

 何かボソボソとささやいているようにも聞こえる。


 何かが、いる?


「ボボボ…言語プログラム実行。会話ヲ日本語ニ設定」


 喋りはじめた?ロボ語みたいな固さがあるけど。

 次第に揺らめきは形を作りはじめる。

 人のシルエットに、まるで宇宙柄の全身タイツを着たようなファンタスティックな姿。


「コノ時ヲ待ッテイタ。世界ヲ、正常ナ形ニモどす時がきたのだ」


 おぉ、カタコトだった言葉が、どんどん滑らかになっていく。

 こいつがバグゼクスなのか。


【バグゼクスが現れた】


「世界を正常に戻すって?そりゃトールを殺すって意味かよ!」


「こうして対面するのは14年ぶりだな、少年よ。そう、あれは創造主そうぞうしゅの意に反して生まれた異端いたん。取り除かねば、世界は崩壊ほうかいの道を辿るだろう」


「14年ぶり?俺を、知っているのか?」


「あぁ、そうだったな。グリモワールが余計な事をしたのだった。覚えているはずがないか」


 グリモワール?確か魔術やらの奥義が書かれた書物のことだったか。

 14年前って言ったら、俺はまだ小学生だぞ。


「少年のことは何でも知っている。あの日、ワタシの魂は三つに分割され、それぞれの器に封印された。少年の書いた童話と、グリモワールが使っていたペン」


 バグゼクスが両手を広げると、あのノートとブラフマンが飛来した。


「そして少年自身の肉体。永遠を揺蕩たゆたうワタシでも、ニンゲンの中での14年間は苦痛をともなうものだった。その間、ニンゲンというものを深く理解することが出来たがね」


「ずっと俺の中にいたのか、気持ちわる。それで?三つの器ってのが揃ったから、復活しましたってか?」


 三つの器を揃えて、俺がノートをペンで突く。

 ここまでが奴の用意したシナリオか。


「少年がこのノートに手を触れた瞬間、封印は弱まった。その後、発する偶然力にはブーストをかけさせてもらった。ワタシの解放までの流れは、全て少年の引き起こす偶然によるものだ」


 政都でノートを手にした瞬間、この事態は決まっていたのか。

 ここまでくると、偶然を通り越して必然とさえ言える。


「さて、異端を取り除きに行くとしよう。心配しなくていい、あれの願いさえ消えれば、少年とこの世界の因果いんがは切れる。その時は元の世界に戻してやろう」


「タイムオーバー、帰るのはお前の方だ!トールを取り除きに行くだ?期限は一週間だろ、とっくに時効なんだよ!今さら出てきて、ふざけたこと言ってんなよ?」


「ほう、帰りたくないと言うのか。元の平穏な生活を取り戻すのが、少年の望みだろうに」


「そういう話じゃないだろ!俺は仲間を見殺しにして、自分の世界に帰ろうなんて考えるほど、利己的りこてきな人間じゃねぇぞ!」


 こいつを行かせれば、トールが死ぬ。

 何としても食い止めなければならない。


「何としても食い止めたいか?無駄なことだ。教えてやる、ワタシの作った、この『幽閉する次元プリズンディメンション』の中では何もできない。ここで全ての成り行きを見ているが良い」


「俺の思考を読んで動揺させたいのか?そんなの誰でも出来んだ、驚きゃしないぜ。それに…あーあ、言っちゃったよ。こっちには、アスモダイがいる!」


 キュイーーーーン……カッ!!


 ドォーーーーン!


 やったぜ、必殺のドラゴンブレス。

 こいつを食らっちゃ、ひとたまりもない。


「さっすが最強の生物!しかし、いきなりブチかますかね?珍しく容赦ないな?」


「ふん、相手が相手だ。このぐらいは当然だろう。それに、あれは私の台詞だ。教えてやろう、教えるのは常に、この私だ」


 超ワガママ。

 俺って、よくこんなのと戦って生きてたよな。


「ずいぶんと乱暴じゃねぇか。ドラゴンってな、もっと大人しい種族だと思ってたぜ」


 バグゼクス?ブレスの直撃を食らったはずなのに。

 爆煙ばくえんの中から現れた、その姿に絶句。

 先程の全身タイツではない。


「どうなってんだ…顔から声から、俺とソックリじゃねぇか!」


 まるで鏡をみているようだ。

 自分自身が、目の前にいるなんて。


「お前のことは、何でも知ってるって言ったろ?能力・スキル・喋り方から仕草まで、オレはお前を完全にコピー出来る。人呼んで『バグタスク』ってとこか?」


 喋り方までしっかりマネしてんのか、ふざけやがって。


「誰がそんなダサい名前で呼ぶか!アスモダイ、やっちまいな!」


「ふん!コピーするならドラゴンにしておくんだったな!食らうがいい!」


 キュイーーーーン……カッ!


 アスモダイのドラゴンブレスが、真っ白な空間を切り裂いていく。

 しかし、そこにバグゼクスの姿は無かった


『オレに負けた奴になってどうするよ?さぁ、面白くなってきやがった!やるとするかぁ!』


 あんにゃろう、俺の台詞を!

 この真っ白な空間に、奴の声だけが響く。


『そこで大人しく見ていろ。オレがトールを始末する瞬間をな』


 俺達の目の前に、フォックスオードリーの光景が映し出される。

 こいつはバグゼクスの視界か。


「ダメだな、奴の力が強力すぎて、空間を砕くことが出来ない」


 アスモダイでもお手上げ、こいつはいよいよ万事休ばんじきゅうすか。

 どうする?どうする?何か手は無いのか。

 考える俺を嘲笑あざわらうかのように、映像は目まぐるしく動き続ける。





 そして、無情にもその視界に、トールの姿が映し出されてしまった。




【絶体絶命!この窮地きゅうちを脱することができるか?】

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