47. Missing link 前編

紅葉こうよう』とは、木々が落葉らくようの前に、葉の色を変化させること。

 秋になると、山が一斉に色づき始めるため、この景色を楽しむ行楽シーズンが到来する。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆



 俺の名前はタスク、小説家だ。

 ある政治家の悪巧みを知ってしまい、追われる身になっちまった。

 今は学術都市に身を隠しているが、絶対に奴らの陰謀いんぼうを阻止してみせる。


 そう、真実はいつも...


  「タスク?何を一人で変なポーズ決めてるの?」


 すかさずツッコミを入れてくるのはトールだ。


「ぐぬぬ...どこぞの体は子供で頭脳は大人みたいに、オープニングの口上をやってみたかったんだよ。いいだろ別に!」


「いいけど、そゆのは声優と小説家じゃまらないんじゃないかな?もっとこう、名探偵とか大泥棒じゃないと」


 確かに...俺達じゃ、ほんわかドラマになりそうだ。


「なんでサラッと自分も登場人物に入れてんだ?俺の口上だっての」


「私達はコンビでタッグで特盛とくもりセットでしょ?一人で目立とうなんてズルい!」


 もう!トールはすぐ俺のマネしたがる。



"ラーンワイズ邸"


 政都に出かけていたベンが帰ってきた。

 話を聞くためにトールの家に来たが、本人は氷嚢ひょうのうを頭に当てている。

 双子のことを聞いて、だいぶ取り乱したらしい。


「いやぁ、みっともない姿ですまないね。衝撃的なカミングアウトに、思考が追い付かなかった。もちろん嬉しいのだがね」


 嬉しさ二倍、驚きも二倍なのだろう。

 いつも冷静なベンだが、こんな一面があったのか。


「さて、さっそく本題に入ろうか。政都の様子だが、少々おかしい事になっている」


「おかしい事?やっぱり、脱獄の件で大騒ぎになってるのか?」


「それが、その逆なのだ。君達の手配書も出ていないし、誰に聞いても脱獄の事は知らないと言われた」


 そんなバカな、極刑きょっけいとまで言っておいて不自然すぎやしないか?

 リアの掴んだ情報が確かなら、タイラーが俺達を放っておくはずがない。


「今の政都は、それどころでは無いらしい。各地で自然災害が多発したり、モンスターの動きが活性化しているそうだ。悪魔の目撃証言まで出ている。政治家は対応に追われ、防衛大臣など政都に帰る暇も無いとか...」


「忙しすぎて、政都転覆にかける時間が無くなったってことか?それじゃ俺達は無罪放免むざいほうめん、いつでもカラーズに帰れるな」


「ふぅむ...そう簡単な話かね?この状況が偶然だとしても、防衛大臣は政都の外で活動する時間を得ているわけだ。むしろこれを利用して、自由に動いているとは考えられないか?」


「それって、タイラーが仕事のついでに、異世界人の作った兵器を探しに行ってるってことか?」


「あくまでも推測の域を出ない話だ。この異常事態に、政治家連中は駆り出されている。これが収束するまでは、防衛大臣など身動きが取れないとは思うのだが」


 この状況は、タイラーにとって好都合なのかイレギュラーなのか。

 奴が先に兵器を見つけてしまえば、俺達の口を封じる必要は無くなる。


「難しい話は考えてもしょうがない。堂々とカラーズに帰れるなら、今のところは良かったと思いたいね。あっちが何かしらのアクションを起こせば、リガロ達が止めてくれるだろうし」


 俺にとって都合の良い展開だが、案外あの極秘レポートは、重要視されていないのかもしれない。

 これで晴れて自由の身だ。

 政都はさすがにまずいので、リアをカラーズに誘ってみよう。


【逃亡犯の肩書きが消えた】


「おーい、お客さんだよー!ほら、入って入って」


 シリアスな話を両断するように、トールが現れる。

 グイグイと長身の男性を引っ張り、無理やり招き入れている。

 あれ?こいつどっかで。


「シャツを引っ張るな。何度も教えているが、タスクを連れて来いと言っている。私が家に上がる必要は...」


「いいからいいから、タスクと話すなら、家の中でも変わらないでしょ?」


 トールに引きずられて現れたのは、アルピニストのダイだ。

 正体はドラゴンなのだが、白いシャツにメガネというインテリっぽい装い。

 一瞬、本当に誰か分からなかった。


「おや、これは塾講師じゅくこうしのダイさんでしたか。あなたのおかげで、生徒達の成績はうなぎ登りですよ」


「塾講師は、そこの小説家に頼まれただけだ。私はアルピニスト、間違った認識は困る」


「ふふ、肩書きは何でも良いのでしょう?私はもう退席しますが、ゆっくりしていってください」


 そう言うと、ベンは氷嚢を頭に当てたまま出ていった。


「あの男...私の正体に気付いていた。いや、おそらくは、もっと前から...」


「ベンが?そんなはずないだろ。しかし随分と社会に溶け込んだ格好だな」


「フン、何事もイメージというのは大事なのだ。お前が塾講師をしろと言ったのだろう」


 最強の生物だけに、完璧主義者なのかも。

 形から入るタイプなんだろうな。


「ダイさん?それってタスクが言ってたドラゴンのこと?もしかしてダイさんの正体って、ドラゴンなんですか!?ねぇねぇ!」


 話を聞いていたトールが、食い気味にアスモダイへと詰め寄る。

 一応トールには全部話してあるが、人の姿で会うのは初めてか。


「やめろ!おいタスク、私はこの娘が苦手だ!私に近寄らせるんじゃない 」


「珍しく取り乱してるな。ドラゴンに苦手なもんなんてあるのかよ?だいたい、二人は初対面だろ」


「お前は何も知らないから......いいだろう、教えてやる。この娘が、私に何をしたのか」


 え?面識あったのか。

 アスモダイがここまで狼狽ろうばいするなんて、トールはいったい何をしたんだ。


「今から14年前の話だ」


【アスモダイが過去を語り始めた】


 あれは天気の良い秋の日だった。

 どうやってフォックスオードリーから抜け出してきたのかは知らないが、小さな女の子が黄金山を訪れた。


「わぁー!山が赤くなってゅ!綺麗なやまぁ!カエルもいる。寝てるの?起きろー!」


 そう言いながら、山道へと進んでいく娘。

 ニンゲンの子など、どう野垂れ死のうと興味は無い。

 とりあえず気付かれないよう、後ろから動きを見ていたのだ。



「はじめてのオツカイじゃねぇか!」


「回想シーンにツッコミを入れにくるな。ルール違反だぞ」


 

そして中腹に差し掛かった頃。


「うああっぁっぁあぁぁぁぁぁぁあ!! かっらぁあぁぁぁぁぁい!!」


 黄金山が震えるほどの大声だった。

 あろうことか娘は、キノコや木の実を食べながら山を登っていたのだ。

 マグマタンゴをかじり、絶叫したらしい。


「うひぇー、お水ー!」


 私は仕方なく、先回りをして水源を見つけ、綺麗な水の飲める泉を作った。

 娘に危険が及ぶ物も全て、触れないように片付けておきながら。


「お水、美味しかったぅ。よぅし!どんどん行こぅ」


 紅葉した山々が、よほど楽しかったのだろう。

 恐れを知らぬ娘は、その辿々たどたどしい足取りで、遂には山頂まで踏破してしまう。


「すっごぉーい!遠くまで良く見えるや」


 いつまでも景色を楽しむ娘。

 日が沈む時間だというのに、一向に帰る気配が無い。

 やむを得ず、私は巨竜きょりゅうの姿で追い返す事にしたのだ。


「グォーーーーン!」


 ヒュオォーーーーーン!のほうが迫力があるだろうか。

 そんな私を見て娘は...


「うわぁ!でっかいサンショウウオ!さぁらせてー!」


 ガーン!


 この一言には、えもいわれぬショックを感じた。

 最強の生物であるドラゴンを、娘は躊躇ためらうことなくベタベタと触ってくるではないか。

 これほど思い通りにならない生き物がいるのか。

 私の思考はしばらく止まっていた。


「ふわぁぁ...むにゃむにゃ今日のとぉるは頑張った...グゥ」


 娘は私の背中の上に寝そべった。

 しかも尻尾を、ドラゴン自慢の尻尾をおしゃぶりの代わりに口に入れたまま。

 よだれでベタベタになる尻尾に、私は我慢が出来なくなった。


「キサマ!何でも口に入れるんじゃ...ん?」


「スゥ...スゥ...スゥ...」


 眠る娘に怒るのもバカらしい。

 徒歩での下山はあきらめ、そのまま空を飛び、フォックスオードリーを目指す。

 何とも調子の狂う娘だった。


【アスモダイの回想が終わった】


「そして、賢樹の上に下ろしてやったわけだ」


「うわぁ、全然覚えてないや。私って、そんなワンパクガールだったの?」


 トールは子供の頃から、天然トラブルメイカーだったのか。

 こりゃアスモダイがトールを苦手と言うのも分かる気がする。


「こちらの想定を無視して嘲笑あざわらうかのような存在、その点でお前達は似た者同士かもしれんな」


「人を問題児みたいに言うな。俺は至極まっとう、健全なノーマル属性だ」


 トールと一緒にされちゃたまんねーわ。


「それより、俺に用事があったんじゃないのか?」


「そうだ、お前を連れ出しに来た。さぁ行くぞ、秋の紅葉した山が呼んでいる」


 え、今から登山するんすか?


【タスクは強引に登山に誘われた】

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