46. Two precious lives 後編

トールの実家に、突如現れたハーディアスの姉。

医療系の最高峰さいこうほうジョブ、『外科医げかい』のアネスタシア。

驚異的なジョブアベレージと、たぐまれなスキルを駆使する、最強ジョブの一角なのだそうな。


「...姉さん...どうしてここに...」


「弟が呼べば、どこにでも駆けつけるのが姉というものだ。昔から泣き虫だったお前を、私が放っておくわけないだろう?」


「...呼んでないし...泣き虫でもない...姉さんに泣かされてたんだ...」


「よしよし、さぁどいつだ?私に腹をさばかれたい患者は!」


絶妙に話が噛み合っていない。

なんか、医者なのに恐ろしいこと口走ってるし。

これは何を言っても通用しないタイプの人だ。


「やれやれ、喋りすぎて疲れたな。茶も出さんのか、ここん家は?」


「あらあら、ごめんなさいね。すぐに淹れますので」


このデカイ態度の相手にも、変わらずほんわか対応するキョーカさん。

あなたは女神なのですか。


「お茶は俺が淹れるから、キョーカさんは座っててください」


「ありがとうタスクちゃん。茶っ葉は戸棚にあるから、よろしくね」


妊婦に負担をかけるわけにはいかない。

ちゃちゃっと茶を淹れ、アネスタシアの前に運ぶ。


「ふぅ、温度といい蒸らしといい完璧だな。あらかじめカップを温めておくとは、素晴らしい気配りだ。坊や、私の専属茶坊主にならないか?」


椅子に座り、足を組んで茶を飲む姿が美しい。

何とは言わないが、トールに負けず劣らずのボリューム。

肌の露出も相まって、まんざらでもございません。


「成人男性として正常な反応だな。何とは言わないが、切り取ってやろうか?切った張ったは私の得意とするところだ」


ひぃぃ!メスをギラつかせるアネスタシアに、自然とへっぴり腰になってしまう。

トールも怖い顔でこっち見てるし。


「さてと...てほしいのは、そこの妊婦か?」


「...姉さんは...分野が違うし...産婦人科医に看てもらおうかと...」


「案ずるな弟よ。姉というのは何でも出来るものなのだ。私に失敗という言葉は無い」


「...いや...だから...失敗とかじゃなくて...」


いつもクールなハーディアスが、完全にペースを握られている。

多分、この人には逆らわない方がいいかも。


「何をボケっと突っ立っている!診察をはじめるのだぞ?部屋から出ていろ!さぁて、触診しょくしん触診しょくしん~♪」


全員、部屋から叩き出され、アネスタシアによる診察が始まる。

本当に診察だよな?手術とかじゃないだろうな?

だいぶ性格がブッ飛んでいるので、不安しかない。


「...心配ない...あんな感じだが...姉さんより優秀な医者は...多分いない...」


そう豪語するハーディアスの顔は、どこか誇らしげでもある。

そこまで言うなら、信用するしかない。

ちょっと弟思いが過ぎる姉ではあるが。


【アネスの診察が終わった】


「終わったぞ。ハーディアス、私に会えなくて寂しかっただろう?存分に甘えていいのだぞ?遠慮はいらん」


「...姉さん...みんなが見ている...」


「構わんだろう、私たちは姉弟なのだから。文句がある奴は、メスで開いてやれば大人しくなる」


とんでもない言葉を平気で言いよる。

それでも医者なのかよ。


「おい!診察の結果はどうなんだ?キョーカさんは大丈夫なのか?」


「あぁ、そうだったな。さて、どう言うたものか...ふむ」


首を傾げて考えこんでいる。

医者のそういう態度って、一番患者を不安にさせるから。


「まさか、どこか悪い所が見つかったのか?赤ちゃんに何か異常とか...」


「いやいや、母体は健康そのもの。子供達も元気に動き回っている。春先には誕生するだろうな」


アネスタシアの言葉に、ホッと胸を撫で下ろす。


「なんだ、変なそぶりをするから心配したじゃないか。そっかそっか、良かったぁ!」


「良かったね母さん!産まれるまでに、色々と買い揃えなくちゃ!」


「赤ちゃんかぁ!なぁ、アタシも抱っこしていいかな?」


【パーティー全員が歓喜に沸いた】


「...今...子供達と言ったか...」


「「「子供達!?」」」


【パーティー全員が冷静さを取り戻した】


子供達って何だ、子供達って。

何で赤ちゃんに複数形を使ってんだ?


「そう、子供達。双生児、つまり双子だ。ベビーカーを買うならツインのやつにすることだな」


「ふふふ、これはベンが聞いたら卒倒そっとうするわね。トールのお産の時でさえ、私に手を握っていてくれと、お願いしてきたもの」


自分のお腹の中に、双子がいると知らされてもマイペースなキョーカさん。

ダメだ、いよいよ頭が混乱してきた。


「ふふふ双子!......大丈夫なのか!トール、大丈夫かな。俺、ちゃんと産めると思うか?双子なんて始めてでわからん」


「落ち着いて!産むのはタスクじゃなくて母さんだから!父さんが慌てるならまだしも、何でタスクがオタオタするかな」


そうだ、これはトールん家の話であって俺には関係無い。

養育費を払うわけでも、育児に取り組むわけでもない。


「なんて他人行儀なこと言えるか!!キョーカさん!双子のことは何の心配もありません!俺が責任もって...」


「何を口走ってんのタスクは!責任があるのは父さんだし、双子が産まれるのは、ずっと先の話でしょ!」


「あっという間だぞ!出産の時に慌てないように、今から準備しておかないと。この子達の将来を思えば、ちゃんとした大人が側にいることが大事なんだ!」


「あらあら、気が早いこと。騒がしいお姉ちゃんとお兄ちゃんでちゅね。早く出てきなさい、しっかり可愛がってもらえるわよ」


言い合う俺達を横目に、キョーカさんはお腹を擦りながら笑っていた。


「あ、そうだ!母さん、これあげるよ。タスクがくれた御守り、安産祈願のご利益あるってさ」


トールが取り出したのは、イグ樹でもらったミョルニルのペンダントだった。

そういえば子宝に恵まれるとか言ってたか。


「あらぁ、タスクちゃんったら、ずいぶんと意味深な物をトールにあげたのね?はっはーん、これは本当にお義兄にいちゃんができるかもしれないわ。ちょっとお義母かあさんって呼んでみてくれない?」


「いえ、それは土産に貰った物ですから。特に意味は無いんですよ......え、目が怖い目が怖い!キョーカさぁん!?」


さすがベンの妻といったところか。

このあと、お義母さんと呼ぶまで帰らせてくれなかった。


【双子の誕生まで、あと4ヶ月】

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