5. bad day good time 後編

 トラッシュデーモンの一撃で一気に大ピンチだ。


「ギャヒャヒャヒャ、痛いかァ?怖いだろォ?ニンゲンが苦しィむのは最高だァ!」


 まずい状況は続いている。

 別々の方向に投げられたから分断されてしまった。


「ギギギ、まずゥはこっちの小ィさいほうからトドメをォ刺してやろォ」


 二人ともダメージで動けない。

 誰でもいい、トールを助けてくれ。

 何だこれ?本当についてない......せめて魔法でも使えたら。


 何一つ上手くいかない。

 いつまで経っても運命が味方してくれない。

 もう、ワーカーなんて辞め...


 いや!もうそんな台詞、飲み込んじまえや!!


「面白く...なってきやがった......」


「ギィィィ、なァんだ、死にぞこォないが。貴ィ様から死ぬゥか?」


 ミリオンペンディングを支えに何とか立ち上がれた。


「ギャヒャヒャヒャ、押せェば倒れそォうじゃないかァ」


「黙ってろ枯れ木、たきぎにしてくどにくべてやる!」


 どれほど運が悪くても、傷だらけでボロボロになったとしても、それでも...絶対に負けたくない戦いもある!

 これでダメなら次の昇進クエストまで草摘みでも何でもして、トールの食費に充ててやる......だから!


「本気出せよ声優?寝てる場合じゃねぇぞ!ここから俺達のターンなんだからな!」


「タスク...うん!今度の今度が全力のマックスだよ!!」


 言ってる意味はわからないが...良し、滑舌はしっかりしている。

 構えろ、もっと強くイメージしろ...魔法......魔法だ。


「ギィィ、何ィもさせるかァ!」


 悪魔が枯れ葉の手裏剣を放つ、と同時に。


「行くぞ!!小説家スキル『疾筆』」


 さらに速く、さらに遠くへと文字を飛ばすスキル。

 いつもよりスキル使用時の体力消費が激しい。

 だが、そんなのは後で考えればいい。


 互いの攻撃が交錯し、手裏剣は俺の右肩へと突き刺さる。


「っ......!!」


「ギャヒャヒャヒャ、命ィ中したァぞ。貴様ァの攻撃は残念だァが当たァらなかったなァ」


「そんなことない!タスクのスキルは、しっかりと受け取ったよ!!」


「ギャギィ!?」


 スクリプトが赤い光を放っている。

 俺のスキルは間違いなくそこに届いたのだ。

 どんな文章を書いても俺が魔法を使うことは出来ない。

 なら声優が声にしたらどうなる?


 ゲーム等でもよく見かける解りやすい魔法を選んだつもりだ。

 頼むぞ、理解していてくれ。


「声優スキル『エフェクトボイス』」


【トールの声にエコーがかかった】


 最高の状態でスクリプトを掲げ、詠唱が始まる。


「ゲェヒィ!そォはさァせるかァ!」


「いい所なんだから邪魔すんな!『ペンは剣よりも強し』」


 実際、そんなスキルは無い。

 ただ左手に持ち替えたミリオンペンディングを、思いっきり投擲しただけだ。


「グァアッ!よォくもォ!」


 投げつけたペンは悪魔に直撃し、弾きかえって俺の手元に戻ってきた。

 狙ってやったわけじゃないが、流れは間違いなくこっちに来ている。


顕現けんげんせしは炎界の王、汝がことは灼熱の魔弾となりて遮る者を焼き尽くす!ファイヤーボーーーール!!!!」


 想像を超えた特大の業火球がトラッシュデーモンを飲み込み炎上していく。

 グッジョブ!まさか本当に魔法をブチかますなんて。


「ハァ...ハァ...長かったが、これでクエスト達成......っ!?」


 そんなバカな...


「ボボボボボボォ、オノゥレェ!ユゥルサァン!!」


 炎に焼かれながらも、まだ迫ってくる。

 俺もトールも今ので限界だ...勝てないのか。


「消防士スキル『エレメントスプラッシュウォーター』」


 炎となったモンスターは突然の放水によって消滅。

 救援に駆け付けた消防士によって討伐された。


”帰り道”


 ペトルゥは「報告をきちんと行うように」と言い残し帰ってしまった。

 街への足取りが重い。

 トールはうつむき、俺の服の裾を掴んだまま歩いている。


「なぁ、元気出せって。結構おしいとこまでいってたぞ?」


「...ねぇ、タスク」


「ん、どうした?」


「アレは本当?草摘みでも何でもして食費出すって」


 えぇ?しまった、思ったこと全部スクリプトに書き入れたのか。


「うぅ...はぁ...そうだな、好きなだけ食えよ」


「えへへ、ありがと。カッコ良かったよ」


"ワーカーギルド"


「お疲れ様でした。今回は突如現れた悪魔を討伐したと聞いております」


「いや、討伐したのは消防士の人で...」


「そうなのですか?そうなりますと昇級クエストは失敗ということになりますが?」


 ペトルゥは詳細をギルドに伝えていない?

 これなら強引に俺達が倒したことに出来ないだろうか。

 実質、悪魔を追い詰めたのはトールの魔法なんだし。


「あの悪魔は......」


 言いかけたが、後ろからトールに腕を掴まれた。

 何とも複雑な表情でこっちを見ている。

 昇進はしたい、でも嘘をついても良いのか?そんな迷いが悔しそうな顔に出ている。


「俺達はモンスターを討伐していない。クエストは...失敗だ」


 いいんだろ、これで。


「そうですか...悪魔が出現した森は暫く調査のために封鎖されます。また、想定される被害を最小限に止めることができましたので、討伐に貢献した者には特別な報酬を出すよう言われております」


 提出したライセンスカードに初級ワーカーのスタンプが押された。


「ワーカーにとって正確な報告を上げることは最重要事項です。お二人が嘘の報告を行わなかった場合に限り、特例として昇級を認めるそうですよ。おめでとうございます!!」


 その場にいたワーカー全員が総立ちで拍手を送ってくれた。

 トールはと言うと、腕にしがみ付いたまま泣き出してしまう。

 これでようやく俺達は...


【初級ワーカーにランクアップした】

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