5. bad day good time 前編

『魔法』とは、呪文や儀式を用いて超常的な現象を引き起こす力のこと。

 物語においては非常に魅力のあるギミックであるため、数々の独創性溢れる魔法が生み出されている。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆


"パンドラの森"


 クエスト期限の最終日、順番で考えれば今日の相手はオークだ。

 ここまで散々殴られてきたが、おかげでパンチに目が慣れてきている。

 相手のパンチを避けつつ隙をついて攻撃、あとはトールと交代しながら戦えばいけるはず。


 しかし、いつもの場所にオークの気配は無く、森は不気味な静けさに包まれていた。


「吾輩、何だか妙な胸騒ぎがするぞ...いつもと森の様子が違う」


「やめろよ...最終日なのに不吉なこと言うなって」


 ペトルゥの毛が逆立っている。

 おいおい、冗談じゃないのかよ。


 ズシャ......ズシャ......ズシャ......


 何の音だ?森の奥から何かが近づいてくる。

 緊張が走り、音のほうを警戒する。


【モンスターが現れた】


 その姿は、倒木が立って歩いているかのようだ。

 枝に生える葉っぱは枯れて茶色く変色し、まるで枯れ木の化け物と言うべきか。


「アワワワ!トラッシュデーモンじゃないか!何でこんなとこに?」


「なんだ、そのちょっと強そうな名前は」


「トラッシュデーモンは乾いたゴミや倒木に憑依してモンスターになる下級悪魔。下級と言っても物質を動かすほどの魔力を持った、れっきとした悪魔なんだ!」


 ペトルゥがここまで取り乱しているのも珍しい。

 悪魔?それが何で初心者用の狩場に出てくるんだ。


「ギャヒャヒャヒャ!なァんだァ?ニンゲンがいるじゃァねェかァ...あとネコもかァ」


 見つかった?まずい、オークならまだしも、あんなのと戦って勝てるわけがない。


「他のモンスターがいなかったのは悪魔が居たからだったんだ。悪いことは言わない、君タチも、ここは逃げたほうがいい」


「そうだな、クエストは延期ってことでいいんだよな?」


「残念ながらそれは認められない。運もまた、ワーカーにとっては重要なセンスなんだ」


 嘘だろ?つまり俺達は運が悪いばっかりに、4ヶ月も草摘みすることになるのか...どうすれば。


「逃げないよ!!今日だけは......何もせずに終わらせたり絶対しない!!」


 トールは逃げることを選択せず、悪魔の前に躍り出る。


「ギギギ、なァんだァ、俺様と戦おうってェのかァ?ギィッグ!面白ェじゃねェか」


 木が擦れる音のなのか、それとも笑い声なのか、不愉快な音声が森に響く。


「くっ、ペトルゥ!ゴング鳴らせ!!このクエストは逃げられない!!」


「君タチ...わかった、だがムチャは禁物だぞ。救援要請を出す」


 俺だって考えも無しに5日間過ごしてたわけじゃない。

 徹夜で考えついた、4000文字からなる設定の大魔法。


「いくぞ!小説家スキル『達筆』俺が考えた最強の魔法!!」


 ミリオンペンディングから無数の文字がほとばしり、モンスターの体を埋め尽くしていく。


「ギィ?ちょっと、なに書いてあるゥか解らァないィ」


 張り付いたはずの文字が全て剥がれ落ちてしまった。

 ダメか、文字数が多くても理解できなきゃ読まないよなぁ。

 俺に都合の良い展開って、ホントこない。


「ギュフギュフ、痛ァい目に合わせてェやるぞォ」


 ガサガサと枝を揺らした次の瞬間、舞い散った枯れ葉が手裏剣のように発射された。


「声優スキル『ラウドスクリーム』」


 悪魔の攻撃を察知し、とっさにスキルを放つトール。

 空気を振動させるほどの大声で、手裏剣の軌道を僅かに変え、なんとか被弾を防いだ。

 あんなのが当たっていたら、いつものパンチじゃ済まない。


「いいぞ、これなら攻撃は完封できるな」


「ハァハァ...これすっごい喉に負担かかるんだよね。連続では使えないや」


 早くもピンチ到来、追い詰められて覚醒する力とか、そういうの目覚めるなら今ですよ。


「もうどうにでもなれ!小説家スキル『達筆』この枯れ木!材木!バイオ燃料!」


 考えつく限りの悪口を書き綴ってやった。


「グッギャー!!許ゥさんぞォ貴ィ様、生ィきて帰れェると思ォうなよォ」


 怒った?ちゃんと意味が通じているようだ。

 さっきは通用してなかったのに......まてよ?


「そういえば聞いたことがある。悪魔は実体ではなく精神のほうが本体であるため、精神攻撃の効果が大きいのだと。トール!ガンガン悪口を言って、へこませてやれ!」


 博識っぷりを強調する名言を交えての完璧な指示だ。


「やー、無いわー。そういうの好感度下がるから、やらないほうがいいよ?」


 ナァンもぅ!!そうなん?声優はそうなん?

 これじゃ俺、ただの嫌な奴だよ。


「ガガァ!ごォちゃごちゃうるゥさい。まとめてペシャンコにしてやるぞォ」


 トラッシュデーモンに巻き付いていた、つる状の植物に捕まり、ブォンと上空に持ち上げられた。


「やばい、この高さはシャレにならんかも」


「ちょっ!待って、下して!パンツ見えちゃうから!!」


 必死で抵抗してみるも、そのまま勢いよく地面に叩きつけられた。


「ゲホっ......ハァ...ハァ...」


「あぅ...ぐぅぅ......」


 呼吸が苦しい、何か酸っぱいものが上がってくる。

 たった一発で解らされた。

 今、俺達が戦っているのは、悪魔だということに。


【タスクは追い詰められた】

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