1章 出会い駆ける春

6. day after day 前編

『賃金』とは、行った労働に対する報酬として支払われる対価のこと。

 金銭面が潤うことで気持ちに余裕ができ、日々の生活が豊かになる。

 稀にではあるが、貰ったお金を片っ端から消費していく猛者も存在する。

 しかし......


◇◆◇◆◇◆


 初級ワーカーに昇級してから二週間ほどが経過した。

 差しあたって、俺の直面している課題は『ジョブクエスト』だ。

 ジョブクエストは職業に応じて、ギルドが依頼を紹介してくれるというもの。

 小説家のジョブクエストは、と言うと...


「毎日毎日、子供向けの教材の転写・複製!コピー機は無いのかコピー機は!...あるわけないか」


 この世界の童話が書かれた本を一冊ずつ書き写していく。

 地味な反復作業で報酬も安いときた。

 もっと儲かる仕事があったんじゃねぇかなぁ......



"フランキーのジム"


「ムァッハッハッ!ようやく起きたかね?もう昼過ぎだぞ!」


 物書きは静かな夜のほうが捗るので、生活スタイルが昼夜逆転してしまった。


「子供向けの朗読会に使うって大量発注が来てたからな。トールは今日も協会か?」


「ムゥン!朝から元気に出て行ったな。新人研修は今日までだから早く帰ると言っていたぞ!」


 声優は、声優協会と呼ばれる機関に所属し、レッスンを受けたり、ギルドとは別口の仕事を斡旋してもらえたりする。

 時間が合わないので全然顔を見ないが、しっかり声優やってるようだ。


「ムァッハッハッ!そろそろ寂しくなってきたんじゃないかね?」


「なっ!?...別に寂しかねぇよ!」


「ムホォ!そうなのかね?トール君はいつも君を気にかけているぞ」


 あいつが?いや、胃袋声優のことだ、狙いは俺の作るメシだろう。

 きっと今頃、同業の友達もできてるさ。


「フランキー、この世界...えっと、クーベには魔王とかはいないのか?」


「ヌゥン!魔王だと!?......魔王のことをどこで聞いてきたのだ?」


「え?いや、いるのかなーっと」


 何か変なこと聞いたか?だがフランキーの口ぶりからして、魔王は存在しているのだろう。


「ムムム!キミが興味を持つのも分かるがね。魔王は数年前に討伐されて今は深い眠りについているよ」


「討伐された?じゃあもう魔王はいないのか」


「ムゥン!残念ながらな。だが、混乱を避けるため極秘の話ではあるが、近いうちに魔王は復活する兆しがあるそうだ!良かったな、他で言うてはならんぞ?」


 何で魔王が討伐されて残念がるんだよ。

 復活も望んでないし...できれば安定した異世界ライフをおくりたい。


「そうか......まぁ、魔王の復活は気長に待つとして、ギルドに納品に行ってくるわ。夜までには帰るよ」



"カラーズの街"


 結構な量の本を納品し終えると、仕事から解放された身軽さで街をブラつきたくなった。


「占い師のバァサン、どうしてるかな」


 昇級クエストを終えた後、一度だけ浜辺の小屋を訪ねたのだが、老婆には会えなかった。

 それどころか、奇妙なことに小屋はまるで、何年も経過したかのようにボロボロの廃屋になっていたのだ。

 老婆は一体、何者だったのだろう...あの時の記憶さえ、何となくぼんやりしてきた。


「ハイハイ、お兄さん。新人のワーカーさんでしょ?」


 考えながら歩いていると、調子の良い口調の男が話しかけてきた。


「お兄さん、お金のことで悩ンでない?いやいや運がいいよ。お兄さんにだけ、絶対確実に稼げちゃう話があるンだけどね」


 妙に馴れ馴れしい上に、お金の話が出てきちゃってるよ。

 絶対と確実がセットになってるのも不自然だし。

 詐欺師が自己紹介してるようなものだろ。


「あれぇ?疑っちゃってる?大丈夫だからリラックスして聞いてよ。まずお兄さんがボクから、このマル秘の商材を買うでしょ。買うって言ってもアレだよ?あとから稼ぐマニーのほうが大きいんだから実質無料ってことなンだよね」


 ほぅら、話がどんどん怪しい方向に行ってるじゃないか。


「後ろで警察官が怖い顔して立ってるがいいのか?」 「なっ!!?」


 これまた凄い速さで振り返ったな。

 実際には警察官はいないのだが、解りやすい反応をしてくれる。


「やだなー、冗談はやめてくれよー。まぁ今日のところは顔見せだけね。いそがしいンで、もう行くわ」


 男はそそくさと去って行った

 もう詐欺師やめとけって。

 しかし、矢継ぎ早に次が来る。


「アナタ、このツボ買うとシヤワセになれマスよ?安くシトクよ?」


 こんなのばっかし!

 働いて得たマニーを巻き上げられてたまるか。


【タスクは逃げ出した】


「まったく...もっと金持ちを狙えよ」


「あんちゃん、マニーを恵んでくれないか?」


「またか!?いい加減に......」


 そこにいたのは、まだ小さな子供だった。


「父ちゃんが病気で寝てるんだ。薬がいるんだよ。お願いだよ、あんちゃん」


 こんな子供まで詐欺師まがいのことをしてるのか。


「悪いけど、マニーは持ってないんだ」


「そんなぁ、助けてくれよ......」


【タスクは逃げ出した】


 子供を使ってまで騙しにくるのか。

 人情味があって栄えてるように見えるけど、この街にも闇の部分があるということか。

 あまり良い気分じゃないな。


「報酬も出たし、旨いものでも食って忘れるか...」


 そうだ、気にしててもしょうがない。

 切り替え切り替え......


【タスクは考えないようにした】

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