第9話 紅月-9

 グラウンドのライン引きが終わって、ようやく野球ができるような状態になった。しかし、もう吉村と谷木は、あれ以来部室に現れなかった。部員が減ってしまった、と由起子は思った。自分のせいだと思った。塞ぎ込んでいる由起子の頭を、川村がぽんと叩いた。

「どうした?」

「ん…。…吉村先輩、来ませんね……」

「まぁ、仕方ないさ。あんなことになったら。それより、復讐に気をつけな」

「復讐?」

「あぁ。吉村さん、執念深いから、きっと仕返しするつもりだぜ」

「そんなこと、するんですか?」

「吉村さんって、野球は下手なんだよ。ただ、ケンカが強くてな、それで威張ってたような人なんだ。まぁ、野球部は、吉村派の集まりってのが本当のところだったんだ」

「吉村派?」

「うちはマンモス校だから、いくつも派閥があるんだ。吉村派なんて、ちっぽけなもんだけど、一応秋葉さんと仲が良かったから、一目置かれてたってとこだな」

「川村先輩も野球、嫌いなんですか?」

「オレ?オレは嫌いじゃないけど、かったるいってのが本音だな」

「じゃあ、野球しないんですか?」

心配そうに見つめる由起子の頭に手をのせて、にやりと笑った。

「いいよ。つきあってやるよ。それと、前の部員に声掛けてみるから、なんとか人数揃えてやるよ」

「ホントですか?」

「あぁ」

「じゃあ、新入部員募集を大々的にやりましょう。一年生に入ってもらえば、なんとかなりますよ」

「あぁ、それもいい手だな」

笑いながらグラウンドを出ようとすると、一人の男子が近づいてきた。

「あのぉ、野球部の方ですか?」

「あぁ、そうだけど」

「すいません、僕、一年の田川といいますが、入部したいんですが」

 由起子と川村はその瞬間顔を見合わせて、そして手を取り合って喜んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る