第8話 紅月-8

 翌日の放課後、いつものように更衣室で着替えて部室に元気良く入ると、緊迫した空気に由起子は口を噤んだ。どうしたのかと様子を伺うと、青木ら三人が床に正座させられ、その向こうに秋葉と二人の男子が立って由起子を見つめていた。

「こいつか?」

一人の男子の言葉に、青木たちは頷いた。

「あ、あの…」

由起子は恐る恐る訊ねた。

「部長の吉村さん…ですか?」

「あぁ、俺が吉村だ」

「はじめまして、あたし、新入生の緑川由起子といいます。入部希望です。よろしくお願いします」

吉村は鼻で笑うと、呆れたように言った。

「入部…希望…ね?女で、何ができるんだ」

「あ、あたし、野球得意なんです。ポジションは、一応、ピッチャー希望です」

「ハハ。呆れたバカだな。女なんか、投げさせりゃ、恥だよ」

「え……?」

「それより、マネージャーとして、俺達の役に立ってもらう方がいいよな」

青木たちに同意を求めるように吉村は言った。青木たちはうなだれて反応を見せなかったが、秋葉はニヤニヤして眺めていた。

「おい、こっち来いよ」

吉村は青木たちをどかせて手招きした。由起子は招かれるままに近づいた。青木も黒田も川村も、蒼白な心配そうな表情を浮かべていた。その表情に戸惑いながら、吉村の前に立った。由起子よりずっと背の高い吉村は見下ろすように由起子を見た。ニヤニヤ薄笑いを浮かべた吉村は、やたらと煙草臭かった。

「ま、ガキだけどな、思い知らせてやるよ。ここがどんなとこか」

 そう言うといきなり由起子の肩を掴み押し倒してきた。いきなりのことで驚いた由起子は何が起こったのかもわからずそのまま床に倒された。しかし、吉村の手が体操服の下にもぐり込み、服を脱がそうとしていることに気づいたとき、抵抗を始めた。


「おとなしくしろ!」


 吉村の罵声が由起子の顔の上で響いた。しかし、由起子は吉村の手首を掴むと、ひねり上げ、首筋に噛みついた。叫んで怯んだ吉村を押し退けて由起子は身を起こした。部屋の奥の壁を背にして吉村を見つめた。吉村の形相は険しく、由起子を睨んでいた。

「おい、出口を塞いどけ」

 吉村は青木らに指示をして、近づいてきた。由起子は起き上がって身構えた。

「おとなしくしてりゃ、痛い目に会わなくても済むんだぜ」

 そう言いながらゆっくり近づいてきた吉村は、両手を広げて由起子の逃げ場を塞ごうとした。が、由起子にはその姿はあまりに無防備に見えた。間合いが充分に近づいたと判断した瞬間、由起子は踏み込んで蹴りを入れた。突然のことに反応できなかった吉村は、みぞおちにその蹴りを受け、呻きながら崩れた。その後頭部に肘打ちを食らわせるとそのまま吉村は動かなくなった。唖然として見ていた周りの中から谷木が飛び掛かってきた。しかし、由起子は冷静にかわし、回し蹴りを脇に入れて動きを止めると、肘打ち、裏拳とたたき込み、ノックアウトした。


 しんとした部室の中で由起子は、倒れて呻いている二人を見下ろしていた。そして顔を上げると、秋葉と目があった。秋葉は怯み、慌てながら、部室を出て行った。ドアが開け放たれて、外の光が入ってきた部室は明るく、今までの重苦しさが消えたようだった。由起子はようやくほっとして、笑顔を見せた。しかし、青木たちは凍りついたように由起子を見ていた。由起子は気詰まりなまま、三人を見つめた。

 沈黙の時間が流れて、緊張が解けてくると由起子はようやく体をはたいて埃を払った。そうしながら、上目遣いに三人を見ながら、

「あたし…クビ…ですか?」

と訊ねた。その言葉にようやく青木は反応した。

「い、いや…」

「こんなことしたら、退学…になっちゃうんですよね」

「い、いいんだ。大丈夫さ…。な」

 同意を求められた黒田も川村も頷いた。

「吉村さんだって、女の子に叩きのめされたなんて、恥ずかしくて言えないはずだから、俺達が黙ってれば、大丈夫さ」

「でも…入部の許可…もらえませんよね」

「いいんだ、大丈夫さ。も、もう、吉村さんの意見聞かなくても、いいよ。入部してもらって。な」

 黒田も川村も頷いた。

「ホントですか?」

「あぁ。正式部員だ」

「やったぁ!」

 小躍りして喜ぶ由起子を眺めながら、三人は不思議な気持ちだった。こんな娘が…。

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