頼むから前に投げてくれ。

 卒業後の進路は、それぞれの職種(普通科、機甲科など)に分かれるので、職種に


よっては幹候校でしか経験しない訓練がある。その中で思い出深い訓練なのが手りゅ


う弾の実爆訓練である。


 ボール投げができない子どもが増えているのは今に始まったことではなくて、当時


もソフトボールの投げられない候補生は結構たくさんいた。体力検定で投げられない


程度だったら特に実害はないが、これが手りゅう弾の実爆訓練となると話が別であ


る。


 自衛隊生活中で身(命)の危険を感じたことはままあったが、その一番最初がこの


訓練だった思う。当然、本物を投げる前に模擬手りゅう弾で投擲訓練をする。


 訓練の際も本番に即して、候補生が二人一組、さらに射撃係として教官役の隊員が


配置につく。


 ヤバいと思ったのは組んだ同期の投擲訓練の時。


 投げる位置には肩ほどまでの分厚い壁があり、ピンを抜いて前方に投げたらしゃが


む。定められた動作通り前方に投げたら手りゅう弾が破裂しても特に危険はないが、


私が組んだ人間は訓練中、投げた瞬間すっぽ抜けて後ろに模擬手りゅう弾を飛ばし


た。


 手りゅう弾というのは意外に結構な重さで、女性の候補生も含めて投げるのに苦労


する同期も他にはいたが、さすがにこの時は教官の隊員と立場を越えてヤバいヤバい


と、二人がかりで前に飛ばせるようにその同期の練習に付き合った。


 そのおかげか、実爆訓練のときは無事に前に投げることができたが、それでも破裂


音からだいぶ手前に落ちたような気がする。


 冗談ではなく実爆訓練の際は、もし本物が後ろに飛んだらどうしようと、鉄帽をか


ぶせようとか、急いで拾って前に投げようとかいろいろなシュミレーションを頭の中


でしていた。


 彼は候補生学校の教育間、大なり小なりいろいろな爪痕を同期の間に残した。ただ


卒業まではこぎつけたが、残念ながら三等陸尉に任官することなく自衛隊を去ってい


くことになる。

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