第44話



「ふぅ〜、とりあえずは上手くいったな」




条例を出した翌る日の朝、身内の会議室となりつつある食堂で俺はそう呟いた。





「はい、コダマが一緒に居てくれたおかげで、無事売ることができました」




声の方に目をやると、凛と佇むメガネのメイドさんが居る。




「コダマ、何か言ってたか?」


「お爺ちゃんを思い出す、と」





お爺ちゃん……数代前のペイジブルの領主か



ペイジブルの歴史の中で最も平和で発展した町を築いた領主だと言われているはずだ。





「なら、そう思われても恥ずかしくないように今日も頑張らないとな……」














「と、ナベ、貴様は言っていたはずだ」


「え? まぁ、言ったような言ってないような……?」


「確かに言ってたぞ? それなのに、なんなのだ!? このナベの現状は」


「なにって……いったろ? これは『リバーシ』だって」


「いや、名前くらい我も知ってる」






さっきから後ろでヨシミのバカがピーピーとうるさい。それに対して、俺の前で必死に頭を働かせるフェデルタは寡黙そのものだ。




そう、俺は今フェデルタとリバーシで勝負をしていた。






「リン……王手です」





横では、パチンッと、木と木のぶつかる音が弾けている。




イチジクとリンが向かい合って、『将棋』を指している姿が見える。


その駒は前世でよく見たものではなく、もっと歪な形をしていたが、二人は楽しめているようだった。






まさか、ルールを教えたらここまでのめり込むとは思わなかったが……





そんなことを考えていると、前に座るフェデルタが俺の方を向く。




「これで、どうだ? 圧倒的に黒の方が多いようだが……」




「ふっ、甘いぞフェデルタ! これで、逆転じゃあ!!」





緊張気味に言ったフェデルタに俺は勝利の雄叫びをあげた。




「くそっ、今度こそと思っていたのだが」




フェデルタが悔しげに膝を折り、地面を叩く。




俺は前世でコンピュータ相手に、リバーシ耐久二十四時をしたことがあるのだ。

さっきルールを覚えたばかりの素人に負けるわけがないだろう!






「はぁ……ぼっちならではだな」





俺の呟きにフェデルタがキョトンと首をかしげるが、気にするなと首を振った。




すると、そのタイミングで後ろから俺の首に何かが噛み付いた。





「痛っっ!! なんだ、ヨシミかよ! やめろ、俺の首を噛むなぁあ!!」



俺は両手でヨシミの顔をガッチリと掴むと、全力で剥がしにかかる。





「んんっ〜〜!! んっ」





が、ヨシミはそれを易々とは許さない。






「おまっ、また絞め落とされたいみたいだな!」



「今回は我に非はない!」






かくして、俺とヨシミによる一対一のタイマンバトル……もとい、じゃれ合いが始まった。



これを止めることなど、数千の軍隊を動かしても無理だ……という事もなく、






「マスター、それにヨシミ、戯れてないで次はどんな遊びをするのか教えてください」




イチジクのこの一言で止まったのだった。





「なっ!? イチジク! ナベを止める気がないのか!? こいつ、領主の役目も果たさずに遊んでるのだぞ!」





ヨシミが俺に歯を立てるのをやめて、寝転んだまま顔だけをイチジクに向ける。




しかし、言われてみればそうだな……






普段のイチジクなら、「マスター、働かない鍋ブタはただのブタですよ?」とか、辛辣なことを言いそうなものだ。




気になった俺は、ヨシミと同じ方を見る。





すると、目があったイチジクがメガネをくいっと上げて話し始めた。





「そうですね……確かにマスターはこの大変な時期に、領主の職務を全うしていません。ですが、それがなんだというのです?」






それに、ヨシミが至極真っ当なことを言ってのける。





「そんなの、今ナベがしっかりと働かないと、この町の人たちがみんな困る」






……が、イチジクも負けてない。






「だから、それがどうしたと言っているのです。もともと、マスターはこの町に縁もゆかりもありません。つまりは、そんな責任重大なことをする必要がないのです」





な、なんと……






このセリフには、俺が驚いてしまった。





確かに、イチジクは前にそんなことを言っていた記憶がある。「あくまで一般人だということを忘れずに頑張ってください」だったか? まぁとにかく、そんなニュアンスのことだ。





しかし、そんな理由で反対しなかったとは……




ヨシミは、負けじと言い返す。



「で、でも町のみんなはナベに期待してた! 昨日一緒にしごか……特訓した警備隊の人たちも」



「だから、それがなん……」






イチジクがため息混じりにそう言おうとした時、隣でリバーシの駒を眺めていたフェデルタが声を上げた。




「イチジク、私と同じで信じているんだろ? 主人殿のことを。なら、そう言えばいいではないか」





フェデルタのその反応に、ヨシミは意表を突かれたような顔になる。




「まさか、フェデルタもナベの味方!?」



「味方、というか……主人であるしな」





フェデルタがそう言うと、ヨシミは両手を地面について立ち上がった。






自然と、取っ組み合いで絡まっていた俺の手足が解ける。





彼は、ドアの方を向いて声を荒げる。




「もういい! 我は、警備隊と一緒に森の入り口の見回りに行く」





イマイチ話の流れが分かっていない俺は、机の上に使ったまま置いてあった遊具を手に取ると、ヨシミにつき渡す。




「え、ならこのリバーシと将棋盤持って行って、見回りの息抜きにでもして来いよ」





すると、ヨシミは肩を震わせて一瞬だけこちらを向いた。




「……そうやってずうっと遊んどけ、バーカ!!」


「おい! バカってなんだ、お前の方が」





俺がその言葉を言い切る前に、ヨシミはリバーシと将棋のもとまで行くと、それらを抱えて走り去ってしまう。






「はぁ……なんだったんだ、あいつ?」






とにかく、張り合いがなくなった俺はそのまま立ち上がると、イチジク、フェデルタの二人に数枚の紙を渡す。





「ここに俺の前世ではやったゲームの遊び方と、ルールが書いてある。二人はこれらを遊んでてくれ」



「……。」




「あぁ、すまんがリンには一つ仕事を頼みたい」






すると、イチジクが睨むでもなくただただ俺のことをジッと見つめてきた。





「俺か? 部屋に引きこもってるよ」





それだけ言うと、リンに頼みごとをした俺は、そそくさと自分の部屋に戻っていくのであった。

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え、閻魔様…釜茹での刑って鍋蓋転生ですか?〜善行を積まねば、次は天国に逝くために〜 @himekaku

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