第43話



次の日の朝、俺たちは昨晩と同じ位置に座って朝食を摂っていた。



朝日が窓ガラスから差し込み、その日の始まりを告げている。





まぁ、それにもかかわらずヨシミは眠そうに口を動かしていたが……





「イチジクには朝一で、昨日渡した食料を各店屋に売ってきてほしい。あと、これからエルフから食料を受け取るのは、 イチジクお前に任せる。言わなくてもわかってるとは思うが、食料の受け取り場所は誰にもいうなよ?」





わざと少し大きめに出した俺の声に、ビックリしたようにヨシミが跳ねる。


ふっ、驚いてやんの、朝からいいものが見られた。





「マスター、ヨシミで遊ぶのはほどほどにしてください。食料の件、承知しました。それで、いくらで売れば?」



「そうだな……うんっっと安く売ってきてくれ」




「それでよろしいのですか?」





どういう意味だ? 俺は横に立つイチジクの方を見る。





「この町では、領主が不在だったしばらくの間、『税金』がとられていません。つまりは、この町をより良くするために使える金額というものがほとんどないというのが現状です」




たしかに、革命軍がなんとかこの町を治めていた間、税金など取られる余裕など住民にはなかったのだ。




税金がない、要するに町の施設などを建てることも、改善することも出来ないし、国の組織……例えばコダマたち警備隊に払う金すらないということになる。





「住民にお金がない以上、このタイミングで税金を取ることは不可能です。ここで店から多くのお金をもらわなければ、この先の町の経営が厳しくなることは目に見えています」





イチジクの言うことにはなんの間違いもない。取れるときにお金を取っていなければ今後困ることになる。俺たちも、この町も。





「確かにそうだ……だが、もしここで店屋に相応の値段で売ったとしよう」





店屋は多少高くなっても俺たちから食べ物を買うだろう。娯楽品とは違って、食料はなければ生きていけない。店屋は売ろうと思えばいくら値上げしてでも売れるのだ。





「その場合、食料が住民の手に渡るとき、その価格はどうなる? きっと桁違いになってるぞ?」




それだと、結局は住民の貧困は変わりはしない。




なら、店屋から取った金でその金に困った住人を雇えば? という意見も出るかもしれない。




だが、店屋から得られる金など微々たるものだ。それで国を経営するなんて、夢のまた夢の話だと言える。




「なら、俺たちはこの町の経済が安定するまで、つまり税金が取れるようになるまでの間、店屋に食料をほぼ無料で提供する。もちろん店屋にはかなりの低価格で販売することを約束させてな? そうすれば住民の貧困は少しでも改善されるだろうし、経済も多少は回るだろ?」




ヨシミは全く話についてこられていないのか、頭から煙を出して白目を向いていた。




「ですが、それだと公共施設や警備隊に払う資金はどうされるのですか?」




「……それは、あるだろ? 俺たちには一財が。あれをこの町に投資しようじゃないか」





一財……以前ルビィドラゴンを倒した報酬としてもらったうちの残りの金のことを指している。




ニヤリと笑いながら言う俺に、イチジクはため息を一つつく。




「はぁ……マスターは金遣いが荒いですね」




「それぐらいの荒治療が必要なんだよ……今はな? なにより、カオスのレベルをこれ以上上げるわけにもいかないんだ。森に狩りに行くことを止めようと思えば、これくらいの思い切りは必要になるだろ?」






「ですが、こんな荒技ではこの先、町が回っていけるとは思えません。それに、いつまでも食料をエルフに頼るわけにも……」





その通りなのだ。これはあくまで一時的だから成り立つ理論であって、これを長く続けることなどまず不可能だ。




「とりあえずの目標は、住民から税金を取れる状況にまでこの国を盛り返すことだ」




相応の税金さえ取れれば、公共施設にも公務員に当たる住民にも金が行き届き、この街は安定したと言えるだろう。




「そのためにも最優先ですべきこと……それは貿易経路、ようは交易ルートの確保だ」




俺の言葉に、イチジクは首を縦に振る。




恐らくイチジクは今の一言で大体わかったようだが……ヨシミを見ると、よく分かってないらしく、窓から遠くの方を見ていた。





「いいか? ヨシミ、ここは山と森に囲まれて独立した町だ。もし、交易ルートを確立しようとすれば、何が必要だ?」




「え? それは、貿易をするための道ではないか?」





俺の質問にさも当然のようにヨシミが答える。




「そうだ、ならそれを作るのは誰だ?」


「誰って……誰だ?」




こいつ、おバカとは思っていたがやはりおバカさんだったか……





「俺はそれをこの町の職を失った、もしくは金がないって人たちに任せようと思う」





それでようやく、察しがついたようだ。目を輝かせやながら、ヨシミが元気に手を挙げる。





「ふっ! 我、わかったぞ。仕事を与えて給料を払う。そうすれば貿易できるし、町にいる人たちもお金が手に入る」





そう言い切ってからヨシミはこれでもかと言うほどのドヤ顔をしてみせた。まるで、この案は自分が考えたとでも言っているようだ。





「そういうことだ、何より貿易出来るようになれば、始まりの森から余計な食料を貰わなくて済むからな」




これで目下にある殆どの課題を解決できることになるのだ。




しかし、これにはもちろん問題が多々存在している。





「理論としては通っていますが……その貿易経路を作る労働者への給金は、どうするつもりなのですか?」





そうなのだ。金が足りない……それも圧倒的に。いくら金があるといっても、それは交易ルートの整備をするうえでのはした金にしかならないだろう。





「選択肢は二つ……一つはヴェリテ王に借金をする。これは割と現実的だな、あの民想いな王ならすぐにでも貸してくれるだろう」




だが、これは自分的にはなるべく取りたくない選択肢だ。




あの王様にこれ以上頼りたくないしな……




今度は何を要求されるから分かったものではない。


俺は頭から髭を生やした威圧的な王の顔を消すと、話を続ける。






「二つ目は、以前買っておいた『コネ』を使う」


「コネ……とは、商会ギルドのギルド長とのことを言っているのですか?」






そう、商会ギルドのトップにして、イーストシティ本部の長でもある、あのふくよかな紳士……マーチャンドのことをだ。





「まぁ、こっちのことは俺に任せてくれ……確か、騎士団の連中が来るのは明後日だったよな?」




「はい、それはそうですが……大丈夫なのですか?」





こいつ、俺に対する信用はゼロか?


まあ、でも……





「俺だって領主初心者だぞ? これが最善かどうか、上手くいくかどうかなんて知るわけないだろ」





俺の言葉にイチジクが満足げな顔をしてみせる。すると、それを見ていたヨシミが声を上げた。






「おい、ナベ? いくら領主だからって、何で知らない町の人たちのためにそこまでするのだ?」


「ん? そうだな……」




一番の理由としては、ルビィドラゴンの後始末をするためだ。



この町を以前に治めていたアヴィデとか言う男は、悪政でありながらも人民を飢餓で死なせることはなかった。しかしそれが、ルビィドラゴンの襲撃を恐れて逃げ出したのだ。



この町の危機がルビィドラゴンのせいとなっちゃ黙ってはおけない。





なにせ俺の善行一つ目は、ルビィドラゴンの後始末に他ならないのだから。





それに、だ……




「この町は俺のものだぞ? そうやすやすと潰れられると困る」







かくして、俺たちは行動に出ることになった。







俺は執務室での書類の作成、イチジクは店屋に食料を売りに行っている。





これには、コダマにも同行してもらっている。新参者のイチジクが急に食料を売りたいと言ったら、店屋も困惑するだろうということで、かつてのまとめ役も一緒に行動しているのだ。




フェデルタは警備隊の特訓があると言って、家を出て行った。




それで、ヨシミはといえば……その特訓に付き合わされる形で、フェデルタに首根っこを掴まれ引きずられていった。





始めは「いやだ! 我の魔眼は呪われし力、そうやすやすと見せるものではない!」とかのたまっていたが、「誰かさんがこの町に支給するはずの食料を無駄にしたから……」と脅したら、すぐに黙って脱力していた。





あいつは、エルフたちに牢屋に入れられてもおかしくないところを助けてやったのだ。相応分の働きをしてもらわなければ困る。





最後にリンは、一瞬で何処かに消えた。





あいつは、本当に訳の分からないやつだ……










この日、獣人の町ペイジブルに新たな条例が加えられた。





『始まりの森にて狩りすることを禁ず。これを破りし者、重罪に処す』





この御触れは町のあちこちの掲示板に張り出された。



たったそれだけの文章だったが、住人にとっては大きな衝撃だった。今の彼らにとって食料は、始まりの森で調達する他ない。つまり、それを禁じられるということは死を意味していたのだ。




条例が出されると、町のあちこちで暴動の火の手が上がりそうになった……が、結果としてそれが起きることは無かった。




それもそのはず。食料を始まりの森で手に入れる必要がなくなったからだ。





町に商人たちの声が響き渡る。






「さぁ、並べ並べ!! 食料は人数分ある! 慌てなさんな!」




「ほら! 安いよ安いよ!」





そう、彼らは店で買うことが可能になったのだ。

これまでどの店屋も適正の数倍の値段でしか商売をしていなかった。それが、かつての値段を取り戻したのだ。





この日を境にペイジブルの町は大きな変化をしていくこととなる。

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