第42話
屋敷の一階、玄関から左手に進んですぐの扉、その中には大きな机とそれを囲むように配置された椅子があった。
いわゆる会議室である。
今そこには夜だというのに火が灯り、四つの紅茶が机の上には並んでいる。
そして、その紅茶のある席に四人の人物が座っていて、ある男の隣にはメイドが立っていた。
「さて、じゃあまずはイチジクとフェデルタが自己紹介を頼む」
メイドの横に座る男がまずは言葉を発した。
その見た目は筋肉がほとんど付いておらず、なよなよとした、という表現が最適な風格をしている。
「はい、私の名前はイチジク。マスターのメイドをしているオートマタです」
「メイド……ゴホン、イチジクは魂をその体内に宿しオートマタか? まさか、機関による実験によって……」
イチジクと名乗ったメイドの自己紹介に、オッドアイの子供、ヨシミが質問する。
その様子をぼんやりと見ていた例のなよなよとした男こと俺は、考えていた。
相変わらずの言葉遣いだが、恥ずかしくないのか?
「後半は意味がわかりませんが、概ねその通りです。基本的に普通の人間と大差ありません」
俺は次にフェデルタを見る。ウェーブのかかった白い髪が今夜も輝いている。
「私はフェデルタ、こんななりだが一応魔族だ。今は主人殿の騎士をしている」
「魔族!?」
「……!!」
二人が目に見えて驚く。これは事前にフェデルタと話をしていた。これからも一緒にいるなら、隠し事はなしにした方がいいと思った結果だ。
「二人とも、フェデルタは魔族だが頼りになる騎士だ。仲良くな」
俺の言葉にフェデルタが一つお辞儀をする。
「も、もちろん! 魔族なんて初めて見た、感動」
「……。」
やっぱり、この二人なら話しても大丈夫だったな
二人ならこの事実も普通に受け入れてもらえると思ったのだ。理由は簡単、ヨシミは俺と同じく異世界人で、さらに言えば厨二病だ。魔族に特別な負の感情など抱いていないだろうし、むしろ興奮するだろうと思ったから。
リンの方も、普段から龍帝という頭に角を生やした魔族みたいな存在と一緒にいるのだ、特に拒絶感を持つこともないだろうと踏んだのだ。
「さて、じゃあ次は改めて、二人の紹介……」
「マスター」
をしてもらおう、そう言おうとした時に待ったがかかる。言わずもがなイチジクだ。
「なんだよ?」
「マスター、私はどうなのですか?」
「どう……とは?」
「…………いえ、もういいです」
……なんだ? 何が聞きたかったんだ?
分からない俺は、さて! と気を取り直して再びヨシミとリンの方を見る……が、その目は残念なものを見る目をしていた。
「なんだよ、そんな目でこっちを見るな」
「ナベ……薄々感じてはいた。が、やはり……ナベ、お前はバカだな。あぁ、バカだ」
「……。」
ヨシミのやつ、今俺のことをバカとか言ったか?
まさか、この世界……いや異世界を含めても真のバカの称号を持つヨシミが、か?
「ふっ……はっはっ! いい度胸じゃねぇか!」
俺はそれだけ言うと椅子を後ろに一気に引き、ヨシミに飛びかかる。
「うわ! 何をするのだ!!」
「こうするんだよぉお!!」
俺はヨシミの座る椅子ごと地面に押し倒し、背後に回ると思い切り締め上げる。
「うげぇ!!」
「誰がバカだって? あぁん?」
俺の絞め技にもがくが、ヨシミみたいに小さな体を抑えられないほど弱くもない。ガッチリとヨシミを固定した俺は、今回も勝ちを確信する。
……が。
「いつまでも、やられ、ぱなしと、思うな!」
ガブリッ……
腕に激痛が走る。
ヨシミが噛んだのだ。俺の腕を、それはもう容赦無く。
「いてぇええ!! な! このバカ! 人の腕を噛むんじゃねぇ!」
「うふさい! なふぇがわふい」
俺はたまらず締め上げていた腕を解く。
みると、噛まれた場所には綺麗に歯型がいっていた。
俺は、低くドスの効いた声を発する。
「よしみぃ……」
「いつかは決着をつけるときが来ると思っていた」
二人の戦士は睨み合う。目線と目線がぶつかり、激しい火花をあげている。
この緊迫した状況では、誰も止めに入ることは出来ないだろう……
と思っていたのは俺たちだけのようで、平然とイチジクが止めに入る。
「二人ともその辺で終わりにしてください。話が進みません」
イチジクが溜息をつくのをみながら、無駄な時間を費やした俺は、話を再開する。
「それで、だ。改めて、このバカは田中 良未……異世界から来た奴でな? 食料を食べてた罪滅ぼしに俺のもとで働くことになった」
「我が名はヨシミ! 訳あってナベの手助けをすることになった。ふっ、我も暇だったからな、我が力存分に使うが良い」
ヨシミの自己紹介にイチジク、フェデルタの順で挨拶する。
「はい、よろしくお願いします田中」
「よろしく頼む、田中」
こいつら、わざとだろ……
案の定、田中は鋭い声をあげた。
「我が名はヨシミと呼べ!」
「分かりましたヨシミ。しかし、その喋り方は喋りづらくはないのですか?」
「う、うるさい!」
さすがはイチジク、すでにヨシミの扱い方を熟知しているな。
「さて、それで最後はリンだ」
「……。」
黒い忍び、リンを紹介するも、彼は安定して何も喋らない。
「えー、寡黙な男だが今回、エルフへの状況報告と俺たちへの助力という形でここにいることになった」
俺の紹介に、椅子に腰掛けていたリンはそのまま全員に向けてお辞儀をする。
「本当に、マスターと関わる人たちはみな個性の塊のような方ばかりですね」
それは褒めているのだろうか? 確か、元の世界の社会では個人個人のアイデンティティを求めていた気がする……ってことはいいことなのか?
その議論に何の意味もないことに気づいた俺は、話を切り替える。
「さて、じゃあ自己紹介も終わったところで今日あったことを報告するか」
やはり、報告、連絡、相談はどんな世界でも大切だろう。
毎日こんなことをする気は無いが、この町に慣れるまではきちんと知識を共有すべきだ。
「俺の今日知ったことはもう食料を取りに行く時に話しただろ? 後は二人の報告を頼む」
その言葉でイチジクとフェデルタは顔を見合わせると、フェデルタがイチジクにお先にどうぞと言った風に手で合図した。
「では私から、私は今日はずっとこの屋敷の掃除をしていました」
言われてみれば、昨日までは埃だらけだったこの部屋も今ではピカピカになっている。
「そういえばイーストシティから騎士がやって来ました。と言っても、三日後に騎士団が状況観察に来ることを伝達しにきただけですが」
騎士団が? 俺がちゃんとこの地を治められそうか監視しにくるのだろうか?
「そりゃぁ、いいとこ見せないとな」
「はい」
次にフェデルタの方を見る。確か、フェデルタはこの町、フェデルタの軍事を担当してくれると言っていたはずだ。
彼女は、一つ咳をしてから話し始めた。
「私は、今日はこの町にいるコダマをはじめとした革命軍を一つにまとめて『警備隊』を作った。今のところ順調だから、任せてもらって構わない」
警備隊か……自警団みたいなものだろうか?
とにかく、この町……もとい俺の安全が確保されるのは願ったり叶ったりだ。
「そうか、カオスの件もある。町の警備と防衛は任せたぞ」
フェデルタが信用に足る人物だということはよく分かっている。
俺みたいな無知な者より、武家の出であるフェデルタに任せた方が圧倒的に良い結果になるだろう。
「ああ、任された」
それに大きく頷くと、俺は再び前を見る。
さて、これからの話をしようか
……と思ったが、見るとヨシミが椅子に腰掛けたままうとうとしていた。
頭を一定のリズムでこくり、こくり、と下げていて目をしばしばしている。
こいつ、やっぱりまだまだ子供だな……
「よし、今日はもう寝よう。みんな色々あって疲れただろうしな」
正直、俺自身も眠かったのだ。
頭が思考を閉ざし始め、さっさと寝るように促してきていた。
「そうですね、賛成です」
イチジクのその一言で、俺は椅子を引いて立ち上がる。
「あ、そういえばヨシミとリンはどこで寝る?」
すると、それに反応するようにヨシミが勢いよく椅子から立ち上がった。
「……んぁっ!? な、何!? どうかしたのか?」
こいつ、完全に寝てたな……
「お、ま、え、の、部屋だよ! どこか気に入った部屋とかあったか?」
すると、ヨシミは今までに見た最高の笑顔になる。
「え!? いいのか?」
「どうせ部屋は余ってるんだ、好きなところを選んでくれ」
「なら、我はあの左の奥から二番目の部屋! あそこが気に入ったのだ!」
奥から二番目といえば一番奥の俺の部屋の隣か?
「あそこは空いてるからいいぞ、それで? リンはどこにする?」
俺は流れで真っ黒な服を着たエルフを見るが、リンはその首を横に振った。
「どういう意味だ? 部屋がいらないってことか?」
リンは、それに静かに頭を縦に振る。
忍びだから屋根裏にでも住むつもりなのだろうか?
その後も、遠慮はいらないんだぞ、と念を押したがそれでもリンは首を縦に振らなかった。
「まあ、リンがそれでいいならこれ以上言う気もないし……ということで、今日は解散」
こうして、ペイジブルでの波乱万丈な日々が幕を開けたのだった。
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