第41話
「あっ! 新領主様だぁ! 誰か背負ってる!」
「遊ぼ! 領主様!!」
街を歩いていると、そんな騒がしい声とともに子供達がたかってくる。
「おう、がきんちょ。ちょっと用事があるから遊ぶのはまた今度な」
「「はぁーい」」
うむ、素直ないい子達じゃないか。彼らは満足げに笑うと、どこかにかけて行った。こうして話しかけられるのも昨日の魔物の料理のおかげだろうか。
「ナベ、本当に領主してたのか」
「うわっ……なんだ、ヨシミか。急に耳元で喋るな、ビックリするだろ」
俺の背でおぶられている小さな少年に言う。
いや年齢は前世と合わせて十七歳らしいから青年と言った方が正しいのかもしれない。
しかし、その小さい見た目からはまだ男らしさを感じられなかった。
「……なぜ我を連れてきた?」
「は? このペイジブルの町にってことか?」
ヨシミは、それに無言という形で肯定の意を示す。
「あーー、まず勘違いするなよ、別に俺はお前を庇ったわけじゃない。利用価値があると思ったから生かしただけだ」
ヨシミの極大魔術はこれから俺がこの地を治めていくうえで、必要となることは明白だ。
そう考えた結果、ヨシミを牢ではなくこちらで引き取ることにしたのだ。
俺の辛辣な言葉に、小さな声で「そうか……」とだけ答えると、ヨシミは本当に俺の背中で眠りについた。
「って、自分で歩けよ……」
そうため息混じりに言ったもののヨシミは起きず、俺は結局ヨシミをおぶったまま領主の館、すなわち自分の家にまでたどり着いた。
その頃にはすでに太陽は西に陰り、一日の終わりを知らせていた。
「はぁ……やっとついた」
玄関の前までたどり着いた俺は、後ろで寝息を立てるバカ魔術師を地面に放り投げた。
「……ぐぅ……いて!」
地面にぶつかったことで、ようやくそのおバカな脳を働かせ始めたらしい。
涙目になりながら睨んでくる。
「なぜ突然放り投げる!!」
「もう領主の館についたからだよ」
「だ、だからってそんな!」
必死に訴えかけてくるが、俺はいちいち気にしない。
そもそも男をここまで抱えてきた俺に感謝してほしいものだ。
「ほら、いいからいくぞ」
館の中にはほんわりとした明かりが灯っており、中に人……恐らくは掃除していると言っていたイチジクあたりがいることが分かる。
「ちぇっ……」
ジト目でこちらを見てくるヨシミを無視して、俺は玄関となる大扉を開いた。
その瞬間だ、突然目の前に鎧の騎士、フェデルタが俺の目の前に現れた。
彼女は俺の手をとると、叫ぶ。
「遅い、遅いぞ! しかし、見ろイチジク! 主人殿はちゃんと帰ってきた……だから」
何をフェデルタは慌ててるんだ?
訳がわからないまま、俺はイチジクの方を見る。
「ただい……って、おい、イチジクなんだその格好は」
そこには、これから森の一つや二つ破壊するに相応しい武装をしたイチジクがいた。
自立浮遊型マシンを周囲に浮かべ、その腕はビーム砲とかしている。
すると、俺の問いにイチジクはいつもの無表情で当たり前のように答えた。
「いえ、エル……一つ種族を滅ぼしに行こうかと」
こいつ、とうとう頭いかれちまったのか?
「何する気だったんだよ……とりあえずその物騒な物をしまってくれ」
「分かりました……その代わりと言ってはなんですが、マスター。これからは何処かに行くのなら、どこに行くのか、何時に行くのか……そういったことを教えてください」
「なんだ? 心配してたのか?」
「いえ、単純にマスターがどこにいる女を何時間買ったのか知りたいだけです」
「おい! なんで俺が外に出たら、女の子の時間を買って遊んでもらってること前提なんだよ!」
「え……違うのですか?」
「当たり前だろ! はぁ、またからかってるのか?」
「少々……」
いつものくだりを終わらすと、ようやくイチジクがその武装を解き始めた。そのタイミングで、後ろから声が聞こえる。
「……な、なんだ、そのメイド!」
あぁ……こいつのこと忘れてた
「かっこいいだろ? オートマタなんだぞ?」
その一言で、分かりやすいくらいにヨシミの目が輝く。
それはまるで新しいおもちゃを目の前にした赤子のようだった。
「お、オートマタ……おいメイド、名前は!?」
「何ですかあなたは? まさか、マスター……」
そう言ってイチジクが目を細めてこちらを凝視する。
「いや! 変に勘違いするなよ!? こいつは田中 良未、事情は歩きながらでも話そう。とにかく今は待たせてる奴がいるんだ! 二人ともすぐに来てくれ」
森で一人佇むリンを思い出す。
ちょうど日も沈んだ今なら、町の人の注目を浴びることもなく食料を運んでくることができるだろう。
あ、まてよ……イチジクさえいればアイテムボックスで
「やっぱり来るのはイチジクだけでいい」
その効率的な考えに、ヨシミから待ったがかかる。
「ちょっと待て、ナベが回収に行ってる間、我はこの見ず知らずの白髪美女と一緒に気まずい時を過ごせというのか!?」
え……あぁ、それもそうか
「じゃあ四人で行って今日あったことを報告するか」
例の白髪美人……フェデルタも気まずいと思っていたのだろう、俺の提案に一つ頷いた。
こうしてペイジブルの夜の町を、鍋蓋とオートマタとデュラハンと異世界人……この不思議な組み合わせで歩くことになった。
「それで、マスター? 始まりの森に行ったという情報を町の者から得たのですが、どうだったのですか?」
すぐ横から聞こえてくるイチジクの声に返事をする。
「そうだな、何から話すか……」
そう言って俺はポツリポツリと話し始めた。エルフに会ったこと、龍帝という存在、その命の重み、カオスというSS級の脅威、食料の調達のこと、田中 良未というバカのこと……
「なるほど、私たちは今からそのリンというエルフの待つ森の入り口に向かうわけか」
「そういうことだ」
俺が右隣のフェデルタに返事をすると、反対の左隣で何やら考えていたイチジクが口を開く。
「マスターの領主としての目下の目標は、一つ、住人が森の生物を倒さないように徹底すること。二つ、森以外の経路での食料の調達。三つ、カオスに備えた防衛の強化……こんなところでしょうか?」
「おう、まさにその通りだな」
さすがは頼れる付喪神だ、飲み込みが早い。
「さて、それぞれの具体的な解決策は後で話そう。食料の場所までついた」
そう、俺の今日あったこと、知ったことを語ってる間に、リンのもとまでたどり着いたのだ。
リンは別れた時と同じ位置であぐらをかいていた。
俺たちの存在に気づいてその腰を軽々とあげる。
「どっからどう見ても忍者だよなぁ……」
「……。」
リンが待っていたとばかりにその荷車を運ぼうとする……が、
「大丈夫だリン! ここにいるイチジクが運んでくれるからな!」
そう言うと、目でイチジクに合図する。
イチジクは、何も言わずにその食料の前に立った。
「スキル【アイテムボックス】」
イチジクが両手を合わせて、手首だけをひねる。これで何もない空間にアイテムボックスの鍵が開いた。後はそれに荷車を放り込むだけだ。
「さて、と、じゃあとりあえず屋敷に帰るか! それから自己紹介と報告……それとこれからのことを話し合おう」
これに反対する人はおらず、皆で一旦帰ることになった。
屋敷に着くまでの間、無表情のイチジクと無口なリン……おバカなヨシミでは気まづさ全開のお通夜ムードだったことは言うまでもない。
そして、時計の針が七時を指す頃、俺たちはようやく家、つまりは領主の館に到着した。
「では、私はお風呂の準備をしてきます」
「なら俺は晩飯の支度をしようかな」
俺はそう言って残る三人、フェデルタ、ヨシミ、リンを見る。
すると、その視線を感じてかフェデルタが口を開いた。
「私はこの二人に、一通り屋敷の案内でもしておくとしよう」
「それは助かる! おいヨシミ、フェデルタに迷惑をかけるなよ?」
「な! 我がそんな子供みたいな事するわけない」
本人はこんなことを言っているが、実際のところこいつは年齢の割に子供だから何をするかわからない。
「じゃあ、三十分後に食堂に集合な!」
その言葉を最後に、俺たちは解散した。
「さて、じゃあ料理を始めますかね」
台所に着いた俺は、そこにあった包丁を手に取ると、調理台に向かう。
「今日のメニューは、そうだな……」
……それから三十分足らずで料理は完成した。
俺は台所から、直接繋がっている食堂に顔を覗かせる。
見たところ、みんな集まっているようだ。
「よし、料理が出来たから運ぶの手伝ってくれ」
「では、私が手を貸そう」
俺の言葉に、椅子に座っていたフェデルタが立ち上がると、こちらに歩いてくる。
「じゃあ、これとこれ……あとはそっちのをお盆に乗せて運んでくれるか?」
「了解した……ところで主人殿?」
突然の問いかけに俺は手は動かしながらも、顔をフェデルタの方に向ける。
なんだ? ご飯に至らない点でもあったのだろうか?
「主人殿、私はあなたの騎士だ」
「ん? あぁ、そうだな」
「騎士の最優先事項は主人を守ることにある」
何かこそばゆいが、それはそうだろう。フェデルタは何を言ってるんだ?
「だから主人殿……もう危険なことはしないでくれ」
そう言ったフェデルタの顔は真面目そのもので、冗談を言えるようなムードではない。
だが、俺は領主であるとともに鍋蓋だ、盾なのだ。盾は人を守るためにある、自らを傷つけてでも守るべき者を守らなければならない。
フェデルタには悪い気もするが……
俺がそう口を開こうとしたとき、フェデルタは何事もなかったかのように、器を乗せたお盆を持ち上げた。
「では、私はこれを先に持って行っているぞ?」
「え、あ……あぁ」
結局何も言えなかった俺は、黙って自分の運ぶべきお盆を運ぶ。
「やっぱりナベの作った料理は美味そうだな! あの時は食べられなかったからな、楽しみだぞ」
食堂に出ると、ヨシミがはしゃいだ様子で器の中を覗き込んできた
「お前、手は洗ったのか?」
「子供扱いするな、そのくらい自分でした!」
ならいい、それ以上言う必要もない俺は、最後に席に座る。
「待たせたな! じゃあ、食べるか」
俺がそういうと、ヨシミがいち早く反応した。
「いただきます!」
おっ、久しぶりにかつての国の作法を聞いたな!
ほかのメンツはヨシミのご飯の挨拶に首を傾げていたが、俺にはわかる。二十年以上毎日聞いた言葉だ。
「いただきます……」
ヨシミにならってボソリとそう呟いた俺は、食事を開始する。
……そして二十分の時が経った頃、俺たちの前には空になった器だけが残っていた。
「ふっ、ナベよ、なかなかだったぞ! 領主やめてシェフになったらどうだ?」
「ほっとけ」
あと、他の三人も黙って首を縦に振るな。
「はぁ、まあいい……イチジクがお風呂を沸かしてくれているみたいだし、ちゃっちゃと入るか」
「では、私は食器の洗浄をしておきます」
イチジクはそう言って、お盆の上に器を重ね始めた。
「イチジク、私も手伝おう」
そうか、イチジクとフェデルタは後で入ると……そうだ!
そこで、俺は一ついいことを思いついた。
「なら、男全員で風呂に入るか! 裸の付き合いってのもあるし」
「…………。」
リンは嫌がっていないようで、俺の横に並ぶ。
こいつも初めは俺のこと殺そうとしてきたのに……餌付けか? 餌付けが効果的だったのか?
「さて、じゃあ男三人で行くぞ!」
改めて俺はヨシミの方を見る……が、やつはキョロキョロしていた。誰かを探しているようだ。
「おいヨシミ、誰を探してるんだ?」
「え? 男三人ってことは、まだこの屋敷には人がいたのか、と思って」
こいつ……ボッチ歴が長すぎて自分が誘われてることに気づいてないのか?
「何とぼけたこと言ってるんだ? 男三人って言ったらここにいるだろ?」
「ナベと、忍者と……あとは誰なのだ?」
ヨシミ、その鈍さには同情するな……俺もかつて似たような経験をしたことがある。その時は昼飯の誘いだったが、自分が誘われているのだとは思えなくて無視してしまったことがある……。
「はぁ、もういい、何も気にするな! 行くぞヨシミ」
「……え!? な、何言って!?」
こいつ、何を焦ってるんだ?
「一緒に、俺とリンと、ヨシミ、三人で風呂に入ろうって言ってるんだよ!」
「な、何でそんなこと……」
可哀想なやつだ……俺はそれ以上何も言わずにイスに腰掛けるヨシミの腕を掴む。
「ほら、さっさと……」
「やめ、やめて!」
その時だ、突然にヨシミを掴む俺の腕がイチジクの手によって叩き落とされた。
「いって! 何するんだよ!」
「それは私のセリフです。マスター、本人が嫌がっています。無理に一緒に入る必要はないのでは?」
「いや、まぁ、そうだが……」
俺も別にどうしてもヨシミと入りたいわけではない。ヨシミの方を見ると、ヨシミはジト目でこちらを見てきていた。
「なんだ、嫌だったのか? なら別にいい」
「い、嫌に決まってるだろう!」
「嫌に決まってるのか? 俺がお前を嫌う理由はあってもお前が俺を嫌い理由なんてないと思うんだが?」
「我もナベを嫌っているわけではない……が、それ以前の問題だ!!」
なんだ、それ以前の問題って……
「はぁ、もういいよ、リン、行くぞ」
もう面倒くさくなった俺は、横に立つリンの方に目をやり、風呂場へと歩き出した。
十分後、俺は湯煙の中で、リンの凛とした立派なリンを見ながら湯船の中でくつろぐのだった……
「なぁ、リン。それ以前の問題ってなんだったんだろな……」
「…………。」
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