第40話


荷車に入った食料をそのまま大樹の下に置いた俺たちは、昼下がりになった今でも近くの茂みに座り込んでいた。





五時間は経ったはずだが、その食料に全く変化は無く、ただただ無駄な時間を過ごしている真っ最中なのだ。






ぐぅ〜〜





その時、誰かの腹から空腹を訴える音が森に響いた。








「おい、誰だよ! 気づかれるだろ」


「わ、私じゃないわよ!」


「私も違うわよぉ?」


「…………!」







となると……俺はゆっくりと龍帝の方を見る。




まさか、一番キャラじゃなさそうな人が?








「うっ……腹が減ったのじゃ、仕方あるまい!」



龍帝は、着物の上から自分のお腹を抑えながら、上目遣いに俺を睨む。


その頬は少し赤みを帯びていて、年甲斐もなく照れているのが分かった。






か、かわええやないか……






その様子に萌えていると、隣で両手を叩いて少し気まずそうにシルが提案した。





「そ、それは仕方ないわよね! じゃあご飯にしましょ!」





それに姉であるシアが反応する。





「でも、そのためには一旦村まで帰らないとぉ」





「…………。」






エルフたち三人とも、こんなに長居すると思っておらず、何も持ってきていないらしい。





まぁ、龍帝の唐突な思いつきだし仕方ないか……





しかし、そうか……昼食を食べたいが食べるものがないと。食料は前にたんまりあるのになぁ……






「フッ……ハッハッハッ!!」






俺は隠れていることも忘れて立ち上がると、盛大に笑った。





それを見た龍帝が、若干引き気味に驚きの声を上げる。




「ど、どうしたのじゃ?」



「……おっとすまねぇ、だがその話、黙って聞いてるわけにはいかない!」





そう言うと、俺は腕まくりをして指示を出す。






「昼飯は俺が作ろう!! シル、お前は火の準備! シアは食料を持ってくるのを手伝ってくれ、んでリンは盗人が来ないか引き続き監視を頼む」





「な、なんで私があなたの言うことを聞かなきゃならないのよ!」




「龍帝様のためなんだぞ?」





俺の一言にシルが僅かにたじろぐ。





「う……わ、分かったわよ! 火を出せばいんでしょ!」






うむ……ちょろいな!






俺はその言葉に満足すると、巨乳エルフを連れて村の食料を積んだ荷台のもとに歩き始めた。






歩き出してすぐ、隣でシアが声を発する。



「領主様ぁ? こんなことに付き合ってもらっちゃって、ありがとうねぇ」


「こんなことってのは、盗人を隠れて待つことか?」


「そうよぉ、こんなことする意味なんてほとんどないのにぃ」






たしかに、盗人を見つけることにさほどの意味はない。

これからは俺が直接エルフに食料受け取りにでも行けばいいだけの話だからだ。





「別に……龍帝も楽しそうだしな」




素っ気なく返答する。




「そうなのよねぇ……龍帝様は普段厳格な方なのよぉ? それが、あなたの前だとあんな子供みたいになっちゃってぇ」




「そうなのか? そりゃ光栄だよ……怖い龍帝より今の龍帝の方が俺は好みだ」




「私も同感よぉ……正直このままじゃぁ、あと数ヶ月の運命だろうからぁ」




「最期くらいは楽しく……か。そんなにカオスとか言う奴は力を?」




「そうねぇ、龍帝様が封印に日々苦しむ程度にはその力を増幅させてるわぁ」




「それは……龍帝も苦労してるんだな」







シアはその言葉に笑顔でこう言った。





「ふふっ! 期待してるわねぇ」





期待……か。どうもこちらに来てから期待されることが多くなってきている気がする。獣人族たちの期待、エルフたちの期待……





正直、いい迷惑だ。




何より、俺にそんな期待を背負うほどの力があるとは思えないんだが……





「まぁ、ほどほどに頼む……」





数々の期待に気が重くなりながらも、俺たちは大樹の下の荷台にまで到着した。





ここにたどり着くまでに何を作るか決めていた俺は人差し指を出すと、次々に指をさして運ぶべきものを指示していく。




「じゃ、シアはこれとこれと……あとそっちのも運んでくれ」



「了解したわぁ」





それから自分でも食料を両手に抱えた俺は、もとの茂みに向けて再び歩き始める。





「ところで、エルフってのは相当歳くってるイメージなんだが、実際のところ何歳くらいなんだ?」





シアに向けて軽い調子で尋ねてみる。




「そうねぇ、私たち姉妹だと百歳くらいかしらぁ? 」




「百歳かぁ……うん、そんなもんだと思ってたよ」




「あらそうなのぉ? なら、龍帝様はそのニ倍くらい生きてるけど、それはどぉ?」




「百歳のニ倍ってことは……二百!? まじかよ!」





つまり、龍帝は二百年の間も封印を続けてきたことになる。

それも、ずっとこの森の中で、だ。






「龍帝も随分と長い間苦労してんだな」




「そうね……」




「まぁ、話を戻すと、龍帝もべっぴんだから歳なんか全く問題無しだな」




「あらあらぁ、新しい領主様は好みの幅がずいぶんと広いみたいねぇ」




「おう、全ての女性はもれなく俺のストライクゾーンに入ってるからな!」




「ふふふっ……面白い人ねぇ」





そんな無駄話をしていると、茂みの奥で二百歳の龍帝が薪を集めていた。

下駄の音をカラカラと鳴らしながら、着物の袖口を揺らして落ちている枝を拾っている。





「おい……龍帝のばあちゃんがちまちまと枝集めてるぞ?」




「もぉ、本当に子供みたいねぇ」





腕の中に数本集めてからそれを一箇所に集める姿からは、当初の威厳など感じられなかった。




「りゅ、龍帝様!! 私がやるから、やらなくていいのよ!」




流石に龍帝にそんなことをやらせるわけには

いかなかったのだろう。

シルが半ば強引に龍帝から枝を受け取ると、それを火をつける位置に運んでいる。





「おーい、シル! 準備ができたら火を頼む」


「ちっ、だから何であんたの命令を……」





そんなことを言いながらも、シルは詠唱なしに火の球を出すと、薪に着火する。




「おぉ、さすがは魔法だな」




その火はみるみると燃え上がり、立派な焚き火を作り上げた。





準備ができたのを見届けると、俺は腰にぶら下げていたレザーポーチから小さな鍋と包丁、まな板を取り出す。


これは、こんな時のためにいつも持ち歩くようにしていたのだ。





「食事は生きるうえで必要なことだからな」





そうボソリと呟くと、俺は食材を片手に包丁を握る。

そしてその包丁をふるった。





「み、見事なもんじゃのぉ」


「ほんとぉ、すごいわぁ」




ふっはっはっ、見惚れるが良い! 我が鍛え上げられた包丁捌きを!!




俺は右手に握った包丁をまな板の上で踊らせる。その隣ではジュゥという音とともに、なんとも言えない香ばしい香りが煙とともに立ち上がった。




「よし、いい感じだ! シル、そこに生えてる小さな葉っぱをむしって持ってきてくれ」




俺はシルの近くに生えていた葉を顎で指して頼む。





「はぁ? このどこにでもありそうな葉っぱでいいの?」




「ああ、それで間違いない! 出来れば洗って頼む」




「別にそれくらいいいけど」





シルはそう言って、むしった葉を魔法で洗って数枚俺に渡してくれる。




「これこれ、これがアクセントになって美味いんだ」





料理ができてご機嫌な俺は、軽く礼を言うとまた作業に戻る。






それから二十分もたたないうちに、スープは完成した。





「よし、味も問題なし……と」




少しだけ味見した俺は、その味に満足しながら己の料理技術に感嘆する。





いやぁ……ほんと、俺の料理は大したもんだ。





心の中で自画自賛しながらポーチの中で重ねてあった器を人数分引っ張り出すと、俺はその一つづつに丁寧にスープを注ぎ込んだ。




器からは湯気が立ち上り、ゴロゴロと入った野菜が食欲を掻き立てる。




「もおできたのぉ?」




その香りに顔を綻ばせていると、隣にいたシアが後ろから顔を覗かせる。




「あぁ、パンと一緒に食べてくれ」




俺はそう言うと、野菜スープを入れた器とスプーンを四人に配る。





「これはなかなかに美味そうじゃの?」



「うっ……でも、結局は味よ! 味!」




どうやらこれを見てもシルは俺の料理を認めたくないらしい。

そっぽを向きながら俺から器を受け取る。





ふっ! なら食べてから怖気付くがいい!




「では、いただくぞ」





龍帝のその一言で食事が開始された。スプーンで器に入った野菜スープを掬うと、各々口に運ぶ。





「どうだ! ちゃんと口に合うか!?」





いや、聞くまでもなく美味いはずだ。これで不味いという奴は、よほど味覚のセンスがないのだろう。そんなことを思いながらも、四人に尋ねた。





「…………!!!!」





すると、それに一番反応したのは予想外なことにリンだった。

口には発しないが、忍者マスクを脱ぎ捨ててスープをがっついている。





「う、美味いみたいだな……」





喋らなくても分かるな……


 自分もスープに手をつける。






「うむ……誠に美味じゃな」



「本当に美味しいわぁ」



「く、悔しいけど……料理だけは認めてあげる」





ほう、ついにシルがデレたか!



そんな本人に知られたら体を蜂の巣にされそうなことを考えながらも、俺はスープをすする。





「うん!! うま……」





い、そう言おうとした時だ。どこからか声がした。





「……炎…精霊よ、我が選択魔眼に従い多大なる業火をもたらせ!」




「なんだ!? 」



 

 その声は近くはないが、それほど遠くもなく……ちょうど木の下の例の食料があるあたりからだ。声は続く。





「……その炎、人の肉も命も、その者のカルマすらをも焼き尽くす……終わり《終焉》をもたらしたまへ」





 俺はすぐさま声の方を向く。謎の声が聞こえたからだけではない。そこに明らかにやばい量の魔力が集中していたからだ。







「フレイムファイヤードラゴン!!」









……が、すでに時は遅かった。







……ゴォォオオオオオ





盗人を誘き出す餌として置いていた食料の上空には、炎でできた龍が顕現していたのだ。







「な、なんじゃありゃぁ!」


「あれは……極大魔術!?」





極大!? シルの声に一歩下がって炎龍を見上げる。




そのサイズは領主の屋敷にも匹敵し、この位置までチリチリとした熱さが伝わってくる。





「…………!」





背後で、龍帝を守るようにリン、シア、シルの三人が立ったのがわかった。





冷や汗がたらりと流れる。





「お、おい! これやばくないか!?」


「そんなこと言わなくてもわかるでしょ! このバカ!」





焦った俺の声に、後ろから安定の罵声が聞こえてくる。


やっぱりこれヤバイよなぁ……





よく見ると、その炎龍の下に小さな人影が見えた。恐らく奴がこの極大魔術を展開した張本人なのだろう




……が、それが分かったところでもう遅い





奴はバカでかい声で叫んだのだ。






「死ぬがよい、悪のカルマを抱えし罪人よ!」



「おい! このセリフって……」






それを言い切る前に、奴の決め台詞とともに飛来してきた炎龍が目の前に迫る。






くそっ! 防げる……か?





「【巨大壁】!! 特大バージョン!」





ひとまず生きることを最優先として、俺は巨大壁を展開した……が、





うぐっ……






かなりの体力が持っていかれる。

しかし、ここで止まってはいられない。



いくら【巨大壁】を極めたと言っても、あのレベルの攻撃を防ぎきれるほど強力な物ではないからだ。






ドゴォォオオ!!!!





炎龍が巨大壁と衝突する。




俺のほぼ真上で、高温な空気が吹き荒れる。





「くそったれぇえ!!」





俺は走り出した。



巨大壁が抑える炎龍を置いて、その先へ。






つまりは、術者に向かって全力疾走しているのだ。








「もうちょいもてよ! 俺の壁ぇえ!」




次第に術者の姿が鮮明に見えてくる。術者は思ったより小さかったようだ。



俺の胸のあたりまでであろう身長で、それには不釣り合いなくらい大きなマントを背中になびかせ、よく見ると左右で違う色の瞳をしていた。




「それに全身真っ黒……」




つまりは完全なる厨二病患者がそこにはいた。





「う、うわ! 来るな!!」




まさかあの龍を置き去りにして走ってくるとは思わなかったのだろう。


残り数十メートルになると慌てふためく姿が見て取れる。






「罪人はぁ……」





走る、走る。



ただひたすらに走る。



目標は目の前、ためらう必要はない!






「お前だろうがぁあ!!」





その叫びとともに俺は術者に飛びかかった。





「いやぁあ!! 我にさわるな!!」





術者も負けじと抵抗するが、離さない。


後ろからクビに肘を回してガッチリとホールドし、身動きが取れないように締め上げる。






「それにだな! フレイムファイヤーって、炎多いんだよぉお!」





「ぐ、ぐるじぃ……」





ギブギブと言っているように、首を絞める俺の手を叩いてくるが、気にしない。






炎龍の方を見ると、その炎は完全に燃え尽き、跡形もなく消えていた。

予想通り術者の集中力が途切れて魔術が発散したのだろう。俺は【巨大壁】を解除して笑う。






「ふっはっはっ! お前、俺に気づいていないのか?」





笑顔で俺は少年を締め上げる。


必死で抜け出そうとその白くて細い手を暴れさせるが、知ったこっちゃない。





「だ、だれなのだ? 貴様……」


「おいおい、忘れたとは言わせないぞ?」






はっはっ、忘れるなんてひどいじゃないか!


あくまで笑顔で俺は少年に語りかける。






「魔眼でチートな異世界生活……」





俺の一言で少年はもがくのをやめた。


さっきまでの抵抗が嘘のようだ。


それに従って逃げないと判断した俺は、少し拘束を緩めてやる。






「彼岸花……鬼……裏切り……」


「お、おまえ、まさか……ナベ!?」






怖気付く少年と、それとは真反対ににこやかになる俺。


その楽しそうな方……すなわち俺は、少しドスの効いた声で言った。






「ようやく気づいたか……久しぶりだなぁ、少年」






そう、俺が羽交い締めにするこの少年……紛れもなくかつて会ったことのある少年だった。






「さっきはよくも罪人呼ばわりしてくれたなぁ? 人を裏切った罪人さん?」




「な、なんのこと、だ? 分からない……」





「あん?」





俺は間髪入れずに再びきつく締める。





そう、この厨二病の少年はあの時……この世界に来る前にあの世で会っているのだ。





こいつは、一緒に協力して鬼から逃げようと約束したが、結局俺だけを置いて逃げやがったのだ。





「……ギブッ……ギブだって!!」






あの時のことを思い出してより強く締めていると、流石に真っ青になったのでやめてやる。







「ゴホッ……ゴホッ……はぁ、死ぬかと、思った」



「死んだらまたあの世界から逃げればいいだろ?」



「……たしかに、それもそ……だからギブ! ギブギブ!」






はぁ……この相手にも疲れた





もう飽きた俺は、少年を解放して立ち上がる。






「……で? 何でお前がここにいるんだ?」






見下ろしながらの俺の質問に、気まずそうに少年は顔を上げて俺の方を見る。





「えーっと……色々あったのだ、色々」


「だぁ、かぁ、らぁ……」






俺は屈むと、少年にデコピンする。


それに額を抑えて痛がっているが、無視だ無視。





「その色々ってやつを話せって言ってるんだよ!」




「うぅ……デコピンをする必要はなかったではないか! 全く、ナベはひどい」



「あぁん?」



「ひぃっ! た、例えば何を言えと言うのだ」




「そうだな……まず名前はなんてんだ?」





流石に懲りたのか、ドスの効いた一言で少年はおとなしく話し始めた。






「はぁ……仕方ない。我が名は、天神 流忌亜! 特別にルキアと呼ぶことを許可しよう」



「で? 本名は?」



「え? だから、天神 流忌亜……」



「それは、魔眼チートの主人公の名前だろ? 俺にそんな嘘が通じるとでも?」





この少年が生き返りたいほど『魔眼でチートな異世界生活』通称『魔眼チート』好きだということは知っている。


……が、俺はかつてのその読者なのだ、主人公の名前を知らないわけがない。


 すると自称ルキア君は、頬を人差し指でかきながらチラッとこちらを向いた。





「うぐっ……わ、分かった……われの名前は……そのぉ……た、た、たな……」


「おい、はっきり言えって!」


「たなか! 田中 良未!」


たなか……よしみ……


「何がルキアだ……めちゃくちゃ日本人じゃねえか。で? その田中はなんでこんなところにいるんだ?」


「た、田中はやめろ……ヨシミで」




なんだか、急に弱々しくなったな……





「はぁ、分かったよヨシミ……それで質問には答えてくれるか?」




「う、うむ……あの日、我と眼鏡のおっさんは鬼から一目散に逃げたのだ」





あの世でのことを言っているのだろう。たしかに、最後に二人で走っていったのを覚えている。




「それで、そのまま走ってると、見つけたのだ。彼岸花の咲く中に立った、巨大な襖を」


「巨大な襖?」


「それも、金色こんじきの襖だぞ?」




金色の襖……俺も似たようなものを見た記憶がある。こちらの世界に来るときに飛び込んだあの扉だ。




 ヨシミは続ける。





「行くあてもなかったから、その襖に手をかけた……そしたら」


「……そしたら?」


「我の脳内に神からの声が。転生するなら一つ、何が欲しい? と」






なんだ……? こいつの説明が下手からなのか、いまいち意味がわからない。



とにかく、今は聞くことに専念する。






「それで、即座に叫んだ」


「なんて?」


「魔眼! っと! そして気がついたらこの世界に。我は右目に魔眼を携えて降臨したのだ」





こいつ……バカなのか? いや、鬼にケンカを売る時点でバカは確定していたな





「お前、やっぱりバカだったんだな」



「や、やるのか? 喧嘩なら……」



「もういいよ、それで? それはいつのことなんだ?」



「な、流すな! 我が小物みたいになるだろ」





それでも俺は無言で見つめる。求めた返答以外興味ないのだ。





「も、もう! 我がこの世に来たのはちょうど八年くらい前」



「八年!? その割には全然成長してないじゃないか」



「そんなことない! 我もしっかり成長してる!」



「見た目も中身も中二のままだろ」



「…………そう言うナベも全然成長していないのだ」




俺が成長していない? そりゃ、見た目はなんの変化もしてないだろう……なんたってずっと鍋の蓋してましたからね?





俺はそれはそれは満面の笑みを浮かべてヨシミの方を見る。


そして、しゃがんで、顔と顔がぶつかるくらいの距離になると……口を開いた。




「あぁ、それは俺が人間じゃないからだよ!同じ故郷って事で特別に正体を教えてやろう」





「いや、別に知りたくないし、言わなくていい」



「ははっ、何を言ってるんだい! 俺があの後どういう目にあったのか、しっかりと聞いてもらおうじゃないか! ねぇ、田中君?」





それから俺は、ここに来るまで何があったのか、全てを話した。


閻魔様のこと、鍋蓋のこと、ルビィドラゴンのこと、領主のこと……






話してみてから思う。




改めて俺ってこっちの世界に来てから波乱万丈だよなぁ





すると、ヨシミはその左右で違う色の瞳を斜め下にそらした。




「ナベ、えーっと、その、八年間も鍋の上に乗り続けるのは、本当に凄いと思う。我は、その在り方をその、えーっとだな、うむ、尊敬するぞ!」




「やめろ、変な気を使うな! それと、こうなった原因の半分はお前なんだからな!」




人ごとのように俺の苦労話を片付けようとするヨシミを見て、たまらずツッコミを入れてしまう。




「はぁ……まぁいい、で? ヨシミはこっちに来てからの八年間、どうしてたんだ?」




 八年なんて長い期間があれば、異世界ならではの偉業の一つや二つやってのけているだろう。そう思って聞いてみる。



「我か? 我はこの魔眼を極めるべく西へ東へ」



「ほう……それは何のためだ? やっぱり魔王を倒しに行こうとでも思ってるのか?」




 もしそうなら大したもんだと思って尋ねてみるが、どうも違っていたらしい。

 彼は言う。





「……ん? 魔眼の力を極めた理由? ふっ! そんなもの、使える技がカッコいいから、に決まっているであろう?」





 あぁ……なるほど。




そういえばこいつ、バカだったな……



 そんな分かりきったことを再認識した俺は、話を続ける。





「それで? チートな異世界生活は送れてるのか?」





まぁ、『魔眼チート』とそっくりな異世界だ。それに、魔眼まである……異世界生活を謳歌していることに間違いはないのだろうが。



案の定、ヨシミは目を閉じて、ふうっと息を吐きながら俺に向かって自慢げに話し出す。






「もちろんなのだ! この力のおかげで我はやりたい放題できているからな。さすらいの旅の中で我に惚れた人数は数え切ることさえ難しい。ふっ、やれやれだぜ」






「あぁ、そうか、楽しそうで何よりだ。それで? 旅してたんだろ? なんでここにいるんだ?」






 彼は続ける。






「あぁ、それは、ここに食べ物が毎日置かれているからだな。腹が減ったら我はここにくるのだ。といっても、最近気づいて来るようになったのだがな!!」







 ヨシミが一気にペラペラと言い切ったあと、あたり一帯に静寂が訪れる。


 なぜか得意顔のヨシミを見て、どつき回したくなる。






「なるほど、つまりここの食料を食べたと? でも、この量全部食べるのは無理だろ?」





「ん? あぁ、もちろんだ。我が食べたあとの食料がどうなったかは知らん。魔物にでも食べられたのではないか?」






「魔物が食べるねぇ」







 まぁ、恐らくそれが正解なのだろう。それ以外の可能性は少ない。







 とにかく今はこのヨシミのことだ。





「……つまり、お前は最近ここにある食料を食べてたんだな」





俺の言葉に、ヨシミはサムズアップしながら笑顔で答える。





「ああ、そうだぞ! ここの食料は何故か毎日更新されているからいつも新鮮……って、ナベ?」




「……ふぅ。落ち着け俺、こいつはバカなんだ」




「おーい、どうしたんだ、ナベ?」




「いや、気にするな……ヨシミ、ここに毎日食料があることを不思議に思ったりはしなかったのか?」



「ん?あぁ、それならこの前適当に理由を考えたのだ。これは、あれだな、女神様から我への転生特典なのだろうな」






……ここで怒っても問題ないよな?






このドヤ顔している男を締め上げても問題ないよな?







「おい、ヨシミ……」


「なんだ? ナベ」





俺は再び顔をグイッと近づける。





「な、なんだというのだ!?」





ヨシミが怯えた顔で後退りする……が、そんなことは気にしない。





俺は一気に体を前に飛び出すと、ヨシミの後ろに回り込み、再び首をガッチリとホールドした。





「おぐぅあっ!!」






そして叫ぶ。






「ギルティィイイイ!!!!」





きつく、きつくその腕で締める。俺とともに後ろに倒れ込んだヨシミは地面を叩いてギブアップを訴えてくるが、知ったことではない。


 逃れられないように足もしっかりと絡ませて、息の根を止めにかかる。





「じ、じぬぅ……」



「またあの世で会おうぜ、ヨシミ」





……そんなやりとりが数分続いた後、寝転ぶ俺たちを見下ろす形で、頭上から声が聞こえた。







「おい、領主……そやつは大丈夫なのか?」






そちらに目をやると、長い髪の毛を右手で抑えながら、俺たちを見下ろす龍帝がいた。





「ああ、龍帝か。大丈夫だ、ちょうど裁きを下し終えたところだ」





完全にヨシミが落ちた……気絶したことを確認すると、俺はその手を解き、立ち上がった。


体についた土や葉をはたき落とす。





「それで、そやつが盗人ということでいいのじゃな?」




「え……いや、まぁ、そうなるんだが、違うんだ。そもそも悪いのは、次の領主にここの食糧のことを伝えなかった何とかっていう前の領主だ」





そのあと俺は、他の三人にも聞こえるくらい大きな声でそう言った。






「とにかく、この男は特に悪くない。それに、同時に原因も解決した」







このバカは、俺たちが陰から自分を狙う悪の組織的なものだと思い、先手必勝と極大魔術を放ったらしいのだ。



こいつに特に悪気は無かった。







「……別に元の世界に未練があるわけでもないはずなんだがなぁ」







 今回ヨシミをこうして庇ったのは、同郷のよしみってやつなのだと思う。俺自身も意外ではあるが、前の世界との繋がりを求めているのかもしれない。





 俺は、そんな弱い気持ちを紛らすように呟いた。





「こいつは……俺が連れて帰る」






そして、仕方なしに気絶しているヨシミを持ち上げて、おんぶする。




こいつ、軽いな……




そんなことを思いながらも、俺は茂みに向かって歩き出す。





「よし、ってなわけで原因も分かったわけだし、特に悪いやつは居なかったってことで……調理器具の回収だけして、日が沈む前に帰るか」





 すると、それにちっこいエルフ、シルが反応する。





「原因は分かったとして、これからどうするの?」



「そうじゃの、食料を置く場所を変えるかの」





 シルの疑問に答えたのは龍帝だった。彼女は俺におぶられたヨシミの方を一瞥してから半目でこちらを見てきた。





「うむ。いろいろ聞きたいことはあるが、まぁ良い。あの見えぬ壁は領主の魔術なのか?」




「あ? 【巨大壁】のことか? まぁ、そんなもんだ」




本当はスキルだけど……それを言い始めたら、俺が鍋蓋であることを公言せねばならなくなる。




「あんた、ほんとに何者なのよ……」



「なんだ、シル? もしかして、ついに俺に興味を抱き始めたのか?」



「バッ、違うわよ! 単純なる好奇心よ!」





相変わらずシルはからかうと面白いな




シルの反応に満足していると、隣で龍帝が咳き込んだ。苦しそうな息遣いが聞こえてくる。






「ゴホッ……ゴホッゴホッ」



「龍帝様ぁ!」



「……!!!!」




それにすかさずシアとリンが反応する。龍帝の左右に立つと、顔を覗き込み肩を貸している。





「おい龍帝、大丈夫なのか?」


「あぁ、すまぬ、はしゃぎすぎた。気にするでない。それより、食器を回収できたのなら、さっさと食料を持ってペイジブルに帰るが良い」





日も暮れ始めておる、とその後で続けた。




盗人を見つけるという目的は達成したわけだし、これ以上危険な森にいる必要はない。龍帝もさっさと帰って休んだ方がいいだろうと、俺は同意の意を示す。







「そうだな、さっさと帰るか」








そして、それから俺たちは始まりの森の入り口付近にまで歩いてきていた。



もちろん、今日の分……というよりは、明日の分の食料も運んできている。





俺は、龍帝たちの方を見て柄にもなく感謝を述べる。





「じゃあ、ここまで運んでくれてありがとうな」


「なに、気にするな! 妾も楽しかったしの……して、」





そういうと、龍帝は俺の耳元にその妖艶な口を持ってくる。


吐息が耳に吹きあたり少しこそばゆい。






「お主、そういうタイプではないじゃろう? 何故其奴をかばうのじゃ?」




……俺の性格バレてたか


俺は目線だけを後ろで目を瞑っているヨシミに向ける。





「まぁ、初めて会った同じ世界を知る者……だから、か?」





俺のつぶやきに、龍帝は頭にクエスチョンを浮かべていたが、別に説明するほどのことでもないと判断した俺は、話を続ける。





「まぁ、こいつには罰として色々と働いてもらうつもりだから、それで許してやってくれないか?」




「うむ……妾はそれでかまわぬ」






それだけ言うと、龍帝は右手を前に出した。


恐らく握手を求めているのだろう、俺もそれを右手で握る。





「では、ペイジブルのこと、領主に任せる」



「あぁ、まぁ、任された」



「では、またしばらくしたら会おう」



「すまんな……それまでには別のルートから食料を輸入できるようにする」







こうして俺たちは別れた。龍帝、シル、シアの三人はその姿を森の中に隠していく。







「さて、俺も帰りますか……」






とりあえずは食料を置いて領主の館に、それから館にいる二人に協力してもらって店屋に持って行き、売るのが最も効率的だろう。





……って、あれ?






そこで気がついた。本来ここにいるべきではない人物が俺の後ろに佇んでいることに。





「おい、確かリン……だよな? なんでエルフの村に帰らないんだ?」


「…………。」





いや、なに言ってんのか分かんないし……




すると、それに返答するように森の奥から声が聞こえた。





「そうじゃ! リンは領主に預ける。好きなだけ使うがよい! 其奴も領主の料理を気に入ったようでなぁ!」






……え?






「は、ちょ、おい、龍帝!! ちょっと待て!」






俺はすぐさま大声を上げる……が、それに対する答えが返ってくることはなかった。


俺の声がただただ森にこだまするのみだ。







おい……意思の疎通もできないのにどうすりゃいいんだよ





俺は再び真っ黒装束のリンを見る。

青い鋭い眼差し、鍛えられたしなやかな体つき。エルフ特有の耳は忍びマスクのおかげで隠れているから、人族と大差ない。





「とりあえず、龍帝への報告係兼……俺の助けってことでいいのか?」




「……。」




リンは無言ながらも、その首を縦に振った。






マジかよ……




しかし、まぁ、便利な人が増えると考えれば特に支障もない。



俺は、背中にのしかかるヨシミを背負い直すと、リンに頼む。





「じゃあ、最初の頼みだ。俺がこのバカを連れて領主の館にいく間、ここにある食料を守っててくれ」





そう言うと、リンはくるりと反転し食料のそばによると、あぐらをかいて座った。





これは、了解したってことでいんだよな?






「じゃあ、すぐ戻ってくるから」





そう言い残すと、俺はヨシミを担いだままペイジブルに足を踏み入れた。太陽は西に傾き、時計台を見るとちょうど四時を指している。






「ほんと、どうなるのやら……」

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