第37話


「おぉ……やっぱりすごい数だな」





太陽が空から目の前の光景を照らす。そう呟いた男の前にいたのは、魔物、魔物、魔物、魔物……しかし、数百はいるであろうそれらは全て息をしておらず、地面にだらしなく寝そべっていた。





「一般的に肉として使われる魔物は持ってかれてるが……まぁ、なんとかなるだろう」




俺は腕をまくしあげ、包丁を握る。その姿はこなれたシェフのようで、なかなかさまになっていた。




そうして、自称シェフ歴八年の俺は、包丁片手に次々と魔物をさばいていく。初めて見る魔物でも、おおよそ捌き方が分かる。




「この魔物は……多分こう! そしてこうして……こう!」





一人でそんなことをし続けて三十分経った頃だろうか?




町の方から、メイド服を揺らしながらイチジクが到着した。



見たところ手ぶらだが、アイテムボックスの中に必要なものは全部入っているのだろう。






「少し遅く……って、マスターこの短時間でこれ全てさばいたのですか?」


「あ? まぁ、そうなるな」





イチジクが驚くのも無理はない。俺はスキル【レザークラフト】で作ったシーツの上に、すでに数十匹の魔物を捌き終えていたのだから。






「マスター……領主をやめて料理人を目指されては?」




「俺もその方が気楽でいんだけどなぁ……」





俺は捌きながらイチジクの提案に答える。



そんなことより、早くイチジクが持ってきたものを出して欲しいのだが……





そう思っていたら、言うまでもなくイチジクがアイテムボックスから、鍋にグリル、串や薪など大量の料理セットを取り出した。


もれなく調味料もついてくる。






「イチジク、お前も宅配屋をやった方がいいんじゃないのか?」



「マスターが私の隣で風呂敷を抱えてくれるなら、それも悪くないですね」




こいつは、例えの話でさえ俺を苦しめたいのか?





そんなことを考えながらも、その料理セットへと目を向ける。


これだけ集まれば十分だろう……




イチジクにその準備を任せつつ、自らは魔物の死骸を手に取った。






それからしばらくして、今日必要な分については処理しきれた俺は、イチジクのもとまで足を進めると、出来を確認する。




水を張った鍋の下では、もう火がついていて、串焼き用の炎も問題ないようだ。




「もう料理して大丈夫か?」


「はい、こちらの準備は完了しました」




いつでも料理可能であることが分かったところで、俺は時計台に目を向けた。針は正午前を指差しており、ちょうどいい時間だと判断した俺は、早速調理に取り掛かる。





「じゃ、イチジクは串焼きを頼む。俺は、専売特許の鍋料理を作るから」



「はぁ……人使いの荒いマスターです」






イチジクは、そんな文句を言いながらも呆れ顔で仕事に取り掛かり出した。






ほんと、イチジクってばツンデレなんだからぁ〜




仮に口に出していればまた手銃を突きつけられそうなことを考えながらも、俺は作業を開始する。





時計の針が真上を指した頃、まだ俺たちは作業を続けていた。しかし、それもそろそろ終わりとなる。





辺り一面になんとも言えない芳しい香りが漂い、腹が今か今かとその完成の時を待っていた。





そして……




最後に、ズズズと味を確認した俺は、ペロリと舌を出して、頷く。




「うーん……うまい! できたぞ、これだけありゃ問題ないだろ」





そこには大量の肉料理が並んでいた。そのどれからも幸せの香りがする。





「いやぁ〜イチジクもお疲れ」


「はい、お疲れ様です。……どうやら来たようですよ?」





互いを労いながら背中合わせに座っていると、遠くから数人の獣人が姿を見せた。


コダマたちだ。





おっ、あっちからもフェデルタが何人か連れてきてくれてるな。




壁のない町のあちらこちらから、匂いにつられて獣人たちが顔を覗かせる。





「領主! こんなにたくさんの肉、どうしたの!?」


夫と共に登場したコダマが、驚いた表情で俺に尋ねる。




「あー、昨日倒した魔物たちだよ」



「そ、そんな訳ないの! 食べられる魔物はあらかた昨日のうちに店屋が持って行ったの!」




やっぱり、それで割と食べやすい魔物が綺麗さっぱり無くなってたのか。




しかし、俺にとっちゃ、どんな魔物も肉さえあれば、大抵食べられる。





「安心しろ、これは全て食べられるから」


「そんなの、信用できるわけ……ングッ」




俺は口うるさいコダマの前までズカズカと進むと、その右手に持った串焼きを口に詰め込んだ。





……すると、コダマはその訝しげな目を煌めかせ、即効で落ちた。





「うぉい、しぃの……」




「……だろ?」





みたか、これがこの八年間で見続けたゴブリン料理の改良版だ。




味よし、見た目よし、コスパ良しの三拍子が揃った料理の数々……!!



コダマの反応を見て、ちゃんと獣人にも通用すると分かった俺は、町に向かって大声で叫ぶ。







「お前らぁあ! 俺は新しくこのペイジブルの領主となったシルドーだ! 今日はその記念日として、料理を振る舞う! 好きなだけ食えぇえ!!」





俺のこの言葉を聞いて、こちらの様子を伺っていた住人たちが少しずつ近寄ってきた。


それも俺の隣で一心不乱に食べ物にがっついているコダマとその夫がいるからだろう。





「お、美味しいの! こんなの初めて食べたの!」



「本当に美味しいです!!」





よく見たら、コダマの横で食べるこの夫もなかなかの美男子だった。そりゃぁコダマも好きになるだろう……






「ちっ……」


「マスター、嫉妬とは醜いですよ?」


「うるさい、俺はイケメンと美男子が大嫌いなんだよ」


「どちらも似たようなものでは……」





そんなこんなしているうちに、あちこちからケモミミをつけた町の人々がやってくる。





そして、みんな手に器や串を持ってムシャムシャと食べ始めた。

そうして食べる彼らは皆一様に笑顔で、そのお尻から生えた尻尾をご機嫌に揺らしている。




うむ……いと癒される景色かな




彼らのピコピコと動くミミと、ゆらゆらと揺れる尻尾を見ていると、ここまでの面倒ごとが全部許せる気になってくる。




俺が少し離れたところで彼らの様子をじっと見ていると、若干下のあたりから声がした。



「りょ、りょうしゅしゃま……さま。ありがとう!」




「お、おう……」





俺が声につられてそちらを見ると、そこには上目遣いで、ウルリとこちらを見るいたいけな少年がいた。





な、なんだこの可愛い生物は……!

俺はショタコンだったのか!?



いや、そんなことはないはずだ、どちらかというとロリ……






「まてよ、ケモミミの可愛い生物……この際男と女の区別なんていらなくないか? 猫を愛でるとき、その性別なんて気にしないよな」






そうして一人で自問自答をしていると、隣でイチジクがぼそりと呟いた。







「マスター、この子供は付いてますよ……そんなことより、向こうからガタイの良い獣人が迫って来ています。一応警戒を」





「何が、とは聞かないでおく……あいつら、手に串を持ってるな……いざってときは頼むぞ」





俺はその串で攻撃されることを警戒して、そちらに目をやる。




そして筋肉隆々の彼らはそのままゆっくりとこちらまで歩いてくると……





その顔を笑顔で歪ませた。





「おう、新しい領主様! なかなか粋なことをするじゃねえか!」





そう言ってバシンバシンと俺の背中を叩く彼らからは、悪意を感じることはできなかった。




「あ、あぁ、気に入ってもらえれば幸いだ」





それから、しばらく談笑が続き……





「じゃあ、そんな領主様に住民の悩みをひとつ、打ち明けてみようじゃねえか」




それだけ言うと、今度は急に顔つきを変えてこちらを見た。その真面目な顔からは先ほどの豪快さは見て取れない。




なにやら空気の変化を察知して、居住まいを正した俺に、彼は言った。





「こんな催しをしたってことは、領主様は貧困の解消を目指してるってことでいんだよな?」




今後の政策について問われた俺が、そうだと頷くと、その男話を続けた。





「確かにそれも大切なんだが……外敵の脅威もどうにかすることはできないか?」





外敵の脅威……? これは昨日のような魔物の襲撃のことを指しているのだろうか?





「詳しく教えてもらっても?」




彼らは言う。




「あぁ、領主様は『エルフ』って知ってるよな」


「エルフ? あの耳の長い種族か?」


「そうだ、その認識で間違っちゃいねぇ。魔法による攻撃が得意なあの種だ」





……ん? 魔法? 魔術じゃないのだろうか




つい気になった俺は、隣に控えるイチジクの耳元にまで顔を近づけてその違いについて尋ねると、メガネをクイッと上げて答えてくれる。





「魔術というのは、詠唱によって魔力を引っ張り出して、魔術回路で様々な形で利用するものです」




これは知っている。こちらの世界に来てから嫌という程見てきたからな。




「そして、魔法は主に魔物が使うもので、詠唱なし魔術回路なしの魔力のみで発動可能なものです。これ、前にも説明した気がしますが」





 言われてみれば、聞いた記憶もある。





彼女は続ける。





「ですがもちろんデメリットもあります。一つは魔術ほど応用力がないこと、二つ目は習得が難しいこと……です」






応用力がない……魔術なら、詠唱を変えれば大なり小なりその形を変えることが可能だ。


しかし、魔法はその詠唱がない分、決まった型のことしかできないのだろう。





習得が難しいってのも、詠唱がないから、感覚による習得になるゆえだろう。






「なるほど、だいたい理解した」


「ならばよかったです」






俺がイチジクによる講義を受け終わると、それを黙って聞いていた男が話を再開した。






「で、そのエルフなんだが、この町の目と鼻の先にある始まりの森にねぐらを構えているんだわ」





「もしかして、外敵っていうのは……」






今の話の流れから考えられる存在は……





「恐らく想像通りだ……エルフだよ」







エルフが外敵……そんなバカな。





俺の知ってるファンタジーのエルフはそんな存在じゃなかったぞ!?





そうして驚く俺を置いて、話は進む。






「奴らは、俺たちが食料を求めて始まりの森に入ろうとすると、攻撃してくるんだ。それがなにより、最近では町にまで押しかけてくるようになってきてな」





……エルフってどんだけ野蛮な種族なんだよ。





ペイジブルの獣人たちが食料を得ようと思えば、すぐそばにある始まりの森から採取するのが最も効率的かつ現実的だ。



しかし、始まりの森に住むエルフたちはそれを許さないという。






だがいいことを聞いた。

現状、ペイジブルが抱える問題は、食料危機と、外敵、エルフの存在のようだ。


これ、二つの問題のように見えて、実は一つに収まる。

エルフの存在さえどうにかできれば、二つともまるっと解決するはずなのだ。



エルフに襲うのをやめさせれば、外敵の脅威はなくなる。同時に、始まりの森に入ることも可能になり、食料も手に入ると言うわけだ。




って言っても、面倒くさいことに変わりはないんだよなぁ……





だが、この町を治めるためにはこれしかない。そう考えた俺は、体裁だけでも『善行』になるようにと、嫌な顔一つせずに頷いた。






「よし、分かった。だがまぁ、しばらくの食料はここにいる魔物たちで我慢してくれ。捌き方は俺が教えてやるから」





そう言って俺は親指で後ろに転がる魔物たちを指差した。




「これが尽きるまでに、エルフの襲撃の件と、始まりの森からの食料採取の件、どうにかする」






正直、そんなことを出来る自信はない。



しかし、最悪の場合はこの町からトンズラすれば、何も問題はあるまい。






俺は、目線をずらすとそのまま方向を転換する。





それから、俺の善行に基づく言葉に涙ぐむその男を放って、俺は女性の獣人たちの集まるところに歩いて行き始めた。







「なんだ、主人殿……ナンパか?」







歩き始めた俺の横に、どこからともなく現れたフェデルタが並ぶ。その表情はどこか楽しげだった。






「それも悪くない!……が、単にあそこにたむろする奥様方にこの魔物たちの捌き方を教えに行くんだよ」





「ま、そんなことだろうと思ったがな」




「なんだ……? 何でそんなに嬉しそうなんだ?」




「いやなに、私が仕える主人は仕えるにふさわしいと思ってな」





いきなりなんなんだ?




「ほら、訳のわからんこと言ってないで行くぞ! そんなこと思えなくなるくらい手伝ってもらうからな」





「おぉ、それは怖いな」





この後、来ていた奥様方に講習会を開いた俺たちは、夕日がさすなか、太陽の光と住人の期待を背に受けながら屋敷に戻った。





「はぁ〜、疲れた。今日はもう休もう」




「お疲れ様です。マスター、入浴されますか?」





リビングにあるソファでへたばっていると、その隣に佇むイチジクが声をかけてきた。





入浴かぁ……ここしばらくは洗浄の魔石ばかりでちゃんとリラックス出来てなかった気がする。





「じゃあ、入ろうかな。 見たところでかい浴槽もあったし」




俺がそう言うと、イチジクが頭を下げて部屋を出ていった。それを見届けると、視界の端で椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいたフェデルタに声をかける。





「フェデルタ、俺と風呂……入るか」





何の恥ずかしげもなくそう言った俺は、ビシッと親指を立ててサムズアップする。






「主人殿……私は構わないが」





すると、フェデルタは頬を赤らめ、上目遣いに俺の目を覗き込んできた。




え……!? ちょ、なんで本気で照れてんの? ここはいつもみたいに「無理だ」っていって俺を蔑んだ目で見るところだろ!?



予想外な反応に冷や汗が溢れて、目線をうろつかせる。





そうしてテンパっていると、フェデルタは紅茶を置いてクスリッと笑って言った。





「主人殿、いつもそうやって誘ってくるくせに、いざ誘いに乗ったら……やはりヘタレなのだな」





こ、こいつ……からかっていやがったのか



ここは、反撃一択だろう。




「いや、別に俺だって構わないんだぞ? ただ、まぁフェデルタはまだ心の準備が必要だろ?」



俺はさっきまでの行動を忘れたようにフェデルタに切り返した……が。




「何度も言うが、私は構わないのだぞ? 風呂に入るくらい造作もないことだ」




フェデルタの攻撃は留まるところを知らなかった。そんな普通の男ならコロリと落ちてしまいそうなことを言いながら、ワイシャツのような服をチラチラとめくって迫ってきたのだ。






「……え、あ、いや……」


「なんだ? 主人殿、なんなら主人殿にならなにされ……」



「わ……分かったよ。参ったから、その服をちゃんと着てくれ」





いよいよフェデルタが手の届く距離に来た時、俺は白旗を上げた。


冗談だと分かっていても、自分自身を抑えられそうになかったからだ。




俺のその言葉を聞き届けたフェデルタは、また少し、その白い肌を赤らめながら居住まいを正した。





「……フッ、や、やはり主人殿はヘタレだな!」





こいつ……相当無理してたな。そこまでして俺をからかいたかったのか?




そう考えるとまだ戦ってやろうかと思ったが、体が今日一日のの疲れを訴えてきたから俺は折れることにした。







「もうそれでいいよ。今日はヘトヘトだから一番風呂もらってもいいか?」


「もちろんだとも」





そう言われて入った久しぶりのお風呂は、天にも昇る心地だった……ということをここに追記しておく。

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