第36話





心地よいまどろみの中、窓の外で鳥のさえずりが聞こえる。窓から差し込む太陽の光が俺に朝であることを告げていた。




「ふぅあ〜〜」




俺は大きなあくびを一つして、上半身を起こと、思い切り伸びをした。




こんな穏やかな朝は久しぶりだな……




そんなことを思いながら周囲を見る。机に本棚、立派な素材でできたカーペット……どれを見ても一流のものだった。


しかし、カーペットの上には脱ぎ散らかしたレザージャケットが散乱していて、所有者のズボラさが目に見える。





そうして朝の日差しに目を細めていると、コン、コンと扉を叩く音が聞こえ、それに続くように声が聞こえた。




「マスター起きていますか?」


「ああ……イチジクか、着替えの手伝いならいらないぞ?」





実はここに来るまで度々、メイドとして着替えのお手伝いを……とか言って朝から服を脱がされそうになっていたのだ。






しかし、どうやら今日は違ったようだ。彼女は、少しの間の後に言う。




「それはもう観念しました。朝食の準備ができていますので、一階の食堂まで来てください」




「そうか、りょーかいした、すぐに向かう」




俺は、昨日洗浄はしたものの、畳んでいなかったレザージャケットを手に取る。




「うっわ、シワシワだよ……はぁ」




自業自得と言えども朝から少し気分が下がる。とはいえ、今日はこの後コダマたちとこの街の状況に関する会議がある予定だ。




こんなことでウジウジしてられない。





「あぁ、誰か代わってくれないかな」





俺はそう言って頬を両手で叩いて、着替えてから少し埃っぽい部屋を出る。








一階の食堂に着くと、二人ともすでに席に座っていた。ドアを開けると同時に、フェデルタと目が合った。


フェデルタは何が嬉しいのか、すこし頬を緩めながらしながら俺に朝の挨拶をしてくる。





「おはよう、主人殿」


「あ、あぁ……おはよう」





な、なんだこの夢のようなシチュエーション!! 朝から超絶ウルトラ可愛い女の子が俺に、この俺に向かって挨拶をしてくれるなんて……





俺は改めてフェデルタを見る。美しくてきめ細やかな白い髪……肩のあたりでふわりとしている魅惑のパーマ。そして何よりたわわに実る大きな……





そこで、俺は今日一番の大きな声を出した。




「って、フェデルタ!? お決まりの鎧はどうしたんだ!?」





そう、フェデルタはいつもの鎧を着ていなかったのだ。

白いワイシャツのような服を着こなし、黒のズボンを履いていた。





すると、少し照れたように髪をくるくるしながら、フェデルタは口を開く。





「ふふ、その顔が見たかった。いやなに、戦う予定もないのだろ? 正直、あの鎧は動きにくかったしな……危険がないのだから脱いでもいいかな……とな」





その言葉を聞いて、フェデルタのこれまでの生活を考えてみる。フェデルタは家を追い出されてからずっと定住することなく旅をしてきたと聞いた。


おそらく、危険な場所で眠りをとる機会も多かったのだろう。





そんなフェデルタにとっては、あの鎧だけが身を守る唯一の助けだったのか……






まぁ、だからといってお世辞を言う気はない。俺は、正直に感想を述べる。




「あぁ、その服いいじゃないか! なによりその胸元がエ……ラクよく似合ってる」




俺が言葉を詰まらせながらも、ウンウン頷くと、本人はまんざらでもない様子で、笑いながら感謝の言葉を口にした。






そのタイミングで、フェデルタとは別の位置から声がする。




「マスター、口説き終えましたか? もしよろしければ朝食を召し上がり下さい」




俺の横に立つイチジクの言葉にトゲを感じるのは俺だけなのだろうか……




「まぁ……うん、いただくけども」




俺は急いで席に座ると、手を合わせる。






こうして、ペイジブル一日目となる朝が幕を開けた。









「いやぁー、まさかイチジクがこんな美味い飯作れるとはな」




そう言う俺の前には、空になった皿が数枚鎮座していた。


すると、その斜め前に位置していたフェデルタも称賛の言葉を口にする。




「本当にな。美味だった……この場で料理が作れないのは私だけだとは……」




それらの言葉ににイチジクは言う。




「これでもメイドですので。マスターが作りたいと言っているから任せていますが、ご飯の準備なら私もできるのです」



「まぁ、ご飯作りはここ数年間の俺の夢だったからなぁ」





前世なら面倒くさくて、基本的にコンビニででき和え物を買って食べていたが、今は違う。




ゴブリンの集落での数年間を思い出す。




色々あったな……朝食のスープのために蓋になったり、昼飯の時の煮物を作るために落し蓋になったり、時には夕食の……





って、蓋してばっかだな……


いや、鍋蓋なんだから蓋して当たり前か?





と、とにかく! その間ずっと、見ているだけじゃなくてちゃんとした料理を食べたかったのだ!






「はぁ……おっと、それで九時にはコダマたちがここにくるんだよな?」


俺は思考を切り替えて、窓から見える大きな時計台に目をやった。




その時計台は町の中央に位置し、この町のシンボルであるとともに、昔から住人の生活リズムを刻むという大きな役割を果たしてきていたものらしい。




時計は、八時二十分を指しておりあと三十分でコダマたちが来ることを示していた。





「はい、ですからマスターは準備が出来たら入口のそばにある会議室まで来てください」





イチジクは、それだけ言うと食べ終えた皿をテーブルから下げ、キッチンまで歩いて行った。



その光景をのんびりしながら見ていると、隣でフェデルタが立ち上がった。







「では、私は彼女らの出迎えをしよう」


「じゃあ俺は……」





そこに来て四十分間、特にすることがないことに気づく。





「会議室の掃除でもしてるよ」




それから掃除道具を探して十分後……





「と言うわけでやってきました会議室」





俺は会議室の前で一人呟く。その右手には箒、左手にはちりとりを握っており、準備万端だ。




一つ大きく息を吸い、完全武装した俺はちりとりをその場において、箒を携えながら扉に手をかける。





「では、これから埃殲滅作戦を開始する……準備はいいな?」





一人で仲間の機関にメッセージを送る。返答などあるわけもないが、脳内では仲間のメッセージが流れる。







「よし、じゃあ気をつけろよ……お互い、無事の帰還を祈ってる」





俺はそう言って、ドアノブにかけた手を思い切り回した。ガチャリと音がしてその侵入を可能にする。





「突撃ぃい!」







ノリノリの状態で、そのまま扉を開いて、会議室の中に飛び込んだ!









……俺は見てしまった。


そう、飛び込んだ俺は見てしまったのだ。








眉をハの字にしながら乾いた笑みを浮かべるフェデルタと、ジト目でこちらを見つめるケモミミたちを。





あ……あれ? 俺の目がおかしいのか? いや、まさか、そんなことが……。確か、コダマたちが来るのは九時からのはず。いくらなんでも早すぎだろう。






俺は入ってきた時の決めポーズのまま目を白させる。





やっぱり、いるよな……?





彼らは、立ったまま固まっていた。



それでも現実を受け入れられない俺は、声をかけてみることにした。






「あ、あのぉ……」





すると、さっきまで一つも動かなかったコダマが口を動かした。






「安心するの、ここに命を奪う存在はいないの。無事帰還できるの」






「あ、あはは……あははは……」







やっちまったぁああああ!!!!







「え、なんで? なんで? 何でこんな早くにこのにいんの!?」




俺は興奮気味に聞く。




すると、それに俺と同じく乾いた笑みを浮かべたフェデルタが答えてくれた。





「いや、主人殿? 主人殿は領主。この町を治める人なのだぞ? その人に会うために三十分早くくることは何もおかしくないだろ?」





……領主? あぁ、確かに俺は領主になったんだな……




ダメだ、頭では理解しているつもりでも、全然そんなこと意識してなかった。




確かに、領主なんて偉い人に会いに行くんだから、それなりに早くくるはずじゃないか!!




俺は、恥ずかしさをぐっと押し込んで、何事もなかったように、箒を通常通りに持ち直す。





「あ……あぁ、そうだな。いや、何でもない」





俺はこのどうしようもない現実を受け入れることにした。いや、正しくは受け入れざるおえなかった。





すると、開いた扉廊下側で、心底楽しそうな声が聞こえた。






「マスターその手に持っている武……いえ、箒をお持ちしましょうか?」





こ、こいつ……!! 愉快極まりないみたいな声出しやがって!




俺は獣人たちからくるりと反転すると、扉の前まで進み、何も言わずに黙って箒をイチジクに突きつけてやった。




そして、扉をバタンッと閉めて、再びコダマたちの方を向いた。









「コホンッ……じゃあ、少し早いが、会議を始めようか」




「埃討伐作戦は完遂しなくてもいいの?」






……コイツ。






「さ、俺はここでいんだよな?」





あくまでコダマの言うことをスルーしながら、俺は会長席っぽいところに座る。



椅子に座りながらも改めてコダマの方を見ると、少しその表情を緩めながら呟いた。





「でも、あなたみたいな人が領主なら……もしかしたらもしかするの」





そう言って耳をピコピコと動かすコダマを見て、可愛いと思ってしまうのは仕方ないだろう。




ケモミミ幼女……破壊力が半端じゃないな







そうして一人でコダマに萌えていると、コダマが後ろに引き連れた五人の男の中の一人を引っ張り出してきて、俺に紹介した。








「紹介するの。この男は、私のサポートをしてるおっとなの」





……は? 夫?



「ひ、人妻だったのかよ……」





俺のぼやきは誰に聞き遂げられることもなく、空気に溶けて消えていった。




とにかく、挨拶は大事だろう。


俺は改めて居住まいを正すと、彼ら獣人の目を見ながら自分の基本的な情報を伝える。





「では、改めて……俺の名はシルドーだ! 訳あってこれからこの町、ペイジブルの領主を務めることとなった! よろしく!」





そうして俺が自身の紹介を終えると、続くようにして、ちょうど箒を片付けて部屋に入ってきたイチジクとフェデルタも名前を述べた。






「よろしくなの。私は祖父がかつての領主ということで、一時的にこの町を治めてたコダマなの」






ほう……祖父が領主だったのか





この町は数世代前までは獣人が治めていたと言うことは事前に聞いていた。その辺の歴史も気になったが、とにかく今は現状の確認が優先だ。





「じゃあ、自己紹介も済んだところで教えてもらえるか? 今この町で何が起こっているのか」






壊れた家屋、疲弊する住民、貧困する子供達。どれを取ってもこの町は廃れ過ぎている。


それをどうにかしようとした時、その原因がわかっていなければ手の打ちようもないだろう。






すると、空気が変わったのを感じ取ったのか、各々真面目な顔になり、円卓になった椅子に腰掛けた。




そこで、この町の代表者をやっていたというコダマがポツリポツリと話し始めた。







「見ての通り、この町はもうダメなの。以前から……アヴィデがきたあたりから」





「アヴィデ……?」




「アヴィデ・F……長くて忘れたの。彼は私の祖父の次の領主なの」






コダマ曰く、コダマの祖父の息子……要はコダマの父親が本来はこの町を継ぐはずだったのだが、コダマの父親は魔物との戦いで死んでしまったらしい。



その結果、イスト帝国の中心、イーストシティから派遣されたアヴィデとかいう男がこの町を治めることになったのだと言う。






「つまり、祖父の代までは繁栄していたということか?」




「そうなの。この町にあるすべての立派な建物……この館もそう、あの時計台だってその時代に建てられたものなの」






なるほど……そりゃ相当に栄えてたな。




こんなものそれなりの労働力と財政力がなけりゃ作れるものじゃない。






俺は、そこで詳しい説明を求める。




「じゃあ教えてもらおうか……この町で何があったのか」






そう言うと、コダマは伏し目がちになりながらもこの町の、ペイジブルの歴史について話し始めた。






「……この地には昔から獣人が住んでいて、もちろん獣人が治めていたの。でも、祖父の三代くらい前に、技術力を求めてイスト帝国の傘下に入ったの」





「確かに、ここに来るためには山を越えるか迂回するかしなきゃならないからな……技術力という面では他の国の影響を受けずらくて、進んでなかったんだろうな」





俺の言葉に少し目を見開き、コクリと頷いた。




「そう……そしてご先祖様のその方針は見事成功。祖父の代に至るまで、この町は大きく変わった、発展したと言われているの」



「だが、その後継がいなくて、イーストシティからアヴィデが送られてきて今の状態に……?」



「そうなの。かつては一般的だったこの町の物価も、その頃から急激に上がって何にも買えなくなったの」





物価が上がった? 考えられる理由としては……





「物価が上がるって……作物の不況でも起こったのか?」



「違うの。正直に話すと……何年も前からこの町では作物なんて取れないの」





その言葉に、思わず言葉を失う。





は? 作物が取れない……!? じゃあこの町の獣人はどうやって生計を立ててるんだ?





慌てて俺は、真相を聞く。



「な、ならどうやって食べ物を得てきたんだ? 何か特別な産業があるわけでもないだろ? それに、貿易をしない独立した町として有名だし」




そう一気にまくし立てた俺に、コダマは至極冷静に返答する。





「店屋曰く、祖父の頃は祖父が直々に食料をおろしてきて、それを買い取って売っていたらしいの」




は……? この町全部の食料をたった一人の領主が提供していたと?





「そんなことあるはず……」



「私もおかしいとは思ったの。でも、どの店屋に聞いてもそうだったって……それに、その仕入先も祖父以外知らなかったの」





どうなってるんだ……? まさか一人で町の人数分の食料を調達することなど可能なのか……?




いや、どうしていたのか気になるが、とりあえず過去のことは置いておこう。俺は今のことに目を向けてコダマに問う。




「それで、その祖父が亡くなってアヴィデが来てから食糧不足になったのか……」





普通に考えたらそういうことになるだろう。これは確信を持って聞いたのだが、コダマは首を振った。





「確かにその頃から食糧不足は始まったの。でも、一応アヴィデが治めている間はそれなりに物価は高くなっても、人が死ぬことまではなかったの」





ほう……つまり、アヴィデもコダマの祖父と同じ、どこかの誰かから食糧を買い取っていたのか?





「でも、あのアヴィデとかいう領主が消えてから、物価どころの騒ぎじゃない、食糧そのものが無くなったの……」





コダマは言った。それ以降やってきた領主はこの現状に逃げ出したり、欲望のままに行動したり、散々だったと。




「それでできたのが、コダマたち反乱勢力というわけか?」





俺の言葉にこくりと頷く。





まぁ、こんなことになってしまったら反乱の一つも起こしたくなるだろう。

自分たちとは異なった種族が知らない所からやってきて治めると言って好き放題するのだから。




うむ……





俺は考える。俺は領主としていかにすべきかを。いかにして、楽に彼らを治められるかを。





そうだな……


ならとりあえず、俺がそんな領主じゃないってことを教えてやろう。





俺は立ち上がってコダマたちに向かって言った。





「……よし! 今日のお昼時になったら、町中の人たちを連れて昨日のあの入り口まで来てくれ! なるべくたくさん連れてくるんだぞ!」





椅子を後ろに引き、両手を机の上について立ち上がりながら、俺はコダマたちに向かって言った。





そのあと、解散! とだけ言って、俺は扉のもとまで歩いて行き、部屋から出た。







突然の行動にコダマたちも驚いてざわついていたが、気にしない。





廊下に出ると、出るときについてきたのか、隣にイチジクが立っていた。






両手を前にしててお行儀よく立った彼女は、横目で俺を見る。





「イチジク、今からすること分かってるだろ? 先行ってるから、なるべく早く準備頼むぞ?」



「了解しました。マスター」






こうして俺とイチジクは真逆の方向に歩き始めた。俺は急いで、昨日の戦いの後……魔物たちの死骸が山のようにある町の外にまで足を運ぶ。

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