第35話





さて、そうと決まれば後はどうやって一人の被害も出さずにこいつらを一掃できるかだが……





俺はくるりと反転し、ケモミミ幼女に背を向け、迫り来る魔物に目を向ける。





数にしておよそ数十体。全ての魔物は血走った目をし、その白く尖った歯をむき出しにして唸っている。獣の耳を持った獣人たちが槍で突いたり、大剣を振り回したりして防ぎとめているが、限界も近いだろう。





さっきの三、四倍か……





それを対処するとなっちゃ、とりあえずは、あれしかないよなぁ……






俺は、できる限りの魔物に聞こえる声で腹の底から言葉を吐き出す。





「てーきさんこっちらぁ!! ……てぇのなぁるほぉえ!!」





両手を広げて、目の前で思い切りぶつける。





パァンッツ!!






手のひらを合わせた音が辺り一帯に広がった。


後がない俺は、スキル【挑発】を使ったのだ。

これを使った後は、毎度どっと疲れるが、一人も被害を出さないようにするには必要不可欠なものだ。










すると……俺の叩く手の音が聞こえた全ての魔物が俺に向かって走り出した。


目の前に獣人がいようとも関係なしに、俺に向かって突撃してくる。








「さて……と」





俺は刀を抜くと、迫り来る魔物に突きつけた。






「もれなく殺してやろう……全員まとめてかかってこい!」






そこからは俺の一方的な蹂躙劇だった。




恐らく単純な物理攻撃なら最高峰の性能を誇る刀を振り回して、技術も何もない。ただただ





斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る





魔物の攻撃が当たるたびに激痛が走るが、それでも攻撃の手を休めない。





もしここで休めしまったら、たちまち四肢を魔物に取り押さえられ、防御力以外皆無な俺は命果てるまで襲われることは目に見えているからだ。






その時だ。



目の前に五体ほどの魔物が一気に押し寄せてきた。





「邪ぁ魔ぁだ……っ!」





俺は【巨大壁】を目の前に展開して真横に振り払うことで敵をなぎ飛ばす。




すると、その五体の魔物ははるか遠くまで飛んでいき、経験値となって息をしなくなった。




「そうだ、いいこと考えた!」




その飛んで行った魔物を見ていて、とっておきの技を思いついた。




俺は片手で刀を持ち、敵の攻撃をいなしながらも、左手で巨大壁のサイズを変える。





「逆転の発想ってやつだ! できる限り巨大壁を小さく鋭く」




小さく小さく……出来るだけ小さく……っ





「はぁ……はぁっ、これが限界だな」





そこには、目には見えない巨大壁を数センチ単位にまで縮めた物体があった。





あとは、これを……





「くらえ、【巨大壁】弾丸バージョン!!」





俺は作り出した超小型の巨大壁(……なにやら矛盾している気もするが)を縦横無尽に飛ばした。

それも出来る限り敵の急所を突くように……







……そして十分後、そこには数十体に及ぶ魔物の死骸が無造作に置かれていた。






そのほとんどが目立った外傷はなかった……ただ一点、小さな穴が貫通している所以外。






「すげぇ……小型の魔物なら一発で絶命したぞ」






小さくした【巨大壁】は動く際の空気抵抗が少なく、かなりのスピードを可能としていた。

言ってみればコントロール可能な弾丸だ。






「まぁ、死ぬほど疲れるけど」





十分間も繊細なスキルを酷使してきた体は、とうに限界を超えてヘトヘトだった。できることならこのまま寝てしまいたい……が




「グギャアァア!!」




そう、【巨大壁】(弾丸バージョン)では貫通できなかった大型の魔物や、物理攻撃に強い硬い魔物たちは未だに俺の前に乱立していたのだ。






「こりゃちょっとヤバイもな……」






ほかの獣人は、と思って後ろを見ると、みんな感心したようで「おぉ……」なんて言葉を漏らしながらこちらを見ていた。





……いや、流石に手伝おうとか思わないのか? まぁ、それで死なれたら元も子もないんだけどさ……






俺はそれでも刀を前で構える。






汗が頬を伝った。



正直なところ、これ以上の戦闘は厳しい……






スキルは酷使しすぎでこれ以上使えそうにない。息も上がっているし、無傷ではあるものの、身体中魔物の攻撃のせいで痛みが激しい。





体全体がこれ以上の戦闘は無理だと訴えかけていた。







はぁ……ほんと、何やってんだ、俺は……







いくら今後楽をするためといっても、ここまで苦労するなんて聞いていない。







もういっそ、逃げてしまおうか……



そう思った時だ。俺の前方遥か遠く、魔物の背後から声がした。






「主人殿から離れろぉおお!!」







見ると、銀髪の髪を振り乱しながら、一心不乱にかけてくる騎士の姿が目に入った。


大きな鎌を構えて、魔物をバッタバッタと薙ぎ払う。






「……おい、ナイトを気取るには登場が遅くないか……?」






すると、そのつぶやきを消すように俺の目の前で爆音が響いた。






「イチジクもようやく来たか……」






俺はフッと笑いながら目を瞑る。





後は、彼女らに任せよう……大丈夫、彼女らなら俺なんかより何倍もうまくやるさ。




体力と集中力を限界まで使い果たした俺は、ふらりとよろけて、そのまま地面に仰向けに倒れた。





パサリッ……




「後は……頼んだぞ……」









ーーーー誰かが何かを叫んでいる声が聞こえる……。




やめてくれ、俺は眠いんだ……





「なぜ……自……解決……べき……」





この声、聞き覚えがあるな……ここしばらくは毎日聞いている声だ……





「そもそ……そんな義務…………です」





このですます口調、間違いなくイチジクだ。




目を開こうとするが、それを体が拒む。なら仕方ない、このまま耳だけでも……





「あな……たちは、そんなマスターのご厚意を」




なんだ? よく分からないが、イチジクが俺のことを立てようとしてくれていることだけは伝わった。


こいつ、普段は俺にそんなこと絶対言わないくせに。





すると、話はおかしな方へと転がり始める。





「何より、貴方たちはマスターの甘さに漬け込んでマスターを危険に晒しました。これは万死に値します」





……あれ? いや、こいつは何を言ってるんだ。次第に雲行きが怪しくなってきたぞ?






ガチャリ……ウィン、ウィン、ウィン





なにやら機械音が耳に届く。


この音、聞いたことある……イチジクが荷電粒子砲をスタンバイした時の音じゃないか?




しかし、まさかそんなことをするはずがないと再び意識を手放そう……とした時、



俺の体を揺さぶられるとともに、耳元で大声を上げるフェデルタの声が鼓膜の中に飛び込んできた。







「おい! 起きろ、主人殿!! このままだと過保護な付喪神がペイジブルを滅ぼすぞ!」






……は? おい、やめろよ、イチジク? お前は、普段から毒舌ばかり吐くが、常識はちゃんとあったはずだ!






俺は嫌がる体を無理やり起動させる。瞑っていた目を開き、上半身を全身の筋肉を使って起こした。






「……って、なにやってんだ」




「あ、起きましたか……」






そう呟いた方を見ると、イチジクが土下座するケモミミたちの先、ペイジブルの方に案の定、ビーム砲を構えて立っていた。






「いや、起きましたか……じゃないだろ! なにやってんだよ」





隣を見ると、フェデルタがホッとした表情で胸をなでおろしていた。





「いえ、起きたのならいいです。マスターのタイミングが良くて命拾いしましたね」





そう言って、イチジクはケモミミ幼女を含む、ケモミミ戦士たちに蔑みの目を浴びせた。






「まさかイチジク、本当にやる気じゃなかったよな?」


「…………。」


「いや、何か言えよ!?」





とにかく、魔物の脅威は去ったのだろうか? 俺は急いで周りを確認する。そこには信じられない光景が広がっていた。





「な、なんじゃこりゃ……」





見渡す限りの魔物の死骸、それに……穴、穴、穴、穴……どれもいびつな形をしていて、ところどころ焦げ付いている。




「おい、なにがあったんだ? フェデルタ!」





俺は背中を起こしてくれているフェデルタにこの状況の説明を求めた。すると、フェデルタはその目を斜め下に向け、乾いた笑いをしながら言った。





「ははっ……これは天災的な何かだ。気にすることはない」


「まさか、イチジクか?」




俺はイチジクを見ながら、一番可能性として高そうな佇むオートマタの方を見る。

その問いにイチジクは目線をそらすことで答えた。手の武装を解除し、人間らしいものに変形した。




……やっぱりこいつが犯人か……まぁ、魔物は倒せたわけだし、終わりよければ全て良しとするかな……





「と、兎にも角にもだ。俺は無傷でお前たちを救った。これに間違いはないな?」





俺はイチジクの足元で正座していた幼女に声をかける。






「うん……まぁ、間違いないの」


幼女は、こちらを向きながら言った。


「なら、俺には従う。これももちろん間違いないよな?」





それに、しばらく黙った後、特に感情を込めた様子もなく彼女は言った。





「……もちろんなの。私、コダマを筆頭とする反乱者は大人しくお縄に着くの」





その言葉を合図として、そこにいた戦士がみんな武器を地面に投げ捨てて、手を前に出した。





「お前、その幼女さで反乱軍の筆頭してたのか? というか、反乱軍が自警してるって、どういう状況だよ」




 


 わけがわからず尋ねるが、コダマなる幼女は後で説明するとだけ言って、腕を差し出してきた。






なるほど、俺が領主になったら反乱分子は取り去る。もとい捕まえるものだと思っているのか?






……残念ながらそれは違う。




自分が楽できるなら使えるものはなんでも使うのが俺のポリシーだ。







「お前たちは何を牢獄で楽できると思ってるんだ?」






そう言って俺が重たい腰を上げると、隣でフェデルタが肩を貸してくれた。

女の子特有のいい香りが鼻腔をくすぐる。





俺は、跪く獣人たちに向かって命令する。






「コダマ……といったか? お前たちはこれから領主である俺のもとで働いてもらうぞ。お前たちは、俺のコマだ……分かったな?」







ここでどう反応してくれるかだが……



 しばらく時間が空き、コダマは片膝をついてお辞儀した。






「……貴方に、忠誠を」


「「「「「忠誠を」」」」」






どうやら上手くいったようだ。今は形としての上部だけのものかもしれないが、とにかくケモミミ幼女、コダマに続く形で皆同意してくれたようだ。






ふぅ……とりあえず序盤はこんなもんで上々じゃないだろうか? 最も怖かった反乱はひとまずは起こされなくて済みそうだ。





 なにより、こちらの戦力を見せつけられたのは大きかった。







「ブラッドに感謝かな……」







俺の呟きは、俺を支えるフェデルタだけには聞こえたらしく、横で美少女がクスリッと笑った。






かくして、俺とイチジク、フェデルタの三人は夕焼けが見える頃、一応は受け入れられる形でペイジブルの町に入った。






とりあえず、領主の住む館に連れて行ってもらえることになった俺たちは、赤煉瓦が敷き詰められた大通りを歩く。






その赤煉瓦はあちこちが砕けたり取られたりしていて、かつては立派だったのだろうということが、かろうじて分かる程度のものとなっていた。




家々の壁は脆く崩れ、扉があるものを探す方が難しい。




「こいつはひどいな……」


「これが貴方の治めようとしている町なの」






改めてことの大きさに気づかされる。こんな荒れ果てた町を俺みたいな新参者が治められるのか?




そう思った時、道の側に獣人が倒れているのが見えた。その頬は痩せこけていて、袖の端から見える手は、骨が浮き上がって見えた。




俺が目の前を通るとその生気のない瞳をちらりと上げて、またすぐに興味をなくしたのか下げる。







「はぁ……これは、なんともなぁ……いや、だが善行ポイントを稼ぐにはやるしかないか」






ため息をひとつ吐いて、己に言い聞かせるようにそう言った俺に、イチジクが忠告をしてきた。






「マスターは一般人であること、お忘れなきよう」





「それは、俺に気負わずに程々に頑張れって言ってくれてるのか?」





「……勘違いせずに、死ぬ気で働いてください」







しかし、そう言って素っ気ない態度をとりつつも、いつも助けてくれるイチジクからは、優しさが読み取れた。





「あぁ、非常に面倒くさいが……ケモミミのためにそうさせてもらうよ」






こうして日が西の山に沈みきる頃、俺たちはこれから住むことになる領主の館に到着した。





「ここが領主の家なの」





そこは、花畑や枯れた噴水などがある庭の先にある建物だった。



その見た目は、蔦が壁をのたまったりしていて少しボロが来ていたが、やはり豪邸だった。正面に入り口があり、左右対称に屋敷が伸びている。




これには俺も声が出てしまう。





「ははっ、本当にここに住むのか?」





明らかに俺みたいな平凡人が住むような場所じゃない……が、町を治めるものとして、やはり威厳は大切になってくるだろう。




館を見て一人、興奮していると、隣でフェデルタが手をモジモジさせながら俺に尋ねてきた。





「あ、あのだな……主人殿? 私はどうすれば……」




「え? どうすればとは……?」





いまいちフェデルタの質問の意図が分からずに困惑していると、イチジクがフォローしてくれる。





「私もここに住んでいいのか? と聞いているのですよ」




あぁ、なるほど……そんなの言うまでもないと思っていたんだけどなぁ




「もちろん、一緒に住むだろ? 館もでかいし、何より夜の……」




「いや、それは遠慮させてもらうが、感謝する」





こいつ、真顔で拒否りやがったな……まぁ今はいいさ! そのうち絶対に攻略して俺にデレデレにさせてやろう。




俺がフェデルタにそんな企みをしていることなど知りもしないコダマは、踵を返しながら言った。





「じゃあ、私は今日は失礼するの。また明日、この町の現状について領主としてきっちりと聞いて欲しいの。それでも逃げ出さないか……見ものなの」




「はっ、正直、俺が逃げ出さない保証は全くないな」





それに少し時間を置いてから一つ礼をすると、コダマたち一行は薄暗くなった町に消えていった。家々に光が灯ることはなく、町全体が死んでしまったようだった。






「この町の現状、簡単には解決できないよな」


「はい」


「あぁ、そうだな」





各々言葉を残して、俺たちは初めて出来た家に入っていく。








家の中は真っ暗だった。ただ、鼻腔を通して少し埃臭いことだけが分かる。



どうしようかと困っていると、隣でイチジクが詠唱を始めた。



「光の精よ、我が呼びかけに応じ、光を灯せ」




ホワリ……ホワリ……





イチジクの言葉に反応して、壁に均等に並べられた魔石に光が灯る。



「備え付けの魔石があるとは、かなりの豪邸だぞ?」



光を見たフェデルタが言葉を漏らす。





次第に豪邸の内部の様子が見えてきた。




「こいつはすごいな……」






建物の中は、煌びやかな装飾品が所狭しとあった。高そうな絵画にツボ、金色の甲冑まで建てつけてある。入った正面には大きな空間があり、その奥に二階に続く階段があって、踊り場を挟んで左右に分かれていた。






そして何より目を引くのは、その巨大なシャンデリアだ。それ一つ灯るだけで、エントランスホールを隅々まで照らしていた。




だが明かりをつけることで、下手にに町の住人を刺激したくない。俺はイチジクに頼んで、最低限の光に抑えてもらう。




「ちょいと光を弱められるか?」




「はい……それで、これからどうします?」




光を抑えながらイチジクが俺に向かって聞いてきた。





「うーん、とりあえず寝たいから部屋割りだな。後の掃除とかはいつか時間があるときにしよう」





それから部屋の数はざっと見てきたところ、台所や馬鹿でかい浴室を除くと一階に八つ、二階に六つ存在していた。その中でも応接室や会議室を除けば使える部屋は二階の六つだろう。





「じゃあ、二階の六つの部屋から好きなところを二人とも選んでくれ」





俺は館内を一緒に一周回ってから二人にそう促す。



が、二人はなかなか選ぼうとしない。




曰く、




「主人であるマスターが先にお選びください……まぁ、私に部屋など不要なのですが」



「騎士である私が主人殿より先に選ぶのはおかしい!」




ということらしい。





「いや、そう言われても俺だってどこでもいんだよなぁ……じゃあ、一番奥の部屋にしようか」




決めろと言うなら奥でいいや。





そう言って俺が歩き出すと、二人も後をついてきた。二人とも部屋は決めたのだろうか?





「では、私は奥の一つ手前の部屋

「なら、私は奥の一つ前にある部屋

にします」

にしよう」






おっと、二人の声が被った。


俺の背後でイチジクの声が聞こえる。





「おやおや? フェデルタ、これまた面白いことを言いますね」



それに言い返すように、負けじとフェデルタの声もした。



「何が面白い? 騎士は主人の剣だ。そばにいるのが当然だろ?」



「それなら私だって戦えます。それに、フェデルタにマスターのお世話ができますか?」



「おいおい、まさかここであの大砲を放ってこの屋敷を粉々にする気か? それに、簡単な手伝いならできる」






なんだ? もしかしてどっちが俺の隣に来るかで揉めてるのか?




俺はくるりと反転して、二人を見る。そして、髪をなびかせながら口を挟む。




「俺のために争うな!(キラッ)まったく、モテる男はつら……」






「マスターは黙ってください」

「主人殿は黙っていろ」






……あっるぅぇー、主人への扱いが酷い件。







ーーーという一悶着があった後、最終的に間をとって? 俺だけ離れた部屋に移されたことを追記しておく。

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