第34話
太陽は西に傾き、武器を構える三人を照らす。
真っ黒な服を着た一人は、日本刀を前に突き立てており、別の鎧を装着した一人は大きな鎌をその手に持っていた。
さらにメイド服を着た者に至っては、バズーカの形をした手? を前に突き出している。
各々信用しているのか、三人で背後を重ね合わせていた。
「イチジク、数はどれくらいだ?」
「ざっと六十はいるかと……」
「どうするのだ? 一体一体それなりに強い魔物だぞ?」
三人が互いの背に背を預けながら広場の真ん中で話をする。
「さて……どうしたもんかな……」
昼食を食べた後に俺たちを襲ったのは、ヴァンパイアのブラッドとかいう魔族だった……が、今はこうして奴の置き土産に囲まれている。
「あいつを逃したのは、仕方ないとして……こいつらどうするかなぁ」
「主人殿は私の背後に!」
「いや、そうゆうのいいから」
「そうですよ、フェデルタ。マスターはなぶられるのが大好きなのですから」
「おい、んなわけないだろ」
俺たちがこうして無駄話をしている間にも、凶暴化した魔物が俺たちに一歩一歩とその距離を縮める。
倒しきれるか? ……いや、倒しきるほかないだろう。
決意をした俺は、刀を前で構えた。
「じゃあ、各々二十体……やるぞ!」
「あぁ……」
「承知しました」
それを合図に、三人が一斉に飛び出す。俺の前には俺の腰ほどの大きさのある馬鹿でかいウサギがいた。真っ赤な目をギラつかせ、俺を睨む。
じゃあ早速、その安っぽい理性をなくしてもらおうか!
「敵さんこちら! 手ーのなる方へっ!!」
そうして刀を持つ方とは反対の左手の指をパチンッと鳴らす。
先手としてスキル【挑発】を発動したのだ。
次の瞬間、その音を聞いた魔物たちが一斉に俺に向かって押し寄せてくる。
「ふはっはっはっは!」
馬鹿め! まんまとスキルにかかりよってからに!
俺は魔物を笑いながら切り裂いていく。時々敵の攻撃がかするが、所詮は凶暴化したところで低級の魔物の攻撃、致命傷にまでは至らない。
ちくしょう! いってぇなぁ……
それでも攻撃の手を休めない。右から来れば右に、左から来れば左を向いて、不恰好に刀を振り払う。
「おらよっ!」
目の前にまできた犬型の魔物を【巨大壁】の上に乗せて真上に飛ばす。すると、俺を倒すことに夢中で、理性を失っているのだろう。
そのまま前に走って巨大壁から落ちてドチャリと力尽きた。
これでおおよそ10体以上は倒しただろう……俺の倒すべきなのはあと半分。そう思って周りを見ると、各々独自の戦いを展開していた。
イチジクはドローンに攻撃させて魔物を牽制することで、自らの荷電粒子砲の準備時間をかせぎ、完成したらそれをぶっ放して一気に敵の数を減らしていた。
フェデルタは、得意の大鎌を振り回して敵の命を刈り取りつつ、時々真っ黒な火の玉を飛ばして空の敵を撃ち落としていた。
しかし、実は冷静に分析している場合では無かった。
「……かく言う俺はそろそろ手詰まりなんだが……」
そう、俺はあくまで鍋蓋、武器といえば刀だけだ。
スキルは攻撃系統のものが全くと言っていいほどないし、唯一持つ刀もそれほど自分の技術が高いわけでもない。
その時だ。さっき使った【巨大壁】のスキル欄が、少し変わっていたことに気がついた。
名前 シルドー
種族 盾
称号 鍋の友達 胃の中の鍋蓋 付喪神に溺愛される物 ドラゴンキラー なんちゃって領主
Level 110
攻撃力. 0
防御力. 17100
魔力. 0
素早さ. 0
スキル
熱耐性(極)
長持ち
レザークラフト
挑発
巨大壁(極)
ユニークスキル
人語理解
進化 [ 人間の盾 亀の甲 革の盾 バックラー(中盾)スクトゥム(大盾)]
付喪神
巨大壁の極み……か。ここに来るまで長かった。実は、夜寝る前など暇さえあれば【巨大壁】を展開してスキルを使う特訓をしていたのだ。
「俺の武器になりそうなスキルこれだけだったしな……」
地道な努力の成果に満足していると……
スキルを見ていたせいでその存在に気づけなかったが、左上から鳥がそのたくましい嘴を光らせながら急降下してきていた。
「まずい!!」
俺はすかさず【巨大壁】を展開しその攻撃を防ぐ。
「くっ!!」
巨大壁越しに感じる衝撃。
しかし、相変わらず丈夫な巨大壁は、完全にその攻撃を防いだ。
ガンッという音が響き、目に見えない壁にぶつかった鳥型の魔物は壁を伝いながらゆっくりと地面に落ちていった。
……うーん
だが、これはいつもの巨大壁と変わらないよう……ん?
「いや、ちょっとだけ大きくなってる?」
そう、その一部のものにしか見えない巨大壁は、少し縦と横の長さが大きくなっていた。
まさか、これって……
俺は【巨大壁】に向かって大きくなるように念じる……
すると、ギュィンとその巨大壁も倍ほどのサイズにまでその大きさを変えた。
見たところ、極めたことで【巨大壁】は、サイズの変更にも対応したみたいだった。
「すげぇ! 体力は使うが、役にたつぞ!」
一人、己の成長に感動しながらも敵に囲まれていることは忘れない。
俺は、次の攻撃として左手を掲げ、巨大壁を数体の敵の上に大きく展開した。
「この大きさなら逃すまい!」
そして、俺はその左手を下ろすとともに、巨大壁を真下にものすごいスピードで叩きつけた。
……次の瞬間
バキッ!……グチャガチャギチャッ
そんな音を立てて踏み潰された魔物が潰れていく。
それらはすでに肉塊へと変わり、もはや何が何かわからなくなっていた。
「うへぇ……重力を操ってるみたいでカッコいいけど……グロすぎるな、これ」
流石にこの惨状を何度も見たいとは思はない。
巨大壁はその存在が見えないから、一見、そこら一体の魔物が空気に押されてぺちゃんこに潰れたように見えるのだ。
今回は魔物だからいいが、もしこれが人だったら……そう考えただけでゾクリとする。
それに、欠点はグロテスクということだけでは無かった。
この全神経を集中させて、抵抗を感じながらも巨大壁を下に押し込むという作業は、めちゃくちゃ疲れるのだ。
「はぁ……はぁ……」
行きは荒くなったものの、これでおおよそ二十倒しきったと思うのだが……
そんなことを思いながら周りを見ると、すでに立っている魔物などほとんどいなかった。
「二人とも無事かぁー」
二人もやりきったのだと思い、まずは二人の安否確認を行う。
先に聞こえてきたのはイチジクの声だった。
「はい、問題ありません」
それに続いて「大丈夫だ」というフェデルタの声も俺の耳に届く。
「なら上々だ」
安心したらどっと疲れが出てきた。体の節々、主に叩きつけられた顔面が痛む。
「やっぱり、いってぇなぁ……」
真っ赤になっているであろう頬を手でスリスリしながら、俺は魔物を狩り尽くして立つ二人のもとに歩いて行った。
こうして、ブラッドによる魔物の大量発生イベントをクリアした俺たちは、再び目的の地、ペイジブルを目指す。
「いや〜災難だったな」
「あぁ、なんとかなったから良かったものの」
俺とフェデルタは同時にため息をつく。
すると、それを見かねたのか隣でイチジクが口を開いた。
「ところでフェデルタ……あの男、ブラッドでしたか? に関する情報などはないのですか?」
それは俺も気になっていたところだ。首を回してフェデルタの方に目をやる。
「いや、すまないが私はずっと引き籠っていたか、流浪の旅をしてきた魔族だ。巷で出回っている情報しか持ち合わせていない」
……そうか、知らないか
敵の情報は多い方がいいとは思っていたが、致し方ないだろう。
「そうでしたか」
そう言ってイチジクは前を向く。
なら、今度は俺が尋ねる番だ。
「なぁ、ヴァンパイアってそういるものなのか?」
「いや、魔族の中でヴァンパイアの種族となるとわずか数パーセントだ」
流石にそうそういるものでもないらしい。あんなのがわんさかいたら、すでに人族領は魔族に支配されていただろう。
「じゃあデュラハンは?」
「そうだな……ヴァンパイアよりは多いが、これもそんなにいるわけではない」
そうなのか……
そうして、魔族の豆知識について頷いていると、道が下り坂になり始めたことに気がついた。
「あれ? もしかして山頂超えたのか?」
俺の言葉にイチジクが返事をした。
「はい、つい先ほど超えたようです」
「ほう……なら」
俺は【巨大壁】を真横に展開し、その上に飛び乗った。
山の上からならこの周辺の様子が一望できると踏んだのだ。
「よし、上がれぇ!」
スキル【巨大壁】を上に動かす。集中力が必要になるが、この動作にも慣れつつあった。
次第に目線が高くなる。
木の根元を超え、幹が見え……そして葉が目の前にきた。ガサガサと音を立ててその中を突っ切る。
すると……青空が見えた。どこまでも澄み渡る青空が。
「いやはや、絶景かな絶景かな〜」
一人そんなことを呟きながら、下を向いてくるりと回る。
まず見えたのは、はるか遠くにある花畑だ。
「たしか、あの花畑もここに来る前に通ったな……」
そのまま視線を自分のより真下側に移すと、今朝までいた村が見えた。小さな点々が木の板らしきものを運んでいる。おそらく冒険者たちがまだ修繕作業をしているのだろう。
ほんとにマッソーたちは何やってんだか
そして、これまで通ってきた道を確認した俺は、これから行くべき目的地に目をやる。
「あれが、イスト帝国最北の町、ペイジブルか……」
そこには町があった。
煉瓦造りの大きな時計台が町の中央にそびえ立ち、そこから蜘蛛の巣状に家々が広がっている。
しかし、その家々を囲むような壁はなく、言ってみれば町がむき出しの状態だった。
それを見ていると、なんだか面倒くささだけではない、何か別のワクワクした感情が小さく宿った。
これからは、あの町は俺の町になるのだ。
思わず言葉が漏れ出る。
「ここがこれから俺が治めることに……」
なる。そう言おうとした矢先、俺は自分ですかさずツッコミを入れることになる。
「っておいぃいぃいい!!!!」
その時、俺は見てしまった。
町の周辺で最もこの山に近い場所、そこにはびこる無数の魔物に。
俺は大声で下にいる二人に向かって叫ぶ。
「聞こえてるか!? ペイジブルの町が襲われてるっぽい! 先に助太刀に行くから追いついてくれ!」
それから、しばらく静かになり……
「はぁっ!?」
「ま、待ってくださいマスター」
木の葉でその姿は見えないが、下から二人の声が聞こえた。
よし、伝えることは伝えた。二人が何か言っているが、気にしない。
俺は、目線を目前の木々に移して、両足を縦に開いた。
あとは、巨大壁があそこまで持つか……だが
「やるしかないよな……」
俺は巨大壁にサーフボードのように乗ると、バランスをとりながら山を凄まじい速さで下っていく。
迫る木々を華麗に避ける。
「上……上、下下、左! 右……左、右ぃ!」
迫り来る木々を縦横無尽に避けながら、はるか先にあるペイジブルの町を目指す。
景色が次から次へと後ろに流れていく。
このままいけばあと数分で……しかし、
くそっ……ダメだ、そろそろ体力の限界だ。
こんな時に、いやこんな時だからこそ、己の体力の無さが恨まれる。
やはりスキルの行使は体力を持っていかれる。
「そろそろ……限か、い……」
その言葉を最後に、足元がなくなり、ふわりと体が宙に浮く。
巨大壁が無くなったのだ。
しかし、勢いのついた体はそのまま前に放り出される。
ガサガサガサッ
目の前を木々が横切り……
木が無くなった。
ついに山を抜けたのだ。
目の前に魔物たちの群れが見える。どうやら、この魔物たちは誰かと戦っているらしい。
そして………………
ガツンッ!!
慣性の法則で飛ばされていた俺は、その魔物の中の一体に思い切り衝突した。ぶつかった背中に激痛が走る。
「痛ったぁああ!!」
「グルフゥゥウ……」
俺の叫び声と魔物の断末魔が同時に山にこだました。
俺はそのままポテリ……と地面に落下し、視界が反転する。
「あ〜〜」
俺は喉から絞り出した声でそう言いながら、背中をさする。
何で俺はもっとこう、カッコよく出来ないかなぁ……
そんなことを思いながらひっくり返っていると、何かが俺を覗き込んだ。
「ねぇ……大丈夫……なの?」
「あ……?」
目をしばしばさせて状況を判断する。
突っ込んだ俺の顔を眺める……幼女?
そう、そこには幼女の顔があった。あどけなさの残る顔の少し上には、何か三角のものが二つ……
「って、ケモミミ!?」
その瞬間、俺は飛び起きた。
そして、くるりと仰向けににひっくり返り、両膝をついた状態で幼女に向き合う。
こ、これは……まごうことなきケモミミ……
俺の行動に合わせていちいちピクピクと動くそれは、猫や狼の耳についているような三角型のケモミミだった。
辛抱たまらず、俺は茶髪幼女の肩を揺らす。
「失礼ですが、お嬢さん! その耳は天然ものですか!?」
「……うん? 私は獣人、耳は生まれた時から生えてたの」
幼女は煩わしそうに少し眉をひそめながら俺の問いに答えた。
そういえば、ペイジブルは亜人の町だという話は聞いた覚えがある。
……しかし、マジだったとはなぁ
そうして一人、ケモミミの素晴らしさに打ち震えていると、前の幼女が口を開いた。
「そんなことより、お前はどこからきたの? 人族だし、この町の者じゃないの……」
おっと、そうだった俺も自己紹介がまだだったな
俺はその場に立ち上がって屈む幼女に手を差し伸べて言った。
「俺はシルドー! この度、ここペイジブルの領主となった者だ!」
その瞬間、幼女の態度が一変したのが分かった。
のんびりしていたその眼光はきつく尖り、そのまま俺の手を握ることなく立ち上がった。
「人族の領主、いらない。さっさと帰るの……どのみち、この町は……これでお終いなの」
その言葉は最初はきつく、そして次第に力なく紡がれる。
いやはや、新しくなった領主がすぐに反乱のせいで逃げるとか聞いていたが、本当に領主は嫌われるんだな……
しかしそうか、今回は運がいいかもしれない。
ブラッドが近くの人型を襲うように魔術をかけたことで、この町まで下りてきたと考えられるこの魔物たち……今回は怪我の功名ということで利用させてもらおう。
魔物の侵攻に対抗しようとしているケモミミ戦士の数はざっと四十。しかしどれも劣勢で、背後にある壁一枚もない故郷を守ろうと、必死で前線を引き下げながらもなんとか抵抗している状態だ。
俺は声を張り上げる。
「おい聞け! ケモミミ諸君!!」
「ケモミミ……って私たちのことなの?」
隣で幼女が訴えてくるが、気にすることもない。
「今からお前たちの町を、故郷を助けてやる!! それも、これ以上の犠牲を出さずにな!!」
俺はここで大きく息を吸う。ここからが重要なのだ。
「だからなぁ! もしそれが叶ったら、俺に絶対服従を誓えぇええ!!」
そう、これが俺の考えだ。これから俺がここにいる魔物たちを一匹残らず始末する。
そのかわり、毎度起こすといわれる反乱をやめろと言っているのだ。
俺は、前に立つ幼女に小指を突き立てる。
「そうだな……まぁ、お前でいいや。ケモミミ幼女、それでいいだろ? 指切りしろ!」
ケモミミ幼女は、それを聞いて少し頬を膨らませながらこちらを睨む。
「なにを勝手なことを……」
「なんだ? 俺が手をかさなければどのみちこの町はおしまいだろ?」
「だ、だからって、急に現れた人族なんかに……」
幼女は周りの様子を見る。
ケモミミたちの表情は微妙そうなものだった。俺に従いたくはないが、もちろん死ぬのも嫌なのだろう。
「はぁ……じゃあ、あと五秒で決めろ。この町の運命はお前次第だ、ケモミミ幼女よ」
俺はカウントダウンをする。
「五、四、三……」
「ちょ、ちょっと待つの! 話し合いをさせてほしいの!」
「……二、一……」
俺は幼女の言うことなどお構いなしにカウントを進める。
すると、幼女は小指をこちらに伸ばしてきた。
「わ、分かったの! 今はそうも言ってられないの。期待しないで見てるの」
こうして、俺とケモミミ幼女は約束をした。
ここで踏ん張ればこのケモミミたちを絶対服従に……
「……クッケケケッ」
小指を繋いだ俺は、誰にも聞こえないくらいの音でそう笑い声を溢した。
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