第33話



「しまった、思ったよりがっつり寝たな」





ついさっきベッドから起き上がった俺が窓の方を見ると、太陽はもう真上に登っていた。下の村に目を向けると、冒険者たちがせっせと瓦礫を運んでいる。




善行……なのか? よくあんな面倒くさいことをするもんだ。




「ほんと、あいつらは何で村の修繕してるんだ? 慈善活動か何かなのか?」




荒くれ者の冒険者がそんなことをするだろうか、そんなことを思いながらも荷物をまとめて一階に降りる。



すると、この宿の主人がせっせと料理を作っていた。




「申し訳ない。こんな時間まで部屋を借りてしまって……」



「あぁ、起きられたのですね。気にしないでください。あなた様のおかげで、村が復興しつつあるのですから」





いや、冒険者がなぜ村の修復に力を貸しているのかすら知らないのに、俺のおかげというのは違うだろう……




「俺のおかげではないと思うが……こんな時間まで寝かせてもらったんだ。何か手伝うことあるか?」



「いえいえ、お気持ちだけで十分です」




店の主人は、俺の申し出を間髪入れずに断った。そして、イチジクたちの場所だけ言うとまた昼食の準備へ取り掛かる。




「そうか、じゃあ世話になった」





悪い気もするが、本人がいらないと言っているのなら俺がいる必要もないのだろう。俺はしつこく手伝うとは言わずに、教えてもらったイチジクのもとまで歩き出した。







キッチンを離れて入り口のロビーまで進む。



店主曰く二人はここにいるらしいが……




そこに着く前に、二人の声が聞こえた。




「あれ? あの二人ってあんなに仲良かったっけ?」




ロビーに辿り着いた俺が見たのは、丸テーブルを間に挟んで談笑しているイチジクとフェデルタだった。



フェデルタは、甲冑をとって以降表情が分かりやすく、今も笑っているのがわかる。……イチジクは相変わらずの無表情だが、心なしか楽しそうだ。




こうして楽しく話す二人の邪魔をするのも野暮だとは思うが、今日中に先に進むには二人の同意が必要だ。


俺は、普通に歩いてきた風を装いながら、声をかける。





「二人とも、遅くなったな」





すると、俺の声に反応して二人が顔を上げる。





「……もう出発して大丈夫なのですか? また弱いくせに戦ったみたいですが」




おや? 珍しくイチジクが人の心配をしてくれている? まさかのデレ期到来か? 到来しちゃったのか?





そんなイチジクを見て、俺は素直に尋ねる。





「どうしたんだ? 心配とか気持ち悪いぞ?」




「…………どうやら元気は有り余っているようですね。まさか世界で一番気持ち悪い人に気持ち悪いと言われるとは思いませんでした。数学的にマスターの気持ち悪さを証明しましょうか? ではまず仮にマスターが気持ち悪くないとしましょう。すると、世界中の全生物が気持ち悪くないと言うことになります。しかし、この世の中には粘液生物と言った気持ち悪い生物が存在します。ここで、先ほどの仮定に矛盾が生じます。よってマスターは気持ち悪いのです」





イチジクはそこまで一気にまくし立てる。

横に座るフェデルタも若干引き気味だ。





どうやらうちのメイドさんは、平常運転のようだった。いつもの罵声が俺を安心させる。






……しかし、イチジクの論理をよく聞いていれば、最初の「俺が気持ち悪くない=全生物が気持ち悪くない」の時点でおかしい気がするのだが……





「お前はほんといつも通りだな」




そんな罵声など気にした様子もなく俺は話を再開する。ここまで一緒にい続けてそろそろ慣れたのだ……こんなこと慣れたくはなかったが。





「で、今からとりあえずペイジブルに向かうわけだが、どうする? 今日一日で到達するためにもやっぱり山を越えるか?」




もう午前も終わろうとしている。今から迂回していては野宿確定だ。





すると、俺の提案にフェデルタが反応する。




「私はそれでいいと思う。この三人で行けばあの山の魔物など脅威ではないことが分かったからな」





確かに、フェデルタとイチジクがいればあの程度の魔物など恐るるに足らずだろう。





俺は、最後にイチジクの顔を見て答えを待つ。

そうして視線を向けられたイチジクは、めがねの位置を直しつつ口を開く。





「私も問題ないかと、山の魔物が凶暴化の原因も気になりますし」





 

 ここの村人が去った原因、冒険者たちがやってきた理由。確かにその謎はまだ解き明かされていない。





よし、そうと決まれば時は金なりだ。さっさと行って今日中に山を越えよう。夜までにはペイジブルの町に着きたい。





こうして山の向こうを目指す三人は、ようやく一歩手前の村を旅立った。






村を出てすぐ、数時間前にも見た山を山裾から眺める。






「あぁ……さっきぶりだ、またここ登るのか」


「すまない、主人殿……」


「言い出したのはマスターですよ」






前には木々が生い茂り、道というほどの道もない。ここからは獣道を突っ切るほかないのだ。



一人、山積みの課題を前にした子供のような気分に浸っていると、後ろからフェデルタが話しかけてきた。






「しかし、主人殿の浮く力があればすぐにでも越えられるのでは?」





いや、俺に浮く力などない。恐らくフェデルタは【巨大壁】のことを言っているのだろう。確かに、巨大壁の上に乗ってそれを動かすことでこの山は簡単に越えられるかもしれない……だが、それは俺の体力がもてばの話だ。




スキルを使うには、魔力は必要ないが相応の集中力と体力が必要となる。この山を越えられるほど集中が持つとは思えないし、体力もない。




そしてなにより、この三人が巨大壁に乗ったら、重量オーバーで動くことが出来ないだろう。




「それは無理だな……諦めて徒歩で登るしかない」



俺はため息を一つつくと、重たい足を持ち上げた。





それから山を登り始めて一時間ほど経った頃、倒した魔物の数も数十匹に達しようとしていただろうか、突然大きな音が背後から聞こえた。




「ぐるぅうう……」




それは魔物のものではない。前世でも教室の後ろの席の奴が鳴らしていた音だ。俺はチラリと後ろを歩くフェデルタに声をかける。





「フェデルタ、はしたないぞ」


「いや、断じて私ではない!!」





そう、それは生理現象といえば生理現象、お腹が空腹を訴えたのだ。





フェデルタは否定した。しかし、ここにいるのは俺とフェデルタ、それにイチジクだけだ。




俺はまさかと思いながら首をイチジクの方に半回転させる。






「イチジク、オートマタのくせしてお腹の音なるのか?」


「はて? なんのことですか?」





その言葉で俺は確信した。お腹を空かせていたのはイチジクだと……



そして同時に気づく。確かに俺もお腹が空いたと。





「じゃあ、この辺で昼飯にするか……」




俺はそう言いながら周りを見渡すと、ちょうど少し開けた場所を見つけた。




「あそこが良さそうだな」




フェデルタが俺の思っていた場所を指差してこちらを向く。




「俺もそう思っていたところだ」




俺たちは、フェデルタの指差す方向に向かって木々をかき分ける。




そして、そのひらけた場所につくと、グルリと周りを見た。半径十メートルほどの空間には、木々が生えず不自然といえば不自然だったが、この一帯に火が回ったかどうかしたのだろう。


特に気にすることもない。





「では、私はレジャーシートと作り置きの食べ物の準備をしますので、この魔石で綺麗になっていてください」




着いた途端、イチジクがアイテムボックスから魔石を取り出してフェデルタに放り投げた。





魔石はほのかに青い光を帯びており、水系統の魔術回路だということがわかる。




「どうしたんだ、これ?」





昨日使った魔石は、あの宿に備え付けられていたもののはずだ。


イチジクは個人の魔石など持っていなかったはずだが……




俺の質問にレジャーシートのしわを伸ばしていたイチジクが言ってのけた。




「それは、宿で使ったものと同じ洗浄の魔石です。冒険者を村の復興に協力させたことのお礼としてあの宿屋の主人に貰いました」



「おい、やっぱりあれの犯人はイチジクだったのかよ……」




村の復興はいいことだが、マッソーたちの生活は大丈夫なのだろうか? そんなことを気にしていると、フェデルタが手にした魔石で俺を洗浄しながら言った。




「主人殿、冒険者たちのことなら気にするな」





「そうか……なら、いいんだが」






まぁ、そういうことにしといてやろう……






その時、レジャーシートを引き終わったとみられるイチジクがアイテムボックスから黒パンに、鍋と器、スプーンを取り出しながら俺たちに座るよう促した。





「それにしても、主人殿もイチジクも、規格外にもほどがあるな」




イチジクに言われてすぐに座った俺の横に座りながら、フェデルタは言う。





「まぁ、俺たちは鍋蓋と、オートマタに憑いた付喪神だからなぁ」




「荒唐無稽な話だが、ここまで見せられたら、認めざるおえん……」




少し顔を引き攣らせながらフェデルタは、魔石をイチジクに返す。




「そんなことより、早く食べましょう」





イチジクは、よっぽどお腹を空かせているようだ。全員分のトマトスープを鍋から掬うと、器に注いだ。





こいつ、飯食う時だけは可愛いところあるんだよな……





「そうだな、俺のお手製トマトスープだ。好きなだけ食ってくれ」





その言葉で三人の鍋を囲んだ食事が開始された。イチジクはよほど美味しいのかスープをすぐにお代わりしている。






「……んっ!? なんだこのスープ!!」





優雅に食事をしていると、隣でフェデルタが目を大きく開いてスープを見ていた。






な、なんだ……? 魔族の口には合わなかったか? 一応、他の人に受けは良かったんだがな……






「いやぁ、魔族の好き嫌いは知らないからな。不味かったら残してくれ。別に他にも食べ物は……」





俺がそう言いながら、フェデルタの持つ器に手を伸ばす。






「や、やめろ! これは私の分のスープなのだろ!?」




フェデルタは、器を受け取ろうとした俺の手から己の宝を守るように器を囲い込んだ。






あれ、この反応……美味かったのか?





「このスープ、本当に主人殿が作ったのか? こんな美味いスープは生まれて初めて食べたぞ」




どうやら美味かったので、正解らしい。その言葉を聞いてホッと胸を下ろす。






「あぁ、数年の間、反面教師の修業を積んだからな」





いや、修行……というより、正しくは、することなくひたすらにゴブリンたちの作る料理を見ていたと言うのが正解か……?





しかしそういえば、フェデルタはお金を全く持っていなかったな……




恐らくこれまではその辺にある食べられそうなものを食べて飢えをしのいできたのだろう。






美味いスープはもってのほか、まともな料理も食べられてこなかったのかもしれない。





「とにかく、美味いのなら好きなだけ食ってくれ」





料理くらい材料さえあれば俺がいくらでも作れるしな! と、カッコつけて言ったが、フェデルタは全く聞いた様子もなく、スープを口の中に掻き込んでいた。






そして……






「いや、確かに好きなだけとは言ったけど、マジか……鍋一杯分をほとんど二人で平らげやがった」






数分後、俺の前には空になった器が三つと、同じく底が見えた鍋が鎮座していた。





「す、すまない……ここまで食べる気は無かったのだが……」


「マスターの料理が無駄に美味しいのが悪いのです」





二人から食べきったことに関する感想が述べられる。




正直、この量を平らげられたことには驚いたが、そんな悪い気はしない。料理は人間になってからの数少ない俺の趣味なのだ。

 趣味を他者に認めてもらえて嫌な気持ちになる者はいないだろう。




「気にするなって言ったろ? それはいいからこの鍋も綺麗にしてさっさと山を渡りきるぞ」






俺の言葉で各々が行動を開始する。この調子でいけば夕方にはペイジブルの町に到着するそうだ。





「しかし、結局この山の魔物が凶暴化した原因はなんなのだろうな」





器を魔石で綺麗にしながらフェデルタが呟いた。

ここに来るまで多くの魔物と戦ったが、その原因は掴めずにいるのだ。


すると、【アイテムボックス】を展開しながらイチジクがそれに答える。





「そのことなのですが、少し気になることが」





ほう、さすがはイチジクだな。





俺はフェデルタが洗った器を一つにまとめながらイチジクに詳しい説明を求めた。





「なんだ、その気になることってのは」



「はい、実は……あの魔物たちからルビィドラゴンに施されていた刻印と似たような魔力を感じるのです」





……な!?




確かどこぞの魔族が、ルビィドラゴンに命令に従わせる魔術式である刻印を施していたはずだ。





手作業を中断して、イチジクの方を向く。






「まさか、この一連の騒動も例の魔族の仕業なのか!?」





「……? 魔族がどうしたのだ?」





この会話に一人、フェデルタが取り残されていた。それも仕方あるまい、フェデルタにはルビィドラゴンの一件を軽くしか伝えていなかった。




「あぁ、この前俺とイチジクがルビィドラゴンの胃の中にいたってことは言ったろ? で、そのルビィドラゴンがイーストシティを目指した理由が魔族による使役魔術のせいだったんだよ」




俺は詳しく話した。俺とイチジクが声だけを聞いた魔族について。




「なるほど、魔族のために……か」




ルビィドラゴンとその魔族との間でどのような会話があったのかをフェデルタに伝えると、フェデルタが少し考えながら声に出した。




「恐らく、その魔族とやら、主戦派の連中だろう」





フェデルタ曰く、魔王のもとに集った魔族の中には、多種族と講和を望む『穏健派』、魔族は魔族領にとどまって自国の強化をすべきだとする『保守派』、そして……全世界を魔族のものとすべきだと考える『主戦派』の三つに大きく別れるらしい。





フェデルタの生まれた家は二つ目の保守派に属し、魔族の殆どがこの保守派か主戦派だと言う。




「主戦派にも主戦派になる理由があるのだが……まぁ、私は今どの派閥に入るかと聞かれれば穏健派だろうな」




フェデルタどうでもよさそうにそんなことを言った。




「そうか、魔族も大変なんだな……」


「ああ、だが今の私は主人殿の騎士、そんなこと気にする必要はない」





そう微笑みながら言うフェデルタを見ていると、多少の面倒ごととセットでもこいつを騎士にしてよかったと思えた。






彼女を見ていると、俺の男としての何かが胸の奥底で疼くのを感じる。





フェデルタは、俺の騎士だと言ってくれている……と言うことはちょこっと触ったくらいで怒らないよな……







ゴクリ……







そう唾液を飲み込んだ俺を、イチジクの咳払いがまともな精神へと呼び覚ます。






「コホン、それでこの魔族の件、どうされますか?」






隣で全ての道具を片付け終えたイチジクが大きく咳をして立ち上がる。





ハッ! お、俺は何をしようとしていた!?






俺は誤魔化すように言葉を並べる。





「え、えっとだな! とりあえず山を越えよう。解決方法が見つからないうちはどうしようもない」






しどろもどろになりながらもなんとか自分の考えを声に出すと、二人もそれに同意してくれた。







その時だ。





突然上空から声が聞こえた。







「おやおやっ? こんなところに人族……いや、なんなのかな、 君たちは」







この声は……!?








俺は急いで声のした方、斜め上空に目を向ける。



そこには人がいた。


真っ黒なタキシードのような服を着込んだ彼は、同じく黒色のシルクハットを被っており、冷徹な真っ赤な瞳をこちらに向けている。



身長は俺より少し低いくらいだろうか……






そして何より、俺はその声を知っていた。


間違いない、あの時ルビィドラゴンの体内で聞いた声だ。






いっときもその魔族から目を逸らさない俺の隣で、声がした。





「マスター、間違いなくあの時の魔族です」





イチジクも同じことを考えていたようだ。






俺はこの非常事態に冷や汗を額に浮かべながらも、刀に手をかけて無理やり笑う。






「ははっ……どうやら諸悪の根源が向こうから来たみたいだぞ?」






すると、左後ろから小さな声が聞こえた。今度はフェデルタのものだ。






「主人殿……この男見たことがある。確か貴族の一人だったはずだ」





魔族の貴族……か




……って、それがどれだけすごいのかは知らないが、貴族と言うからには相当すごいのだろう。




その証拠に後ろからイチジクの切羽詰まった声が聞こえた。






「マスター、やはりこの男とんでもないです。注意してください」






ドッドッドッ……心臓が早くなる。




唇が乾燥し、呼吸の速度も上がる。







すると、宙に浮く男は、両手を広げた。




「そちらが名乗らないのなら、こちらから……」




そう言って彼は、空に浮かんでこちらを見下ろしたまま、自己紹介を始めた。





「こんにちは、僕の名前はブラッド・レッドラッド。歳は……ご想像にお任せするね! 仕事は……そうだな、人族領の略奪、かな?」





やはり、主戦派で間違い無いようだ。しかし、低級の魔族なら世迷言を言うなで済むが、貴族ともなればその言葉が重さを増す。




俺は震える手を抑え込み、魔族の男……ブラッドに向かって叫ぶ。






「この山の魔物の凶暴化、お前がやってるのか!」




「ん? 挨拶もなしかい? ……そうだよ、とりあえず人間領の端から攻めていくのがいいかなっと思ってね?」





ブラッドはこともなさげにそう言ってのけた。




こいつ、頭ぶっ飛んでるな。




そんなことを思いながらも、ここで引き下がるわけにはいかない。


俺は戦闘態勢に入る横の二人を横目に見ながら話を続ける。





「それをやめることはできないか? 俺は別に魔族と敵対する気はない。平和的解決をのぞんでいる」





ここでドンパチするなんて、面倒ごとを避けるという俺のポリシーに反する




……のだが、この世界はとことん俺に厳しく作られているらしい。





「ははっ、お兄さんは面白いことを言うね? それは無理かな。だって、一層人族なんか全部滅べばいいと思ってるし」





そう言って、ブラッドは余裕の笑みを浮かべる。



こいつ、誘ってるな……



だがここで取り乱してはダメだ。もしこいつと戦いでもすれば、俺たちは瞬殺されてしまうだろう。






「気が変わることはないのか?」





「うん、ないね。まず君たち……次はとりあえずこの山の下の村から順に滅ぼしていって……イーストシティも滅ぼそうかな」





「……そうか」








それを聞いた瞬間、俺は刀を抜いた。



刀身が太陽に照らされて眩しく輝く。





そして……そのまま【巨大壁】を使用してブラッドのもとまで飛び上がった。






目の前にシルクハットを被ったブラッドが見えた。その真っ赤な瞳を持つ目を大きく開き、俺を捉えている。





しかし、それに構うことはない。






俺は上がってくるまでに頭の後ろに目一杯反らせた刀を、思い切り振り下ろした。



頭の上でビュンッと風を切る音がすると同時に、目の前にその刀身が姿を現す。






「卑怯上等ぉぉおお!!!!」





しかし、俺の渾身の一撃はすんでのところで躱された。


手にわずかに物体をかすった感覚が残る。






「ちっ、皮一枚かすっただけか!」





躱されたことに悪態を吐く。




急いで次の攻撃を……



そう思ってブラッドの方を見ると、これまでと少し様子が違うことに気いた。



斬られた服と、そこに広がる僅かな赤い血をじっと見つめ、震えていた。






そして、彼はこちらを睨む。




「お兄さん……面白いね。このヴァンパイアの僕に傷を負わせるなんて」





「そりゃどうも、これでビビって侵攻をやめてくれたりしない?」





俺はここまで来てもやはり平和的解決を願う。



正直このまま戦って勝てる気がしない。





……だが、ブラッドはどうも止める気はないらしい。






「やだね」





そう言うと、体から出た己の血を指につけ、その指を前に突き立てて、空中でシャッシャと指を動かした。




すると、そのなぞった後に、魔術式が描かれる。




この魔術式、やはりルビィドラゴンの左翼のものと同じだ!




こいつがルビィドラゴンの件の犯人で間違いないようだが、今はそれどころではない。





俺は慌てて、地面にいるイチジクに指示を飛ばす。





「イチジク! この男を止めろぉお!!」



「全く、面倒くさがりなのに、喧嘩っ早いから困ります」





俺はそれを聞き流しながら、巨大壁をすぐさまブラッドのもとまで近づける。





どんな攻撃かわからない以上、攻撃される前にすることを選択したのだ。





その時、前のブラッドを中心とした空中が爆ぜた。




恐らくイチジクがすぐに打てる手銃を放ったのだろう。





これで死んだと思われるが……






「念には念をだ!!」





この手の敵は、爆風が去った後に笑いながら出てくることがしばしばある(前世の漫画調べ)。



だから、今の状態の敵に刀で斬りつけておけば流石に倒しきれるだろう。





そう考えてもともと敵のいた前まで迫ると、刀を横に振り払った








……が、





「お兄さんたち、本当になんなのさ」





俺の刀はヴァンパイアの男、ブラッドによって掴まれていた。


いや、正しくは親指と人差し指で挟まれていたのだ。






「なっ!? 嘘だろ!」





両手で切り裂こうと思っても、刀はピクリとも動かない。


それどころか、ブラッドによって刀は上に持ち上げられ、それにつられて俺も空中に浮き上がった。







「え……おい、おい!? ちょっ」


「さよなら」





その言葉と同時に、俺は地面へと投げ飛ばされた。凄まじいスピードで刀とともに落下する。





地面が目の前まで迫る。





「マジで勘弁してく……どぶふぅぇ」






頭から思い切り地面に叩きつけられた俺は、断末魔をあげて力尽きた。体の全ての力が抜けて地面にヘタリ込む。






少し離れた位置からフェデルタの声が聞こえる。






「あるじどのぉー!!」




「あぁ……俺は大丈夫だから心配すんな」






かろうじて上がる右手を挙げて、フェデルタの声に応える。


そして、俺のもとまでたどり着いたフェデルタに体を起こしてもらった。





「ホントに大丈夫なのか? 主人殿」


「あぁ、死ぬほど痛いがな……」




今はへたばっている場合ではない、俺は肩を支えられながらも立ち上がって、再びブラッドの方を見る。





すると、彼はさっきのように目を大きく開き、今度は口も開けてこちらを見ていた。




そして、その口は笑みへと変わる。





「ホント……お兄さん、どうなってんの? 今の普通なら即死だよ?」


「ははっ、体だけは丈夫なんでね……」


「まぁ、どうだっていいさ。さっきの魔術式で、この山で使役して凶暴化させた魔物たちに近くの人を襲うよう指示したからね……どのみち、死ぬよ?」





くそ、このガキやりやがったな。






今この山に登っているのは、恐らく俺たちくらいだろう。冒険者は、村でボランティアに励んでいるからだ。




それはつまり、こいつの言う近くの人というのが、俺たちだけとなり、魔物がここに集中することになるのだ。




これまでは一体ずつ出てきてくれたから倒せた凶暴化した魔物も、囲まれたら勝つことは難しくなるだろう。






フェデルタに肩を貸してもらい、必死に呼吸をしながらそんなことを考える俺に向けて、奴は平然と言った。




「じゃ、僕はこの辺で。今日は楽しかったよ」




ブラッドはそれだけ言うと、空中に浮いたまま、後ろの方に向かって進み始めた。





「だめだ! 絶対に止めろイチジク!」





俺は頼れるオートマタに後を託すことにする。


それを聞いたイチジクは一言。






「承知しました」





とだけ呟き、ドローンを背後に展開し、自らの手銃も含め、ブラッドに向けて無数のビームを放射した。





雲ひとつない真っ青な空を、無機質な光線が飛ぶ。


その収縮する先はひとつ、空を飛ぶ魔族の男だ。






……が、奴はひらりひらりと全てを交わした。




そして……






「面白いね……君たちは」




そうかろうじて聞こえる声で呟いた途端、奴は消え去った。





「……すみません。逃しました」





こればっかりはイチジクも悪くないだろう。そもそも俺が失敗したのが問題なのだから……。





「いや、気にするな……それより今は前の現実をどうにかしよう」




そう言いながら俺は自分の足だけ立つと、前を見る。



そこには、広場に立つ俺たちを囲むように唸り声を上げる魔物たちがいた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る