第32話


「しっかし、首がないとか言うから浮いてるのかとも思ったが、見た目は普通の人間なんだな」





完全に日も登りきり、とりあえずイチジクに合流しようと山を下り始めた頃、俺の前を歩くフェデルタに声をかけた。





「まぁそうだ。基本的に首の間は魔力で繋がっているからな」





「なら、断面図はどうなってるんだ?」





これは純粋に気になった。もしかしたら、普通の人間のような断面になっているのだろうか?




「見るか……?」





フェデルタは意外とためらうことなく俺にそう言った。




すると、己の頭を持ち上げて、言葉通りその断面を俺に見してくれる。








それを見た俺は、思わず吐く……と言うこともなく、元の世界の言葉をつぶやいた。





「ワープホール……か?」





断面は、真っ黒な影がグルグルと渦巻いていていた。それは決して恐ろしいものではなかったが、不思議な雰囲気を醸し出している。





「触っても?」


「あぁ……」




フェデルタに許可をもらい、恐る恐る手を伸ばす……と





……!? なんだ、触れない……のに、すり抜けない??






触った瞬間は何もなく、貫通しそうだったが、第一関節分入ったところで、それ以上先に入らなくなった。別に壁にぶつかったわけではない、だが先に進めないのだ。





「なんか……変な感じだな」



「そうだろう? 食べたものはその渦から渦に移って体の中に入るのだ」




すげぇ……要は、食べたものはテレポートしてるということか。


ますます謎が深まるばかりだ。








頭を元の位置に戻して一人デュラハンの不思議について考えていると、前を歩く騎士様が右手を横に上げた。




「おっと、下がってくれ主人殿、魔物だ」




そう言うと、背中から大鎌を取り出す。




そして……




そのまま目の前に現れたトンボ型の魔物の息の根を止めた。一瞬だった。鎌を一振り、それだけで命の全てを剥ぎ取ったのだ。





「ほんと、俺の騎士様はすごいな……」


「もっと褒めてもいいのだぞ?」




ふとした呟きに、フェデルタが反応する。これを真顔で言ってくるものだから、始末に負えない。




「あぁ、すごいすごい」




こんな適当な褒め言葉でも、フェデルタは心底嬉しそうにその頬を緩めた。





なんか、こんなしょうもないことで、申し訳ないな……





そんなことを思いながらも、俺たちは足を進める。







……そして、その後何事もなく太陽が真上に登りきるまでに、俺たちは山を下りきったのだった。






「いやぁー、やっぱり攻撃役が一人いると全然効率が違うわ」


「私を騎士にして良かっただろう?」


「あぁ、まぁ今のところな」




ここまで長かった……しかし、ここからイチジクのいる村までは数分で着く。



結局イチジクの所用とは何かわからなかったが、聞いてみればわかるだろう。







やがて、村の入り口が見えてきて……



俺とその騎士フェデルタは、数時間ぶりに再び宿屋のある村に帰ってきた。






村に入った俺は、誰へというわけでもなく、挨拶をしてみる。



「ただいまぁ〜」




と、その瞬間、村の違和感に気づき、思わず言葉を漏らした。




「って、おい! どうなってるんだこれ!?」




村の中を進むと、村のあちこちの家が、昨晩共に語り合った冒険者たちによって修繕されつつあったのだ。





「冒険者たちが魔物に破壊された家屋を直しているな」




横でフェデルタがその異様な景色を見ながらそのままの言葉を言った。




いや、それは見たらわかるわ! それがおかしいと言っているんだ。






すると、ある家の前で瓦礫を撤去している冒険者のリーダー、マッソーを見つけた。


俺はすぐさま小走りでマッソーに近づく。その顔はどこか怯えており、昨日の豪快さは感じられない。





「おい! マッソー、どうしたんだ!? 今頃は山に冒険に出かけるはずじゃ?」





俺がそうして事情を聞こうとマッソーに歩み寄った瞬間だった。


俺の顔を見たマッソーが叫んだ。






「お帰りになったぞぉおお!」






……なんだ!? 唐突に何を叫んでるんだ!





すると、驚く俺を放ったらかして、その声に反応した冒険者が、村のあちこちから俺のもとにやってきて跪いた。





「なんだってんだ? おい、マッソー! 冒険にはいかないのか? ってか、何で「落ち着いてくださいマスター」」





俺が、前に土下座する冒険者達に事情を聞こうと躍起になっていると、隣から聞き慣れた無機質な女の声が聞こえた。





「イチジク! こいつら変なんだが……何で俺は跪かれてるんだ?」



「さぁ? 私には分かりかねます」






俺はイチジクみたいに簡単に相手の心を読めない、だがそんな俺でもわかる。






「お前、何かしたな?」





こんなことをしそうなのはイチジクくらいなものだ。俺はそう思ってイチジクに問う。






しかし、オートマタは言った。






「はて? なんのことでしょう」


「おま、俺に毒吐くのは勝手だが人様に迷惑をかけるな」


「……これは必要な処置です」





俺はじっとイチジクの目を見る。イチジクもめがね越しに俺の瞳を捉えた。





そして……





「はぁ、分かったよ。お前のことはよく分かっているつもりだ」





俺はすんなりと折れた。


イチジクは普段から酷いことを言ってくるが、彼女の行動に意味がなかったことなどない。きっと何かしら意味がある行為だったのだろう。





「とりあえず、宿屋に戻って少し眠らせてもらう……どうも眠い」






そうして数時間ぶりにベッドに戻った俺は、ぐっすりと眠りに落ちるのだった。












ーーー主人殿が眠った。



私を助けにくるために色々頑張ってくれたからな……





私はベッドに腰掛け、主人殿の寝顔を見つめる。普段からのんびりした顔をしていたが、寝ている顔は、なおさらのことボンヤリしている。




そして、私は己の領分をわきまえず、主人殿の頬に指でつついてみる。



こんな人族……いや、鍋蓋だったか? に助けられるとはな。





本当に人生とは分からないものだ。昨日までの私にこんな夢みたいなことを言ったところで通じないのだろう。





「でも、これが事実……なのだな」




私を助けようとして、川に飛び込んだ主人殿のことを思い出して思わずにやけてしまう。




その時だ。




部屋の扉を開ける音がして背後を見ると、主人殿曰く、精霊がついたオートマタ、イチジクがこちらを凝視していた。





「あっ…………」




マズイ、非常にマズイ。イチジクが主人殿にただならぬ好意を抱いているのは彼女を見ていればわかる。





私は、すぐさま椅子から立ち上がると、イチジクの方を向いた。



「いや、これはだな……イチジク!」




すると、必死で弁解しようとする私に、そのメイド服を着た彼女は言った。






「はぁ……あなたもチョロインでしたか」






は……? 今なんと? 私がチョロイン? いやいやいや、舐めてもらっては困るな。少し助けられたくらいで私が惚れるわけないだろう?





「違う、私はこの度主人殿の騎士となったのだ!」




「……フッ、主人殿ですか? これまたマスターも随分とタラし込んだものです」





イチジクがやれやれと言った風に首を左右に振る。





「くっ……まぁいい、それでイチジクは結局私がいない間なにをしたんだ?」





私は主人殿が気になっていたことを前に立つオートマタに尋ねる。主人殿はこの女を信用していたが、私はまだ信用できていない。





すると、思いのほか簡単にイチジクは事の真相を話し始めた。





「私が付喪神だということは聞いているのですよね? そんな私の能力の一つに、同じ付喪神の言葉を聞くというものがあるのです」





私は思考を働かせる。なぜ今そんな話をしたのか……そうか





「それで、私がこの部屋を飛び出した理由を聞いたのか? まさか、だから冒険者に罰を与えて……?」





もしそうだとしたら、私はこの女にも主人殿と同等の敬意を払わなければならないだろう。




「前半は正解です。ですが後半は残念、私はそこまで善人ではありません。貴方が勝手にどこで死のうが私には関係ありません」




ほ、ほう……なかなかに辛辣なことを言ってくれる。しかし、それだとなぜこんな状況に……





「私はある人と同じ土俵に立つために善行をしています」





 ある人……誰とは明言していないが、誰のことかは一目瞭然だった。






「だから、別に貴方のためではないのです……それに、もし冒険者共が部屋に侵入して貴方の身ぐるみを剥いでいて、それにマスターが気づいたら……」





その時は主人殿は深い悲しみに陥るだろう。





「マスターが転生者というのは聞きましたね? それだけにマスターは人を疑うということを知りません。そんな、そんな純粋無垢なマスターを私は汚したくなかったのです」





あ……なんとなく分かったぞ。こいつの善行がどうのこうのと言う話は、ほとんど建前でしかない。


本心は、自分の大好きなマスターが傷つくところを見たくないのだ。





私は、本質を尋ねてみる。




「それで、冒険者をどうしたのだ?」



「そうですね、貴方を追ってマスターが走っていったのを確認してから、一発あのリーダー格の男にお見舞いすると……自然と私に従順になりました」




この女……恐ろしい。


己のマスターのためにならなんだってしてしまうのだろう。





「それで、どうせ罰を与えるならと村の復興と村の警備にとやらせているのです」





そして……この女は優しい。



色々言ってはいるが、結局主人殿のことだけでなく、他人の幸せも考えている。





「まぁ、そんなことはどうでもいいのです。そちらは何があったのですか?」





一人、イチジクという精霊について考えていると、いきなり興味津々と言った風に話を振ってきた。



おそらく大好きなマスターの活躍を聞きたいのだろう。



別に隠す必要もないと考えた私は、あったことをありのまま話す。



そして、あらかた話し終えたとき、イチジクは目の前まで迫ってきていた。





「それで、騎士になったと……?」



「あぁ、その通りだ。だから別に主人殿にやましい想いなど抱いてはいない」



「ほう……言いましたね?」



「あぁ、もちろんだ」







私は自信たっぷりに答える。私の胸にあるこれは、絶対に恋愛心なるものではない、忠誠心だ。己のことは己が一番よく分かっている。






「……頭を取ってもよろしいですか?」


「あぁ、もちろん……? て、え、ちょっ、ちょっと待て……」




完全にしてやられた。ここまで一辺倒な返事だったので、油断していた。


持ち上げられた私は、次第に視界がイチジクの顔にまで近く。





「はぁ……お前も怖くないのか?」


「いえ、正直なことを申しますと怖いです。ですが、もっとグロテスクなものをドラゴンの胃の中で見てきたので」




イチジクは本当に心に思っていることを言ったようだった。


しかし、その言葉はこれまでの人間や魔族が言葉よりも不思議と暖かかった。






「それでなのですが……本当にマスターのことが好きではないのですね?」



こいつは本当にしつこい……



「あぁ、だからそうだと言っているだろ?」



「では、マスターの手をぎゅっと握りしめたいとか思いませんよね?」




「……ああ、そんなことは絶対に思わない」





少しだけ、ほんの少しだけ思ってしまっていたことは内緒だ。




「まさか、騎士ともあろうものが主人に抱きつきたいなんて思いませんよね?」





こ、こいつは何と破廉恥なことを……




「そんなこと思うはずがないだろ!」



「では最後に、まさかそのままスリスリしたい……なんてことは」







「だから、ある訳がない!! 貴様、それ以上戯言をほざくようであれば斬るぞ!?」





私は恥ずかしさのあまり正常に働かない脳で、イチジクを威嚇する。


が、イチジクは平然とした顔で私の目を見た。






「やれるものならやってみては? その状態で」




……は? 何を、そう思った私の頭をイチジクはくるりと回転させて、イチジクとは反対側、つまりは主人殿と私の胴がある方に顔の正面をやった。






……すると、そこには主人殿の手をギュッと握りしめたまま、主人殿に手足を絡め、そして主人殿に体を擦り付けている





……見間違うことなき私の胴体があった。






私は胴体にしっかりと意識を集中させて、その体を主人殿から遠ざける。




そして、そのままイチジクの手から私の頭を取り返し、首の上に乗せて言った。








「……コホンッ。で、何の話をしていたのだったか?」








「まさか、それでしらを切れるとでも?」




イチジクが目を細める。




しまった。完全な失態だ。無意識とはいえ何てことをしてしまったのだ……


私はこの完全アウェイの中でも己の思考を信じて、脳を働かせる。


なにか、何かいい言い訳はないのか!?





すると、前に立つイチジクが呆れ気味に口を開いた。




「はぁ……やはりチョロインでしたね。どうして、こんなどうしようもない男のもとに、女性は集まるのか……」




くそ、否定したいがあんな行動をした後じゃ否定しきれない……それに……





「まぁ、確かに主人殿は、どうしようもな変態ということは私も分かっている。色々格好をつけて言っているが、本心は丸見えだ……だ、だがな! 女が群がる理由は、イチジク、お前もよく分かっているだろう」




言ってみて頬が赤くなるのがわかる。しかし、私は喋ることをやめない。




「何か理由があって私のことは助けてくれたのだろう……が、助けられたことは事実だからな」




こう考えてみると、やはり私もちょろいのかもしれない。





その時だ、突然後ろから声が聞こえた。




「わーい、ハーレさいこぉ……ムニャ」





びくりとして後ろを見ると、主人殿だった。布団を蹴飛ばしながら幸せそうによだれを垂らしている。






そうして主人殿を見ていると、クスリと笑えてきた。


イチジクも前で少しだけ、ほんの少しだけだがその無表情を崩した。





「こんなどうしようもない男を主人に選ぶとは、イチジクは趣味が悪いな」



「それはお互い様では?」




こうして私たちは再び笑いあった。

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