第31話


「おい、フェデルタ。そろそろ起きろよ!」




俺はそんなことを言いながら腕の中の女の子の頬を軽くつねってみる。




すると、うぅっ……と言いながら、その長い睫毛の下にある瞳が姿を見せた。






「あぁ……私はあのまま眠って……」





しばらくして、ようやく思考が働き始めたのだろう。目を大きく開いてこちらを見上げて口を開く。






「す、すまなかった!! まさか抱かれながら寝てしまうとは!」


「いや、気にするな。 女の子の寝顔がみれたんだ。こちらこそ感謝してる」





なんたってフェデルタは可愛い、それだけに寝顔の価値も相当なものなのだ。


さらには、美少女の立てる寝息なども、もってのほかだ。実は時々フェデルタの顔を持ち上げて耳元に持っていっていたのだが、それは黙っておこう。





俺は、フェデルタの顔から洞窟の外に目をやった。




「まぁ、それはいいとして、そろそろ日が昇る。フェデルタの体を探しに行くには頃合いだと思うんだが?」




洞窟の入り口にはほんのりと明かりが差していて、東の空を見るとぼんやりとだが、赤みを帯びていた。


今日一日の始まりを空全体が告げているみたいだった。





「あぁ……私のためにすまない。しかし、どうやってあの場所まで行くつもりなんだ?」


「大丈夫だ! 作戦がある」






俺はそれだけ言うと、片手をスッと前に出し、目の前にスキル【巨大壁】を展開する。






「なんだ? なにかこの辺にあるような……」


「!? フェデルタには見えるのか?」


「いや、見えないが、何かの存在は感じる……」





巨大壁は、目に見えない透明な壁のはずだ。



ちなみに、今なら集中さえすれば、自由に動かすことが可能である。







「これは、魔術……なのか?」


「俺に魔術は使えない。魔力がないからな……これは俺の【スキル】だ」


「スキル? それは武具につくものだぞ? ユニークアビリティの間違いじゃないのか?」






ユニークアビリティ……そうだ、アンが持っていた気がする。確か、アンのはバーサーカーだったか? 一万人に一人とかの確率で持っているものだとか……だが、俺は生き物ではない。あくまで鍋蓋だ。




「いや、俺は寝る前に言った通りら鍋蓋なんだぞ? それこそスキルを持ってても変じゃないだろ?」






すると、少し時間をおいてフェデルタは口を開いた。





「本当に人族じゃないんだな……ユニークアビリティはほとんどの人が持っていない。もしくは持っていても一つが限界のはずだ」




すでに俺がみせたスキルは二つ、【レザークラフト】と【巨大壁】だ。もしこれらがユニークアビリティだとしたら、この時点で二つユニークアビリティがあることになり、矛盾が生ずると……






「なんだ? さっき鍋蓋の姿を見せたのに、まだ信じられないのか?」




内心では、ファデルタは信じているだろうと思いながらも、真意を確認する。





「いや、信じているとも」





少し微笑みながら言う。





「なら、いい。行くぞ、しっかり掴まっ……ていうのは頭だけじゃ無理か」





そんな茶番をしながらも、俺は横に倒した巨大壁の上に乗っかる。






「じゃあ、フェデルタの体目指して……出発!」





そう言ってふわりと浮き上がった俺とフェデルタは、洞窟を飛び出す。目の前には青々とした木々が茂り、道などはない。




「じゃあ、木の上まで上がるぞ!」





一気に上まで上昇する。この【巨大壁】の扱いにも慣れたものだ。すると、腕の中で興奮した声が聞こえた。





「浮いてる! 浮いてるぞ!!」





チラリと下を見ると、フェデルタが見たことないくらいはしゃいでいた。本人にその自覚はないのか、満面の笑みだ。




「どうだ!? 凄いだろ!」


「あぁ、凄い!! 凄い!!」





本来なら怖がるはずである飛行なのにフェデルタはどうも楽しんでいるようだ。





 こいつ、俺が今手を離せば死ぬこと分かってるのか?






 もちろん落とす気などない俺は、見下ろして地理を確認する。






「川があそこにあるから……川上はこっちの方か」





俺は巨大壁を川上に向かって進める。





しばらく進むと、森の一部が削り取られたようになっている場所を見つけた。木々があるべき場所は、地面ごと崩れていて、何か災害があったことがうかがえた。





「ここか……」





フェデルタ曰く、体の感覚は脳にきちんと繋がっており、痛くも痒くも無いということから、まだ体が無事であることは分かっている。





「あったら言ってくれよ?」





俺はフェデルタに探すように伝えつつも、速度を落とす。これくらいの速度なら、見落とすということもないだろう。





くそっ、体の安全のためにもさっさと見つけようとして早く洞窟を出たけど、少し早すぎたか……





太陽はまだ登っておらず、ようやくその先端が見えつつあるところだった。どうしても木々の下の暗さと相まって見えにくい。







一旦降りてから探すか……そう提案しようとした時、腕の中のフェデルタが声をあげた。





「あった、私の体だ! 右側の木の下!」




何!? 俺はすぐに言われた方に目線を動かす。すると、確かにそこには黒光りする何かが見えた。





「見えた! 急降下するから気をつけろよ!」





抱えられているフェデルタに気のつけようもないのだが、それでも俺は注意を促す。




次第に全貌が明らかになる。それは、まごうことなき鎧だった。首のない鎧が、こちらに向かって手を振っている。






「すげぇ、離れてても動かせるんだな」


「あぁ、便利なもんだろ?」





第三者視点のゲームを操作をしている感覚なのだろうか? そんなどうでもいいことを考えながらも、見事フェデルタの体の前に到着する。





「やっぱり、無事だったみたいだな」




その鎧は無傷とは言えなかったが、少し磨けばまた元の輝きを取り戻すだろう。そう判断した俺は、フェデルタの頭をあるべき位置、つまりは鎧の上に乗っけた。





「これで……」





そこで何か違和感に気づく。何か足りないような……胴体もある、美しい頭もある……あれ? 頭……





「しまった!! 甲冑忘れたぁあ!!」





そうなのだ。フェデルタを抱えてカッコよく飛んだのはいいが、完全に甲冑を忘れていた。





そこで、今すぐにでも取りに戻ろうと【巨大壁】をまた作ろうとした時、フェデルタが俺の服を掴んだ。






「大丈夫だ、あれはもう必要ない。もともと魔族であることを隠すためだけのものだったからな」




うっ……フェデルタの優しさが心に刺さる。






「すまん、完全に忘れてた」







改めて俺は謝罪をする。




すると、そう言って謝罪する俺の前で、フェデルタは突然膝をついた。






フェデルタの背後からは太陽が昇りつつあり、片膝をつくフェデルタの影を長く伸ばした。





「それに関しては許そう……だから……」





フェデルタのその美しい眼が俺の二つの目をしっかりと捉えた。その目からは、どこか獲物を逃さない肉食獣の雰囲気が感じられた。





しばらくの静寂……



周りの木々がサワサワと揺れ、太陽が黒く光る鎧を神々しく照らした。







そんな中、フェデルタは言った。








「この度、私、フェデルタは貴君を主人として認め、今後一生の忠誠をここに誓う」







決意したようなその表情からは、己の信念が感じられる。





……だが、




ちゅうせい? 中世? 中性? フェデルタは何を言ってるんだ?








俺の頭は処理に追いついていなかった。





「すまんが、何を言ってるのか……」


「そのままの意味だ、主人殿。私を雇え」





……あるじどの? アルジドノ?



こいつ、マジなのか?




言葉は理解できても、頭がそれを受け入れない。






「いや、何を言ってるんだ!?」



「主人殿はこれからペイジブルを治める重役を担うのだろ? だから、私はその騎士として主人殿の右腕として働きたいと言っているのだ」



「いやいやいや! どう考えてもおかしいだろ!? 何でそんな話になるんだよ!」






何とか面倒事になる前に、訳の分からない誓いをどうにかしようとするが、フェデルタは一向に折れない。






「何もおかしくはない、主人殿が言ったのではないか、一緒にいると、家族になると、仲間になると……まさか今更嘘などと言うまい?」




……あぁー、言われてみればそんな啖呵を切った記憶も無きにしも非ずだ。




だ、だがあの時はちょっと調子に乗っちゃったって所もあるし!?



てか、その項目の中に騎士になれなんてないじゃないか!!







俺は、両手を振りながら否定する。




「あれは、ほら、あれだよ! フェデルタを励まそうと思ってだなぁ?」


「つまり、嘘だと言うのか……」


「いや、嘘ではないぞ!?」





すると、フェデルタは、己の頭を両手で持つと、そのまま高くにまで掲げた。





「そうか……もういい、もういいんだ……断られた私は生きる意味を失った。これからこの首をあの川に向けて放り投げようか」





そう言って、目を閉じると、その頭を本当に投げようと後ろに引いた。





「ちょいまてぇえい! それはシャレにならんて! 分かったからその後ろに構えた頭を胴体の上に戻せ!」





彼女は目を開いて言う。





「なにが、分かったのだ?」


「分かったよ! 騎士になってくれ! どのみち反乱の起こる町を治めるのには戦力が足りないとは思っていたからな!」






俺は半ば投げやりにフェデルタの要請を許可した。


正直、後々に面倒事を引っ張ってきそうなフェデルタには退場願いたいが、戦力が欲しいの事実だ。





すると、彼女は頭を元の位置に戻しつつ、元気よく言った。





「では、これからもよろしく頼む主人殿」





こうして、不本意ながらも俺にデュラハンの騎士が出来たのだった。

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