第30話


「あーぁ、服ビショビショなっちまった」




月明かりが照らす川岸に一人の男が立っている。黒革で出来た珍しい服を身に纏っていて、なぜかその服からは水が滴っていた。そして何よりその男の胸あたり、そこには頭だけのフルフェイス型の甲冑が両手でしっかりと抱えられている。






って側から見たらそんな感じかな?





「フェデルタ、大丈夫か?」




顔を少し下に下げて、デュラハンの頭に語りかける。



夜が冷たい風を俺たちに突きつけて、呟く俺の背後では、川がジャブジャブと音を立てて豪快に流れていた。



すると、俺の問いに返すように甲冑から声が聞こえた。





「あぁ、私は問題ない……」




どうも元気がないみたいだ。声が小さいし、昼間みたいな覇気がない。





そうか、馬が欲しすぎて夜中に飛び出たことを恥じているんだな!






「分かる、分かるぞフェデルタ! 他のみんなは持ってるのに、自分一人だけ持ってないから無性に欲しくなるんだろ?」





俺も元の世界で似たような経験をした覚えがあるのだ。小学生の頃、クラスのみんなが戦える鉛筆、通称バトエンを持っていたが自分だけ持たせてもらえず、悲しい思いをしたことがある。





「……? なんの話をしているのだ?」





あれ……? 違ったのか? 俺は確認するように問いかける。






「いや、なんでこんなところにいたのかの話だろ?」


「すまん、少し食い違ってるみたいだ」


「みたいだな、とりあえずどこか風がしのげるところに行こう。昼間は暖かいといっても夜は寒い」





月が大分西に傾いていることから、そろそろ夜が明けることがわかる。少しの間だけ寒さをしのげる洞窟でもあればいいが……




「あぁ……すまない」




洞窟の場所など知るわけもないが、前は森、背後は増水した川だ。進む方向は前以外ありえないだろうと、俺は足を進める。





「にしても、かなり流されたみたいだな」





フェデルタの頭を抱えて川に落ちてからここの河原にたどり着くまで、数分かかった気がする。

その間、フェデルタの頭を水上に持ち上げながら、必死で水の中に【巨大壁】を作って足場を確保し、呼吸をした。



そのまま浮き上らせようと思ったのだが、集中しなければそれをうまく動かせず、作っては消し作っては消しを繰り返してここまで来たのだ。






「あぁ……」




フェデルタからそっけない返事が聞こえる。





よほど落ち込んでるのか?





俺は、適当に頭に出てきたセリフを並べる。






「朝、そう! 朝になったら胴の部分を探しに行くか」


「あぁ……助かる」


「イチジク来るっていってたのに、何してるんだろな」


「…………」





うっ……返事をしなくなった……なぜだ?



俺が何かしたか?



考えろ、考えろおれぇ……







「……い……おい!」



足は前に動かしながらも一人でうんうん考えていると、フェデルタの声がした。





「え! なんだ? どうした?」






まさかフェデルタの方から声をかけてくるとは思っておらず、焦ってしまう。






「あそこに洞窟があるぞと言っているんだ」



「あぁ、洞窟、洞窟ね。 じゃあ、あそこでしばらく休むか」






言われて見れば、確かに岩の間に隙間が見えた。



フェデルタの頭を両腕に抱えた俺は、その洞窟に方向を変え、歩き出す。






洞窟の中は薄暗かった。しかし、濡れた体に夜風が当たることはなく、外よりは快適と言えるだろう。




入り口付近で、魔物の危険がないことを確認した俺は、瞬時にスキルの【レザークラフト】で一枚の大きな革を作り出す。





「今のはなんだ!? 突然前に布が!」





あぁ、そういえばフェデルタにはまだ何も言ってなかったな……





「俺のスキルだ! 凄いだろ?」






俺は膝をつくと、フェデルタの頭を丁寧にその革の上に置く。そして、転がる心配のないことを確認してから、【レザークラフト】で自分の服を一丁仕上げた。





「じゃ、ちょっと着替えてくるからここで待っててくれ」


「……あ、あぁ」





少し間を置いてから、フェデルタが言葉を返す。


このスキルによほど驚いているようだった。






それからしばらくして、乾いた服に着替えた俺は再びフェデルタのもとにまで戻ってきていた。



今は岩を背にして座っていて、前には喋る甲冑が鎮座しているという、不思議な状況だ。






なんともいえない気まずい空気の中、フェデルタが声を発した。





「シルドー、貴様は一体何者なんだ? あの魔物の攻撃を受けても無傷、それに飽き足らず訳のわからない布を出す……」





フェデルタの声が洞窟に反響して、響いて聞こえる。遠くで水の滴る音が聞こえた。






「俺が何者か……か」






その時、ふと脳裏にアプルの森で出会った半魔族の少女の顔が思い浮かんだ。





そういえば、アンがまたいつか教えて欲しいみたいなことを言っていたな……






俺はすぐにでも教えようとしたのに、本当に認めてもらえるまで嫌だとか言ってたっけ?






「てか、前にも言ったと思うが?」



「そんなこと、言っていたか?」







こいつ、全然信じてなかったな?






正直、自分が鍋蓋であることを隠すメリットは少ない。せいぜい弱点を探られにくい程度だろう。それなら、信頼の証としてでも正体をバラしてもいい気がする。


そう思った俺は、口を開いた。





「そうだな……俺は道具であり、防具でもあり……そして人間でもある。そんな存在だ」





言わずもがな、説明を聞いたフェデルタは理解できていないようだった。これはやはり実物を見せた方が良さそうだな。






俺は、その場でスキルを実行する。





「【進化】鍋蓋!」





次の瞬間、数歩先しか見えなかった真っ暗な洞窟に、突如眩い光が満ち溢れた。


洞窟の奥まで、昼間の明るさのように光が照らす。




……そして、その光が収まるとそこには一つの鍋蓋があった。






言わずもがな、俺である。



これにはフェデルタも驚きを隠せないようで、舌が回る。






「どうなっている!? これは変幻の魔術か? これほどサイズの違ったものになれるなど、聞いたこともないが……」





返答しようにも、鍋蓋では話せない。声を出す器官がないのだから当たり前だ。急いで俺は人間に【進化】して、フェデルタに言う。






「違う、あの鍋蓋こそが本来の姿だ」







って……とりあえず服を着るか






それから俺は、いそいそと服を着ながら、ここに来るまでのことをゆっくりとポツポツと話し始めた。


前世のこと、ルビィドラゴンのこと、王様のこと、イチジクのこと、そしてアンのこと。閻魔様のことは言わなかった。善行は相手にその善行の目的を知られた時点で善行ではなくなると思ったからだ。







甲冑のせいでフェデルタの表情は分からなかったが、信じてくれたようだった。



「そうだったのか……なら、もう一つ質問してもいいか?」




一通り話を聞いたフェデルタが最後にもう一つ質問がしたいと言ってきた。もちろん俺はそれを拒む気などない。


フェデルタは、意を決したように重々しく言葉を紡ぐ。






「その……だな。私が気味悪くはないか?」





なんだ? どう言う質問だ? 不思議に思いながらも、問いに答える。






「いや、全然? むしろ、可愛い声してるんじゃないか?」



「こ、声の話などしていない! 私は首がないんだぞ? 頭が外れるんだ!」





こいつは何を言ってるんだ? フェデルタがデュラハンだと言うことは出会った時に聞いている。



首がないのは当たり前だろう。






「いや、だからフェデルタはデュラハンなんだろ?」



「そうだ、私はデュラハンなのだぞ!? 見た目は魔族の中で最も人族に近いと言われる種族……」



「つまり、どーゆーこと?」







何か必死で訴えかけてくるが、結局何が言いたいのか分からない。







すると、フェデルタはこれまでにないほどの大きな声で言った。






「だ……から、デュラハンは普通首が外れることはないのだ!」





え……?




「な、な、なんだってぇえええ!!」






洞窟内に響く俺の驚きに満ちた声。





「なぜ、そっちに驚く!」





デュラハンの頭が取れない……だと……それは本当にデュラハンと言うのか!?


首が取れてないデュラハンとか、ただの騎士じゃないか!!






俺は怒りに打ちひしがれる。おそらく、時代の流れの中で他の種族と交わったことで、首がくっつくと言う遺伝子の方が勝ったのだろう。



一人、この中途半端なファンタジー世界に怒りを覚えていると、フェデルタが落ち着いたテンションで言葉を発した。





「はぁ……まぁいい。本当に変わった男だな」





「失礼だな、変わってるのはファデルタの方なんだろ?」





「それは……まぁ、そうだな」





 少し残念そうな声を聞くと、なんだか俺が悪いことを言ったような気になる。





「はぁ……もしお前のことを気味悪がってたら、わざわざ川に飛び込んだりしないだろ」






俺はため息をつきながら至極当然のことを言う。




しばらくの静寂。



そして、どこかで雫が落ちる音が数回したころ、ようやくフェデルタは声を発した。





「なら、怖がっていないことを証明してもらおう……」



さっき頭を助けようとした時点で分かってくれても良さそうなものだが……




「いいだろう、その挑戦受けてたとう」




すると、そう意気込んだ俺にフェデルタは言った。






「私を……抱け!」


「任せろ」





俺はそれだけ言うと、素早く頭だけの甲冑を持ち上げて自分のもとまで持ってきた。そして、そのまま両腕でがっちりと抱きしめる。



抱きしめたと言っても、腕に当たるのは、メタリックなフォルムと、鋼鉄の冷たさだけだった。






「ホント……何のためらいもないのだな」


「そりゃそうだ」


「そりゃそう、なのか」







嫌味にしては嬉しそうに、フェデルタは話す。




あぁ……どうせ抱くなら体の方が良かったな



「おい、今ろくでもないことを考えたろ?」





一人でその感触を妄想していると、腕の中で声がした。





なんでこいつ俺の考えてることがわかるんだ……エスパーなんて、どこかの毒舌メイドオートマタみたいだぞ?







「な、何のことだかさっぱりだ……」







俺はしどろもどろになりながらも否定の意を表明する。ここで折れてしまっては、変態の汚名を着せられかねない。







「ふふっ……私はな、私は今ものすごく楽しい」


 




さっきまで落ち込んでいたと思ったら、腕の中の頭は突然笑い始めた。何がそんなに愉快なのか、これまで喋ってきた中で一番愉快そうに言った。






そして一通り笑った後、彼女は少し真面目なトーンに切り替えて、話し始めた。






「実はな……私は首なし騎士として、一家を追い出されたんだ」





それからフェデルタは、己の半生について話してくれた。行き着く先もなかったこと、みんなに酷い目にあわされたこと、気味悪がられたこと……そして、俺と出会ったこと。






これらの話は全て新鮮で、俺のことを信用してくれたように感じられた。






「そんなことがあったのか……」





なんだか、俺の出会う女の子はみんなバックグラウンドに悲しい過去を持っている気がする……



そんなことを思いながら、俺はフェデルタを抱きしめる腕をより強くする。





「じゃあ、それ救った俺、今めっちゃカッコよくない?」





それだけポツリと呟くと、気分を良くした俺は続けざまにまくし立てた。





「家を追い出された?(美少女と一つ屋根の下なんて、ウェルカムだし)一緒に住もう。家族に見放された? (夫婦的な意味で)俺が家族になってやる。仲間がいない? (同じくぼっち体質の)俺が仲間だ。首がない? 俺も首を……」






って、それは無理か。と最後は戯けた声で語りかける。






「とにかくファデルタよ、そんな経緯だったなら、この俺の善行に感謝するが良い!」






締まりが悪くなりそうだったが、大きな声でフェデルタに言った。





 ……ちなみに、カッコの中は口には出していない。







すると、腕の中でまた声がした。






「そこまで言うなら……なら、頼みがある」


「なんだ? 馬を探しに行くのなら……」


「中身を、甲冑の中身の方を……てくれないか」


「えっ……なんて?」


「だから、中身の方を抱いてくれ!!」





これにはさっきみたいにすぐに抱きしめることができなかった。





理由は簡単、中身ということはフェデルタの、女の子の顔を腕に抱くことになるのだ。そんなドキドキ体験、前世でも今世でもしたことがない。






俺は、己が照れていることを隠すように尋ねる。




「いや、でも甲冑とるの嫌がってなかったか!?」




部屋で脱ぐように言ったら、無理だと言われたことを思い出したのだ。




しかし、フェデルタは「今は大丈夫だ」とか、訳のわからないことを言い出した。






「あの時は、頭の甲冑をとった反動で首が取れるのを懸念していたからな。今さら隠すこともあるまい」





なるほど……それで甲冑を取るのを嫌がったのか。


しかし、そう言われれば断る理由もなくなった。

俺は意を決して甲冑に手をかける。






「じゃぁ……やるぞ?」



「……あ、ああ」



「そこを……そうだ、うまいぞ。そのまま……」


「こう……か? すごい、こんな奥まで」


「あっ……ちょ、ちょっとやめ、やめろ」


「もうちょいだから、少しだけ我慢してくれ!」





……そして、俺はフェデルタの甲冑を取り外すことに成功した。






いま俺の手の上には、女の子の生首がある。





後ろ髪しか見えないが、真っ白な絹のようなそれは、暗闇でもわかるくらい美しかった。その白髪は、おおよそ均等して肩までであり、天然なのか毛先には若干のパーマがかかっていた。







「おい、今更だが顔が歪でも突き放すなんてよしてくれよ? このごろは顔など、誰にも見せたことはないのだ……自身の顔がどんなものなのかよく分からん」





さっきまで甲冑のせいでくぐもって聞こえていたその声は、今ではクリアに聞こえ、よりその尊さが増しているように感じた。





「ふっ、俺はどんな女の子も好みにいたらしむことが可能な数少ない男だぞ? 心配するな」





それだけ言うと、辛抱たまらんといった風に、俺はフェデルタの頭をくるりとこちらに向ける。





髪がふわりと揺れて、その顔を露わにする。





「う、嘘だろ……」







そこにはまごうことなき美少女がいた。




デュラハンは、もともと肌が白いと聞いていたが、その純白の肌からは神々しさすら感じる。






「な、なんだ? そんなに酷いのか!?」




 目が合う。


どこか必死にフェデルタが問いかけてくる。



「いや、むしろ逆だ……」



普段なら照れてこんなこと絶対言えないだろうが、あまりの美しさに脳が働いてなかったようだ。




すると薄暗い闇の中、デュラハンの彼女は頬を染めて照れながら笑った。





「そ、そうか……ありがとう」



「は、ははっ……卑怯すぎるだろ」





顔も声も、全てが完成された存在……顔を見たまま、目線を離せないでいると、フェデルタは、少し目線を横に反らせた。





「そんなに見るな……」



「え……あっ、す、すまん!」





それにつられて、俺も慌てて目線をそらす。


視界に洞窟の壁が映る。




すると、手元から声がした。





「それでなんだが……抱いてはくれないのか?」



「え!? ……あ、あぁ」






さっきまでは平然としていたが、この美人を腕に抱えると考えると、やはり緊張してしまう。





それでも俺は、フェデルタの頭を再び胸元まで引き寄せてくると、そのまま抱きしめた。





「これで、いいのか……?」



「ああ……こうしてもらえると安定していてすごく安心する……それに、暖かい。温もりを感じる」





ポツリポツリと呟くその声は、少しずつ小さくなり……






そのまま寝息へと変わる。






「って、速攻で寝るのかよ……」






俺はそんなことを呟きながらも、腕の中の女の子の体温を感じ、しっかり生きているのを感じていた。

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