第29話


「消えろ! この魔族の恥さらしめ!」





私の名前はフェデルタ。本来なら姓に当たる部分があるはずなのだが、私にそれはない。いや、ついさっきなくなったのだ。





魔族領にある由緒正しき武家に生まれた私は、たった今家を追い出された。






雨が降りしきる中、私はもと我が家の前で呆然と立ちつくす。




たった10歳の娘を追い出すとは、とんだ家族だ。しかし、生まれた時からこうなる予感はしていた……この家に私の味方は一人もいなかったのだ。




家の、いや、魔族の面汚しと見なされた私はずっと離れ家に隔離されていた。しかし、実力をつければいずれはみんなの……家族の仲間に入れてもらえると信じて、死ぬほど鎌の技術を磨いた。デュラハンは、鎌の技術こそが実力と見なされたのだ。





「あたし、あたし頑張ったのにな……」





そんな呟きも雨の音に紛れて消えていく。普通の人が今の私を見たら、家を追い出された反応には見えず、さぞ異端な少女だと思うのだろう。




でも、もう涙も出ないんだ。ここに出されるまで、散々泣いた。嫌だ嫌だと叫びながら、必死で抵抗しながら……それも無駄だった。




あぁ、私はなぜ追い出されたのだろう? 何がいけなかったのだろう? ……どうしてあんな目で見られなければならないのだろう?




私が弱かったから? いや、死ぬほど努力した結果、同年代に負けることは絶対にない。



じゃあ、私が悪いことをしたから? それも違う、私は何も悪いこと……いや、全てにおいて何もしていない。




ならなんで……



いや、こんなこと考えるまでもなかった。理由は簡単……





「私が首なしだから……」





私たちデュラハンという種族は、魔族においても十本の指に入る強力な魔族の一種だ。見た目は少し顔色の悪い人族というだけの大きな特徴のないものだが、強さが桁違いだ。



デュラハンの振り下ろす鎌の攻撃を受けた弱き者は、即座にその魂を削り取られる。




さらに、強力なのはその鎌だけではない。デュラハンは、固有の魔術として、死霊魔術を使えるのだ。この死霊魔術は死者の魂に干渉して、自分の思うがままにできるというとてつもない能力だ。




ちなみに、私はそちらも鍛え抜かれている。強力とされるデュラハンの中でも、今の段階でかなり強い部類に入るはずだ。





なのに……





私には『首がない』のだ。




さっきも軽く触れたように、デュラハンの見た目はほとんど人族と変わらないはずなのだ。現に両親も兄弟も皆人族と変わらぬ見た目をしている。




だが、あたしは違った。あたしの頭は取れるのだ。普段は魔力でくっつけているが、魔力が切れたり大きな衝撃が与えられたりすると、頭はあるべき位置から落ちるのだ。





かつてのデュラハンは、そうであったという文献もあることから、あたしは純粋なデュラハンの血がたまたま多かったのだと思う。





そう、たったそれだけの理由なのだ。それだけの理由で、あたしは家を追い出された。




「首が落ちるのは、敗者……か」






そう、生物的に首が落ちるとはすなわち死を意味する。それを魔族の人々は忌み嫌ったのだ。両親は武家の名を汚すわけにはいかないとあたしを離れに押し込んで、しまいには外に捨てた。





「これから、どうしようかな……」





もう、全てがどうでもよかった。ついに完全に捨てられたのだ……することもない。生きる気にもなれない。





「いや……でも……そうだな。馬、探しに行こうかな」




デュラハンは、大人になるために自分自身の馬を手に入れる。それは永遠のパートナーになるのだ。

なぜ、このタイミングでそんなことを思ったのか……





「馬でもいい、誰かと一緒にいたい……」





自分自身でもよく分からない。ただ、無性に寂しかった。





「このまま何事もなく死ぬよりは……」





そう思ったあたしは、土砂降りの雨の中を一人でポツポツ歩き始めた。















ーーあぁ……またこの夢か……あれから何年もたってるが、まだ見る夢だ……



体は横にしたまま首をひねる、そこには人族の青年が寝ていた。気持ちよさそうに寝息を立てている。





「一緒にいてやる……か」




そう言ったこの男の名はシルドー、魔族であることが分かった上で、一人だった私に興味を持った変わった青年だ。





こんな穏やかな気分は初めてだな……何年も使っていなかった口角がピクリと動いたのがわかる。





「あぁ……浮かれてるのかもな」





この男の言うことが本当かどうか分からない。ただ、今はこれが心地よかった。





しばらくそうしていると、そんななんとも言えない微睡みを壊すように声が聞こえた。それは小さな声だったが、静かな夜にはよく響いた。






「確かあいつの部屋は……」


「待ってくださいよマッソーさん」





……? こんな時間に何なのだろう?



ただ、この声はついさっき聞いた記憶がある。今前で寝ている男が一緒に楽しげに酒を酌み交わしていた相手だ。




次第に声は近くなってくる。足音を消そうと頑張っているが、年代を重ねた床の音は消しきれていない。





……ギシィ……ギシィという一定の音が聞こえる。






「本当に大丈夫なんですかい?」


「気合い入れろや、あの鎧、絶対に高値で売れる」





そんな声が聞こえた時、私は全てを悟った。あの冒険者たちは、私の着ている鎧に目が眩み、物欲に負けたのだと。盗みを働こうとしているのだと……






「私“たち”の冒険はここまで、か……」



 



私はほんわかした気持ちを心の奥にねじ込める。すると、いつものようにサバサバした冷えに冷え切った何かが心を満たす。





そんな心でも考えることがある。





ここで反撃に出れば、きっと勝てるだろう。そして、事情を話せば、ここにいる心優しい二人はなんだかんだ私の味方をしてくれて、冒険者を一緒になって懲らしめてくれるに違いない……





だが、こんな私に束の間の安らぎを与えてくれた彼は、今盗みをしようとしている者たちと親しげだった。




「こんな私のせいでその友情に傷を入れたくはない……」




聞かれていないだろうが、そんなことはどっちでもよかった。私はそれだけ言うと、素早く愛用の鎌を携え、窓のそばまで向かい、地面までの距離がそう遠くはないことを確認する。




私は窓を開けて、部屋の中を改めて見る。


私と一緒にいてくれると言った青年がベッドで幸せそうに寝ている。彼は、少し優しすぎるような気もするが、口だけでも優しいことを言ってくれた。





しかし、やはり魔族と人族は相容れぬものなのだ。




次に少し視界を動かすと、椅子にメイド服を着た女性が座って眠っている。彼女は言動こそ、この青年に冷たいが、本当は何よりも青年を愛し、青年に尽くしていた。完璧そうに見えて、実は不器用なのだと感じた。





「ありがとう二人とも……」





そう呟いた私は、また一人で冒険を再開する。




外は雨が降りしきり、どうしても家を追い出された頃の記憶がフラッシュバックする。今の風景も気持ちも、あの頃と似ていた。




しかし私は振り返らない。私はここにいるべき存在ではないのだ。




そういえば彼らは明日、この前にそびえる山を迂回して進むと言っていた。逆に考えればこのまままっすぐ山を突っ切れば、もう会うことはないということだ。




話し合いでは、危険だから避けたほうがいいと言ったが、それはあの二人がいる場合だ。





私は魔族でもそれなりに強いという自負があるから問題ないが、あの二人……特に男の方は見た目もヒョロいし、強い魔力も感じられない。彼らではこの山を越えるのは不可能だろうと考えたのだ。





もし私が一緒なら……もし私に首があれば……





「ダメだな、つい感傷的になってしまう」


自分に言い聞かせるように、 歩く速度を上げる。冒険者が追ってこないの見ると、どうやらそこまでする気はないらしい。



そうして十分もしないうちに私は山にたどり着いた。雨は次第に弱くなり、今では鎧越しには降っているのかどうかわからない状況だ。


「一気に、山を越えるか」


そうひとりでに決意した私は、勢いよく山を駆け上る。足を進めるたびに地面に足が突き刺さり、進みにくいことこの上ないが致し方あるまい。


そうしてしばらく進むと、魔物が出た。巨大な図体のそれは、虫のような羽を二本ずつ左右に生やし、長い尻尾を持っていた。






「これはまた……でかいトンボだ」





襲ってきたそれに、私は愛用の大鎌を取り出すと、一振り……それだけで魔物は生き絶えた。



大鎌を背中に戻すと、私は何事もなかったかのようにまた進み始めた。






この程度、私には余裕だ。普通の人にはできないであろう芸当だが、私にはできる……はずなのに。





「どうして普通の人にできる普通のことが、私には出来ないのだ」








それからしばらくして、喉の渇きに気づく。



そういえばここまで急いで来たから、喉がカラカラだな……川でもあればいいが。



水の音が聞こえないか耳をすませてみるが、聞こえてくるのは魔物たちの遠吠えくらいなものだった。





「いや、わずかだが聞こえるな」




そんな魔物たちの声が静まったとき、小さな音だが水の流れる音が聞こえた。





「こっちか?」





わずかな希望にかけて私は進む。この旅において一番困るのは、食料問題だ。お金を持たない私は、基本的に自給自足なのだから。





食べるものを食べなければ、いくら強力な魔族と言えども訪れるのは同じく死だ。





「ようやく見つけた……のだがなぁ」





たしかに目の前には川があった。雨のせいで多少濁ってはいるが、そんなもの些細な問題だった。



「流石にこの高さからは取れないな」




そう、川は自分が今立っている位置から遥か下、要は渓谷を流れていたのだ。





「川上まで歩いて行くか……」





少し遠回りになるかもしれないが致し方あるまい。そう考えてまた山上へ進もうとした……




その時、突然渓谷とは反対側から声が聞こえた。









「グルゥ……ルルルルルルル」




それはドスの効いた魔物のものだった。急いで声の主を見ると、そこには巨大な鳥がいる。





こちらをじっと見て、首をクリンックリンと回しているその姿は、小さければ可愛かったのかもしれないが……




人の数倍の大きさでそれをされると、捕食者にしか見えなかった。





「バカな、私が気づかなかったなど!」





驚くが、やすやすとやられてはいられない。急いで背中の大鎌を構えようとした時……






「なっっ!!」



ぬかるんだ地面に足を取られた!?






足が思い切り前にスリップし、鎧が重くてそのまま尻餅をついてしまう。




ハッ! と思って前を向いた時には既に遅かった。





さっきまでじっとこちらを見ていた魔物は、その鋭い片足をあげると思い切りこちらに振り下ろしたのだ。





あんなものに攻撃されたら、いくら鎧を着ていても真っ二つに両断されるだろう。








「あぁ……本当に何のために生きたのか」






死の瀬戸際でそんな言葉が漏れる。私はいずれくるであろう衝撃を待ちながら、目をぎゅっと閉じる。





「……あっ、でも最後はちょっとだけ楽しかったな」




最後に昨日の出来事を振り返り、笑みがこぼれる。












そして……














「ったく、いくら早く馬を捕まえたいからって一人で行くことないだろ?」





声が聞こえた。聞こえるはずのない声が。のんびりしたその声が。私と一緒にいると言ってくれたあの声が。心のどこかで待ちわびた甘い声が……





私はゆっくりとまぶたを開く。そこには、やはり彼がいた。少し長めの黒い髪、ひょろりとしていて、目からはのんびりした感じを受ける。




あぁ、彼は本当に私を受け入れてくれるのだ。口だけではない、行動で示してくれたのだ。




冷え切っていた心があったかくなるのを感じる。




どうもダメみたいだ、私はこの暖かさの虜になりつつある。どうしてもこの暖かさから離れたくない。



助けに来てくれた彼に対して「なぜここに? とか、なぜここがわかった?」などと聞く気はない。





私は嫌な女だ。こうなることを心の隅で夢見ていたのだ。そうなって欲しいと願って、わざと足跡が残るようにしっかりと歩いたり、回り道をしてみたりしたのだ。




しかし、それと同時にほとんど期待もしていなかった。これまでも、私に同情してくれた人は何人かいた、しかしそれはあくまで口先だけのものだったのだ。彼らはいざとなれば平然と私を見捨てた。





「お前と言う奴は本当に……」





あの日、家をおい出されて以降一回たりとも流したことのなかった何かが目からこぼれ落ちる。




この水滴は、あの頃のものは全く違うものだ、これは冷え切った心の氷が溶けた水なのだ。






その時、違和感に気づいてしまう。それは、どうしようもなく悲しい違和感。





「お、お前……私を庇って」





そうなのだ。シルドーという男は、私を正面から抱きしめるようにしており、その背中には魔物の爪先が食い込んでいる。





彼は、どう見ても弱い。私はとんでもないことをしてしまったのではないか、そう思うと頭から血の気が引いた。






しかし、彼はいつものようにのんびりとして言うのだった。





「……ん? あぁ、気にすんな。俺は他の人よりちょいと丈夫に出来てるからな。この程度じゃ痛くて痛くて死にそうだが……死ぬことはない!!」




そう言って彼は左腰にかけた刀に手をかけ、後ろに向かって思い切り振り払った。




「いってんだよぉ!!」




ザシュッ……




そんな音だけを残して、魔物の足は切り飛ばされる。





「クルゥァアアアアアア!!!!」




痛みによるものか、魔物の叫びが山にこだまする。




「なっ、どうなって!?」





思わず声が出てしまうが、それでも彼の快進撃は止まらなかった。





魔物が翼を利用して空に舞い上がり、そのまま槍のような嘴を立てて、一気に急降下してきたが、彼はそれを左手で止めてみせたのだ。



雨で緩んだ地面がえぐれる。



この魔物の攻撃は、盾を十以上重ねたところで全てを貫通しただろう……が、彼は左手でその攻撃を受けると、そのまま掴んで右手に持った刀を振るう。





「そ、そんな無茶苦茶な……」




刀も業物らしく、一刀でその魔物を両断した。




「ク、クルックゥ…………」





魔物の断末魔が聞こえ、その鳥は地面に横たわった。





私は夢でもみているのだろうか? 信じられない光景が目の前に広がっている。何が危険だから山を迂回しようだ、言っていた自分が恥ずかしくなる。





呆然とする私の前に、彼は近づいてくると目線を合わすためか、しゃがんだ。




「はぁ……痛かった……ったく、よっぽど馬が欲しいのか? 一晩くらい我慢して寝ろよ。あっ、助けてやった報酬はお前の素顔でいいぞ」





ため息をつく彼の顔は、まだ眠いらしく気が抜けていた。







「だ、だが私は……」


「さっさと戻るぞ、馬はちゃんと一緒に探してやるから」





本当に彼は、それが当たり前のように言った。これまでそんなことを言ってくれる人などいなかったのに……









今は、今だけはもう少しこのままで……


私は、先に立ち上がってこちらに手を差し伸べる男の手を握った。








その時だ、地面が揺れた。







ここは渓谷の側だ。恐らくさっきの衝突の時に地面に入った亀裂が原因で、水分を含んだ地面が土砂崩れを起こそうとしているのだろう。






「マズイ、ここから離れなければ!」





私は声を張り上げる……が、時すでに遅し。





ちょうど私と彼の間に亀裂が走ったのだ






それに気づいた瞬間……一瞬で地面は崩壊した。身体が宙に浮く。





前を見ると、青年が私をみて目を見開いている。体が……落ちていく。




このまま落ちて死ぬのか、そんな考えが自然と脳に浮き上がる。最期に彼の笑った顔をもう一度……





しかし、彼は諦めてはいなかった。掴んでいた右手を思い切り自分の方に引き寄せたのだ。鎧で重たいはずなのに、体が浮き上がる。






「うぉらぁああああ!!!!」




この叫ぶ青年はどこまでも優しい。それはきっとどこまでいってもだ。彼は思い切り私を引き上げた。




体が地面を感じる。あぁ、足が地面についたのだ。





本当に助けられ…………






「あれ?」





体はちゃんと地面の上に乗ってるはずだ。浮遊感はなくなり、地面にに触れるのだから……しかし、視界は青年から離れていく。






なぜか、私の体を抱き寄せる青年の姿が見える。体も人の暖かさを感じているはずなのに……





あぁ、頭が反動で外れてしまったのか……



ようやく現実を理解した。私は首なしデュラハン。衝撃を与えただけで、頭が取れる魔族なのだ。





「お願い……お願いだから見ないでくれ」





このまま頭が川に落ちれば間違いなく窒息して死ぬだろう。頭一つじゃ泳ぐことすらできないのだから。




しかし、私の頭に出てくるのはそんな心配ではない。死んでもいい、だからシルドーというこの青年に、私の首が取れた姿を見られたくない、という感情だけだった。




この青年にだけは、私の醜い部分を見て欲しくない。他の魔族や人族がしたようなあの目を向けて欲しくない。離れて欲しくない。




視界が空を映し出す。星の一つも見えない真っ暗な世界が視界いっぱいに広がる。





「あぁ……別に騙してたわけじゃないんだ。ただ、温もりが欲しかった」




誰にも届かないその声は、土砂の崩れる音に紛れて消えていった。









ーー刹那、少し滲んだ空に異質な影が写り込んだ。




私は思わず目を見開く。



すると、その影は叫んだ。



「落し物ぉぉおおおおおおおお!!」





勢いよく落下してくるそれは、私の視界を覆い込んだ。おそらく頭を抱きしめたのだろう。革の匂いがして、暖かさが私を包む。クスリと笑いながら、私は口を開く。





「本当にバカなんだな……」


「あぁ? 何いってのか聞こえないぞ!!……ってか、落ちるぅううう!!!!」





こうして私を助けた哀れな男はかなりの高度から川に向けて落下していった。



腕に頬をピンクに染めてにやけている私を抱えて……。



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