第28話
「ふぅ〜〜食った食った」
食事を終わらせた俺たち三人は、一日借りた部屋でゆったりとくつろいでいた。ベッドに座る俺の前の椅子に、鎧……もといフェデルタがお行儀よく座っている。
すると、俺の斜め前に立っていたイチジクが声をあげた。イチジクにもくつろぐように勧めたが、立ったままでいいと断られたのだ。
「それにしても、人と出会わなかった理由が魔物の凶暴化とは思いませんでした」
そこで数時間前の店主の言葉を思い出す。
「そうだな……あの山は避けて行った方がいいかもな」
なにも、自ら危険な生物がいると分かっているところに行く必要性はないだろうという判断したのだ。
「はい。ただ店主によれば、山を迂回して行くとすれば通常一日のところを、二日かかることになるそうですが……」
さすがはイチジクだ。俺の知りたかったことをすでに調査済みとは
どうすっかなー……
俺はそんなことを考えながら、ゆっくりと体を後ろに倒す。柔らかいベッドの感触が体全体を満たしてきた。
その結果……
「フェデルタはどうすべきだと思う?」
フェデルタに任せることにした。倍の時間歩くのも、危険な魔物と戦うのも大差ないし、両方嫌だ。
すると、突然話を振られたフェデルタは、少し悩んだ後で、答えを出してくれた。
「私は迂回すべきだと思う。無理して山を渡って、殺されでもしたら元も子もないだろう?」
なるほど、もっともな意見がきた。俺は頑丈だし、イチジクは殺戮マシーンだから危険はないと思っていたが、一般的に考えれば危険は避ける、当たり前のことじゃないか。
「そうだな、やっぱり危険は少ない方がいいよな……決まりだ! 明日は迂回してペイジブルを目指そう」
この意見に異議はないのか、イチジクも頷いた。
そうして明日の予定について決定したとき、数人分の足音と、なにやら騒がしい声が部屋にまで届いた。
「一階の食堂の方からです」
「恐らく、冒険者が山から帰ってきたのだろう」
イチジクとフェデルタが分析する。
冒険者かぁ……やっぱり憧れるよな……冒険者なのだから、今頃は食堂で仲間たちと酒を飲んで大いに盛り上がっているのだろう……
行けば彼らの冒険章の一つでも聞かせてもらえないだろうか?
やはり、そういったラノベさながらの冒険活劇はロマン溢れるものがある。ぜひリアルな声を聞いてみたいものだ……
そこまで考えた俺は、仰向けになったまま、足だけ勢いよく振り上げた。
「よし! ちょっと行ってくる!」
そう言って反動でベッドから立ち上がった俺に、イチジクから声がかかる。
「どこへですか?」
「冒険者のところ、情報を集めてくる」
本当は彼らの冒険の経験談を聞きたいだけだが、情報収集も気が向いたらするつもりだったし、嘘はついていない。
すると、俺の言葉にイチジクが一歩扉に近づいた。
「そうですか……なら、私も」
「大丈夫だ! イチジクはここで寛いでいてくれ!」
冒険章を聞くつもりなのに、監視の目があったらそれも悠長に聞けないかと判断した俺は、即座にイチジクに休むよう伝える。
しかし、流石はエスパーの異名を持つイチジクだ。やすやすと行かせてはくれない。
「……まさかマスター、ただ単に彼らといっしょに……」
「じゃあ、行ってくるから先に寝て旅の疲れを癒してくれ!」
イチジクが言い終わる前に、イチジクの倍以上の声でそう告げた俺は「じゃ!」と手を挙げると、颯爽とドアノブに手をかけて部屋を飛び出した。
「ふぅ……どうやら許してくれるらしいな」
イチジクが部屋から出てこないところを見ると、俺が食堂に行くことを許可してもらえたようだ。
いや、そもそもなんでイチジクに許しをもらわないといけないんだ……?
今更そんなことを思いながらも、俺は木でできた床をギシギシ鳴らして前へ進む。
そんな中……何か動くものを視界に捉えた。それは、俺の動きに合わせて同じように動く……
「……って、窓に反射した俺かよ」
宿の中が明るいから、外の暗さによって鏡のようになった窓には、いくつもの水滴が付いていた。
「雨降ってんのか? さっきまでは夕日が綺麗に見えるくらい晴れてたのに、急に変わる天気だなぁ」
耳をすませば、ザァザァという雨音が一定のリズムで聞こえた。そこそこ降ってるみたいだがそれで雨漏りすることがないということは、一応宿全体に管理は行き届いているのだろう。
そんなことを考えながら階段を降りていくと、食堂から明かりが漏れている。愉快な声が聞こえてきて、俺をそこまで誘うかのようだった。
食堂までたどり着いた俺は、壁に背をつけてチラリと明るい中の様子を伺う。普通に入ればいいのだが、もし怖い人たちだったら……とか、もしカツアゲでもされたら……など、心の中の小心者が顔を見せたのだ。
光る魔石が点在するそこには、数十人の人たちがいた。木の器に入った食事を囲むように各々が座り、木のジョッキを打ち鳴らしあっている。
すげぇ……ザ・冒険者じゃないか!
彼らは皆、それぞれに武器を携えていた。腰に剣をぶら下げている者、大剣を背負うもの、弓を脇に置いている者……
その中でも、入り口から見て一番奥に座る男は、他の冒険者とは違って威風堂々といった風貌をしていた。
金色の髪をオールバックにしており、脇には馬鹿でかい斧を立てかけていた。体はその斧を振り回すのに適したようで、ムキムキのゴリゴリだ。
周りには女冒険者を侍らしていて、リーダー格ということがわかる。
そして、その様子を確認した俺は自分に言い聞かせる。
なんか楽しそうだし……大丈夫だよな!?
己の心で判断した俺は、勢いよく中に入って大きめの声を張り上げた。
「すみません! 冒険者の方々ですよね? 貴方がたさえ良ければ、冒険活劇をお聞かせください!」
静まり返る部屋……雨音がやけに耳に響く。
あれ……? ダメだったか?
冷や汗が頬を伝う。全員の目線がこっちに集中していたからだ。
一人焦る俺に、さっきのリーダーだと思われる男が話しかけてきた。
「なんだ……てめぇ?」
お尻の穴がキュッとしまる。やはり、他とは風格が違うかった。
「す、すみません! 貴方がたのような冒険者に憧れがありまして……できればお話を聞きたいな……と」
上目遣いでチラリと様子を見る。我ながら三下ムーブが光る。
すると、脇に立っていた二人の冒険者がこちらに近づいてきた……そして、俺の両脇を二人がかりで掴むと、ニヤリと笑って言った。
「そうかそうか、今宵は楽しくなりそうだ」
「あ、あれぇ……?」
それからは早かった。あれよあれよといううちにリーダーの男(名をマッスル・マッソーと言うらしい)のもとまで連れて行かれ、怒涛の冒険物語、もといマッソーの自慢話が炸裂した。
多少の過大表現も入っているのだろうが、とにかく話は面白かった。海の怪魚や巨大トンボを討伐したという話は、鳥肌ものだった。
彼らのパーティーは、イーストシティを拠点にしており、例の山の賞金の件を聞いてこの村までやって来たらしい。ここにいるのが全員で、ここまで巨大なパーティーはそうそうないのだそうだ。
それなりに時間が経ち、かなり出来上がっていた俺は、先程のリーダーと肩を組んでジョッキを鳴らし合う。
「すげぇな! マッソー最高だぜ!!」
「ハッ! 当たり前だ! ルビィドラゴンだって、俺の手にかかっていればイチコロよ!」
俺も酒で酔いが回ってきているのだろう。テンションが上がりまくっていた。
ック……やっぱり男同士だと気兼ねなく話せて楽しいなぁ……
そうしてマッソーと肩を組みながら冒険者の面々と盛り上がっていると……
何者かに首根っこを掴まれて、持ち上げられた。
「……なんだ? 誰だぁ?」
俺は首だけを後ろにひねり、虚ろな瞳を俺を持ち上げる者に向ける。そこには、黒い鎧がいた。
なんだ? なんで俺は鎧に持ち上げられてるんだ?
「はぁ……酔ってるのか? 私だ、フェデルタだ。明日は早いのだ、部屋に戻るぞ」
フェデルタ? フェデルタ、フェデルタ……
「あぁ、フェデルタかぁ……分かった」
それだけ言うと、俺はマッソーの方を向いた。
手に持ったジョッキを空にして、机の上にバンッと置く。
どんな時でも礼儀を忘れてはならない。
俺は、しゃっくり混じりに感謝の言葉を口にする。
「マッソー、楽しかった……ック……サンキューな」
それに、マッソーは同じようにジョッキを飲み干してから言った。
「いいさ、気にするな友よ!」
そこで、少しだけ声を低くして彼は続ける。
「で、なんだが……そっちの高価そうな鎧を身につけてんのは、お前の傭兵か?」
「ん……? あぁ、そんなもんだ」
「そうか……じゃあな! よく眠れよ」
「……? あぁ、おやすみ」
マッソーの最後の質問はよくわからなかったが、こんなに楽しかったのは久しぶりだ。イーストシティで、自警団の面々と打ち上げをしたのを思い出した。
それからのことは記憶にない。
よほど酔っていたのだろう、次に目が覚めたのはその日の深夜だった。尿意を感じて目を覚ますと、ベッドの上で横になっていた。
フェデルタがあの後運んでくれたのか?
状況を確認しようとしても、真っ暗でなかなか周りの様子がわからない。
とりあえず、起きるか。
そのまま座ってじっとしていると、次第に目が慣れてきた。よく見るとイチジクが椅子に腰掛けて眠っている。
「せめて布団で寝ろよ……」
そう呟くと、俺はベッドから離れてトイレを済ませる。
トイレを済ませて、ベッドに再び潜り込もうとした。
……そこで、気づいてしまった。
「あれ……? フェデルタはどこだ?」
暗闇に慣れた目で部屋中を見渡すが、黒い鎧の姿は見えない。
俺の酔っ払って寝ている間に何かあったのか?
気になった俺は、仕方ないとベッドから方向を転換し、椅子にまで近づくと、イチジクの肩を揺らす。
「おーい、イチジク、起きろーー」
すると、それに反応するようにオートマタがゆっくりとその目を開け、こう呟いた。
「なんですか……? まさか、ヘタレなマスターがついに夜這いを?」
「確かにそれも魅力的な提案ではあるが……フェデルタがどこに行ったかしらないか?」
「彼女ですか?」
そう言ったイチジクは、部屋の中にいないことを確認すると目の位置にマップを展開した。
イチジクの力の一つ。範囲は限られるが、魔力を展開して周囲の人間の位置をサーチできるマップだ。
すると、マップを行使するイチジクの口から、とんでもないセリフが飛び出た。
「……!! 彼女は現在、あの山の上にいるようです」
それに、近所迷惑待った無しの大きな声が飛び出た。
「なっ!?」
ペイジブルに通づるあの山は、今凶暴化した魔物が徘徊している場所だ。
それに、今は雨が降っていたはず……いくらフェデルタが魔族で強いと言っても、暗闇で地面が濡れているという最悪のコンディションの中では、どんな危険があるかわからない。
「あいつ、まさか……」
このままファデルタを放っておいても良いが、これでファデルタの鎧の内側を拝むことなく死なれるのは困る。
それに、まだ善行の途中なのだ。
「……後を追うぞ!」
俺は特別荷物があるわけでもない。かつてレザークラフトで作り出したレザージャケットを身につけると、ベッドの横にかけていた刀を手に取る。
準備ができて、さぁ、行こう!
……としているのに、イチジクは言った。
「……マスター、私は少し用事がありますので、お一人で行ってきてください」
「なっ! お前は何を……」
そう言ってイチジクの方を見ると、彼女はなにやら怒っていらっしゃった。
その美しく整った眉間に皺を寄せていて、表情の乏しい彼女には珍しい仕草である。
抗議しようとしていた俺の言葉も、喉の奥に帰っていった。
代わりに、別の言葉が奥から出てきた。
「わ、わっかりやした〜」
何も言えなかった俺は、それだけ言うと一階の玄関の扉から宿を飛び出した。雨は上がっていたが、地面がぬかるんでいて、歩くたびに地面に靴がめり込む。
さて、山の中といっても一体どこに行けば……
「そうだ! 足跡を辿れば!」
そう思って、少し周りを見渡すと、私はここを通りました! とばかりに人の足のサイズに凹んだ地面が続いていた。
「まぁ、鎧は重いからなぁ」
そんなことを呟きながら、俺は一人夜の森へと駆け出した。
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